表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/781

その18 ミロスラフ王国軍

『あれはアダム隊長ですわ!』


 街道を見下ろしていたティトゥが驚いて叫んだ。


 えっ? マジで? てか良く見つけたなティトゥ。


 ここは国境の砦から伸びる街道の上。

 この街道はざっくり南西に向かい、王都ミロスラフまで通じている。



 僕達は帝国軍の様子を窺った後、明日には決戦の舞台となる国境の砦を確認に飛んだ。

 すると王都方面から街道を砦に向かって北上する大軍を発見したのだ。


 いや、大軍と言うのは語弊があるか。

 帝国軍に比べれば悲しい程ショボイ数の軍勢だからね。

 後で知った事だが、これは王都騎士団を中心としたミロスラフ王国軍約二千だった。

 本当にギリギリのタイミングだったが、ミロスラフ王国は国境の砦の兵力を増強する事に成功したのだ。

 正直言ってこれはかなり嬉しい誤算だった。


 とはいうものの、この時点で砦の兵力は約千五百(と、以前アダム隊長が言っていた)。

 倍以上になったとはいえ、三千五百の兵力で五万の帝国軍を迎え撃たなければならない。

 帝国兵五万は公称なので多分かなり盛ってはいるのだろうが、それでも兵力差が十倍はある事になる。

 さらにミロスラフ王国はこの砦以降は規模の小さい古い砦しかないそうだ。


 つまりこの砦が王国にとっては最初の防衛線であり、文字通り最後の砦、絶対国防圏となる訳だ。


 王国の興廃この一戦にあり。各員一層奮励努力せよ。


 そんな感じで空から王国軍を眺めていたら、ティトゥがこちらを見つけて手を振るアダム隊長を発見したという訳である。




 僕が街道に着陸すると、すぐにアダム隊長が馬に乗ってやって来た。

 どうもお久しぶり。随分顔を見ていなかったけど元気してた?


『元気があるわけないでしょうが! 年末からこっち、本っっっ当に大変でしたよ!』


 アダム隊長はナカジマ領の各開拓村を回って王都騎士団の希望退職者の書類をまとめると、そのまま王都の騎士団本部に戻って手続きをしていたんだそうだ。


『全員辞めるもんだから手続きは馬鹿みたいに大変だし、本部の事務員からは”現場で勝手な事を決めるな!”と怒鳴られるし、詰め所では騎士団員の誰かに会う度に、”どういう事だ、そんな話聞いてないぞ! 俺達の番はどうなった?!”とかケンカ腰で事情の説明を要求されるしで、もうずっとずっと針の筵の上に座らされている気持ちでしたよ!』


 おおう・・・ 大変だったんだね。

 僕達に会った事で今まで堪えていた感情が爆発したのか、涙ながらに訴えるアダム隊長。


『それは・・・お気の毒ですわね』


 半べそをかくアダム隊長に同情したのか非常に気の毒そうなティトゥ。


『何を他人事のような顔をしているんですかハヤテ殿! あなたのせいでもあるんですからね!』


 う~ん。まあ実際そうだよね。

 でもナカジマ騎士団の活躍で帝国軍の行軍を遅らせたのは間違いないからね。

 君の尊い犠牲で、補充の王国軍が到着するまでの貴重な時間が稼げたんだから、君の死は決して無駄じゃなかったよ?


『死んでませんよ! 勝手に人を殺さないで下さい! 散々死にそうな目には遭いましたけどね!』


 散々死にそうな目には遭ったんだ。それはお気の毒様。


 そんな風に僕達が久しぶりの再会に旧交を温めている所に、王国軍がぞろぞろと到着した。

 邪魔になりそうなので横に避けようかと思っていると、人込みが割れて馬に乗った美丈夫が現れた。

 将ちゃんことカミル将軍だ。


『ナカジマ殿。騎士団の者達が世話になっている』

『お久しぶりです、将軍閣下。彼らの力はナカジマ家になくてはならないものですわ』


 カミル将軍は僕の背に立つティトゥを訝し気な表情で上から下まで見回した。

 何だろうね? もしいやらしい視線なら僕が絶対に許さないんだけど?


『随分と個性的なドレスだな』

『どうもありがとうございます。スカートだとハヤテに乗り降りしにくいのですわ』


 どうやらティトゥの着ている飛行服が珍しかったようだ。

 確かにこの世界にはまだ存在しない服だからね。

 最近ティトゥはずっとこの恰好だったから忘れてたよ。


『隊に休憩を取らせろ。俺はナカジマ殿とそこのハヤテに話がある』

『分かりました。ここで小休止だ! 騎馬の者は集まれ!』


 カミル将軍は馬から降りると手綱を従者に預けた。


『街道上では兵の目があって話が出来ん。少し離れよう』

『分かりましたわ。いいわよねハヤテ』

『ヨロシクッテヨ』


 僕は兵隊のみなさんに押されて、街道を少し離れた場所まで運ばれるのであった。



『さて、何から話せばいいか。いや、何から聞けば良いかだな。アダムから話は聞いている。動けない俺達に代わって何かしていたんだろう?』


 カミル将軍に促されてティトゥはザックリと今までの僕達の戦いを説明した。

 将軍は難しい表情で聞き終えると、最後に大きなため息をついた。


『なる程。もしナカジマ殿とハヤテの働きがなければとっくに砦はおちていたという訳か。分かった。騎士団の件はそちらに良くなるように俺の方からも取り計らおう。彼らはこの戦いの功労者だ。功には褒章で報いねばならん』


