その19 そして戦場へ
遭遇戦の地を離れ、一路戦場となるネライ領を目指して飛行する。
と言っても小さな国なので、もうすぐに到着してしまいそうな気がする。
お客様、食事やトイレの御用はございますでしょうか?
一度どこかでトイレ休憩を取った方が良いかもね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目の前にあるのは稚拙ながら深く張り巡らされた堀と柵。
ネライ領は広い平野が少なく、丘陵が多い土地だ。
ミロスラフ王国に攻め込んだ隣国ゾルタの兵は、彼らの上陸した海岸線を中心に防衛線を築いていた。
その防衛線を挟んでのにらみ合いがすでに一週間以上も続いていた。
なかでも付近の小高い丘に簡易とはいえ築かれた砦に王国軍は手を焼いていた。
王国軍が侵略軍の本陣を攻めれば、敵は砦から王国軍の側面に攻撃する。
かといって先に砦を落とすには相手に地の利がある上、攻略に時間をとられるとやはり本陣からの攻撃を受ける。
その上相手の方が兵数が多いのだ。兵力を割り、同時に対応するということもできない。
こうして王国軍が攻めあぐねているうちにも敵の陣地の要塞化は進み、どんどんと打てる手が少なくなる。
先の見えない状況に王国は次第に焦りを募らせていた。
「我が軍がこの地に布陣を済ませるまで侵略軍が支配領域を広げていなかったのは不幸中の幸いでしたな。」
ミロスラフ王国の本隊、その中ほどに立てられた大天幕。
総指揮官カミル将軍は、話しかけて来た側近の騎士の方を訝し気に見る。
もちろん側近は本気でそう言ったわけではないだろう。
将軍は彼の言葉をそう捉えた。
戦意高揚のため、あえてこちらに有利なように言ったのだ。
むしろ兵数に劣る王国軍としては、相手の軍があちこちに散っていてくれた方が各個撃破のチャンスだったのだ。
もちろんそうなった場合の民の犠牲は、当然現在より多かっただろうが。
カミル将軍に目を向けられた側近は、誇らしげに胸を張る。
どうやら彼は本気で言ったようだ。
将軍は小さく肩を落とす。
戦場に出てからの王都騎士隊の脳筋ぶりは目に余った。
(勇敢、勇猛はいいが、隊すべてがこれでは・・・)
王都で訓練していた時には気付かなかった騎士隊の弱点である。
カミル将軍が王都騎士隊の隊長の任を受けたのは昨年のことである。
カミルバルト・ミロスラフ第二王子は若くして臣籍降下して王国の名家ヨナターン家に養子に入った。
ヨナターン家は王族の俊英が身内に入ることを喜び、また、跡継ぎとなる男児がいなかったこともあり、彼らはカミルに長女との婚約を勧めた。
その申し出を受けたカミルは正式にヨナターン家の跡取りとなったのだ。
当主となったカミルは当時弱兵だったヨナターン領の軍を再建、ヨナターン領軍を王国でも精鋭の軍とすることに成功した。
その手腕を買われて兄である国王直々の命を受け、王都騎士隊の将軍に任命されたのである。
しかし実情は、自分より優秀な弟が自分の目の届かないトコロで強力な軍を得たことに不安を覚えた兄王が弟を王都に呼び戻した、というものであった。
国民は優秀な元第二王子が王都騎士隊を率いることに熱狂したが、事情を知る者にとっては冷めた目をもって迎えられたのである。
(せめてこの場にヨナターン領の軍がいれば・・・)
宰相ユリウスの再三の進言にもかかわらず、弟の指揮下に彼の育てた軍が入ることを良しとしなかった国王は、隣国ゾルタとの国境の砦にヨナターン領の軍を遠ざけたのだ。
もちろん隣国ゾルタとの国境の防衛は強化しなければならないのだが、国王の考えは誰の目にも明らかだった。
(とにかくこれ以上時間をかけるのはマズイ。今はまだ敵の大型船は出航していないが、あれが敵の本国に戻り補給と増援を積んで戻ってきては打つ手が無くなる。)
侵略軍を輸送してきた大型船はずっと海岸に係留されたままだ。
見知らぬ海岸につける際に何か事故を起こし、今は修理が必要な状態なのかもしれない。
だとすると船の修理に必要な技師や設備が狙われる可能性がある。
そちらに対して手を打つ必要がある。
そう考えるのだが、残念ながら王都騎士団にはそういった仕事の出来る人材がいない。
カミル将軍は頭を抱えたくなった。
「将軍、本隊への兵糧の搬入完了しました!」
天幕の入り口に立つ男から報告が入った。
部下が尊大な態度で男から割り符を受け取る。
ちょっとしたきっかけで、カミル将軍自らが直接指揮下に入れた男だ。
冴えない見た目の下士位の中年男だが、こういった裏方や事務的な仕事に優れるため、今では手放せない人材になっている。
