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その9 元日

◇◇◇◇◇◇◇◇


 年が明け、ナカジマ家も新年を迎えていた。


 幼い頃のティトゥはマチェイ家の次女として、寄り親のヴラーベル家が主催する年越しのパーティーに出向くのがお決まりだった。


 そういえば姉と妹にはもう何年も会っていない。


 ティトゥが元第四王子であるネライ卿に目を付けられて以来、ティトゥの両親は娘達の嫁ぎ先の家にまで迷惑がかかる事を恐れて、連絡を取らないようにしていた。


 そのネライ卿は昨年の夏に失脚して、王城の塔に幽閉されたと聞いている。

 今年は王城での新年式も開かれていない様子だし、ひょっとしたら姉妹達も両親の下に久しぶりに帰省しているかもしれない。


 ティトゥはぼんやりとそんな事を考えていた。


「どうしたんですか? ご当主様。食べないんですか?」


 料理人のベアータの声にティトゥは現実へと引き戻された。


「あの・・・ 本当にコレを食べるんですの?」


 ティトゥの目の前の大きな皿には巨大な伊勢海老が乗せられていた。

 王都にほど近い内陸部のマチェイで生まれ育ったティトゥは、水辺の食材はせいぜい川魚くらいしかなじみが無かった。

 見慣れないグロテスクな生き物に、思わずティトゥの心は体を離れ、故郷のマチェイへと旅立っていたのだった。


「ハヤテ様は新年には”おせち料理”といってエビを食べるとおっしゃってましたよ」


 メイドのカーチャが彼女の主人に、何だか正しいような正しくないような説明をした。

 おせち料理とはエビだけの事を指すのではないのだが、ハヤテの語彙では彼女に正しく伝えられなかったようだ。

 そしてカーチャの聞きかじりの情報をベアータが精一杯再現しようとしたのがこの料理というわけであった。


「マチェイの村では虫を食べる者もいると聞いてますが、私はちょっと・・・」

「いえ、ご当主様。エビは虫じゃありませんよ」

「・・・確かに赤い虫ってあまりいませんよね」


 とは言ったものの、腹部からワシャワシャと伸びる足が虫にしか見えないのか、カーチャもさっきからなるべく皿の上を直視しないようにしている。

 カーチャもティトゥ同様に海の食材になじみが無かったのだ。


「そもそも今までも料理の中に入れてましたし。ご当主様も、美味しい、って食べてましたよ」

「「入ってましたの・たんですか?!」」


 さらりと告げられたベアータの言葉に衝撃を受けるティトゥとカーチャ。


「プリプリとしていて甘みもあるし、煮崩れしないので重宝しています」

「あっ! ひょっとしてあのお肉ですか?!」

「な・・・何ですのカーチャ。ど、どのお肉の事を言っているんですの?」


 ベアータの説明に心当たりがあったのか、ギョッとするカーチャ。

 そしてどの肉の事だか分からずに、オロオロとうろたえるティトゥ。


「見たらきっと分かるんじゃないですかね。この白いお肉ですよ」


 ベアータはそう言って皿の上に手を伸ばすと、エビの背を無造作にバリッと割った。


「「キャアアアアアッ!!」」


 そのショッキングな光景に悲鳴を上げるティトゥとカーチャだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『全く・・・ハヤテのせいで新年早々酷い目に遭ってしまいましたわ』


