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その14 人質の少女

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここは前線本部となったウルバ村。今、各貴族家へ伸びる街道を封鎖するための最後の部隊が出発しようとしていた。


「そうか! やっぱハヤテ様はスゲエんだな!」


 さっきから上機嫌でナカジマ騎士団の者に竜 騎 士(ドラゴンライダー)の話を聞いているのは、オルサーク家の次男パトリクである。

 彼の弟のトマスは、この兄の変わりように呆れ顔を隠せなかった。



 パトリクは自分達オルサーク騎士団がナカジマ騎士団の下に編制される事を嫌い、それが原因でナカジマ家のメイドの(実はランピーニ王家のメイドなのだが)モニカによって留守部隊へ編制されていた。

 今回、団長の口利きで前線部隊への配置換えとなったのだが、その行軍の途中、帝国の物資徴発部隊と鉢合わせしてしまったのだ。

 非武装な彼らは帝国騎馬隊になすすべなく蹂躙された。

 パトリクだけは唯一武装して騎乗もしていたものの、敵の隊長に苦も無くあしらわれて落馬させられてしまった。

 そんな時、颯爽と現れて帝国騎馬隊を全滅させたのがハヤテ達竜 騎 士(ドラゴンライダー)だったのである。


 自分が手も足も出なかったすご腕の相手を、あっという間にズタズタに引き裂いたハヤテの圧倒的な暴力にパトリクはすっかりしびれてしまった。

 ハヤテが去った後もしばらく呆けていたパトリクだったが、ハッと我に返り、慌てて馬を飛ばしてハヤテの後を追ったのである。

 追ってどうするかは考えていなかった。ただ衝動に突き動かされて後を追ったのだ。

 パトリクはこういう直情的な青年なのだ。


 結局、ハヤテには会う事は出来なかったが、ピスカロヴァー伯爵家への街道を封鎖する部隊の出発には間に合った。

 パトリクは彼らと合流して一緒に作戦に参加する事にしたのである。


「なあ、他にハヤテ様の活躍した話は無いのかよ?」

「そうですね。王都で戦勝式典が開かれた時、そのパレードで――」


 パトリクはハヤテの話を何でも聞きたがり、ナカジマ騎士団の者も、自分達の敬愛する竜 騎 士(ドラゴンライダー)の自慢話が出来るとあって、さっきから彼らの話はずっと盛り上がりっぱなしだった。

 トマスはゴホンと咳をすると兄に声をかけた。


「兄上。そろそろ出かけられてはどうか」

「それで―― お、おう。そうだな。その話は街道に向かいながら聞かせてくれ」

「はい!」


 村を出発する彼らを見送りながら、トマスは「この変わり様は一体どういうことなんだろうか?」と首を傾げていた。

 彼が事情を知るのは翌日、遅れて到着したオルサーク騎士団の者達から詳しい報告を聞いた後の事である。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そろそろ夕日が沈もうかというその頃。ピスカロヴァー伯爵家の屋敷では、一人の少女が部屋で沈み込んでいた。

 儚げな線の細い少女だ。

 彼女の名前はレオナ。伯爵家の側室の娘で今年数え年で17歳になる。


 窓の外から帝国人の野卑な笑い声が届いて来た。

 どうやら屋敷のメイドが厩に連れ込まれて、彼らに望まぬ奉仕をさせられているらしい。

 少女の眉間にキュッと皺が寄せられた。


 つい先ほど、帝国の騎馬隊がこの屋敷にやってきた。

 彼らの要求は過大なものだった。


 王都がおちて以来、ピスカロヴァー伯爵は精神的に消耗していた。

 元々伯爵は文治の人であって武断の人ではない。どちらかといえばミロスラフ王国のユリウス宰相に近い人物と言えた。

 傘下の男爵家の中でも国内屈指の武断派である”大鷲”バルターク家が王都防衛線で当主ごと討たれ、頼るべき者を失ったのも大きかったのかもしれない。

 ピスカロヴァー伯爵は帝国軍からの理不尽な要求を断り切れなかった。


 彼らの理不尽な要求の中には、兵士の食事等の世話をする女達も含まれていた。

 もちろん一度帝国軍の手に渡れば彼女達に求められる役割がそれだけで済むとは思えない。

 さらに帝国軍は伯爵家から娘を選び、その責任者として同行させるよう要求してきた。

 要は人質のつもりなのであろう。


 先程レオナは父に呼ばれ、帝国軍の下へ行ってくれるよう頼まれた。


 レオナとて伯爵家の娘だ。父の命でいずれは家のために知らない男の下に嫁ぐ覚悟はしていた。

 もしも良縁に恵まれれば幸せだ。不安の中に密かにそんな憧れも抱いていた。


 それが、よもや帝国軍に人質として差し出される事になるとは思ってもいなかった。


 彼女は己の身に降りかかった不幸に胸が押しつぶされそうになりながらも、伯爵家の娘に恥じない毅然とした態度で父の頼みを引き受けたのだった。


 レオナは立ち上がると、不快な声を遮るべく部屋の窓を閉めた。

 既に夕日は沈み、戸を閉められた部屋は途端に真っ暗になった。

 そんな物も見えない暗闇の中、レオナは明かりも灯さずに声を押し殺して泣き崩れた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。帝国軍の騎馬隊は物資を積んだ荷車を連れて伯爵家を出発した。

