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その11 20mm機関砲

◇◇◇◇◇◇◇◇


 オルサークから東に延びる街道。前線のナカジマ騎士団に合流するべく移動中のオルサーク騎士団だったが、その途中で帝国軍の騎馬隊と遭遇してしまった。

 それは今日になって帝国軍が各地に派遣した物資徴発部隊だったのだが、彼らの中にそれを知る者はいなかった。


 予想外の事態に混乱するオルサーク家次男のパトリク。

 彼はこの戦いが始まって以来ずっとオルサークで留守部隊に編制されていたが、騎士団が年末休暇でオルサークに戻った際に前線へと配置換えされた所だったのだ。


「マズいな。もう向こうに気付かれちまったみたいだ」


 街道の先に見える騎馬隊から土煙が立ち昇っているのが分かる。

 こちらに速歩で向かって来ているのだ。

 こちらから相手の姿が見えるのだ。帝国側がこの150人からの大集団に気付かない訳がない。


 パトリクはうろたえる騎士団員達を見渡した。

 現在彼らは武装していない。オルサークに戻る際に前線本部となったウルバ村に装備を置いてきているためだ。

 あってもせいぜいナイフ程度か、何人かが杖や杖代わりの棒を手にしているくらいである。


 こちらは約150人。相手は14~15人。

 

 人数だけは10倍だが、こんな武器では完全武装の騎馬隊とまともに戦う事は出来ない。


 かといってこちらの姿は既に相手に捉えられている。

 今から逃げても追いつかれるだけである。

 いや、それでも逃げるべきか――


 パトリクのこの迷いが致命的となった。

 オルサーク騎士団の前に帝国騎馬隊が到着してしまったのだ。




 騎馬隊は彼らの少し手前で馬の手綱を引いた。そのまま一定の距離を保っている。


「きさま達はどこの者だ! なぜこの人数でこんな場所にいる!」


 この騎馬隊の隊長だろうか。ひと際立派な装備に身を固めた男が猛々しく詰問して来た。

 パトリクはやむを得ず騎士団員達の前に馬を進めた。


「俺が責任者だ! この先のオルサークの当主の息子パトリク・オルサーク! そちらはミュッリュニエミ帝国の者とお見受けする!」


 当主の息子という言葉に隊長の眉がピクリと跳ねた。

 まさかこんな場所で、自分達が目指している先の当主の息子に会うとは思ってもいなかったのだろう。


「いかにも! 我らはウルバン将軍閣下配下の騎馬部隊! オルサーク殿、なぜこのような場所にかような大人数で出向いておられるのか?!」


 武装していないとはいえ、男ばかりの150人からの大集団だ。

 隊長が警戒するのも無理はなかった。


「これは・・・ 近くの村で野盗が現れたと聞き、その討伐に向かう所だったのだ!」


 咄嗟にパトリクの口を突いて出たのはあまりに苦しい言い訳だった。


「これほどの人数で? しかも誰も武器を持っていない様子だが?」

「武器・・・先方で用意してあるのだ! か、彼らの武器はそこで受け取る手はずになっている!」


 自分でも無理があるとしか思えない言い逃れに、パトリクの口内は既にカラカラに乾いていた。


「待て! 貴様何処に行く!」


 その時、騎馬隊の男が一声叫ぶと馬を駆けさせた。

 街道脇に生い茂った雑草が揺れると男が立ち上がり、一目散に逃げ出した。

 それはさっきパトリクに騎馬隊の事を報告して来た男だった。


「ま、待ってくれ!」


 パトリクの制止の声も届かず、騎馬隊の男は馬上から槍を突き出した。

 槍は過たず逃げた男の背中を捉え、逃げ出した男はもんどりうって地面に転がった。


「ぐっ・・・ い・・・ 痛え・・・」

「貴様、どうして逃げ出した! 理由を言え!」

「待ってくれ! 違うんだ! その男は・・・」


 パトリクは何とか言い逃れを探すが、彼はどっちかというとさほど知恵の巡りの良い方ではない。

 彼の不審な行為は、騎馬隊の隊長の警戒心を募らせるだけでしかなかった。


「怪しいヤツらだ! 当主の息子というのも(かた)りかもしれん! 構わん、何人か叩き切れ!」


 もし本当に目の前にいる青年がオルサーク家の息子だったとしても関係ない。

 後で文句を言われても帝国軍の威光でどうとでもなる。

 どうせオルサーク家には脅して物資を出させるつもりだったのだ。むしろこれでオルサーク家が委縮してくれれば話が早いくらいだ。


 隊長はそう判断したのである。


 隊長の命令に騎馬隊が一斉に襲い掛かり、運の悪い者がたちまち彼らの槍の餌食になった。


「き・・・貴様! 俺達が何をした?!」


 怒りに我を忘れて馬上で隊長に組みかかるパトリク。


 だが相手が悪かった。


 騎馬隊は帝国軍の中でも精鋭部隊である。しかも隊長は部隊で知らぬ者のいない程の腕前の持ち主であった。

 隊長は馬上とは思えない程の素早い身のこなしで軽くパトリクをあしらうと、逆に地面に叩き伏せてしまった。

 凄まじい技の冴え。まるで大人と子供のケンカであった。


 背中を打ってうめき声を上げるパトリク。彼の周囲では、また一人の男が騎馬隊の槍の餌食になっていた。


「隠し事をするからこうなるのだ! さあ正直に言え!」


 馬上からパトリクを見下ろす隊長。

 しかし彼の余裕もここまでだった。


 空からヴーンという低いうなり声が聞こえると、この一週間帝国軍を散々苦しめているあの化け物が彼らに襲いかかったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕はティトゥを乗せてオルサークに続く街道の上を飛んでいた。

