その1 帝都襲撃
『急に帝国まで飛ぶと言い出すなんて、一体どうしたのかと思いましたわ』
僕の操縦席でティトゥがぼやいている。
僕達は今、ゾルタの空を北上している所だ。
そろそろミュッリュニエミ帝国が見えてもいい頃合いだと思う。
昨夜僕はブラリとテントに現れたチェルヌィフ商人のシーロから、帝国軍の情報を色々と教えてもらった。
その中にはこの戦争の原因となった皇帝の話もあって、そのあまりに身勝手な理屈に、僕はどうしても納得する事が出来なかったのだ。
そんなわけで、つい衝動的に飛び出したのはいいけど、僕には皇帝を殺すつもりはない。
今僕を突き動かしているのは義憤であって、殺したくなる程皇帝を恨んでいる訳じゃないからだ。
けどやはり最大の理由は「殺しても終わりにはならないから」だろう。
彼には自分が始めたこの戦争の後始末をつけてもらわないといけない。
そのためにはここで死んでもらう訳にはいかないのだ。
・・・というのも理屈で、ホントは僕が人殺しをしたくないというのが一番の理由なんだろうな。きっと。
まあいいや。勢いとはいえここまで来てしまったものは仕方が無い。
振り上げた拳はどこかに振り下ろさないと収まらない。僕だってそんな気持ちになる時くらいあるのだ。
さすがに帝国はミロスラフ王国よりも発展している感じだった。
街道には多くの人が行き来して、大きな町がいくつも街道沿いに作られている。
どっちかというと見た目は聖国に近い感じかもしれない。
ただ、軍事国家的な国民性なのか、建物の作りにも優美さよりも質実剛健さを求めているように感じられた。
『あれが帝都ですわね』
感無量、といった感じティトゥが呟いた。
まあこの世界で普通に生活していれば、他国の首都を見る機会なんてそうそうないだろうからね。
現代の地球なら外国にだって飛行機で簡単に行けるけど。
といっても、僕は大学の卒業旅行で台湾に行ったきりなんだけどね。
『何だか人が大勢集まっていますわ』
確かに。何かお祭りでもしているのか、帝都の通りは人で溢れていた。
なんというか、ミロスラフ王都でやった戦勝式典のパレードを思い出す光景だ。
あの時はアクロバット飛行の最中に石灰の袋が外れて石灰まみれになったんだっけ。後でティトゥに散々怒られたのも今となればいい思い出だ。
大通りの端、王城の入り口近くでは何か工事をしているみたいだ。
あちこちに人が溢れる中、そこだけは人が入らないように立ち入り禁止になっていた。
・・・ふむ。人目に付きやすい場所といい、立ち入り禁止な所といい、これは使えるかもしれない。
僕は帝都の上をサラリと流すと、帝都から少し離れたひとけのない街道へと着陸した。
『こんな所に降りてどうするんですの?』
ティトゥの疑問は最もだけど、ちょっと待っててね。
僕はエンジンを切ると、念のために懸架していた燃料増槽を収納。ハードポイントに新たに250kg爆弾を懸架した。
『バクダン。オトス』
『双炎龍覇轟黒弾の事を言ってますのね』
そうそう、それそれ。その何とか弾ね。
第二次世界大戦のヨーロッパでの事。イギリス軍は家具職人達を使って驚きの新兵器を生み出した。
それが全木製爆撃機 DH.98モスキートである。
当時既に航空機は木製からアルミ合金製へと移行していた。イギリス軍はその時代の流れに真っ向から逆らって、全木製の飛行機を作ってしまったのである。
どうしてこうなったし。
ところがこのトンデモ兵器。試験飛行で驚きの性能を叩き出し、参列者の度肝を抜いてしまったのである。
このモスキート。何がスゴイかというと爆撃機なのに抜群にスピードが速い。
最高速度は驚きの時速668km。
これは当時のドイツ軍の迎撃戦闘機を凌ぐ速度だった。
イギリス軍はモスキートの速度の利を活かして白昼堂々と編隊を飛ばした。
モスキート編隊はドイツの空で大活躍。ベルリンの軍事パレードを襲撃させたりと数々の「嫌がらせ爆撃」を繰り返した。
その戦果もあって、後にモスキートはイギリスの三大傑作機の一つに数えられるまでになったのだった。
