その7 戦闘二日目
夜襲の報告を受けた後、僕達は早速帝国軍の陣地を見に行った。
『まだ動き始めていませんわ』
ティトゥが言う通り、陣地内は警戒態勢を取っているだけで、行軍を開始してはいない。
これはチャンスだ。
『コウゲキ。ベアータ』
『そうですわね。急いでベアータを連れて戻りましょう』
いささか泥縄的な気はするけど、このチャンスをみすみす逃す手はない。
僕は翼を翻すと急いでコノ村へと戻るのだった。
コノ村でベアータを積み込んだ僕は大急ぎで帝国軍の陣地まで戻って来た。
ティトゥはベアータの髪を結ってあげている。
これをやっておかないと、風防を開けた時に髪がなびいて火壺についた火で髪に火がつきかねないからね。
『出来ましたわ』
うん。似合ってるよ。でも今日は僕からは何も言わないけどね。
僕だって少しは学習するのだ。
返事の代わりに僕は急降下。目を付けていた物資の集積所に向けて散布増槽からガソリンを撒き散らした。
どうだ? 上手く命中したか?
『どうでしょう。良く分かりませんね』
『そうですわね。多分大丈夫だと思うけど・・・』
念のためにもう一度急降下。今度こそ大丈夫だろう。
『ベアータ』
『りょーかい!』
昨日と同じく、ベアータは火打金を取り出すと火壺の準備を整えた。
ちなみにベアータの攻撃の時は、可能な限り速度を落とした水平爆撃をする事にしている。
急降下爆撃は速度が出過ぎて危ないからね。
僕は陣地の上を大きく回り込むと、低空飛行で真っ直ぐ物資の集積所を目指した。
『今ですわ!』
ティトゥの掛け声と共にベアータは火壺に火をつけて投下。
火壺は狙い過たず物資の上に落ちて爆発を起こした。
『命中ですわ!』
『やったあ!』
炎は物資を嘗め尽くし、もうもうと黒煙を噴き上げている。
僕は今日は周囲に兵士がいなかったことにホッとしながら、立ち昇る煙を眺めていた。
『別の場所も攻撃しますか?』
『ハヤテ?』
そうだね。・・・いや、いいだろう。目的は果たしたし、これ以上の攻撃は戦果を上げすぎだ。
別に僕の目的は帝国軍の物資を根こそぎ奪う事じゃないし。今はこれくらいで十分だろう。
『そうですわね』
『なら帰りましょうか』
僕は翼を翻すと帝国軍の陣地を後にするのだった。
結局帝国軍は昼近くまで陣地に閉じこもっていたようだ。
次に僕が様子を見に飛んだ時、彼らは行軍を開始していた。
『次の野営地はすぐ近くですわね』
ティトゥが下を見下ろしながらそう言ったけど、君は僕に乗ってるからそう思うだけで、すぐ近くは言い過ぎだと思うよ。
とはいえ彼らの行軍が予定から大きく遅れているのは事実だ。
流石に五万の兵を収容する陣地ともなれば、どこにでも作るという訳にはいかないらしい。
適度な広さがあって、近くに水場がある。
そんな場所を先行した騎兵が見つけて本体に連絡しているみたいだ。
『騎兵を全部倒せば帝国軍は困ってしまうのではないかしら?』
う~ん。確かにそれも手かもしれない。
でもそうなった時には帝国軍の動きが読めなくなる。
流石にミロスラフ王国の国境まで五日の距離を休みなく駆け抜けるとは思えないけど、不規則に休まれるとこっちの夜襲の準備が整わない。
ある程度は向こうの計画通り動いてもらった方が、逆にこちらもそれに対応しやすいのだ。
『そうなのかしら。難しいですわね』
まあ僕がそう思うだけで、実際は面倒でもないのかもしれないけどね。
おや? 流石に二日で二度も攻撃していれば空を見張っていた兵もいるみたいだ。
こっちを見上げながら騒いでいる連中がいる。
とはいえ騒ぐだけで僕を攻撃する気はないようだ。それともその手段が無いのかもしれない。
まあいい、そうやって僕を見つけて騒いでくれたまえ。これも作戦のうちだ。
・・・
『ハヤテ?』
ティトゥが心配そうに声をかけてきた。
分かってる。自分で決めた作戦だし。
でも理解していても、人に恨まれたり怖がられたりするのってイヤな気分だよね。
『トマス』
『そうですわね。トマスに帝国軍の動きを伝えないといけませんわ』
僕はもう一度帝国軍の上を飛ぶと、トマスのいる前線本部の村を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ナカジマ・オルサーク合同騎士団の前線本部となったウルバの村。
その村長の家の一室でトマスはティトゥから報告を受けていた。
「なる程、今日の陣地はここですか。・・・今の所こちらの思惑通りですね」
「・・・そうですわね」
トマスはティトゥの表情が晴れない事に少し疑問を感じたが、特に追及はしなかった。
そしてティトゥもトマス相手に、ハヤテが沈み込んでいる気がする、などと相談するつもりは無かった。
それは竜 騎 士である二人の間で解決すべき問題だからである。
「陣地が作られたらもう一度偵察して夜襲部隊の方へ連絡しますわ」
「よろしくお願いします」
ハヤテは時々しか飛べない。燃料の問題があるからである。
ハヤテとしては本来なら自分と同じ存在が後三~四機は欲しい所であった。
そうして最低でも一時間おきに飛ばし、帝国軍の動きをリアルタイムで把握したい、と考えていた。
今もハヤテは「ひょっとして自分が見ていない間に帝国軍は予想外の動きをしているんじゃないだろうか?」と不安を感じていた。
実際にそんな動きがあれば、帝国軍の兵に紛れたオルサークの諜者が知らせを送る手はずになっているのだが、ハヤテはそれでは遅すぎると考えているのだ。
僅かでも不安要素があればそこが怖くて仕方が無い。ハヤテは慣れない戦争に神経質になっていたのだった。
「・・・今夜の夜襲。上手くいくと思いますか?」
「上手くいって欲しいですわ」
失敗して犠牲が出るならまだしも、もし部隊が全滅するような事にでもなればハヤテの心が壊れてしまうかもしれない。
ティトゥは何となくそんな不安を感じていた。
感受性の強い彼女は、パートナーであるハヤテが強いストレスを抱えているのを察していたのだ。
こうしてハヤテは夕方に再び帝国軍の陣地の上を飛び、夜襲部隊に詳細な情報をもたらした。
彼らはその情報を元に意気昂然と夜襲に挑み、昨夜と同様に成功を収めたのだった。
次回「年末休み」
そういうサブタイトルであって更新を休む訳では決してありません。