 トマスによると丁度今、オルサークから一時休暇中の騎士団員達が戻って来ている最中なんだそうだ。

 その人数はオルサーク騎士団員とオルサーク兵合わせて約150人。

 このままいくとオルサークを目指す帝国軍の徴発部隊と、街道の途中で鉢合わせする可能性があるという。


『あそこ! 見えましたわ!』


 ティトゥの指差す先に大勢の人間が見えた。

 騎馬隊の姿も見える。どうやら既に徴発部隊と鉢合わせしてしまっているようだ。


『あっ! 一人やられましたわ!』


 騎馬隊の持つ槍に男が突かれて倒れた。

 そのまま横たわって動かない。まさか死んだのか?


 街道には同じように倒れた人間が何人も転がっている。


 騎士団の方はろくに武器も持っていないのか、騎馬隊から必死で逃げ回っているだけで、反撃をしている様子はない。


 その一方的な虐殺に僕の頭にカッと血が上った。


『ティトゥ。アンゼンバンド』

『安全バンド? もちろん締めていますわ! 行って頂戴、ハヤテ!』


 僕は一気に加速。殺戮の現場に向かって急降下をかけた。




 僕の上げるエンジン音を聞いて、騎馬隊の男達が驚いた顔でこちらを見上げた。

 まさかこんな場所で僕に出会うとは思ってもいなかったようだ。


 僕はオルサーク騎士団の人達に当たらないように、わざと大きく外して20mm機関砲を発射した。


 ドドドドドド!


 僕の機体から四条の真っ赤な光の束が伸び、冬場の乾燥した地面に大きな土ぼこりを巻き上げた。

 その音と土ぼこり、そして空から襲い掛かる僕の巨体に怯えた馬が暴れ出し、乗っていた騎士達を振り落とした。


 僕は彼らの頭上を通り過ぎると旋回。再び上空から襲い掛かろうとした。

 すると驚いた事に、空飛ぶ僕に一矢報いるつもりか、なんとこちらに向かって馬を走らせて来る騎兵がいたのだ。

 騎馬隊の中でもひと際立派な装備だ。きっと帝国ではさぞや名のある騎士なんだろう。

 そして馬の方も良く鍛えられているのか、僕に怯える事無く矢のように真っ直ぐ走って来る。

 正に人馬一体。見事な騎馬武者振りだ。


 けど僕相手には蛮勇もいい所だ。


 僕は冷静に彼に照準を合わせると20mm機関砲を発射した。

 当時の航空機では最大級の威力を誇る20mm機関砲だ。騎馬隊の鎧など存在しないも同然である。

 あっという間に彼の姿は弾着の土煙の中に消え、僕が過ぎ去った後には乗り馬共々ズタズタに引き裂かれた死体が転がっているだけだった。


 僕の予想通り男は有名な騎士だったのだろう。

 男の死を見た騎馬隊の兵達が一斉に逃げ出した。

 まだ馬に乗っていた者は馬で。馬から振り落とされていた者は徒歩で。

 それぞれ元来た方向へと走り出した。


 さっきの男よりコイツらの方がよっぽど賢い。どだい中世の騎馬隊が近代兵器である戦闘機に勝てるわけがないのだ。

 こっちは人を殺すために開発された生まれついての兵器なんだから。


 さて、このままコイツらを見逃してやってもいいけど、どうするか・・・


 いや、やはり彼らには自分達の行為を償ってもらおう。その命で。



 僕は先ずは逃げ足の速い、馬に乗っている敵から始末する事にした。

 僕の攻撃に騎馬達はさっきの騎士と同様に土煙の中に消えていった。


 それを見た者達は慌てて街道から外れて藪の中に逃げ込んだ。

 しかし無駄だ。空から見ればどこを走っているのか一目瞭然なのだ。

 照準に敵を捕らえて発射すると、弾丸はぶれる事なく、まるで吸い込まれるように標的に命中した。

 僕は狙撃手のように狙いを定めると、逃げる敵を的確に葬っていった。


 もうこんなものは虐殺ですらない。ただの作業だ。

 一体僕の機体はどれだけ高性能になっているのだろうか?


 僕は呆れる程簡単に敵の死体を築いていった。



『・・・もう帝国兵はいませんわ』


 ティトゥにそう言われたのはどのくらいの時間がたった後だろうか。

 僕はすでに存在しない敵を捜して、いつまでも街道の上をグルグルと回っていたみたいだ。


 眼下には僕を見上げて嬉しそうに手を振っているオルサーク騎士団員の姿がある。

 倒れていた者も別の者から手当を受けているみたいだ。

 少なくとも全員が死んでいた訳ではなかったらしい。


 僕は心にドッと疲れが溜まり、早く自分のテントに帰って引きこもりたくなった。


『カエル』

『そうですわね。でもその前にトマスにオルサークの人達が無事だった事を伝えてあげないと』


 確かにその通りだ。

 僕は渋々機首を巡らせると、オルサークの人達に見送られながらトマスの待つウルバ村を目指した。


 そして彼らの中に呆けたように僕を見上げるオルサークさんの息子の姿があった事に、その時の僕は気が付かなかった。

次回「泥土にあがく」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで一気に読んでしまった 面白すぎるでしょ! [気になる点] 無自覚に砲艦外交や文化侵略をしまくったり、綺麗事を並べながらエグいことをやらかす現代日本人らしいイビツさ全開のハヤテ 今後…
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