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その6 帝国軍の苦悩

◇◇◇◇◇◇◇◇


 帝国軍の陣地。その最奥に張られた本陣テント内で南征軍総司令官ウルバン将軍が部下からの報告を受けていた。


「襲撃者は三部隊。それぞれ千から二千の兵で構成されていたと思われます」


 立ち並ぶ配下の将からどよめきが上がった。

 よもや今のゾルタで、帝国軍相手に五千もの兵で襲撃してくる領主がいるとは思ってもいなかったのだ。


 ウルバン将軍は部下の報告に片方の眉をピクリと上げた。


「そんなはずはあるまい。五千の夜襲にしては被害が少なすぎる。それにそれほどの数の兵がどうやって我々に知られずに陣地に近付けた。よもや見張りが全員寝ていたとは言うまいな」


 ウルバン将軍の指摘にしどろもどろになる部下の兵。


「おそらく襲撃者は一部隊あたり最大でも五百。それが三部隊といったところか」


 ウルバン将軍の慧眼に称賛のまなざしを送る副将達。

 よもやこの中の誰も、襲撃者の人数を全員合わせてもウルバン将軍の予想した一部隊の人数の半分にも満たないとは思いもしないだろう。


「将軍閣下、検分の用意が出来ました!」


 テントに入って来た別の部下の言葉に、ウルバン将軍はイスから立ち上がるのだった。




 本陣テント前には布が引かれ、その上に煤けた小さな壺が置かれていた。


「これが襲撃者が残した物か」


 副将の中からそんな声が上がった。

 そう、これは昨夜の夜襲の際、たまたまテントの上に乗って割れなかった火壺なのだ。


 実の所ハヤテも遅かれ早かれ、こうして帝国軍に手の内を知られる事は覚悟していた。

 使えばバレる。戦えば鹵獲される。兵器とはそういう使い捨てな物だとハヤテは知識として知っていた。

 しかし、初日の攻撃で早くも見つかってしまうというのは、流石に予想外だったかもしれない。


「焼け落ちたテントの残骸の近くで見つかりました。他の目撃者の話では、この壺によく似た物が割れた際に大きな爆発が起こり、周囲に火をつけたという事です」

「ふむ。口の部分が焼け焦げているが、ここに火がつけられていたのか」


 ウルバン将軍はしゃがみ込むと壺を手に取った。

 さすがに火種となる布の部分は焼け落ちて無くなっている。


「底に大きなヒビが入っているな」

「他の者の証言ですが、同様な壺から嗅いだ事のないキツイ匂いの水が飛び散ったそうです」

「コイツの中からも、その水のような何かが漏れ出してテントに火を付けたという訳か。しかし、それと爆発がどう関係する? これはただの小さ目な壺にしか見えんぞ」


 ウルバン将軍の想像通り、壺の底のヒビからガソリンがこぼれ落ち、テントに火を付けたのだ。


 気化したガソリンと空気との混合割合が、ある一定範囲を超えた状態で熱を加えると急激な燃焼が起こる。

 火に触れると時には爆発すら起こすこの混合割合のことを燃焼範囲(爆発範囲)と言う。

 火壺こと火炎瓶はそのガソリンの性質を利用した兵器である。


 ウルバン将軍達はこの時点で既に、かなり惜しい所まで真相に迫っていた。しかし、ガソリンの存在を知らない彼らに、その仕組みを察しろという方が無理だろう。


「それは・・・分かりません。しかし、多くの者が実際に爆発する現場を見ておりますので」


 部下からの報告によるとこの兵器の直撃による負傷者はさほど多くはないらしい。

 どっちかというと爆発の火を受けて火傷を負った者の方が問題だったそうだ。


「暗かったのでハッキリとした事は言えませんが、おそらくその者は近くにいてその水を浴びたのでしょう。酷い匂いがしたと思えば服についた火が全く消えなかったという事です」

「ふむ。燃えやすく爆発する水――という事か?」

「将軍、これは大問題ですぞ。そんな聞いた事もない兵器にどう対応すればいいのか。それにゾルタにそんな兵器があると知れば兵に動揺が広がるでしょう」


 副将が慌てて将軍の注意を喚起した。

 ウルバン将軍は少し考えていたが、手を振ってその副将をなだめた。


「いや、ゾルタにこのような兵器があるのなら、我々が王都を攻めた時に使っていないはずは無い。それに我が国に協力的なカメニツキー伯爵からも、ゾルタがそのような兵器を持っているという話は無かった」

