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その16 進軍再開

 僕の眼下には進軍を開始した帝国軍の姿が見える。

 僕を見つけて騒いでいる者もいるけど、今までと違い、騒ぎが大きくなる様子はない。

 最初の頃はともかく、最近だと僕の姿を見ただけで列は乱れるし、街道からそれて逃げ出す者もいるしで大変だったのにね。


 どうやら彼らの落ち着きの原因は、隊列の所々にいる銀色の鎧達にあるようだ。

 彼ら ”白銀竜兵団”が睨みを利かせている事で兵は規律を守って行軍しているのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国軍もこの二日間ただ遊んでいた訳では無い。

 虎の子の騎馬隊を周辺の村々に差し向け、足りない物資を補充しつつも、兵の間に漂う厭戦ムードを何とか払拭しようとしていた。


 新年も明けて二日目。兵士達は陣地に急遽作られた広場に集まっていた。


「みな楽にして聞いて欲しい」


 南征軍総指揮官・ウルバン将軍が兵の前に立って言った。


「我々はゾルタの王都を出てから、毎日のように空から襲い掛かる化け物に苦しめられてきた」


 空から襲い掛かる化け物、それはハヤテの事だ。

 最近では彼らはハヤテの陰に怯え、空に鳥の姿を見ただけで逃げ腰になる者も増えていた。


「残念ながら今の我々の武器でヤツを落とす事は極めて難しい。ヤツはいつも突然、恐るべき速さで襲い掛かって来るからだ」


 何度か弓矢による攻撃が試されたが、何百mも上空を時速380kmで飛ぶハヤテに命中した矢は一本も無かった。


「我々はいつも一方的にヤツにされるがままだ。わが軍の物資が数多く焼かれ、ヤツに焼き殺された者も大勢いる。諸君らは悔しくないのか?」


 実際に焼け死んだのは初日の攻撃の犠牲者くらいで、それ以降はハヤテがやって来た時点でみんな物資を放棄して逃げ出すため、実は人的な被害は増えていない。

 とはいえ、ウルバン将軍の言葉は兵達のプライドを刺激する事に成功したようだ。兵士の顔には一様にハヤテに対する不満と怒りの感情が浮かんだ。


 しかし――


「しかし、戦えない相手に一体どうすればいいんですか?!」


 勇気を出して叫んだ者がいた。

 その声を受けて兵達の間にざわめきが広がった。

 ウルバン将軍は、もっともだ、とばかりに大きく頷いた。


「もちろんその通りだ。我々がヤツを倒すのは難しい。だが、ヤツが我々を攻撃出来なくする方法ならある」


 兵達の間のざわめきが大きくなった。

 あちこちで騎士団員が「静粛に!」「将軍閣下はまだ話しておられる!」などと怒鳴り付けている。

 とはいえ兵達が動揺するのも無理はないだろう。

 ウルバン将軍はあの恐ろしい化け物を防ぐ方法があると言うのだ。 

 すっかりハヤテによる恐怖を刻み込まれた兵士達は、信じられない話に驚きを隠せなかった。


「それは ”白銀竜兵団”だ!」


 ザワッ!


 帝国兵が一斉にざわめいた。


「我々は化け物の襲撃情報を集め、子細に検討した! その結果、”化け物は白銀竜兵団のそばには絶対に攻撃を仕掛けない”、という事が判明したのだ!」


 おおおおおっ!


 兵士達のざわめきは大きなどよめきに変わった。


「ヤツは白銀竜兵団を恐れている! 明日から我々は再び進軍を開始する! 隊列には一定間隔で 白銀竜兵団の者がつく! もしヤツが襲い掛かる気配を見せれば白銀竜兵団が前に出てお前達の盾になり、ヤツを退けるだろう!」


 うおおおおおっ! 帝国軍万歳! 白銀竜兵団万歳!


