その13 襲撃計画
前線本部となったウルバ村に到着したティトゥは、さっきの小競り合いを簡単にトマスに報告した後、一緒に村長の屋敷に入って行った。
どうやら今後の方針を打ち合わせるつもりみたいだ。
僕としては一刻も早く自分のテントに帰りたかった。
オルサーク騎士団がやられたのを見て頭に血が上ったとはいえ、人間を撃ち殺した事に今更ながら嫌悪感が押し寄せていたのだ。
しかし、帝国軍の動きが変わった以上、こちらもそれに対して手を打たなくてはいけない。
僕は仕方なく外でティトゥが戻って来るのを待つのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
トマスが使っている応接間でティトゥはトマスに詳しい報告をしていた。
「全滅ですか・・・」
「ええ。私には止められませんでしたわ」
ティトゥ達がたどり着いた時には、既に帝国の騎馬隊とオルサーク騎士団は街道で遭遇していた。
オルサーク騎士団に負傷者が出たのを見たハヤテは、怒りに燃えて帝国騎馬隊へと襲い掛かり、一人残らず撃ち殺してしまったのだった。
「誰も戻らないというのはマズイかもしれませんね」
オルサークに向かった騎馬隊が一人も戻らないとなれば、帝国軍はオルサーク側が殺害したと判断するかもしれない。
まあ、実際にそうなのだが、この時点でオルサークが帝国軍に目を付けられるのは良くない。
「ええ。そこはハヤテも反省しているようでしたわ」
ここに向かう空の上で、ティトゥとハヤテは今後の方針を簡単に相談していた。
「ハヤテは他の家に向かった騎馬隊も始末してしまうのも手だと言ってましたわ」
「それはどういう・・・ ああ。そういう事ですか」
さすがに各村に広く散った全ての騎馬隊を相手にするのは、こちらの人数を考えると不可能である。
そもそも騎馬隊相手に歩兵が挑んでも帝国軍の陣地に逃げ込まれればそれでおしまいだ。
逆に増援を呼ばれてこちらが全滅する恐れすらある。
しかし、各貴族家に向かった騎馬隊であれば話は別だ。
本隊から遠く離れた彼らはすぐに増援を呼ぶ事は出来ない。
今から手を回して街道を封鎖すれば、丁度帰り道を襲う事が出来るだろう。
「各貴族家に送った騎馬隊が一人も帰らなければ、当然オルサークにかかる嫌疑は薄くなる」
他の貴族家を巻き込む事になってしまうが、彼らとて決して本心から帝国軍に従っている訳ではない。
突然の事態に困惑はしても、帝国軍が酷い目に遭って悪い気はしないだろう。
「もし帝国軍がピスカロヴァー伯爵に叛意ありと判断して、部隊を割ってこちらに差し向けて来れば?」
「それは・・・ ハヤテも指揮官の考え方までは分からないと言っていましたわ」
物資を要求しに行った騎馬隊が一人も戻らなかった場合、帝国軍はここら一帯を纏めるピスカロヴァー伯爵の討伐に動くかもしれない。
ハヤテはその確率は五分五分と読んでいた。
「五分五分ですか? 私なら後方の憂いを断ってから進軍を続けますが」
「帝国軍にその時間が残されていないとハヤテはふんでいるんですわ」
そう。戦力的には圧倒的に優位な帝国軍だが、残り時間というアキレス腱を抱えているのだ。
ハヤテはチェルヌィフ商人のシーロの情報から、帝国軍が短期決戦を望んでいる事を知っている。
この南征はチェルヌィフ王朝が自由に軍を動かせるようになるまでの、タイムリミット付きの戦争なのだ。
そして帝国軍に物資が不足しているといっても、すぐに空になる程追い詰められている訳では無い。
さすがに正確なところまでは分からないが、これでも今までハヤテは手加減しながら物資を攻撃して来たのだ。
単に帝国軍を飢えさせるつもりなら、もっと効率の良いやり方だってあったのである。
残り時間。そしてギリギリの物資。
さらにあまり時間を取られると、雪で街道が埋まって進軍が妨げられる恐れもある。
最初のハヤテの予想では、この時点で、追い詰められた帝国軍は強行軍でミロスラフ王国の国境を目指すだろう、と考えていた。
よもや帝国兵が物資不足にへそを曲げてしまい、指揮官が彼らをなだめるため行軍を中止してまで物資を工面に走る事になるとは予想もしていなかったのだ。
そのため、現時点ではあくまでも確率としては五分五分と言ったのだ。
だが現実的にはそうはならないだろうとも考えていた。
「ハヤテはこのタイミングで帝国軍が後方の安全の確保に回るなら、指揮官はミロスラフ王国への進軍を諦めるに違いない、と言ってましたわ。しかし、帝国皇帝はその指揮官の判断を決して許しはしないだろう、とも言っていましたわ」
「・・・なる程。ハヤテ様のご慧眼恐れ入ります」
トマスはドラゴンの人知を超えた英知に恐れを抱いたが、知っての通り特別ハヤテに軍事の才能があるわけではない。
ただ、どうしてもトマスが帝国軍五万を”五万もの巨大な戦力”と考えてしまうのに対し、ハヤテは”騎士団に率いられた五万もの雑多な人間の集まり”としか考えていない、その感覚の違いが考え方の違いに現れてしまうのである。
ハヤテにとって兵士とは、近代的な兵器を使いこなす訓練された専業の兵士達の事であって、この世界の兵士の事は、寄せ集めの人工程度にしか思っていない。
そのため彼らの事を”五万の兵士”ではなく”五万人”と捉え、”五万の帝国軍”を”帝国軍が率いている五万人”と考えているのだ。
