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その10 帝国軍徴発部隊

◇◇◇◇◇◇◇◇


 前線本部となったウルバの村。

 トマスはナカジマ騎士団の者から報告を受け取っていた。


 新年を迎えるにあたり、オルサーク騎士団の者達は年末休暇で一時的にオルサークに戻っていたが、オルサーク家の三男であるトマスは休みを取らずに残っていたのだ。

 いや、そもそも休暇自体がこの村からオルサークの者達を遠ざける方便でもあったのだ。


「処罰対象者は20名を超えるか・・・」


 トマスの手元には、現在軟禁されて処分を待っている者達のリストが置かれていた。

 それらは全てナカジマ領から来た開拓兵である。


「どうやら故郷のゾルタに戻り、里心がついてしまったようです」

「・・・気持ちは分かるが、脱走兵を許すわけにはいかない」


 トマスの顔は能面のように表情が凍り付いている。

 そう。このリストの者達は隊から脱走を図り、捕らえられた者達なのだ。



 オルサーク騎士団に年末休暇を与えて前線から下げたのは、彼ら脱走兵に対する処罰を見せたくない、というのがその最たる理由であった。


 この戦いに参加している開拓兵の数は300人を超える。

 これはこの合同騎士団の約半数。最大戦力である。

 元々彼らはこのゾルタの兵で捕虜となっていた所を、ナカジマ領で開拓作業者が必要とされたので引き取られた、という経歴を持っている。

 つまり彼らは元々ゾルタ人なのだ。


 ここにオルサーク騎士団が下げられた理由がある。


 ミロスラフの騎士団にゾルタ人が処罰されるのを見せられて、オルサークの者達は納得出来るだろうか?

 理屈の上では脱走兵が処罰を受けるのは当然だ。

 しかし感情的にはどうだろうか?


 トマスは一部の人間の勝手な行動で、せっかく上手くいきかけている合同騎士団の間に亀裂が入るのを恐れたのだ。




 トマスとしても脱走した彼らの気持ちは当然理解できる。

 夢にまで見た祖国に戻り、その国は現在も帝国軍に蹂躙されているのだ。

 これで自分の家族を心配しない者はいないだろう。

 誰もがすぐにでも家に戻って家族の安否を確認したいという思いに囚われたはずである。

 そして、その思いを実行に移してしまった者達が出てしまったのだ。


 しかし彼らは、すでにナカジマ騎士団の者達に目を付けられていた。

 彼らは全員逃げ出した途端に捕らえられてしまったのだ。


「いつもと様子が異なる者達には、特に注意して目を配っていましたから」

「・・・こんな事がないようにと、あえて知った顔ぶれで固めたんだがな」


 合同騎士団の部隊は、基本的にナカジマ領の開拓村の編成に準じて編成されている。

 これは開拓兵におかしな動きが無いか、監視し易くする意味合いが強かったのだ。

 人間いざとなれば誘惑に流されるものだ。

 それが故郷を案ずる強い焦燥感であればなおのこと。

 そのためナカジマ騎士団の下には、毎日見張っていて、顔も性格も良く見知った開拓兵が配置されたのである。


「王都騎士団では戦地での脱走兵は極刑が慣例です」

「・・・ウチもそうだ。実際にそこまでする事は滅多にないと聞くが」


 脱走兵の極刑はどちらかといえば見せしめの要素が強い。甘い対応をすると、戦況が不利になった時に、「このまま負け戦を続けるくらいなら逃げ出した方が得だ」、などと考えた兵が逃亡する恐れがあるからである。