 興奮に感極まり、歓喜の雄叫びを上げる兵士達。

 大きく頷くウルバン将軍。


 ここまでくれば分かるだろうが、さっきの勇気ある質問者も、この雄叫びを最初に上げた者も、全てウルバン将軍の仕込んだサクラ(・・・)である。

 とはいえ将軍の言葉に嘘はない。実際にハヤテは白銀竜兵団には近寄らないし、白銀竜兵団がいる場所には攻撃を仕掛けていない。

 これは別に彼らが言うようにハヤテが白銀竜兵団を恐れている訳では無いのだが、ハヤテ側の事情を知らず、白銀竜兵団の戦力を過大評価している彼らにそれを察しろと言う方が無理であろう。


 こうして帝国軍は二日間の休みを挟んで気力回復、ハヤテへの対処法も判明して勇気倍増、気持ちも新たに進軍を再開したのであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ――というような内容を、帝国軍に潜り込んだオルサーク家の諜者が伝えて来たそうだ。

 なるほど。僕が白銀竜兵団を避けているのを彼らはそう捉えた訳ね。


 僕がビビってるみたいに思われているのはちょっと癪に障るけど、それで帝国軍が行軍を開始してくれたのならまあ良しとしよう。


 正直言って、二日間も陣地に引きこもって動かないものだから、ずっとヤキモキしていたんだよね。

 ちょっとやりすぎたかもしれない、って反省してたくらいだったよ。


 もしこのまま帝国軍が進軍を止めて、周辺の土地を荒らし始めたら、オルサークさんに何て言って謝ればいいか分からない所だった。

 そんな可能性は低い、と思ってはいたけど、相手がどう考えているかなんて分からないからね。

 戦争というのは非常時だ。非常時には一見理不尽で理解不能な行動を取る者がいてもおかしくない。むしろ非常時には非常識な行動こそが当たり前なのかもしれない。

 そんな事を考え出すと不安で不安で仕方が無かったよ。


『進軍が始まって良かったですわ。早速トマスに知らせに行きましょう』


 ティトゥには事前に今後は帝国軍に攻撃を仕掛けないと言ってある。

 これ以上帝国軍の物資を締め上げると、本当に暴徒の群れになる恐れがあるからだ。

 僕の体は一つしか無い。

 そんな無秩序な事態に対応する事は不可能だ。


 僕はもう一度だけ帝国軍の陣地の上を飛んで様子を窺ってから、前線本部となっているウルバ村へと向かったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『帝国軍が動き始めましたわ!』

『そうですか! ついに動きましたか!』


 ティトゥの報告を聞いてトマスの表情がパッと明るくなった。

 やはり彼も不安を抱えていたんだろう。――当然か。

 自分達の土地が帝国軍に狙われたかもしれないんだからね。


『こちらも丁度最後の部隊が村に戻って来た所です』

『首尾はどうでしたの?』


 各街道を封鎖していた部隊は全部隊無事に戻って来たそうだ。


 今回の攻撃による負傷者は多数。死者は数名。敵は一人残らず全滅。

 帝国軍相手の一方的な勝利に騎士団員達の士気は非常に高かった。

 昨日到着したために参加出来なかったオルサーク騎士団の人達は、帝国軍相手の圧倒的な勝利に嬉しそうな顔が半分、自分達が参加出来なかった事に悔しそうな顔が半分、といった感じだ。


 死傷者が出たか・・・ 奇襲とはいえ相手は帝国軍の正規軍。

 犠牲者無しに勝ちたいと願うのは流石に虫が良すぎたか。


『ハヤテ・・・』


 僕が考え込んだのを察したのか、ティトゥが優しく僕の体を撫でた。

 そうだね。犠牲を嘆いてばかりはいられない。戦いはまだ続いているんだ。


『それで、我々はどうしましょうか?』

『私達は帝国軍に物資を奪われた村々を助けましょう。これ以上帝国を虐めては本当に行軍を止めてしまいますわ』


 圧倒的な強者である帝国軍相手に”虐める”という表現を使ったティトゥに、騎士団の間から笑い声が上がった。

 別に受けを狙った訳では無かったらしく、ティトゥはみんなが何を笑い出したのか分からずにキョトンとしている。


『ではウルバ村に集積してある物資を配りましょう』

『遠くの村にはハヤテが運びますわ』


 そうだね。どうせなら早い方が良い。少しでも早く村人達を安心させてあげたいからね。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは街道にほど近い小さな村。

