その8 年末休み
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本日は年末。
明日からは新年というその日に、オルサーク家の屋敷の臨時作戦本部となった応接間では、長男のマクミランが前線から帰って来たばかりのオルサーク騎士団団長から戦果の報告を受けていた。
「そうか。予定通りに進んでいるんだね」
「はい! 本当に凄いですよドラゴン――いえ、ハヤテ様とナカジマ様のお二人は!」
興奮を隠そうともしない団長。そして苦笑を浮かべるマクミラン。
彼は団長が、最後までオルサーク騎士団がナカジマ騎士団の下に付くのを反対していた事を知っているからである。
本人もその事を思い出したらしく、少しばつの悪い表情になった。
「トマス様のご慧眼には恐れ入りました。確かにあの方達の凄さは一度思い知らねば分からなかったでしょう」
トマスが最初に騎士団の編成を発表した時、彼を含めた数人は最後までナカジマ騎士団の下に付くのを良しとしなかった。
そんな彼らに対してトマスはハッキリと言ったのだ、「お前達ごときがあの方達の作戦に不満を言うのは早い」と。
いくら当主の息子とはいえ、自分の息子程歳の離れた子供にそんな事を言われれば当然彼らも面白くなかった。
不満を隠そうともしない彼らに向かってトマスはなおも言った。「不服か? だったら俺以上にあの方達の戦い方を理解して、俺に教えてみせろ。それが出来ればいくらだってお前達の言う事を聞いてやる」と。
知るためには先ずはその下で学ぶ事だ。騎士団だろうと職人だろうと料理人だろうとそれは変わらない。
その上でまだ不満があるのなら、お前達の意見の方が自分の意見より正しいと認めよう。
トマスはそう言ったのである。
従ったうえでの文句ならいくらでも聞く。指揮官にそう言われては彼らも渋々従わざるを得なかった。
「いやいや、我々の目は節穴でした。井の中の蛙とは我らの事を言うのでしょうな」
そんな彼は今やすっかりティトゥ達竜 騎 士に心酔している様子であった。
人間変われば変わるものである。
マクミランは何とも言えない苦笑を浮かべた。
オルサーク騎士団達とその兵達は今日は各々の家で過ごし、家族と共に新年を迎える。
明日にはこの場所に集まり、再び前線に向かう事になっていた。
その間、前線はナカジマ騎士団と開拓兵が受け持っている。
つまり彼らは休みなしである。ナカジマ領は一日や二日で帰れる距離ではないからだ。
毎日ハヤテに乗って家から前線に通っているティトゥは申し訳なさそうにしていたが、ナカジマ騎士団は元々王都騎士団の者達だし、開拓兵は元ゾルタの兵である。ナカジマ領に戻れてもさほど嬉しくはなかったかもしれない。
前線から帰って来た兵達はみな充実した表情をしていた。
帝国軍がこのゾルタに攻めて来て以来、自分達の母国は蹂躙され、彼らの尊厳は踏みにじられていた。
そんな帝国軍に自分達の力で一矢報いてやれたのだ。
彼らは胸を張ってオルサークに戻って来たのだった。
そしてそれは、王都がおちて以来ずっと暗く沈んでいたオルサークの人々にとっても、久しぶりに聞く明るいニュースだった。
人々は、前線から帰って来た男達から戦いの話を聞きたがった。
彼らは求められるままに、家族や知り合いや、あるいはろくに知りもしない酒場の客達に自分達の武勇を語った。
僅かな人数の合同騎士団で夜襲をかけ、強大な帝国軍を右往左往させる話は非常に勇ましく、また痛快だった。
オルサークの人々は彼らの活躍で、ようやくゾルタの民としての誇りを取り戻す事が出来たのだった。
そんな一時休暇兵達を不満げに見ている青年がいた。
オルサーク家の次男パトリクである。
騎士団の副長でもある彼は、最後までナカジマ騎士団の下に付く事に反発したため、メイドのモニカによって留守部隊の隊長に編成されていたのだ。
彼の視線の先では、自分の上司である騎士団団長が部下達と前線での話をしていた。
団長も少し前まではパトリク同様、この編成には反対だったはずである。
それが今や嬉しそうにナカジマ騎士団の戦いを褒め称えている。
パトリクには上司の変節ぶりが納得出来なかった。
そんなパトリクの視線に気が付き、団長がこちらにやって来た。
「パトリク様、そんなに睨まないでくれ。いやまあ、あなたが何を言いたいか分からないではないが」
「・・・分かっているなら無理を言うな」
不貞腐れるパトリクに団長は困った顔になった。
彼はこの直情型の部下を、若い頃の自分に重ねて好ましく感じていたのだ。
「そうだな・・・ よし! 明日、あなたのお兄様の所に直談判に行こう! それでいいな?!」
「はあっ?! いきなり何を言っているんだ団長殿」
勝手に話を進める団長にパトリクは慌てたが、すでに彼は別の部下と話をしにこの場を去っていた。
「おい、団長殿! 待ってくれ! おい!」
忙しい団長はすぐには捕まらず、結局パトリクは話し合う機会を得られないまま、彼らを見送る事になるのだった。
夜が更け、翌日。
新たな年明けは厚い雲が立ち込める、この国の先行きを暗示させるような重い天気だった。
そんな中、親族に年始の挨拶を終えた騎士団員達がオルサークの屋敷の裏に集まって来た。
彼らはこれから前線本部となっているウルバ村を目指すのである。
親類先で飲まされでもしたのか、顔を赤らめて酒臭い息を吐いている者もいる。
