その4 戦果報告
僕達のファーストアタックは大成功。
帝国軍の行軍を大きく足止めする事に成功した。
ティトゥから報告を聞いたオルサークに残っていた騎士団員達は大きな歓声を上げた。
オルサーク家の長男のマクミランがティトゥに尋ねた。
『それでは早速前線の弟に知らせましょう』
『いえ、夕方にもう一度帝国軍の様子を見に行きますので、その時の情報と一緒にお知らせしますわ』
ティトゥの返事にマクミランは微妙に納得いかない様子だ。
未だに馬で連絡員を送る方法でないと安心出来ないのかもしれない。
一応ティトゥから僕なら馬より早いって説明はしているんだよね?
まあ実際に自分の目で見てみないと納得出来ない人もいるのかな。
こんな時に無線機があればいいんだけどなあ。
そうすればもっと迅速に情報のやり取りが出来るのに。
何だかもどかしいけど、ない物ねだりをしても仕方が無い。自分に出来る事をやるしかないか。
僕は気持ちを切り替えるとティトゥを乗せてコノ村に戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
空が夕焼けに赤く染まる頃。
前線の作戦本部に決まった村長の家の一室で、オルサーク家の三男トマスが手元の書類から顔を上げた。
外の騒ぎが耳に入ったのだ。
『あのうなり声。ハヤテ様か』
トマスは立ち上がり、窓から空を見上げると、夕日をキラリと反射してハヤテが翼を翻す所だった。
村の子供達が手を振りながらハヤテの後を追いかけている。
やがて部屋にノックの音が響くと、ドアを開けて手紙を持った騎士団員が入って来た。
『ナカジマ様より報告書が届きました! ――先制攻撃は成功。荷車三台と積まれていた物資を使用不能にした。帝国軍の行軍は約半時(一時間)停滞。これにより帝国軍の予定の遅れは大きく、既に街道側の荒地に陣を張り終えている。場所は別に記す―― こちらが地図になります』
『分かった。他の者にも戦果を伝えよ』
『はっ! 失礼します!』
トマスに報告書を渡すと騎士団員は部屋を立ち去って行った。
しばらくすると大きな歓喜の声と、窓の外を走る騎士団員の姿があった。
おそらく、さっき連絡に来た騎士団員から話を聞いた者達が、大喜びで仲間に告げて回っているのだろう。
トマスは簡潔に描かれた陣地の絵を見た。
そこにはハヤテ達が空から見て、分かる限りの陣地内の配置と周囲の地形、そして近くの水場が描かれていた。
簡単な絵だが、だからこそこの絵を見ればどこに何が配置されているかが丸わかりだ。
・・・恐ろしい。ドラゴンは真の化け物だ。
トマスは背筋が凍る思いがした。
ハヤテは通信機がない事に不満を感じていたが、とんでもない。
この世界の人間にとっては、ハヤテの情報収集力と情報伝達速度は反則級に桁外れなものなのだ。
そしてそれを十分に生かすハヤテの知識。
もちろん知っての通り、ハヤテの中身は平凡なややオタク気質の日本の青年に過ぎない。
その知識も学校で習った物以外は、TVや雑誌、インターネットで知った聞きかじりのものでしかない。その事はハヤテ本人も良く自覚している。
しかし、TVどころか印刷技術すら未熟なこの世界では、ハヤテ程度の知識を持つ者すら滅多に存在しないのだ。
そして子供の頃から触れた多くの創作物や多彩なゲームによって、無意識の内に多様な価値観や逆転の発想にも慣れ親しんでいる。
本人は無自覚だが、そこがハヤテにとって大きなアドバンテージになっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここは三つに分けられた、ナカジマ騎士団を中心とした部隊の一つ。
部隊は大雑把に言えば、それぞれナカジマ騎士団の下にオルサーク騎士団が入り、さらにその下にオルサークの兵と開拓兵が配置されていた。
人数はそれぞれナカジマ騎士団が17人、オルサーク騎士団が9ないし8人、オルサーク兵約10人、開拓兵約40人の合計約80人が一部隊となる。
