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その5 夜襲

◇◇◇◇◇◇◇◇


 前線本部となったウルバの村では、男達が興奮気味に昨夜の自分達の武勇を語っていた。

 彼らはナカジマ騎士団を中心としたナカジマ・オルサーク合同騎士団の男達だ。

 その中でもアルファー・ブラボー・チャーリーと名付けられた(※注 ハヤテ命名)三つの部隊の者達である。


 ちなみに部隊の数は合計八つ。

 それぞれにハヤテが命名した部隊名(デルタ・エコー・フォックストロット・ゴルフ・ホテル)が割り当てられているが、誰もそんな覚え辛い名前は使わず、もっぱら自分達の配属された開拓村の名前を使っていた。


 彼ら三部隊は昨夜、帝国軍の陣地に夜襲をかけた者達である。

 今朝になってこの村に到着したところだ。

 この後、村から出発する予定の次の三部隊の者達は、彼らから帝国軍の情報を――というよりは、彼らの武勇伝を聞いている最中だ。

 仲間の話を聞きながら彼らは、みな一様に羨ましそうな表情を隠せない。

 そして今夜は自分達こそが手柄を立てて見せると、はやる気持ちを抑えきれずにいた。


 そんな彼らの耳に聞き慣れたうなり声が届いた。

 今までの賑やかさが嘘のようにピタリと止まり、ナカジマ騎士団を中心として隊列が整然と組まれた。

 彼らの主、姫 竜 騎 士プリンセス・ドラゴンライダーが到着したのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 僕はティトゥを乗せてこの作戦の前線本部となっている村へと到着した。

 どうだろう、夜襲は成功したのだろうか?

 犠牲者は出ていないだろうか?


 流石にここからは負傷者の有無は分からないが、ピシリと整列する彼らの姿からは悲壮感は感じられない。

 少なくとも失敗や空振りではなかったのだろう。


 僕は昨日目を付けていた村の広場に着陸した。

 以前の僕ならこんな狭い場所に降りる事は出来なかったはずだ。

 僕の性能は一体どこまで上がるんだろうか?


 僕の見事な着地にナカジマ騎士団の間から「おお~っ」とどよめきが上がった。


 ・・・まあ君達は僕が着陸する時に何度も突っ込みかけてるからね。

 この狭い広場にピタリと着陸する事が僕にとってどれだけ難しいか、良く知っているんだろう。


 外の騒ぎを聞きつけたのか、村長の家からトマスが出て来た。

 一緒に騎士団員も出て来た。彼から昨夜の報告を受けていた所だったのかもしれない。


『みなさん、楽にして欲しいですわ!』

『全体休め!』


 トマスの号令で、一斉に騎士団員が休めの姿勢を取った。


『ご報告は中で』

『いえ、ここで構いませんわ』


 トマスが外の寒さを気にかけてティトゥを家の中に誘ったが、ティトゥはそれを断った。

 僕が一刻も早く夜襲の結果を知りたがっているのを知っているからだろう。


『分かりました。君、さっきの話をナカジマ様にもしたまえ』

『はっ!』


 さっきトマスと一緒に出て来た騎士団員が、一歩前に出るとティトゥに説明を始めた。

 いや待って欲しい。それよりも――


『それよりも先ずはこちらの被害状況を教えて欲しいですわ』

『はっ! 三部隊共に被害は軽微! 軽い負傷や火傷を負ったものはいますが、戦闘に出られない程の重傷を負った者は一人もおりません!』


 胸を張って報告する騎士団員。


 そうか・・・ 良かった。

 僕が人間の体だったらこの瞬間、力が抜けて座り込んでいただろう。


 戦争には犠牲は付き物だ。今更お前は何を言っているんだ。そう言う人間もいるだろう。

 でも、僕の立てた作戦のミスが原因で彼らが死んでいたかもしれないんだぞ?