 操縦席でブツブツと僕に文句をこぼすティトゥ。

 何の事だか分からないけど、彼女は僕のせいで酷い目にあったらしい。

 いや、ホントに全然心当たりがないんだけど。


 ちなみに僕達はいつものように、帝国軍の陣地に向かって飛んでいる。

 空は分厚い雲に覆われて、昨夜はチラホラと雪も降っていた。


『雪が止んでくれて良かったですわ』


 ティトゥにはあまり雪が激しいと飛ぶのは危険だと説明してある。

 基本的に僕はテントから出て割とすぐに飛ぶとはいえ、それでも雪が激しいとそのちょっとした時間に翼に雪が積もる可能性もある。

 そうなると事故が怖い。

 雪や氷によって翼の形状が変わり、十分な揚力が得られなくなるからだ。


 本来冬場の飛行機には融氷剤ないしは防氷剤が塗られる。

 しかし、当然この世界にはそんな物は無いし、僕も持ってはいない。

 何とか手に入らないか夜中に念じてみたけど、残念ながら爆弾や増槽の時と違って現れる事はなかった。

 ひょっとして融氷剤について僕の知識が足りないせいなのかもしれない。


『雪が降り出せばその時に考えればいいんですわ』


 僕がそんな事を考えていると、ティトゥが軽く返して来た。

 ティトゥの言う通りか。今考えても仕方が無いしな。 

 それに雪は僕にとっては厄介な物だが、陣地で野営している帝国軍にとってもやはり厄介な代物のはずだ。

 雪で困るのがこちらだけじゃない以上、大きな問題ではない。

 そう考えよう。


『ハヤテは考え過ぎなのですわ』


 ティトゥが困った顔になった。

 ・・・そうだね。でもどうしても考えてしまうんだよ。


 ティトゥは何か言いたげな顔になったが、結局何も言う事はなかった。

 僕達は微妙な空気のまま帝国軍の陣地へと向かうのだった。 




 帝国軍の陣地は昨日となんら変わりなく見えた。

 目ざとく僕を見つけた兵士達が僕を指差して騒いでいる。

 最近だと割といつもこんな感じだ。

 僕も嫌われたもんだね。まあ当たり前だけど。


 それよりも街道に誰もいないのが気になる。

 今日は行軍はしないのだろうか?


『帝国軍も新年のお休みなのかしら?』


 この一週間、僕達は執拗に帝国軍に攻撃を仕掛けていた。

 昼間は僕達が、そして夜は騎士団が夜襲を。


 とはいえ騎士団の夜襲は既に効果が怪しくなって来ている。

 毎朝こうして帝国軍の陣地の上を飛んでいるから分かるけど、最初の頃のような混乱が今はほとんど見えないのだ。

 どうやらこちらが寡兵である事に気付かれてしまったらしい。


 だが夜襲自体は帝国軍の疲労を誘う目的が大きい。

 その意味ではあくまでも戦果は二次的な物に過ぎない。そう割り切って続ける手もある。


 ・・・いや。ここは方針を変えるべきか。

 過去の成功例に囚われていてはいけない。幸いここまで負傷者は出ても死者は出ていない。

 何かあってからでは遅いのだ。

 僕達に余剰戦力は存在しないのだから。


 その時ティトゥがある事に気付いた。


『騎馬隊がいないですわ!』


 なに?!


 確かに、昨日の夕方にはいたはずの騎馬隊がすっかりいなくなっている。

 なのに帝国軍は陣地に引きこもって動いていない。

 だとすればいつものように街道を南下して次の野営地を探している訳ではないのだろう。


 可能性は・・・補給か?!


『キバタイ。サガス』

『そうですわね。それにトマスの所に何か情報が入っているかもしれませんわ』


 帝国軍にはオルサーク家が諜者を送り込んでいると聞いている。

 トマスの所にそっちの筋からの情報が入っている可能性もあるか。

 後で寄ってみる価値はあるだろう。


『ヨロシクッテヨ』


 僕は翼を翻すとこの陣地から一番近い村を目指した。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハヤテの予想通り、帝国軍は物資を補充するために近隣の村々に騎馬隊を差し向けていた。


 ハヤテはこの一週間、ピンポイントで帝国軍の物資を焼き払っていた。

 そしてハヤテの攻撃がある度に、帝国軍の足は止められてしまう。

 本来であれば去年の内に国境の砦に着いているはずなのだ。


 そうした行軍予定の遅れも相まって、帝国軍は物資の不足に陥っていた。

 その不足分を補うべく、帝国軍は現地での徴発を行う事にしたのである。


 騎馬隊の監視する中、いくつかの村から食料を積んだ荷車が村人達によって運ばれている。

 しかし、貧乏な寒村をいくらひっくり返しても、帝国軍五万の胃袋を満たすのは到底不可能だ。

 帝国軍はさらに要求を強めるだろう。


 ハヤテは上空からそれらを見届けた後に、トマスのいる前線本部の村へと向かった。

次回「帝国軍徴発部隊」

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