その3 FA《ファーストアタック》
MMORPGの用語で”FA”というものがある。
これは敵モンスターに最初に攻撃するという意味で、敵のターゲットを攻撃した人に向ける狙いがある。
コノ村で料理人のベアータを乗せた僕達は、街道を南下する帝国軍に攻撃を仕掛けるべくゾルタへと飛んでいた。
その飛行中にティトゥは目の前のベアータの髪を結っていた。
『これでいいですわ』
『ありがとうございますご当主様! どうですかハヤテ様、似合いますか?!』
うん、すごく似合うよ。それはそうと、どうして君達はいちいち僕の反応を聞くのかな?
『タイヘン、コノマシュウ、ゾンジマス』
僕に褒められて嬉しそうなベアータ。そして少しむくれるティトゥ。
どうやら自分の時と同じ褒め言葉だったのがお気に召さないようだ。
そんな事を言われても、僕の貧困なボキャブラリーで他にどう言えというのさ。
僕はティトゥのふくれっ面に気が付かなかったふりをして、黙々とゾルタを目指すのだった。
『ひゃあ・・・ あれ全部帝国軍なんですか?』
眼下の光景を見下ろしてベアータが大口を開けて驚いた。
まあ初めて見たらビックリするよね。
僕は日頃からTVやネットでこういう絵面を見慣れているけど、この世界ではこれほどの群衆を目の当たりする機会は中々ないんじゃないかな。
『クチ、トジル。シタ、カム』
ベアータは僕に注意されて、慌てて大きく開けていた口をハムッと閉じた。
『どこを狙いますの?』
そうだね。事前に何か所か狙いどころは絞っていたけど、どうせなら先頭に近い場所の方がより効果的じゃないかな。
僕は一番先頭の荷車の列の上で彼女達にも見えるように機体を少し傾けた。
『あれを狙うんですわね。ベアータ、火壺を落とさないようになさい』
ベアータはティトゥの言葉にまだ口をつぐんだままコクコクと大きく頷いた。
いや、少しくらい喋ったっていいんだよ?
僕は旋回すると街道に沿うように高度を落とした。
少しでも帝国軍に僕の姿を見せつけるためだ。
以前の僕なら魔法か何かの攻撃を恐れてこんな大胆な行動は出来なかった。
しかし、今ならこの世界に魔法が無いことが分かっている。
だったら高射砲も機関砲も無いこの世界で、空中を高速で飛ぶ僕を攻撃する手段は無いはずだ。
――そうは思うものの完全には油断できない。
チェルヌィフ商人のシーロ情報では帝国には天才と呼ばれる錬金術師がいたそうだ。
南征軍の主力、 ”白銀竜兵団”の鎧を作ったのもその錬金術師らしい。
もし、僕の予想通り、その錬金術師が僕と同じ転生者だった場合、火薬を用いた大砲を作っている可能性がある。
もちろん砲内に旋条も刻んでいない旧式の大砲なら僕に当たるとは思えない。
しかし、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うしね。
幸い帝国軍の物資の中にそれらしいものは見当たらなかったけど、だからといって油断はしない方がいいだろう。
僕は警戒を強めながら帝国兵達の頭の上を飛んで行った。
彼らは一様に驚いて慌てふためいている。
とはいえ街道を外れて逃げ出す者はいない。
あくまでも自分達の優位性を信じているのか、それとも単に驚きすぎて固まっているのか。
僕は目標の荷車の列を見つけると散布増槽からガソリン燃料を散布した。
そのままガソリンを垂れ流しつつ荷車の上を通過。
よし、上手く命中したみたいだ。練習した甲斐があったね。
僕は一度列の先頭まで飛ぶと、そこで大きく旋回した。
『ベアータ』
『りょーかい!』
ベアータは股の間に日本酒のとっくりを一回り大きくしたような壺を挟むと、壺の蜜蝋を少し破り、中から布を引っ張り出した。
その途端、操縦席の中にガソリンの匂いが満ちた。
さらにベアータは懐から火打金を取り出した。
『ハヤテ様、準備は終わりました!』
「了解!」
僕は再び帝国兵の方へと向かった。
目標はいうまでもなく、さっきガソリンをかけたあの荷車の列だ。
『今ですわ!』