「ふむ、お前になら任せられるかもしれんな。」
「は?」
突然声をかけられ男が戸惑いを見せる。
「敵船に対する対策を取らねばならないと考えていたところだが、お前ならやれそうだ。」
「なっ! 私の兵に敵の船を破壊せよとおっしゃるのですか?!」
男が驚愕に目を見開く。
確かに全軍でも攻めあぐねている敵の本陣の、その奥に配置されている敵の船をお前達だけで破壊しろ、と言われればこんな顔もするだろう。
死んでこい、と言われたようなものだ。
「そうしてくれれば最高だが・・・」
カミル将軍は苦笑しながら言葉を続ける。
男にしてもらいたいのは、この近辺で大型船の修理ができる港を調べ、そこに防衛のための兵を差し向ける、そのための段取りを組んで欲しい、そういった仕事なのだ。
だが、カミル将軍がその先を続けることはできなかった。天幕の外から兵士のどよめきが聞こえてきたのだ。
何か思わぬことがおき、思わず声が出た、そういう雰囲気である。
天幕内の人間はとまどった顔を見合わせる。
敵の奇襲といった殺気だった声ではない。と判断したカミル将軍は自らの目で事態を確認するため天幕の外に出る。
側近達と中年男も慌てて将軍の後を追う。
天幕の外に出た将軍達は兵士が見上げる空を見る。
そこにあったものは・・・
「何だ? あれは。」
その疑問に答えられる者はこの場にはいない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
人気のない小さな小屋を見つけたので、そのそばに着陸することに決めた。
もうだいぶ戦場に近づいているはずだ。この辺りの人はみんな避難したんだろう。
さっきの避難民の人達は無事逃げ切れたのだろうか?
何事もなく着地。
絵に描いたような見事な海軍式三点着陸が決まったぜ。身体は陸軍機だけど。
風防を開けると、僕の考えを察したティトゥは素早く降り、そそくさと小屋の中へと消えて行った。
実は限界だったのかもしれない。
薄着で結構な高度を飛んだから冷えたんだろうな。
さて、今の間にあることを試みるか。
一旦エンジンを切って精神集中。
出てこ~い、出てこ~い。よし、出た!
ティトゥは喜んでくれるかな? ちょっとドキドキ。
小屋の裏に井戸でもあったのか、濡れた手をはしたなくパジャマの端で拭きながらティトゥが帰ってくる。
軽やかにコクピットに滑り込む・・・つもりがイスの上に何かが置かれていることに気が付き、慌てて手を突っ張って体を止める。
そこにあるのはアルマイト製の容器と竹皮にくるまれた三つの白い三角。
『これは・・・何ですの?』
「ピシャピシャーン!(青い猫型ロボットがひみつ道具を出す時の効果音)
ティトゥお弁当セット~!」
『????』
説明しよう、この身体は何度も言った通り、映画『大帝都燃ゆ』に登場した四式戦、ではなくそれに似せて僕が作ったプラモデルが元になっている。
あの時僕は、ちょっとした遊び心で、竹皮に包まれたおにぎりと水筒もおまけで作っていたのだ。
劇中ではヒロインが主人公のために作ってくれたおにぎりなんだけど、主人公はすごく美味しそうに食べるんだよ。
映画のCMにも使われた結構印象深いシーンだったので、主人公の乗る四式戦には付いてて嬉しいアイテムだろう、と思ってサービスで付けたんだよね。
『私に頂けますの?』
「そう。どうぞ召し上がれ。」
どうにか説明するうちに、僕がティトゥのために用意した食べ物ということが分かってもらえたようだ。
この一ヶ月の間、自分も散々似たようなことをしていたのでピンときたのだろう。
ティトゥはためらいながらもおにぎりを手にすると『見たこともない植物ですわね』などと言いながらまずは一口。
竹皮の端を口に入れる。
って、竹皮は食べないから!
・・・あ~あ、やっちゃった。
ティトゥ涙目である。
先に竹皮をかじり渋い思いをしたことに警戒したのか、ティトゥは今度は恐る恐るおにぎりを口にする。
ここで食べるのを止められたらどうしようかと思ったよ。
『こっちは食べられるわ』
一口食べると安心したのか、次第に食べるペースも上がり、あっという間に三つのおにぎりを平らげてしまった。
『そういえば昨日から何も口にしていなかったわ。ありがとうございました。』
喜んでもらえて僕も嬉しいよ。
『これがドラゴンの食べ物だったのね。どうやって作るのかしら?』とか呟いているけど、僕はおにぎりは食べないよ?
水筒の水で喉を潤し、ついでに残った水で手も洗い、これで休憩はバッチリだ。
僕は今度こそ戦場を目指して飛び立つのだった。
次回「戦争行為への武力介入を開始する!」




