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エピローグ 国王崩御

長くなったので一旦この話で第六章は終わりにします。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 新年も明けて既に三日。

 例年であれば新年式で賑わう王城も、今は火が消えたように暗く沈んでいる。




 王城内を走り回る親衛隊の足音でカミル将軍は目を覚ました。

 ここは来客用の寝室だ。部屋の中はまだ薄暗い、夜明け前といったところだろう。

 長年の騎士団生活で将軍の寝覚めは良い。

 部屋にノックの音が響いた。


「カミル将軍。宰相閣下がお呼びです」

「分かった。すぐに行くと伝えろ」


 ――ついにその時が来たか。


 カミル将軍の長い一日が始まろうとしていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 カミル将軍が王城に呼ばれたのは、彼の兄である国王が倒れたその日の夜の事である。


「そんなに悪いのか?」

「ほとんど意識が戻りません」


 登城した彼を待っていたのは、青白い顔で死んだように眠りにつく兄の姿だった。


「・・・なに?! 帝国軍からの宣戦布告?!」


 親衛隊の者がカミル将軍に告げたのは衝撃の事実だった。


 ミュッリュニエミ帝国は、長年に渡って互いに争い半島の平和を脅かす隣国ゾルタとミロスラフ王国の両王家に対し、宣戦布告の通達をよこしたというのだ。

 もちろん帝国による言いがかりである事は明白だ。

 しかも、帝国軍は五万の大軍をもって両国に侵攻してくるという。


 この通達を聞き、ユリウス宰相は顔色を失った。

 本質的に彼は治世の人であって乱世の人ではない。混乱した彼は、国王にそのまま報告するというミスを犯した。

 いつものユリウス宰相なら、先に手を打つなり、対策を用意するなりしてから国王の判断を仰いだだろう。

 彼は無意識にこの重い決断から逃げたのだ。そして自分で決断出来ない案件をより上位者の裁量にゆだねたのだった。


 季節の変わり目という事もあって、元々体の弱い国王は体調を崩し、食も細り床に伏しがちで体力も気力も弱っていた。


 そこにミロスラフ王国の滅亡という抱えきれない程の心労がのしかかり、国王は意識を失ってしまったのである。



 国王は僅かに意識が戻るとカミル将軍を呼べと命じたという。


「俺を、か? ユリウス宰相ではなく?」

「はい。私もその場にいました。間違いありません」

「将軍閣下。国王陛下がお目覚めになられました」


 王城主治医に呼ばれてカミル将軍は国王の寝室へと足を運んだ。

 部屋の中は薄暗く、独特の重い空気に包まれていた。

 国王のベッドの側には憔悴した顔を化粧で隠した皇后ペラゲーヤの姿があった。


「陛下が将軍に話がしたいそうです」

「カミル。ちこう」

「陛下・・・」


 カミル将軍は臣籍降下して以来、兄である国王にこれほど近くまで寄って話した事は無い。

 久しぶりに見る兄の顔は、記憶より随分と痩せて頬骨が浮いて見えた。


 ベッドの中が力無くもぞもぞと動くと、夫の意志を察した皇后が彼の手をそっと取り出した。

 カミル将軍は皇后に促されて兄の手を握った。

 剣ダコの出来たゴツゴツとした将軍の大きな手に、細い小さな兄の手はすっぽりと包まれた。


「カミル。今まで済まなかった」

「兄上、何を?!」


 カミル将軍が国王の事を兄と呼んだのはいつ以来だろうか? 自分が国王を兄と呼んだ事にすら気付かずにカミル将軍は兄の手を握った。


「お休みになられました。隣室へどうぞ」

「あ・・・ああ」


 主治医の言葉にカミル将軍は兄の手を皇后に預けるとイスを立った。

 将軍が部屋を出る前にもう一度振り返ると、入って来た時と変わらぬ姿で夫に寄り添う皇后の姿が目焼き付いた。




 それからも将軍は隣室に控えて、国王に呼ばれる度に寝室に出向いて話をした。

 それは他愛もない昔ばなしがほとんどだった。


 考えてみれば俺がこうして兄上と差し向かいで話をしたのは初めての事かもしれん。


 カミル将軍はその事実に思い至って衝撃を受けた。

 彼らは物心ついた頃には、既に周囲から、王太子、王位継承者の第何位、といった肩書きで見られていた。

 そのため兄弟も自然に互いをそういった肩書きありきで見るようになっていたのだ。


 国王の具合は良くない。おそらくこの病は助からないだろう。

 主治医はそう診ていた。

 もちろん、今も彼は持てる知識を全てつぎ込んで全力で治療に取り組んでいる。

 だが、肝心の患者の方に助かる気持ちが無ければ、その努力も砂地に水を撒くようなものである。


 国王の病は癒えず、彼は日に日に衰弱していった。




 その日もカミル将軍は兄に請われるまま彼の話を聞いていた。

 国王の話はいつしか懺悔のようになっていた。


「お前には今までずっと辛く当たって済まなかった。さぞや息苦しい思いをさせてしまったであろう」

「兄上は国王として必要な事をしていただけだ。そんなに気に病まないでくれ」


 国王は苦しい息の中、自分が良く出来た弟をいかに恐れていたか、自分が国王としての能力に欠けていた事にどれほど歯がゆい思いをしていたかを語った。


「我が自分の事を知ったのは皇后を迎えてからだ。これが我にとって一つ目の転機だった。皇后によって我は今まで自分がいかに愚かだったかを悟った。我は良き王になろうと努力した。しかし、全ては遅かったのだ。既に周囲の者は我に良き王である事を望んではいなかった。我は見放されていたのだ」