しかし全員、この年末休みの間に守るべき者達から戦う意義と勇気を与えられ、使命感に燃える目をしていた。
そんな彼らに出発前の挨拶をしようと、長男のマクミランは自室で準備をしていた
弟のパトリクを連れた騎士団団長が、彼を訪ねて来たのは丁度そんなタイミングだった。
「どうしたんだい団長。話なら昨日聞いたと思うけど?」
「それですがマクミラン様、私に代わって副長を前線の配置に変更して頂けないでしょうか?」
団長は、自分はこの戦いでもう十分に功績を立てたので、次は若い副長に経験を積ませたい、と訴えた。
パトリクも初めて聞く話なのか、驚いて声も出ない様子だ。
「オルサークの未来を担う弟君を、危険な前線に送りたくないというお考えは分かります。しかし今はパトリク様も騎士団の一員。末のトマス様ですら前線本部のウルバ村に出向いているというのに、副長であるパトリク様が後方部隊にいては将来のためにもなりますまい。それにナカジマ様の下での戦いは、歳のいった私などより若いパトリク様の方が得る物が多いはず。差し出がましい申し出ですが、何卒お聞き届け願えませんでしょうか」
そう言葉を締めくくると、団長は深々と頭を下げた。
どうやら団長はマクミランが兄弟の情に流されて、パトリクを安全な後方部隊に配置したと思っているようだ。
その事が分かったオルサーク兄弟は、何とも言えない微妙な表情になった。
「あ、いや、団長殿。それなんだが・・・」
「――お話は聞かせて頂きました」
女の言葉にビクッっと背筋を伸ばすマクミランとパトリク。
部屋のドアの外には柔らかい笑みを浮かべたメイドの女が立っていた。
「むっ? 誰だお前は。メイドが主人の話に口を挟んでいいとでも「あああっ! 何かご用かな! モニカ殿!」
不機嫌さを隠そうともせずにメイド――モニカへと振り返った団長の言葉をマクミランが大きな声で遮った。
パトリクは兄の機転に心の中で惜しみない賞賛を贈った。
「いつまでもマクミラン様が挨拶に出て来られないので、騎士団のみな様が待ちくたびていらっしゃいます」
「ああ、そうだね。すぐに行くから、先に行ってみんなにそう伝えてくれないか?」
「いえ、それよりもそちらのご相談の方が大事かと」
「そ、そんなことはないぞ! いえ、ありません! お、お気になさらずに!」
パトリクの口から出た敬語に団長は目を丸くして驚いた。
形式ばった事を苦手とするこの貴族の若者から、公式の場でもないのに改まった言葉遣いを聞く事になるなど思いもよらなかったのである。
モニカは細いアゴに指を当てて何やら考えている。
そんな彼女の様子を見て、マクミランは慌てて二人の前に出た。
「いやモニカ殿、本当に「いいでしょう。パトリク様も十分反省しておられるご様子。そちらの団長様のご意見を受け入れて前線部隊への配置換えを許可致しましょう」――えっ?」
「なっ・・・?! いいのか? いや、よろしいのですか?」
モニカの言葉にポカンとするオルサーク兄弟。そして、領主の息子二人を押さえてメイドがこの場を支配している事に呆気にとられる騎士団団長。
「ええ。仮にあなたの反省が見せかけだけでも、もうオルサークにあなたに同調する者は誰もいないでしょうから」
痛い所を突かれて言葉に詰まるパトリク。
そう。留守部隊のメンバーですら、前線帰りの騎士団員の熱弁にあてられて、ナカジマ騎士団の事を好意的に受け入れる雰囲気になっていたのだった。
「それに団長様の言う通り、弟君が前線で指揮をとっているのに兄であるあなたが後方部隊では、後日何かと肩身が狭いでしょうしね」
モニカとしてはそれでも一向に困らない――というよりはオルサーク家に良からぬ事を考える余裕を持たせないようにするためにも、不和の種は残しておく方が良い、とまで考えていた。
しかし、戦後ティトゥが今後のオルサークとどういう関係を結ぶつもりか不明な今、あまりオルサークを不安定な状態にしてしまっては、その時になってティトゥの選択の幅が狭まってしまう。
それに今回の一件でナカジマ家はなし崩し的に騎士団を結成したが、広い領地に対してその数はまだあまりにも少ない。
山一つ挟んだ隣国に政情不安な男爵家があっては、今後の治安維持の負担になる可能性が出て来る。
モニカはそう判断したのである。
「ナカジマ家ご当主様には私の方から説明しておきます。みなさん出発を待たれていますよ。ご準備はお早目にされた方がよろしいでしょう」
「あ、ああ。分かった」
パトリクは逃げるように部屋を飛び出した。いや、実際に逃げ出したのかもしれない。
弟のトマスに同情の視線を向けられたあの日以来、パトリクはモニカの事を大の苦手としていたのだ。
それはもはや天敵と言ってもいいレベルの苦手ぶりと言えた。
「では団長様はパトリク様に代わって留守部隊の指揮をお任せします。引継ぎは隊の副官からお聞き下さい」
「う、うむ。任された」
ティトゥの指揮下に入る事には抵抗の無くなった団長だったが、さすがにメイドに仕切られるのは違和感を隠せない様子だった。
とはいえオルサーク家の二人が従っている以上、自分も従う他はない。
団長はぼんやりと考えた。
昨年の正月は、まさかこの一年で国が帝国軍に蹂躙され、自分が隣国の竜 騎 士の指揮下で戦い、メイドに部隊の編成に口出しされるとは思ってもいなかった。
この戦いはどこまで俺の常識を破壊するつもりなんだ。
途方に暮れる団長に、長男のマクミランは同情の視線を送るのだった。
次回「元日」