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その12 泥土にあがく

◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国南征軍の陣地の奥。本陣テントの会議の席で副将達が声高に意見を交わしていた。


 いや、これは会議といってもいいのだろうか?

 怒声を浴びせ合っているという表現の方が相応しいのかもしれない。


 そんな中、最奥に座るウルバン将軍はジッと目を閉じて彼らの言葉に耳を傾けている。

 その表情からは将軍の心を何も窺い知ることは出来ない。


 この会議が何故ここまで紛糾しているのか。それは帝国軍の置かれた厳しい現状が物語っていた。




 昨年の年末。帝国軍はついにミロスラフ王国に向けて小ゾルタの王都バチークジンカを進発した。

 ミロスラフ王国は国の規模としてはこの小ゾルタと大差ない。

 僅かな犠牲で小ゾルタを陥落させた帝国軍にとっては、既に彼らは相手ではない、と言っても過言ではなかった。

 帝国軍は年内には国境の砦にたどり着き、早ければ年内にはミロスラフ王国の国内に軍を進める予定であった。


 だがその予定は最初の一日目から躓く事になる。

 言うまでも無い。あの空飛ぶ化け物のせいである。


 その日、突然帝国軍を襲った化け物は、物資を積んだ荷車とその周囲の兵士を焼き殺すと、悠々と空の彼方へと飛び去ってしまった。

 ウルバン将軍ら軍首脳部は、不安に怯える兵をなだめるため、早々に陣地を張って野営する事を決定した。

 この時はまだ、謎の生物による不幸な被害と考えていたからである。


 しかしその夜、帝国軍は謎の敵からの夜襲を受けてしまう。

 昼間の恐怖がようやく落ち着こうかという時に寝込みを襲われ、帝国軍陣地は大きな混乱に包まれてしまった。

 ウルバン将軍は、翌日は出発を後らせてまで事態の収拾に努めたのだが、今度はそれすら裏目に出てしまう事になる。


 再び空飛ぶ化け物の襲撃があったのである。


 化け物は前日同様、帝国軍の物資を襲った。

 再び物資は焼かれ、化け物は悠々と飛び去った。

 突然の強襲に彼らはなすすべが無かった。


 それからも化け物は度々行軍中の帝国軍に襲いかかって来た。

 狙われるのはいつも物資を積んだ荷車で、可燃性の謎の水をかけられた上で燃やされた。

 物資を奪って食う訳では無い。燃やして使えなくしているだけなのだ。

 そこには明確な意図が感じられた。

 そう。謎の化け物は偶然帝国軍を襲った行きずりの野生生物などではない。帝国軍を狙う何者かに使役される兵器なのだ。


 今や兵士達は頭上にトンビが飛んだだけでも恐怖に駆られて逃げ出す始末である。

 そこには小ゾルタ王都を進発した時の、自信にあふれた帝国軍の姿はどこにも無かった。


 こうなってくると当然、夜襲して来た敵との繋がりを疑うべきである。

 それに謎の敵も化け物同様可燃性の水を使用していた。


 夜襲の規模から敵の人数は最初に考えていたよりもずっと少ないと思われた。

 可燃性の水による爆発があまりに目立つため、敵の人数を過剰に見積もってしまっていたのだ。


 それを察した帝国軍は彼らが夜襲に来た所を逆に罠にかけようと試みた。

 残念ながらこの作戦は失敗に終わってしまった。

 すんでのところで敵を取り逃がしてしまったのだ。

 しかし、これで敵軍は安易に夜襲を仕掛ける事は出来なくなったに違いない。

 そう考えれば完全に失敗した訳ではないとも言えた。


 帝国軍に夜襲を繰り返す小規模の謎の敵。

 彼らは誰も知らない可燃性の水を兵器として利用し、見た事も聞いた事もない化け物すら使役する。


 小ゾルタやミロスラフ王国の者とは考えられない。

 この二国のどちらかにこれほどの兵器があれば、とっくに国境線の小競り合いに決着がついているはずだからである。


 ミロスラフ王国の南方には都市国家が乱立している。

 それらは貿易都市の集合体で、主な取引先は半島の遥か南方に位置する別の大陸である。

 その南方大陸は未開の地と言われているが、それだけに自分達の知らない可燃性の水を利用していたり、謎の化け物を使役していてもおかしくないのかもしれない。


 しかし、やはり可能性が高いと思われているのはチェルヌィフ王朝である。


 化け物を使役しているという情報は入っていないが、相手は帝国の仮想敵国である。

 当然向こうも帝国を警戒して情報は厳しく統制されているだろう。

 また、王朝の東の海の先は魔境と言われている。

 ひょっとしたら王朝はそこからあの化け物を連れて来たのかもしれない。

 現在王朝は”ネドモヴァーの節”で軍が動かせない状態だが、極少数の部隊と化け物を派遣する事で帝国軍の足止めを狙っているのではないだろうか?