 村人達は荒らされた家の中ですきま風に震えながら力無く項垂れていた。


 昨日、この小さな村に帝国軍の騎馬隊が押しかけ、散々家を荒らし回った挙句、大事に隠していた僅かな貯えを根こそぎ奪っていったのだ。


 今日は地面に僅かにこぼれた麦や雑穀を拾って最後の粥を作って家族で分け合った。

 明日からはもうそれも無い。そこらに生えている雑草や木の根を掘り返して食べる事になるだろう。

 村から離れたところに森はあるが、この冬の最中に歩き回った所で食料となる木の実や動物を見付けられるとは思えない。


 しかし、そうでもしないと生きられない。

 彼らは暗い未来に低い耳鳴りを感じていた。


 耳鳴り?


 聞いた事の無い不思議な耳鳴りに、何人かが家から出て周囲を見渡した。

 彼らが知る由は無いが、その時上空のハヤテの操縦席でティトゥが「良かった、まだ人が残っていますわ」と、嬉しそうな声を上げていた。


「な・・・ なんだあれは?! 鳥か?」


 ようやくハヤテの姿に気が付いた村人が空を指差した。

 外の騒ぎに家々から村人が姿を現した。


「鳥じゃねえぞ。あんな馬鹿でかい鳥があってたまるもんか」

「あっ、何か落としたよ」

「白い・・・何なのかしらね? 四角い物がぶら下がってるわ?」


 箱の数は四つ。村の入り口のすぐ近くに落下した。

 そのまま謎の鳥は翼を翻すと飛び去っていってしまった。


 村人達は最初はおっかなびっくりといった様子で顔を見合わせていた。

 しかし、いつまでたっても謎の鳥が戻ってこない事もあって、やがて好奇心の強い村の若者が落下物へと近付いていった。


「これは布と箱だ。危険なものじゃない。・・・重っ! おい、誰か手伝ってくれ!」


 若者の呼びかけに村人達がぞろぞろと箱の周りに集まって来た。


「いい布だね。貰っちゃっても大丈夫かね」

「鳥が捨てていったんだ。問題無いんじゃないか? あっ、待った! 箱に何か書いてある! 貴族の物かもしれない! まだ触るな!」


 箱――コンテナにはティトゥの文字で「救援物資 ご自由にお使い下さい」と書かれてあった。

 しかし残念ながらこの小さな村に文字が読める者は誰もいなかった。


「手書きの文字だろ。大丈夫だよ。貴族っていうのは文字の最後に自分達の紋章を入れるもんだ。それよりも箱を開けてみようぜ。――おい! コイツを見て見ろ!」


 何やら知ったふうな事を言いながら箱を開いた男は、箱の中身を見て驚きに言葉を失くしてしまった。

 なんと箱にはビッシリと小麦が詰まっていたのだ。


「こっちは小麦と雑穀だ! 豆もあるぞ! スゲエ量だ!」

「こっちには干した魚と塩漬けの魚?肉?が入ってるよ!」

「みんなで分けても十分な量じゃないか!」


 興奮に湧き上がる村人達。

 彼らはコンテナを大事に村に運び、その日は全員で食糧の一部を頂く事にした。


 翌日、彼らの村に合同騎士団が訪れた。

 怯える村人達に、それは彼らに与えられた食糧である事を告げたばかりか、更に追加の物資までも与えた。


 村人達は騎士団の姿が見えなくなるまでいつまでも見送った。

 そして昨日の大きな鳥が飛び去った方向にも頭を下げるのだった。

次回「機械の体」

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