 王都騎士団の彼らをナカジマ騎士団に引き抜いた件に関しては、かなりグレーゾーン、それも大分黒寄りだったという自覚はあったので、ここでカミル将軍直々のお墨付きがもらえたのはラッキーだ。

 僕らも色々と頑張った甲斐があったね。


『しかし、帝国軍の数は五万・・・何か手を打たねばならんな』


 そう言うとカミル将軍はチラリと僕の方を見た。

 あれは僕に手伝ってもらいたいけど、僕の力のほどを図りかねている、といった顔だね。

 けど僕は将軍の指揮下に入ってミロスラフ軍に加わるつもりはない。もちろん帝国軍相手には一緒に戦うけどね。


『その事ですが、私とハヤテにお任せして頂きたい事があるのですが』

『・・・聞こう』


 元々僕達にとってこの王国軍とカミル将軍の参戦はイレギュラーだった。

 本来は僕達には彼ら抜きでやるつもりだった作戦がある。

 ティトゥはカミル将軍にその計画を説明したのだ。


『そんな事が・・・いや、しかし』

『将軍閣下、ハヤテの言葉を信じてくれませんか?』


 そんな風に言われるとちょっと自信がなくなるけど、ここは僕を信じるティトゥを信じるよ。

 僕はハラハラしながらカミル将軍の返事を待った。


『・・・本当に四半刻(30分)攻撃開始の合図を待つだけでいいんだな?』

『はい。ハヤテが言うには、それでダメならこの作戦は失敗したと考えた方がいいそうです』


 カミル将軍はそれでもしばらくの間何か考えていたが、やがて顔を上げて立ち上がった。


『悪いがすぐには決められん。明日の朝までには決定する』


 まあ仕方が無いか。カミル将軍にだって自分の作戦があるのに、急に横からこんな提案をされても困るよね。

 カミル将軍は踵を返すと街道の方へ戻って行った。


 しばらくするとアダム隊長とさっきの兵士達がやって来て、僕を街道まで戻してくれた。


『ではアダム隊長、ごきげんよう』

『生きて帰れたらまたそちらに寄らせて頂きますよ』


 さっきまでと違い、アダム隊長の表情は穏やかだった。

 そういえば周囲の兵士達もどこか達観したような表情をしている。


 五万の帝国軍。それに対して僅かな王国軍。

 王国を守るため。いや、後方の家族を守るため。彼らは死を覚悟してこの戦いに挑んでいるんだ。

 その覚悟に心を打たれて僕は返事に詰まってしまった。


 僕は知り合いに――アダム隊長に死んで欲しくはなかった。

 死ぬくらいなら逃げて欲しい。逃げるのはカッコ悪いし恥かもしれない。

 でも生きてさえいれば名誉挽回のチャンスだってきっと来る。

 そう考えるのは僕の身勝手だろうか?


『ハヤテ?』


 言葉を失くしてしまった僕をティトゥが訝しんだようだ。


『ハヤテ殿?』


 僕は何も言えない。アダム隊長達の覚悟を覆す言葉を持たないからだ。

 でもアダム隊長は不思議そうな顔をしながらも、『心配して頂いてありがとうございます』と答えた。

 どうやら僕の気持ちを察してくれたようだ。

 これでも王都に向かう時以来の付き合いだからね。


 僕は辛うじて言葉を絞り出した。


『ゴキゲンヨウ』

『ハヤテ殿もお気を付けて。もっとも、あなたをどうこう出来る者がこの世界にいるとも思えませんが』


 僕はアダム隊長達に別れを告げると、後ろ髪を引かれながら街道を飛び立つのだった。 


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その夜。帝国軍の陣地でウルバン将軍は星を見上げていた。

 古くは戦の前にこうして星を見て吉兆を占う習慣があったという。

 もちろんウルバン将軍に占星術の嗜みがあるわけではない。

 単に明日の戦いに備えて天気を見ていただけである。


 まだこの陣地の位置からはミロスラフ王国の砦は見えない。

 しかし、夜八ツ(午前二時)にはこの陣地を出発し、明日の早朝には砦の前に布陣を済ませる予定である。


 予想もしない化け物の襲撃によって随分予定は狂ってしまったが、その苦悩も明日で終わりである。


 帝国軍の食糧は後二日分しか残っていない。

 ピスカロヴァーの各貴族家に要求した追加の物資が遅れているのがその原因だ。

(この時点でウルバン将軍は各貴族家に向かった騎馬隊が全滅している事を知らない。だれも報告に戻れなかったためである)

 しかし、それも国境の砦を抜いてさえしまえば問題は無い。

 王国の国内にまとまった戦力はさほど残っていないはずだからだ。


 ウルバン将軍は砦を抜いた後は隊を分けて、それぞれ別ルートで王都を目指させるつもりでいた。

 狙いは途中の町や村からの物資の調達――略奪である。

 これで今後は今までのように物資不足に悩まされる心配はなくなるはずである。

 王国の国土は荒れるが、五万の帝国兵を飢えさせないためには仕方が無い。

 それに兵士達の間には、昼夜関係のない襲撃によるストレスで厭戦機運が高まっていた。

 ここらでガス抜きを兼ねた餌となるニンジンが必要だろう。


 将軍自身は本隊を率いて西の新興貴族が治めるナカジマ領に向かうつもりでいる。

 そちらが抵抗が弱く、領地開発のための物資が集められている、と、諜報部からの情報が上がっているからである。


 労少なくして功多し。まことに結構な事ではないか。


 ウルバン将軍は既にこの時点で明日の勝利の先を見据えていた。 

次回「新年戦争」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