 次点としては帝国軍の南征に脅威を感じているであろうランピーニ聖国。あるいは帝国に隣接するその他の諸外国が上げられる。

 しかし、それらの勢力が現時点でこのような明確な形で帝国軍に敵対するとは考え辛い。

 そもそもどこから謎の兵器や謎の化け物を得たというのだろうか?

 

 それらの事情をかんがみると、やはりチェルヌィフ王朝が最有力候補といえるのではないだろうか。



 会議がそちらの方向で纏まりかけたその時、テントの外から連絡の兵の報告が告げられた。


「失礼します! 食糧担当の吏僚(りりょう)の処刑が終わりました! あらためられますか?」


 その声にずっと沈黙を守っていたウルバン将軍が立ち上がった。


「分かった。向かおう」




 首実検は陰鬱なものだった。兵達は遠巻きに処刑された吏僚(りりょう)の男の死体を睨み付けている。

 ウルバン将軍は恨めし気な男の顔をあらためると、死体を陣地の外に埋めるように指示を出した。

 兵達の恨みようからすると、命令が守られるかどうかは怪しいものだ。

 憂さ晴らしに八つ裂きにされてそこらに打ち捨てられるかもしれない。

 男が死してなお罪の贖えない程の罪人であったなら、あるいはそれも相応しい扱いなのかもしれなかった。


 しかし、この男に何の罪もない事はウルバン将軍が良く知っていた。


 きっかけは先日。夜襲でテントを焼かれた者が新しいテントを受け取りに行った所、この男に「無い」と言われたのだ。

 兵達は怒った。当然だ。この寒空の下、テントも無しに寝ろというのか?

 しかし、男の言葉に嘘は無かった。

 現在帝国軍は連日の化け物による攻撃で物資が不足していた。

 更に悪い事に食料も不足していた。男は仕方なく現在の食糧を残りの日数で割って、一日当たりの給与を減らした。

 これが兵達の怒りに火を付けた。

 楽な戦と略奪による贅沢に慣れた兵は、我慢や粗食に耐える事が出来なくなっていたのだ。


 兵達は吏僚(りりょう)の男を吊るし上げた。

 暴動寸前になって初めてウルバン将軍は事態の深刻さに気が付いた。


 男はウルバン将軍に涙ながらに自分の無実と兵の非道を訴えたが、将軍の下した判決は男の処刑だった。

 ウルバン将軍は男に軍事物資の横流しの罪を着せた。その上で兵士達に新年休みを与え、酒と食事を配給した。

 兵達は喜び、ウルバン将軍の公正さと気っ風の良さを褒め讃えた。


 ウルバン将軍は一時的に兵達の溜飲を下げるために、吏僚(りりょう)の男に無実の罪を着せたのだった。



 一先ず問題を解決したウルバン将軍だったが、物資が不足している事に変わりはない。

 このままではすぐにまた同じことが起こるだろう。

 そして次は小手先の誤魔化しは効かない。


 ウルバン将軍は虎の子の騎馬部隊に、周辺の村から物資を徴発してくるように命令を下した。

 その上で近隣の貴族には追加の物資の提供を要請する事にした。


「既に彼らは限界まで食料を提供しています。これ以上の要求は彼らに死ねと言うようなものです」


 この最もな意見を訴えた者は将軍の側から遠ざけられてしまった。

 代案も出さずに正論だけを口にする者に将軍は用は無かったからである。


 こうして帝国軍が陣地に引きこもっている間に、騎馬隊が周辺の村を回って物資の調達を行う事になったのだった。



 ウルバン将軍はテントで一人になると、部下には決して見せない深いため息をもらした。


 現在の帝国軍の状態は泥土の中を泥に足を取られながら歩いているようなものだ。

 足は泥で重くなり、体力は奪われ、どこに深みがあるのかすら分からない。

 周囲には霧が立ち込め、進むべき先も見えない。

 もがくようにただひたすら足を前に運ぶ他は無い。

 そんな絶望的な状態だ。


 少し前まではこんなはずでは無かった。

 約束された栄光まで真っ直ぐに舗装された道が続いているはずであった。


「いつどこでボタンを掛け違ってしまったのだ・・・」


 将軍の呟きに答える者はいなかった。

次回「襲撃計画」

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