その18 初めての戦闘
真下の大地には算を乱して逃げ惑う避難民の人々。
それを追いかけるのは三十騎ほどの騎兵。
今回このミロスラフ王国に攻め込んできた隣国ゾルタは、全兵力を巨大な船で送り込んできたという話だ。
そう考えると馬はこの土地で現地調達したのだろう。
そうでなくとも人でぎゅうぎゅう詰めの船の中に馬まで積んできたとは考え辛い。
以前の会社にも競馬が好きな社員がいて、そいつに聞いた話だが、競争馬を輸送する中でも船での輸送が馬に最も良くないのだそうだ。
船が揺れると輸送熱という発熱を起こし体調を崩す馬が数多く出るという話だ。
まあ知ったかな男だったので信ぴょう性のほどは定かではないが、馬が神経質だという話はよく聞く。
ちょっとしたことで体調を崩しやすい生き物なのは間違いないだろう。
騎兵が避難民に襲い掛かる。もう時間がない。
ここで覚悟を決めなければ、あの人達がさっきの村の人達のようになってしまう。
ティトゥも状況に気が付いたようだ。
『ドラゴンさん、あそこ! みんなが襲われてしまいますわ!』
分かっている、分かっているんだよティトゥ。
だけど情けないことに身体が動かないんだ。
その時ティトゥが操縦桿を握りしめると思い切り前に倒した。
はじかれたように僕の身体は上空1500mから急降下を始める。
彼女が操縦桿の仕組みを知るはずはない。前に進んで欲しかったので前に倒したのだろう。
それがたまたま急降下だったのだ。
後ろに倒しても後ろには飛べないからね。
『きゃあああああああ!』
「うわわわわわあああ!」
僕達の悲鳴がユニゾンする。
っていうか、急に操作されたら僕だって驚くさ。
墜落したのかと思ったよ。
僕は慌てて操縦桿からの操作を遮断、ティトゥから機体の制御を取り戻した。
ぶっつけ本番だったけどこれできなかったらマジで墜落してたから。
次いで降下速度も落とす。ティトゥは訓練を受けた搭乗員じゃないからね。
でも、ありがとうティトゥ。後は僕が引き受けた。
僕は機首を、今まさに避難民に襲い掛かろうとしている騎馬隊に向けた。
照準を先頭の騎兵に合わせる。
突如上空から飛来した巨大な飛行物体にそいつの目が大きく見開かれる。
爆音が大地に轟く
今だ!
・・・・カチッ
ドドドドドドドドドドド
恐るべき破壊力を秘めた鉛の死神が騎馬隊に襲い掛かる。
厚さ2cmの鋼鉄の装甲すら打ち抜く弾丸にとっては、人間が身にまとう程度の防具など紙切れ同然だ。
時折混じる曳光弾が美しい光の線を描く。その射線を横切る者には無慈悲な死を。
ドドドドド・・・グオオオオン
騎士達に体当たりする勢いで急降下していた機体を制御。無理やり機首を引き上げる。
ティトゥは・・・無事だ。ガッツあるな。
もうもうとした土煙が辺りを覆い、その中に馬のいななきや男達の悲鳴が絶え間なく上がる。
僕は旋回しつつ上空から戦果を確認する。
・・・分かってはいた。
弾丸は全て見当外れの方向に飛んで行っており、命中どころかかすったものさえ一発もなかった。
最後の瞬間に騎士が何かをしたのを見て、僕は彼が魔法か何かで攻撃してくるんじゃないかと身構えてしまったんだ。
いや、嘘をつくのはよそう。
もちろん、チラリとそんなコトは考えたが僕はそれを理由に攻撃のタイミングを外したんだ。
ごめん、ティトゥ。
やはり僕は人間を撃つことができなかったよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
四式戦から放たれた弾丸はすべて外れた。
だがそもそも、ここはまだ銃というものがない世界。当然彼らはついさっき自分が射撃の的にされかけたことに気付いていない。
ただ光と耳をつんざく轟音で、自分達が攻撃を受けたということだけは理解していた。
巨大な何かは恐ろしいうなり声を上げ自分達に襲い掛かってきた。
腹に響く爆音が身を震わせ、光る何かが轟音を上げ自分達に降り注いだ。