「ゾルタではない・・・ ではまさかチェルヌィフ王朝でしょうか?」


 チェルヌィフ王朝は帝国の仮想敵国である。また、王朝の荒野では燃える水が採れるとの噂がある。

 要は原油の事なのだが、この世界ではまだ精製技術が確立していないために利用価値は低かった。

 それどころか原油の湧き出す場所には可燃性のガスが充満しているため、危険すぎて誰も近寄る者はいなかったのだ。


 チェルヌィフ王朝という言葉に副将達の間に動揺が広がった。


「チェルヌィフ王朝の軍が動いている?! ならば我らは帝国までの退路を断たれる事になりはしないか?!」

「いや、王朝軍は”ネドモヴァーの節”で今は動けないはずだ。仮に動きがあったのならすぐに本国から知らせが届く手はずになっている」

「その知らせを持った者がヤツらに拿捕された可能性は無いのか?」


 ”ネドモヴァーの節”は通常半年から一年の長さになる。確かに最短であればもう終わっていてもおかしくないのかもしれない。

 ――いや。


「いや、その可能性は無かろう。仮に”ネドモヴァーの節”が終わったとしても、それはつい最近の事に違いない。それなのに王朝軍がこのゾルタにまで進出しているのはおかしい」


 大量の船を使えばあるいはそれも可能なのかもしれない。しかし、航海技術が未熟なこの世界において、船で前線に大量に兵士を送る行為はあまりに投機的過ぎる。

 国民全てが商人とまで言われる程に利に聡いチェルヌィフ王朝が、そのような危険な策を取るとはウルバン将軍には思えなかった。


 こうして彼らは存在しない王朝の影に警戒して、時間を無駄に浪費してしまった。

 結果としてそれがハヤテを利する事になるとは知らずに。



 ウルバン将軍達、南征軍の首脳部が対応に追われている間、今朝からの行軍は一時取り止めになっていた。

 昨夜陣地を襲った謎の敵はまだ近くに潜んでいるかもしれない。

 現在、帝国兵達は敵襲に備えて警戒態勢を取っていた。


 目を皿のようにして敵影を探す見張りの兵士達。しかし存在しない敵を見つける事は当然出来なかった。

 そんな中、ふと空を見上げた兵が隣の同僚の肩を叩いた。


「おい、あれを見ろよ」


 男は昨日帝国軍を襲撃したハヤテの姿を見ていた。そのため時々こうして不安げに空を見上げていたのだ。


「何だアレは? 鳥か?」

「なあ、こっちに向かって来ているように見えないか?」


 彼らが見上げる中、次第に影は大きくなり、今では翼を広げた鳥のような姿になっていた。

 そして忘れもしないヴーンという低いうなり声。


「ヤツだ! 昨日の化け物が来たぞ!」


 男は大声で叫ぶと見張り台を飛び降りた。

 こんな目立つ場所にいるとヤツに食われる。その恐怖に駆られたのである。


「おい、待てよ! どこに行く!」


 同僚の制止も、男の足を止める事は出来ない。

 ヤツが来た、昨日の化け物だ、それだけを繰り返しながら陣地の奥に逃げ込んでいった。

 多くの者は、慌てふためくその兵の姿に驚いただけだったが、昨日ハヤテの姿を見た者達は一斉に青ざめ、取り乱した。

 そんな混乱の最中にハヤテは飛び込んだのだ。



 ハヤテが急降下した先は陣地内にいくつか設けられた物資の集積所。そのうちの一つだった。

 散布増槽から撒かれたガソリンは、狙いたがわず物資の上に降り注いだ。

 ハヤテは空中で旋回、もう一度急降下をかけ、念入りにガソリンを散布すると、今度は水平飛行で低空から帝国陣地に侵入した。


 その頃になると、既にウルバン将軍達も騒ぎに気が付いている。

 とはいえ、空から急襲するハヤテに対して有効な指示など出せるはずもない。驚きの表情で低空から侵入してくる巨大な姿を見ている事しか出来なかった。


 こうしてすっかり周囲の兵が逃げ去った物資集積所に、ハヤテから投げ捨てられた火壺が命中した。


 ドーン!


 大きな音を立てて巨大な炎が立ち昇った。

 ごうごうと燃えさかる炎は大量の黒煙を噴き上げ、周囲のテントの屋根に数多くの火の粉を降らせた。


「なっ・・・ 今のは何だ?!」


 ウルバン将軍も当然昨日のハヤテの襲撃に関する報告は受けている。

 しかし、自分の目で見たハヤテの姿はあまりにも巨大で速く、その攻撃は的確だった。


 少しの間呆けたように炎を見ていたウルバン将軍だったが、すぐに我に返り、うろたえている周囲の副将達に強い口調で命令を飛ばした。


「馬鹿者! 何をやっておる、すぐに隊に戻って部隊を掌握せよ! 物資の担当の者は人を使って火災の消火を急げ! 周囲のテントはすぐに片付けさせろ! 急げ!」


 将軍からの指示を受け、慌てて走り出す副将達。

 ウルバン将軍はなおも周囲の兵に命令を飛ばし、動揺する兵達の人心の掌握に努めた。


 帝国軍がようやく秩序を取り戻したのは、ハヤテが飛び去って半時(一時間)以上も過ぎてからの事だった。

次回「戦闘二日目」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遠征軍の弱点といえば補給が定番だし兵糧狙いはいい手ですね [気になる点] これから攻める国のことなのにドラゴン(ハヤテ)ののとを何も知らなそうなのはちょっと違和感あるかも [一言] ハヤテ…
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