 一つの人生しか持たない人間が、同じかそれ以上かもしれない別の人生を持つ者達を、無為に死地に追いやったかもしれないんだ。

 その責任をどう取る? 取れるわけがないじゃないか。

 一度でも他人の命を背負う経験をした者にしか、今の僕の気持ちは分からないだろう。


 ――もちろん詭弁だ。


 味方を殺さないためには、帝国兵を殺さないといけないからだ。


 帝国兵にだって彼らの人生があるわけだし、僕達の勝利は彼らの死の上に成り立つものだ。

 どちらも同じ人間なのに、勝つためには相手の命を、人生を奪わなければならない。

 だからこそ戦争はあってはいけない事だし、功名心でこんな戦争を始めた帝国皇帝に僕は憤りを感じるのだ。


『そう。みんな無事なら何よりですわ。報告の続きをお願いしますわ』

『はっ! 我々は予定通り夜八つ(深夜二時)に行動を開始。途中大きな問題無く、半時(一時間)後には帝国軍の陣地を睨む位置にまで全部隊到着致しました』


◇◇◇◇◇◇◇◇


 冬の夜は長い。しんと冷え込む深夜に帝国軍の陣地はすっかり寝静まっている様子だった。

 ハヤテは昼間の攻撃で帝国軍が夜襲を警戒する可能性を恐れていたが、実際はむしろ見張りは減らされていたのだ。



 ハヤテの情報を持たない帝国軍にとっては、ハヤテは行きずりの謎の怪生物に過ぎず、昼間のハヤテの攻撃を敵の軍事行動と結び付けて考える者は誰もいなかった。


 それどころか、不安に怯える兵達の心をケアするために、食事には酒が一杯ずつ振る舞われ、夜の見張りも予定の半分に免除するほどであった。

 彼らはまだ王都を出て一日と経っていない――つまりはまだ帝国軍の勢力範囲内に野営している。

 その安心感と油断もあったのである。


 さらにハヤテが大きな鳥と考えられたのも大きい。

 この世界でも鳥は昼間に飛ぶものと思われているからだ。

 実は夜行性の鳥も案外いるのだが、ハヤテは夜には飛ばないので(別に飛べない訳では無く、暗い地面に着陸するのに不安があるためだが)、今回ばかりは帝国軍の判断が正しかった事になる。


 そういった事情があって、夜襲部隊の前には、無警戒に腹を見せて横たわる大きな獲物、と言ってもいい帝国軍の姿があったのである。


「時間だ! 角笛を鳴らせ!」


 合図を受けて兵達が一斉に角笛を吹き鳴らした。

 角笛はこの大陸では一般的に戦闘時の合図に鳴らされている。

 それに合わせて騎士団からは火矢が射かけられた。


「火壺用意! 投擲!」

  

 火壺から出た布に一斉に火がつけられ、闇夜に大きな明かりが灯った。

 慌ててしまい火傷を負った者もいたようだが、取り落として爆発させるような迂闊な者はいなかった。


 彼らは用意していた投石紐(スリング)に火壺をセットすると、陣地内に大きく投擲した。


 それは丁度、帝国兵が敵襲に慌ててテントから出て来た所だった。

 彼らの目の前で次々と火壺の爆発が起こった。


 突然の敵襲、そして爆発。誰がたった80人の部隊三つが襲撃して来たと思うだろうか?


 ハヤテは帝国の錬金術師による大砲の発明を警戒していたが、実際はまだ火薬を持つ国すらこの大陸では生まれていなかった。

 そんな彼らにとって火壺の爆発音は、正に恐怖でしかなかった。


 帝国陣地は大混乱に襲われた。


「よし! 撤退だ! 急げ!」


 襲撃者は僅か10分ほどの攻撃で撤退した。

 しかし帝国軍の混乱は激しく、関係のない場所で多くの同士討ちが発生した。

 慌てた兵が倒した松明による火災も陣地のあちこちで発生した。

 この夜襲による被害は、襲撃者の攻撃よりもそれら二次災害によるものの方が遥かに大きかったのだ。


 ちなみに、不名誉な失態の責任逃れから、それらの被害は全て襲撃者の仕業として届けられた。

 そのため襲撃者の規模は過大に見積もられることになるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 報告者の話は終わった。

 なる程、帝国軍は油断していたんだな。

 多分初日の夜からいきなり襲われるとは予想していなかったんだろう。


 しかし今日の夜はかなり警戒するに違いない。


『今日の夜襲は難しいかもしれませんね』


 どうやらトマスも僕と同じ考えのようだ。

 難しい顔をして眉間に皺を寄せている。


 ひょっとして夜襲が中止になるのでは、と思ったのか、騎士団の一部(多分今夜夜襲を予定している部隊)にざわめきが広がった。


 確かにそうしたいのは山々だ。しかし僕達には悠長に構えている時間は無いのだ。

 そして受けに回って受け切れるだけの戦力も無い。

 一度始めた以上、危険と分かっていても可能な限り攻撃を続けないといけないのだ。


『ヤシュウ。ツヅケル』

『ハヤテの意見は正しいですわ。最初から帝国軍が警戒するのは分かっていましたもの』


 ティトゥの言葉に騎士団に力がみなぎったようだ。

 誰も彼もそんなに戦いたいんだろうか? 僕には理解出来ない感覚だ。


『そうですね。しかし今夜の夜襲は昨日よりもずっと厳しくなる。注意して行わなければいけない』


 トマスはそう言うと表情を引き締めた。

 戦いは始まったばかり、初日の攻撃が終わっただけだ。

 この先長い戦いが待っている。


 みんなの戦意が高まる中に僕は一人、平和な日本が心底恋しくてたまらなくなった。

次回「帝国軍の苦悩」

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