その17 機械の体
帝国軍は順調に進軍を続け、早ければ明日には国境の砦の近くまで到着し、その翌日には砦の攻撃を始めると思われた。
こういう時、普通は昼の間に砦のかなり手前に陣地を作って、そこで夜まで休みを取るらしい。
その後、闇夜に乗じて砦の近くまで進軍。日が昇るまでに布陣を済ませて、日の出と共に戦いを始めるんだそうだ。
戦場によって多少の変化があるとはいえ、大体がこの手順で行われるらしい。
その日、僕達は帝国軍が物資を徴収した村を救援するため食料を送り届けていた。
作業は順調に進んでいたが――
『このウルバ村の備蓄が心許なくなっています』
というトマスの報告を受けて、急遽ナカジマ領から追加の物資を運び込む事にした。
『物資の手配ですね。ここに済ませています』
ティトゥに物資のリストを渡す代官のオットーだが、明らかに過労で体調を悪くしている。
彼は熱血漢で真面目な男なのだが、その分仕事をしょい込んで無理を重ねてしまいがちなのだ。
奥さんでもいれば健康面をケアしてくれるのかもしれないが、彼は現在家族をマチェイに置いての単身赴任中である。
『家族とは今生の別れを済ませていますから』
とか言ってたけど、何でそんな悲壮な覚悟でティトゥに付いて来たわけ?
確かに代官の仕事は大変だとは思うけど、別に戦地に赴く軍人じゃないんだから。
真面目過ぎるにも程があるだろう。
ティトゥもオットーを心配そうに見ているが、今オットーを休ませると今度はナカジマ領の運営がガタガタになってしまう。
オットーの部下も増えてはいるものの、ナカジマ領の発展速度は彼らが成長するのを待っていてはくれない。
そこに持って来て今回の戦争である。
オットーにかかる負担は並々ならない事になっていた。
『国境の砦での戦いが終われば一息つけますわ』
『そう願いたいものです』
ティトゥの慰めもオットーの心には届かなかったようだ。
そんな余裕すら無くしているかもしれない。
『あの・・・』
ティトゥが僕に乗り込もうとしたその時、メイド少女カーチャが声をかけて来た。
『モニカさんはまだあちらから戻らないんでしょうか?』
ああ、そういえば忘れてた。
最近オルサーク家の屋敷に行っても、空から手紙を落とすだけでちゃんと顔を出していなかったからね。
モニカさんの都合を聞きがてら、一度報告に行っておくべきか。
『ハヤテ』
『ヨロシクッテヨ』
僕達の返事を聞いて、カーチャの表情がパッと明るくなった。
君はモニカさんの事をメイドの師匠として尊敬してるからね。
・・・いや、あの人を目指すのは実際どうかと思うけど。
僕達はカーチャに見送られながらコノ村を飛び立つのだった。
僕はウルバ村に物資を運んだその足で、ついでにオルサーク家の屋敷に寄る事にした。
ティトゥが屋敷に案内されていくと、待ちかねたかのようにお母さんズがスルスルと僕に近付いて来た。
『ハヤテ様、お久しぶりです』
おおぅ。何だろう・・・ お久しぶりの所に妙に力が入っている気がするな。笑顔の奥に「分かってるんだろうな?」といわんばかりの凄みを感じるんだけど。
『オミヤゲ』
『あら、どうもありがとうございます』
僕の一言にコロリと笑顔に変わるお母さんズ。
どうやら危機?は無事回避されたようだ。
ちなみに今回のお土産は、”銘菓ナカジマ饅頭”に刺激を受けてベアータが考案した創作お菓子だ。
見た目スイートポテトっぽいお菓子で、これはこれでお土産物でありそうな感じだ。
さすがドラゴンメニューのオーソリティー。やるなベアータ。
『ほら、アネタ。ハヤテ様にお礼をおっしゃい』
『ありがとうハヤテ様! ベアータにもお礼を言っておいて!』
母親に促されて幼女のアネタが元気よくお礼を言った。
アネタの後ろには当主のオルサークさんが目を細めてほほ笑んでいる。
・・・いや、あなたこの大変な時期に娘を見てほのぼのしていて大丈夫なんですか?
どうやらオルサークさんはすっかり長男に家を任せて、実質当主の立場から退いているんだそうだ。
今は家族の時間を大事にしているらしい。
なんだかなぁ。
しばらくすると、ティトゥがオルサーク家の長男マクミランとモニカさんを連れて戻って来た。
やあ、モニカさんお久しぶり。
『忘れられたのかと思いましたよ』
・・・嫌ダナア。ソンナ事アリマセンヨ。
こちらに目を合わさないティトゥ。マクミランは苦笑いだ。
『モニカさんには色々と教わる事が多かったです。戻られるのが本当に残念ですよ』
なかなかイケメンな事を言うマクミラン。
そうなんですか? だったらもうしばらく置いて行っても構いませんよ?
『では帰りましょうか』
そして何故かコノ村に帰る気満々なモニカさん。
いや、あなたが本当に帰る場所はランピーニ聖国の王城ですからね。
何でナカジマ家のメイドみたいな顔してるんですか。
僕は釈然としないまま、ティトゥとモニカさんを乗せてコノ村へと戻るのだった。
その後、僕はコノ村でモニカさんを降ろすと、ウルバ村との間を往復して物資を運んだ。
空が夕焼けに染まる頃には僕の燃料が尽きたので本日の作業はここで終了。
僕達はコノ村に戻ったのだった。
夜。僕がいつものように一人で考え込んでいると、ティトゥがこっそりとテントの中に入って来た。
『まだ寝ていないんですのね』
ティトゥの吐く息は白い。どうやら夜になってかなり冷え込んでいるみたいだ。
いや、昼間も寒かったんだろう。何せ今は真冬だ。
僕の体は気温をろくに感じない。
こんな体を持つ僕は本当に人間と言ってもいいんだろうか?
実はこの体になった時に、心も機械になってないだろうか?
『戦いが不安なんですわよね?』
ティトゥは僕の主脚に手を当て――その冷たさにビクリと手を引っ込めた。
・・・・・・。
ティトゥは今度は両手で僕の主脚を触ると温めるようにゆっくりと撫でた。
『もし、ハヤテが本当に辛かったら止めてもいいんですわよ? ここまででも私達は帝国軍相手に立派に戦いましたわ』
ティトゥの提案は――凄く魅力的だった。
正直この世界に来た頃の僕なら流されていたかもしれない。
・・・でもダメだ。
今止めてしまっては元の木阿弥だ。この程度のダメージなら帝国軍は直ぐにでも取り戻してしまうだろう。
やるしかないんだ。誰に命じられた事でもない。僕が、自分が、やると決めた事なんだから。
『ダメ。ヤル』
『・・・そうですの。分かりましたわ』
そう言うとティトゥは僕から手を離した。
ティトゥの手は寒さにかじかんで赤くなっていた。
『また明日。おやすみなさい』
そう言ってティトゥは家に戻って行った。
おやすみなさい――か。
ティトゥ。僕は睡眠のいらない体だから。
どうせなら心まで機械なら良かった。
機械なら迷いなく敵を殺す事が出来る。
昨年の年末からTwitterをやっています。
最近ようやく少し慣れて来ました(遅っ!)。
規約が分からないのでここにリンクは貼れませんが、タイトルをコピペして調べてもらえばたどり着けると思います。
面白いことを呟いている訳でもないですが、何か書き込んで頂ければ嬉しいです。
次回「ミロスラフ王国軍」