「・・・兄上」


 この悲劇を国王だけのせいにするのは気の毒だろう。彼はあの(・・)前国王の子として子供の頃から周囲に色眼鏡で見られていたのだ。

 カミル将軍ほどの才覚があれば別だが、彼はあまりにも凡庸過ぎた。

 そのため周囲の評価を覆すだけの教育もチャンスも与えられなかったのだ。


 しかし、鬱屈とした日々を過ごす国王に第二の転機が訪れた。


 この王国にドラゴンが――ハヤテが現れたのである。


「我は皇后からチェルヌィフ王朝の優れた政治を学んでいた。しかし、誰にも我の言葉が届かないのでは、それを生かす手段はなかった。そんな折、この国にドラゴンが現れた。ドラゴンは敵軍を退け王国を守ったという。我は運命めいたものを感じた。このドラゴンこそ、無聊をかこつ我に天が与えた好機なのではないかと」


 その時国王は思った。今の自分には政治を行うだけの能力がある。ただそれを活かす場が無いだけだ。

 ドラゴンを従える事で自分は、他者に対する強い影響力を得られるのではないだろうか。


「・・・だがそれは我の思い上がりだったようだ。この度の帝国軍の宣戦布告はそんなおごった我に対する天罰なのだろう」


 この時代、かつて大陸を支配していた大ゾルタ帝国によって宗教は根絶されている。

 しかし、人々から神を信じる心や運命を占う気持ちを消し去る事は出来なかった。

 国王は思うに任せない鬱屈とした日々の中、運命論に慰めを見出してしまったのかもしれない。


「ミロスラフの民には悪い事をしてしまった。カミル。後始末を任せて済まないが、我に代わって彼らを救ってはくれまいか」

「俺は騎士団団長だ。もちろん国を守って戦うさ。それが使命だ」

「・・・そうだな。お前はそれでいい。お前がいれば我は安心していく事が出来る」


 国王は力尽きるように眠りについた。そして一日たっても目覚める事はなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 カミル将軍は待合室に通された。

 そこにはユリウス宰相と――ペラゲーヤ皇后の姿があった。

 国王が倒れて以来、ずっと夫の側を離れなかった皇后の姿がこの場にある事でカミル将軍は全てを察した。


「国王陛下は御隠れになられました」


 国王の遺体は現在、寝台から降ろされて清められている最中だという。


「・・・そうか」


 カミル将軍はそれだけ聞くと踵を返した。

 将軍の行動にユリウス宰相のかたわらにいた副官が慌てて声をかけた。


「陛下は現在身を清められている最中。将軍閣下とて入れはしませんぞ」

「誰が陛下に会いに行くと言った?」


 カミル将軍は差し出口を叩いたユリウス宰相の副官を睨み付けた。


「軍を率いて国境の砦へ向かう。帝国軍が国境の間近に迫っているという情報を俺が知らないとでも思っていたのか」


 カミル将軍は王城に上がってから、ずっと騎士団から切り離されているが、王城の親衛隊や使用人にもカミル将軍のシンパは多い。

 彼の下にはそういった者達からの情報が集まっていた。


「しかし・・・ 陛下が御隠れになった今、あなたと騎士団が王都を守らずしてだれが王都を守るのです。もしも戦に出て命を落とすような事でもあればどうするんですか?」

「愚か者が! 砦が抜かれればどの道この国は終わりだ! 隣国ゾルタの王都バチークジンカは堅牢な城壁に守られた鉄壁の都市だと聞いている。そのバチークジンカを帝国軍は落としたのだ! 王都ミロスラフが囲まれれば騎士団が今の倍いようが無駄だ!」

「なっ・・・」


 カミル将軍が王城に止め置かれていた理由には、騎士団を王都の守りから外したくないという宰相府の保守的な願望が強く働いていた。

 それを無駄な行為だとカミル将軍は一喝したのだ。


 副官が言葉を失う中、今度はユリウス宰相が伏せていた顔を上げた。


「だが勝算はあるのか? 帝国軍は五万の大軍を擁しているというぞ」


 おそらく軍事以外の考えうる手段は既に打った後なのだろう。

 一気に老け込んだ宰相の姿にカミル将軍は僅かに眉をひそめた。


「陛下に後を託された。俺はミロスラフの民を守らねばならない」


 カミル将軍の言葉にユリウス宰相はハッと目を見開くと、急いでイスから立ち上がって臣下の礼を取った。慌てて上司に追従する副官の男。

 皇后はイスに座ったまま小さく頷いた。

 カミル将軍も小さく頷き返すと今度こそ踵を返して部屋を後にするのであった。




 カミル将軍に指揮された王都騎士団が王都を発つのは翌日の事である。

 この帝国軍との戦いはカミル将軍が国王となった最初の戦いと言われているが、実際にはこの時まだカミル将軍は王位継承を果たしていない。

 カミル将軍が正式にカミルバルト国王になるのはこの戦いの半年後の事である。


 カミル将軍の出兵で帝国軍の南征は最終局面を迎える事になる。

 しかしそれを語る前に、ここから少しだけ時間を戻して年明け前、前年の年末から始まった帝国軍対ナカジマ・オルサーク連合騎士団との戦いから語る必要があるだろう。

いつも読んで頂きありがとうございます。

話としては中途半端になってしまいましたが、このまま続けると第五章を超える長さになってしまいそうなので、ここで区切りを入れる事にしました。

それと現実的な問題として書き溜めのストックが尽きてしまいました。

なるべく早く続きを書いて次の章を更新したいと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミロスラフ国王は今まで意図的にでしろそうでないにしろ、ハヤテ達の足を引っ張ってばかりだったので あまり好きな人物では無かったのですが、今回の話で彼は彼なりに努力し苦しんでいたことがわかりまし…
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