 とはいえ特に厳しい指揮官でない限り、その場で命を奪うような事は滅多に無い。

 味方による粛清は兵達の士気を著しく下げるからである。

 兵に恨みを買って戦場で後ろから刺された指揮官の話があるくらいだ。


「棒打ちの後、村の外れに監禁しておけ。ここでの戦いが落ち着いたらオルサークに送って正式な処罰を決める」

「分かりました」


 戦場では兵士を褒め、戦場の外では厳しく罰する。

 軍隊では良く聞く話である。

 騎士団員は踵を鳴らして敬礼をすると、トマスの指示を実行するために部屋を出て行った。


 トマスは重い判断を下した精神的疲労に大きなため息をついた。




 ハヤテがティトゥを乗せてこのウルバ村へとやって来たのは、それから一時(二時間)程後の事である。


 トマスはティトゥからの良くない知らせに眉間に皺を寄せた。


「帝国軍が強制徴発を始めましたか」


 その可能性は事前に考慮されていた。ただそのタイミングが良くなかった。


「ハヤテはすぐに徴発部隊へ対処すべきだと言っていますわ」

「それは・・・そうなんですが、実は今、オルサークに騎士団を戻していまして」


 トマスは隠すことなく、自分の指示でオルサーク騎士団に年末休暇を与えた事を打ち明けた。

 その際に本当の理由である脱走兵の事は黙っていた。

 ナカジマ騎士団の代表とも話し合った結果だが、こういった事は現地の指揮官が管理対応すべき問題だとしたのだ。

 ごく一部の者の問題でしかない現時点では、総指揮をとるティトゥに相談すべき内容では無い。彼らはそう判断したのだ。


「そうなんですの・・・ ハヤテは今後の合同騎士団は夜襲を切り上げて、徴発部隊へ攻撃対象を移すべきと考えているようですの」

「それは・・・ 確かにその方がいいかもしれませんね」


 トマスも初めの頃に比べ、夜襲の効果が落ちていると感じていた。

 逆に先日は、あわや帝国軍に取り囲まれる寸前まで部隊が追い詰められてしまった程である。

 曇って月が出ていなかった事と人数の少なさが幸いして、犠牲を出さずに無事に逃げ切る事が出来たのだが・・・

 おそらくこちらが寡兵なのを帝国側に気付かれてしまったのだろう。

 一度騎士団に休みを取らせたのは、そういった理由もあっての事だったのである。


「丁度全ての部隊がこのウルバ村に集まっています。攻撃目標の変更にはうってつけのタイミングかと」

「分かりました。騎士団のみなさんを集めて下さい。私の口から説明しますわ」


 護衛に立っていた騎士団の何人かが、ティトゥの指示を受けて駆け出して行った。


 ナカジマ騎士団の者達はティトゥの前に隊列を組む事を好む。

 それは姫に仕える騎士(ナイト)の矜持を満たす行為だからである。

 ティトゥもだんだんその事が分かって来たようで、この戦いが始まったあたりから意識的にこういった機会を増やすようになっていた。


 ティトゥが指示を終えて振り返ると、トマスは難しい顔をして考え込んでいた。


「帝国軍の陣地の現在位置から考えると、ピスカロヴァー伯爵領内のペオル家とブラシル家とテンプシー家、それにひょっとしてオルサークも徴発部隊の狙いに入るかもしれない・・・いや、多分入るはずだ」


 ピスカロヴァー伯爵はオルサーク家の寄り親となるこの辺りの領主である。有名な所では”大鷲”バルターク男爵家などもその傘下に収まっている。

 最もバルターク家は、王都防衛線で帝国軍の”白銀竜兵団”に当主が討たれて、現在当主不在となっている。

 一時的に当主夫人が家を取りまとめているようだが、戦いで騎士団の多くを失った今、その力を取り戻すには長い時間がかかると思われていた。


「オルサークが?! オルサーク騎士団は休みを終えてこちらに向かっている最中ですわよね?!」

「ええ。マズいですね。もし徴発部隊が向かっているなら途中で鉢合わせする可能性が高いです」


 オルサークに向かう街道は一本しかない。

 帝国軍の徴発部隊が騎馬隊である以上、当然街道を通らないという選択肢はないだろう。


「ハヤテ!」


 ティトゥは一声かけるとヒラリとハヤテに飛び乗った。

 ハヤテは待ちかねたようにエンジンを回した。


「ナカジマ騎士団への説明はお任せしますわ!」

「分かりました! お気を付けて!」


 ティトゥが風防を閉めるとハヤテは一気に加速。慌ただしくオルサークへの街道へ向けて飛び立つのだった。




 急に前線部隊に配備される事になったパトリクの準備もあって、オルサーク騎士団の出発は若干遅れていた。

 今は全員で街道を東に進んでいる。

 ちなみに彼らは非常に軽装だ。移動速度を重視して主だった装備は前線本部となったウルバ村に置いて帰ったからである。


「今日の夜にはトマス様のいるウルバ村に到着する予定でしたが、どうでしょうか」

「仕方がねえ。遅くなるようなら俺が愛馬(こいつ)でひとっ走りしてトマスに知らせるさ」


 パトリクは誇らしげにそう言うと自慢の愛馬の首を軽く撫でた。

 彼の愛馬は返事の代わりにパタパタと耳を動かした。

 その時、隊列の先頭を行く者が振り返って何かを叫んだ。


「何だ? 誰かが騒いでんな」

「あれは・・・ 先行していた者が何か知らせを持って来たようですね。おおい! パトリク様はここにいるぞ!」


 人の流れが割れると、その先から全身汗びっしょりになった男が息も絶え絶えに駆け込んで来た。


「帝国軍の騎馬隊が15! すぐにここにやって来ます!」

「なんだと?!」


 パトリクは慌てて男から顔を上げた。

 彼が見つめる先、街道の彼方にかすかに人の集団が見えた。

次回「20mm機関砲」

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