『・・・つまりハヤテは帝国に対して、その”嫌がらせ爆撃”をするつもりなんですの?』
『ソウ』
丁度人も集まっているし、良く目立つ場所に良く目立つ何かが作られている。
幸い工事中なので周囲に人もいない。
嫌がらせで吹き飛ばすには申し分ない代物だ。
『それでハヤテの気が済むならいいんじゃないかしら』
ティトゥはあまり気が乗らないみたいだ。というか呆れているように見える。
こんな事をして何になるのか、って思っているんだろうね。
いや、違うんだよティトゥ。これは帝国皇帝に対する僕からの宣戦布告なんだよ。
帝国軍に向けて振り上げる最初の拳。戦いの開始を告げる狼煙なんだよ。
ティトゥは今度こそ呆れ顔を隠そうとしなかった。
『それって今考えたんですわよね?』
『・・・ウン』
ばれてーら。
僕は再びエンジンをかけるとテイクオフ。
今度は低空から帝都に侵入した。
屋根の上をかすめるように飛ぶ僕に、帝国の人達が驚いて目を丸くしている。
もっと驚いて逃げ惑うかと思っていたけど、突然の事にどうしていいか分からずに呆気に取られているみたいだね。
まあそれも幸いか。目撃者は多い方がより効果的だし。
でも、これだけの人数に見られている中、外したらカッコ悪いな・・・
いやいや、そういう事は考えないようにしよう。集中、集中。
僕はあっという間に城の入り口に到達した。
するとそこにさっき僕が目を付けた工事現場が・・・
今だ!
『今ですわ!』
僕の心とティトゥの心が一つになったその時、僕の翼から250kg爆弾が投下された。
突然重量物が無くなった事で機体が浮き上がり、進路が乱れそうになる。
ドドーン!
通過した僕の背後で大きな爆発音が上がった。
どうだ? 成功か?
『命中しましたわ!』
二発の爆弾は構造物の根元に命中、土台から吹き飛ばしていた。
何かの像だろうか? 人型の大きな何かが吹き飛んでバラバラになるのが見えた。
よし! 成功だ!
王城に集まっていた群衆は突然の大爆発に算を乱して逃げ惑っている。
爆心地に近い場所には、何人もの人間が倒れたまま動かない。
さすがに直撃ではないだろうが、飛んで来た破片に当たって負傷したのかもしれない。
僕は苦い思いが胸に満ちるのを感じた。
これを見た皇帝が少しでも戦争の悲惨さを感じてくれれば、彼らの負傷も意味があるものになるだろう。
そう思おう。
『ハヤテ・・・』
『オワリ。カエル』
黙り込んだ僕にティトゥが心配そうに声をかけてきたが、今は後ろを振り返ってはいられない。
帝国軍は既に動き始めている。僕達に立ち止まっている時間は無いのだ。
僕は真っ直ぐに王城の脇をすり抜けると南に転進。ゾルタの国境を目指すのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王城前の広場は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。
我先に逃げ惑う群衆が誰かを突き飛ばし、倒れた者を踏みにじり乗り越える。
後に判明した所では、死傷者のほとんどがこの混乱による二次災害の被害者だった。
目の前で轟音と共に巨大な爆発が起こり、王城内も騒然としていた。
親衛隊に抱えられるようにしてバルコニーから下がった皇帝だったが、未だにその視線は大きくえぐり取られた爆心地に向けられていた。
「一体今・・・何が起きたのだ?」
震える皇帝の言葉に答えられる者はいなかった。
誰もが恐ろしい轟音とそれに続く圧倒的な破壊に恐怖と怯えを隠せずにいた。
「アレは何だ? あの飛んで来たアレは何なのだ?」
大きなうなり声を上げながら王城をかすめていったあの恐ろしい姿。
気の弱い者は、この後数日に渡り、夜な夜なベッドであの姿と声を夢に見てうなされる事になるのだった。
「アレは・・・一体何だったんだ?」
あれが帝国軍に悪夢を運ぶ呪われた翼であったことを皇帝が知るのは、しばらく後の事である。
次回「行軍始まる」