ティトゥは叫びながら僕の風防を大きく開いた。
風防が開くか開かないかの内にベアータは火打金を打ち付けた。
途端に壺から出た布に火がつき、大きく燃え上がる。
ベアータは目の前に現れた大きな火に少しもひるまず、素早く壺を掴むと開いた風防から外に投げ落とした。
風にあおられても壺の火は消えず、壺は荷車のすぐそばの地面に落ちて割れた。
その途端、大きな爆発が起った。
そう。この壺は火炎瓶なのだ。
火炎瓶の仕組みは簡単で、瓶の中にガソリンや灯油を入れて布を突っ込んで栓にすれば完成する。
使用者はこの布に火を付けて狙った相手に投げつけるのだ。
命中すれば瓶が割れ、気化したガソリンに引火して爆発が起こる。
海外のニュース映像か何かで、デモ隊が使っているのを見た事がある人も多いのではないだろうか。
この壺はティトゥ達からは火壺と呼ばれている。
もちろん火炎瓶のアイデアも中に入っているガソリンも僕が提供したものだ。
何で瓶じゃなくて壺なのかって? ガラスは高価だからね。
投げやすい形に成形された壺の中にガソリンを入れて、布を入れた後に念入りに口を埋めている。
さらに飛び出した布も使う直前まで蜜蝋で固めて、なるべく事故が起きないようにしている。
たかだか火炎瓶に手間のかけすぎのような気もするけど、この世界の人はガソリンの気化しやすさを知らないので、こうでもしないと僕が安心出来ないのだ。
僕の提供出来るのが灯油だったらもう少し安全だったんだろうけどね。
事前にガソリンが撒かれていた荷車は一瞬にして炎に包まれた。
これであの物資と荷車は使用不可能だ。
ごうごうと燃え盛る炎と湧き上がる黒煙は遠くからでも目立つらしく、帝国軍の隊列は停滞し、あっという間に大きく乱れ始めた。
『やりました! 命中しましたよ!』
『成功ですわ!』
炎に包まれる荷車にティトゥとベアータは大興奮だ。
しかし、僕は彼女達ほど素直に喜ぶ気にはなれなかった。
既に遠すぎてティトゥ達の目には見えないのだろうが、無駄に高性能な僕の目には、爆発で飛び散った火を浴びて全身火だるまになる兵士達の姿がハッキリと見えていたのだ。
どうやら彼らは荷車の近くにいて、さっき僕が撒いたガソリンを浴びてしまっていたらしい。
彼らは必死に地面を転がるものの、ガソリンが染み込んだ上着についた火がその程度で消えるわけがない。
人間松明のようになりながらも、もがき続ける彼らの悲鳴がここまで聞こえてくるようだ。
もちろん本当に聞こえるはずは無い。
既に僕は彼らの声が聞こえない距離まで遠ざかっているからだ。
彼らは火傷で済んだのか、それとも焼死してしまったのか。
もう一度真上を飛べば何か分かるかもしれないが、とてもじゃないが僕にはそんな勇気はなかった。
『二度目の攻撃は必要なさそうですわね』
さっきの攻撃に帝国軍は完全にパニックになっているらしく、誰も荷車の火を消そうともしていない。
今も僕を見上げて多くの兵士が何か叫んでいる。
『一度コノ村に戻りましょうか』
『助かります。夕食の仕込みの途中だったので』
この火壺による攻撃だが、練習ではベアータ以外にも、カーチャとモニカさんのメイド師弟コンビ、それとティトゥがチャレンジしている。
カーチャの場合は火の付いた火壺を操縦席の中に落としてしまい、ティトゥと二人で大慌てする羽目になってしまった。
まあ急に大きな火がつくから慌てる気持ちも分かるんだけどね。
結局ベアータほど良い命中率を出せた者は出ず、この役目はベアータに任される事になったのだった。
料理人としての仕事もあるのに済まないね。
『何を言うんですか! アタシなんかがナカジマ領や王国のために役に立てるなら、いくらだって協力しますよ!』
そんな男前な返事をするベアータをコノ村で降ろして、僕は再び空へと舞い上がった。
今度の目的地はオルサーク。先制攻撃の成功を報告に行くのだ。
いちいち面倒だが、味方の士気を上げるのは大将の最重要の仕事と言ってもいい。
ここは手を抜いて良い所ではないだろう。
次回「戦果報告」