つまりハヤテにとって本当に戦うべきは五万の帝国軍ではなく、五万人を率いる一部の帝国軍なのである。
ハヤテの立てた作戦は、この五万の人間をいかに利用して相手を困らせるかであり、その数の力でいかにして帝国軍を撤退に追い込むか、というものであった。
ティトゥから作戦の概要を聞かされた時、トマスを含むオルサーク家の人間がどうしても理解出来なかったこの作戦の本質はここにあったのだ。
ハヤテにとっても確かに五万人は多いが、現代日本であればイベントなどで聞かない数字ではない。
それに対してオルサークの彼らにとっては、五万人というのは普段馴染みのない、途方もない数で、それをハヤテのようにただの人間の集まりとして見ることが出来なかったのだ。
田舎男爵のオルサーク家にはないこの人数感覚だが、実は特別ハヤテのみが持つものではない。
ランピーニ聖国の宰相夫妻やメイドのモニカも同様の感覚をもっている。
ティトゥから作戦を聞かされて、宰相夫妻やモニカがすぐに理解を示したのがその証拠である。
宰相夫妻は為政者として常日頃から、騎士団や商人や農民の数をそれぞれ国家単位で扱っているために、そういった感覚がむしろ普通だ。
モニカも長年王家に仕える伯爵家の令嬢として、幼い頃からそういった感覚に馴染んでいた。
・・・いや、モニカの場合は彼女の性格によるものかもしれないが。
「しかしもし帝国軍がピスカロヴァー伯爵領を攻めるような事になれば、その時はどうしましょう?」
「それは・・・ 以前ハヤテはいざという時には”としばくげき”をするしかない、と言っていましたわ。きっとその時はそうする事になるのでしょうね」
ハヤテのいざという時の手段。それは帝国都市部への都市爆撃である。
ハヤテの250kg爆弾と20mm機関砲は一日で完全に回復する。その武装を使って帝都に無差別攻撃をかけるのである。
毎日続ければ皇帝は自分達の身を守るためにゾルタから軍を引き上げさせるだろう。
しかしこの手段は大きな犠牲を伴う。
自分の心にも強い負担のかかるこの作戦を、ハヤテは出来れば取らずに済ませたいと考えていた。
「分かりました。早速ナカジマ騎士団の方々と協議しましょう。オルサークに向かった騎馬隊は既にいないので、残すはペオル家とブラシル家とテンプシー家、それとピスカロヴァー伯爵様の所でしょう。それぞれの街道の地図をすぐに用意します」
この時代、街道の地図は戦略物資である。
トマスも兄から渡されたそれらの地図を厳重に管理していた。
「帰りにハヤテの上から確認したから必要ありませんわ」
「・・・そうですか」
もっとも竜 騎 士にとっては、ついでに見て帰れる程度の価値でしかないのだったが。
ティトゥがハヤテの上から見た、待ち伏せに適していると思われるポイントを地図の上に書き込んだ。
熱心に頷くナカジマ騎士団員の代表者達。そして領地の地形を丸裸にされて微妙な表情のトマス。
「全部で五か所ですか。現在ここには七部隊いるので二部隊余りますな」
「オルサークの者の到着を待たずに大丈夫でしょうか? いえ、我々だけで問題が有るとは言いませんが」
「ブラシルは俺達が受け持とう。確かウチの開拓兵にそこらの地理に明るい者がいたはずだ」
「ピスカロヴァー伯爵家に向かう街道ですが、二部隊当ててはどうでしょうか。ひょっとして敵はこちらの間道を使うかもしれませんし」
打ち合わせが進み、それぞれの街道の割り当てと実行の際の問題点が洗い出された。
とはいうものの、基本的に現地判断の掃討戦だ。この場で決められることはさほど多くはない。
それに彼らは何度も実戦を経験しているつわもの揃いだ。
打ち合わせは手際よく進んだ。
「ではお任せしましたわ。何かあったらトマス様に伝えておいて頂戴な」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
ティトゥは別れを告げるとハヤテの背に乗り込んだ。
やがてハヤテが空へ飛び立つと、騎士団員達はそれぞれ自分達の部隊へと戻って行った。
これから割り当てられた街道の封鎖に向かうのである。
騎士団の中でも、ピスカロヴァー伯爵家に通じる街道を封鎖するために向かう者達の出発は遅れた。
さすがに寄り親であるピスカロヴァー伯爵に対して、何も連絡を入れない訳にはいかなかったからである。
トマスは苦労して書式を整えると伯爵家への手紙をしたためた。
「ではこれを渡してくれ。あっ! ゾルタでは寄り子が直接寄り親の当主に書状を渡すのは礼を失する行為に当たる。必ず先方の家令に渡すようにして欲しい」
「分かりました」
小ゾルタは昔大陸を支配していた大ゾルタ帝国の末裔が建国した、という触れ込みであるためか、どうしてもこういった格式にうるさいところがある。
トマスは他にも何か見落とした所は無いかブツブツと確認した。
こんな事になるなら儀礼に詳しい家令に一緒に来てもらっておけばよかった。トマスは激しく後悔した。
「トマス様?」
「あ、いや。大丈夫だ。よろしくお願いする」
いつまでも不安に思っていても仕方が無い。トマスは頭を振って気持ちを切り替えた。
騎士団員がトマスの手紙を手に部屋を出ようとしたその時、ドアが大きな音を立てて開かれた。
「おい、トマス! ナカジマ様はもう戻られたのか?!」
そこに立っていたのはトマスの上の兄、オルサーク家の次男パトリクだった。
次回「人質の少女」