 もちろん彼らの要求して来た物資がこれだけで済んでいる訳はない。

 伯爵家では今も追加の物資を手配している最中であった。


 そんな荷車の列の後ろに一台の馬車が続いている。

 伯爵家令嬢レオナの乗る馬車であった。


 彼女の馬車の後ろには町の女達を乗せた荷馬車が続く。

 レオナは彼女達の責任者という事になっている。もちろん人質である事は誰の目にも明らかだ。


 彼らは街道を進み、やがて森を切り開いた休憩場で休憩を取る事になった。


「お姫様(ひいさま)、こちらに」


 年配の侍女がレオナの馬車のドアを開けた――ところで帝国軍の男に突き飛ばされてしまった。


「なっ! 何をするんですか?!」

「この女の相手は俺達がする! きさまは引っ込んでろ!」


 男は倒れた侍女の顔に槍の石突を叩き込んだ。

 鼻血を噴いて悲鳴を上げる侍女。


 目の前で起こった暴力に驚き、恐怖に目を見張るレオナ。彼女の視線の先で、帝国兵は荷馬車から次々と女達を引きずり下ろしていった。

 抵抗して泣きわめく女達を乱暴に押し倒す帝国兵達。

 ここで何が起ころうとしているのかを察し、レオナの顔から血の気が引いた。


「お前達にこれから帝国兵に対する奉仕の仕方を教えてやろうというんだ! 黙って俺達に従え!」


 隊長格の男だろうか。レオナの馬車に乗り込んで来た男がそう言うと強引にレオナを組み敷いた。


「痛い! 止めて!」

「口答えするな! お前達は帝国兵様の言う通りにしてればいいんだよ!」


 興奮に舌なめずりをする獣欲にまみれた顔が間近に迫り、レオナは嫌悪感と恐怖で、このまま心臓が止まって死んでしまえればいいのに、と強く願った。

 もちろん人間がそんな事で死ぬわけもなく、男は片手でレオナの髪を掴んで押さえつけたまま、もう片方の手で自分のズボンを下した。

 レオナの整った顔が絶望にゆがみ、目に大きな涙が浮かんだ。


「黙って受け入れりゃ悪いようには――おい、どうした?!」

「敵襲! 敵しゅ――ギャアアッ!」

「馬の近くにいるヤツから狙え! 向こうにもいるぞ、逃がすな!」


 突然馬車の外が騒然とすると、男達の怒声と悲鳴が辺りに響いた。


「敵襲だと?! 一体どこの手の者が?!」


 人質にするつもりか、はたまた自分の盾にするつもりか、男はレオナの手を引いて馬車の外に飛び出した。

 どうやら森の中から奇襲をかけられたらしい。

 敵はこちらの倍以上の人数のようだ。

 完全に不意を突かれた帝国兵は総崩れとなり、謎の敵に次々と討ち取られている。


 その時、馬に乗った一人の若武者の目がレオナの手を引く男の姿を捉えた。


「槍を手にせず女の手を取るとはお粗末な帝国兵だな!」

「なっ! 寄るな! コイツはピスカロヴァー伯爵家の・・・ぐはっ!」

「きゃあああっ!」


 若武者は馬を駆けさせると槍を一閃。男の胸を深々と刺し貫いた。

 口から血を吐き、うずくまる男。

 男の血を浴びたレオナは腰から力が抜けてその場に崩れてしまった。


 若武者は男の股間を一瞥すると馬から降りてレオナの手を取った。


「お粗末なヤツは持ち物もお粗末だぜ。ええと、あんたケガは無いか?」

「た・・・助けて頂きありがとうございます騎士様。私はピスカロヴァー家のレオナと申します」


 レオナは震えながらも自分を守ってくれた恩人に礼を言った。

 若武者は自分が助けた少女がそれほどの大物とは思ってもいなかったのか、驚きに目を見張った。


「あ、これは失礼した。俺は――いや、私はオルサーク家のパトリク。ピスカロヴァー様、ここは危険です。しばし馬車の中に避難して頂けますか」


 パトリクはそう言ってレオナの返事を待ったが、彼女が腰を抜かしている事に気が付くと「失礼」と断って彼女を抱きかかえた。

 レオナは青年の力強さに驚きながらも胸の高鳴りを抑えられなかった。


 パトリクはレオナを馬車に運ぶと、馬車の陰で怯えていた侍女にレオナを託し、再び馬上の人となった。


「おっと、コイツを忘れる所だったぜ」


 パトリクは馬を進めようとして、胸を押さえてうずくまっている男に気が付いた。

 パトリクが振り下ろした槍は男の頚椎を断ち切り、男は声も上げずに絶命したのであった。


「パトリク様! 馬で街道を逃げた兵がおります!」

「分かった! 俺が追う! この場は任せた!」


 パトリクの馬は名馬と言っても良い。特にこれといって趣味の無いパトリクだが、武器と馬にだけは並々ならぬこだわりを見せるのだ。

 パトリクは馬に拍車を入れると、矢のように街道を走り去った。


 そんな彼の凛々しい後ろ姿をレオナは熱に浮かされたような目で追い続けるのだった。

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次回「ピスカロヴァー伯爵」

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