このような部隊が八部隊。ナカジマ領の村の数だけ――というよりは、ナカジマ領の村々を担当する騎士団とその下の開拓兵に、追加でオルサーク騎士団が編入されたのだ。
80人という人数はそれなりの戦力だが、帝国軍五万に対するにはあまりにも無力だ。
そして部隊の約75%をこの地では余所者になるナカジマ家が占めている。
だというのに部隊全体の約半分を占める開拓兵は、元々ゾルタの敗残兵なのだ。
当然、この編成にはオルサーク騎士団から不満の声が上がっていた。
たが、部隊の責任者となったトマスは「問題があれば考慮する」として、現在はこの形を押し通していた。
最初から数々の爆弾を抱えるこのいびつな部隊編成が上手くいくかどうか。
この戦の成否は実はここにかかっているのかもしれなかった。
そんな彼らは今夜の夜襲に備えて早目の就寝に入ろうとしていた。
その時、彼らの耳に聞き慣れたうなり声が届いた。
「ハヤテ様だ! 旗を振れ!」
白い旗が振られると、それを目印にハヤテからコンテナと筒に入れられた報告書が投下された。
コンテナは例の落下増槽用のコンテナである。
夕焼け空に白いパラシュートが開き、十分に速度を落としたコンテナが地面に音を立てて落下した。
「何だ? 部隊の物資はまだ十分にあるはずだが?」
「中には藁が詰まっているだけだぞ? いや、待て、これは見た事がある。火壺だ」
コンテナと共に落とされた報告書は、先程トマスが見たものとほぼ同じ内容が書かれていた。
先制攻撃の成功に彼らの間に喜びの声が上がった。
この時ばかりはナカジマ騎士団だろうとオルサーク騎士団だろうと関係ない。
彼らの共通する敵は帝国軍だからである。
「ふむ。火壺は今夜の夜襲に使うように指示があるな」
火壺はナカジマ騎士団の虎の子の新兵器である。
その生産量はまだ少なく、決して無駄撃ちして良い兵器ではない。
ハヤテは昼間の攻撃が想像以上に効果があった事に目を付けて、出し惜しみせずにここでダメ押ししておく事に決めたのである。
「よし、一人一つずつ持て、割れやすいので気を付けろ。中身の液が漏れてしまった者は絶対に隠さずに言う事。それと火気厳禁だ、注意しろ。それと――」
騎士団員は報告書に書かれていた注意事項を読み上げた。
そこにはハヤテの命令で、絶対に全員に復唱させる事、と念を押されていた。
やがて彼らは渡された火壺を手に、興奮気味に語り合った。
「先制攻撃は成功か。さすが竜 騎 士のお二人だ」
「参ったな、血がたぎって今からなんて寝られそうにないぜ」
「馬鹿野郎、もし帝国軍の前であくびなんてしたら俺がぶん殴って気合を入れてやる」
彼らはしばらくの間仲間と笑顔で語らい合っていたが、やがて隊長の合図を機に渋々自分達のテントへと入って行った。
こんな光景がこの後二か所で繰り広げられた。
三部隊全てに連絡を終えたハヤテは翼を翻すと、日が落ちる前にコノ村へと戻って行ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕はコノ村のいつものテントで佇んでいた。
時間は深夜過ぎ。
予定通りならそろそろナカジマ騎士団が夜襲に出発している時刻である。
僕は不安に襲われて何度もエンジンをかけて飛んでいきたい誘惑に駆られた。
僕の頭には昼間見た火だるまになった帝国兵の姿が浮かんでいた。
僕の想像の中でその姿は、ナカジマ騎士団の姿に変わっていた。
彼らに火壺を渡したのは早計だったかもしれない。
彼らは僕の指示を守ってちゃんと火壺を管理しただろうか。
ひょっとして帝国軍は昼間の攻撃から夜襲を警戒して、十分な反撃態勢を整えているかもしれない。
夜襲はもっと様子を見てから後日行わせるべきだったんじゃないだろうか。
彼らに渡した情報に致命的な見落としはなかっただろうか。
僕の心には多くの不安と後悔が浮かび、重く積み重なっていった。
長い夜が過ぎて朝日が昇った。僕はティトゥがやって来るのももどかしくエンジンをかけると、前線本部になっている村へと飛び立つのだった。
次回「夜襲」