そしてソレは自分達をかすめるようにして飛び去った。
ただそれだけである。
だが、ただそれだけのことで、今ここにあるのはほぼ壊滅した騎馬隊であった。
馬の多くは転倒し、足を折った馬もいるのか立つこともできず悲しげにいなないている。
乗っていた騎手は地面に投げ出され、あちこちでうめき声や泣き言が上がっている。
首の骨を折ったのかピクリとも動かない者もいる。
いくらか残った無事だった馬もすっかり怯え、騎手の言うことを聞こうとしない。
騎手も振り落とされないよう懸命に馬をなだめる以外何もできない。
皮肉なことに無事なのは騎馬隊に襲われた難民達だけであった。
いや、それも数名が派手に転倒して体のどこかを痛めている様子だ。
立て続けに自分達を襲った災厄にパニックを起こしている者もいる。
ただ一人奇跡的に難を逃れた騎手が空を見上げる。
その男が見たものは・・・
轟音と共に飛び去った巨大な飛行物体が大きく旋回し、自分達を目指し再び急降下しようとしている姿であった。
男の目に絶望がやどる。男は怯え、馬から飛び降りた。
その場に飛び込むように身を伏せる。
ゴウウウウウウウ・・・・
頭上を巨大な影が通り過ぎていった。
今度は光の攻撃は無かった。
恐怖にかられた馬がどこかへ走り去った。
やがて男が震えながら砂にまみれた顔を上げた時、ソレは大きく旋回している最中だった。
男は笑い出す、目からは涙が流れる。
ソレがまたこちらに頭を向け降下してきたのだ。
男は恐怖のあまり正気を保っていられなかった。
彼らに対しソレの攻撃はこの後も何度も執拗に繰り返されるのだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
避難民に襲い掛かった騎馬隊を相手に、僕は急降下攻撃の訓練を繰り返す。
さっきはぶっつけ本番だったけど、戦場につくまでには慣れておきたいからね。
そう考えるとこの遭遇戦はありがたかった。
二度目の急降下以降は20mm機関砲はお休みである。
どうやら最初の攻撃でほとんどの馬が騎手を振り落としてしまったようで、騎馬隊はすでに隊として機能していないみたいだった。
もう無力化されているんだから、あえて彼らを撃ち殺さなくても攻撃の目的は達成されてるよね。
弾丸だって無限にあるわけじゃない(いや、時間で回復するんじゃないかとは思うけど)、今は節約である。
動ける敵はちりぢりに逃げだしてしまい、足を折ったのか動けない馬と、こちらも動けないのかその場に留まる騎手がいる。
彼らを目標に何度か急降下を繰り返す。
最初は急降下するたびに慌てていた彼らだったが、何度も繰り返すうちに何のリアクションも返さなくなった。
あまりのしつこさに呆れられたのだろうか?
でも謝らないよ? 最初に避難民に襲い掛かった君らが悪いんだから。
ティトゥもだんだん慣れてきたようで、今では降下中にワクワクとあちこち見まわしている。
この子地球にいたら絶対に絶叫マシンにはまるタイプだよね。
余裕があるのなら、攻撃に入る時の後方の確認をお願いしたい。
空戦のセオリーだから。
急降下攻撃のコツも掴めてきた気がする。
そろそろネライ領に向かおう。
僕はジャイロを確認して元の進路に機首を向ける。
この遭遇戦はたまたま上手くいった。
でも正規兵ひしめく戦場ではこうはいかない。
魔法を使った未知の兵器やドラゴンのような未知の超生物もきっといるだろう。
ためらえばこちらが墜とされる。僕の死はティトゥの死だ。
・・・次は狙いを外さない。絶対だ。
『戦争をして殺しあっているのは我々愚かな人間同士。ドラゴンの世界には関係ないことです。いやなら無理に殺さなくてもいいんですわよ。』
ティトゥが僕を慰めてくれる。
いや、身体はこうでも僕も愚かな人間だからね。
でも情けないことに少し気が軽くなった。
次回「そして戦場へ」