その28 オルサークの兄弟達
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オルサーク家の応接室。
この部屋は今、調度品が片付けられ、ある種作戦本部の様相を呈していた。
現在のこの部屋の主はオルサーク家長男のマクミラン。
そして彼の参謀兼、騎士団の指揮官である末の弟のトマス。
彼らは部屋に机を運び込ませて、ここでナカジマ家との軍事行動に関する一連の処理をしていた。
部屋のドアが開くと、トマスが一抱えもある木札を手に入って来た。
疲れ果てた顔をしたマクミランが机の書類から顔を上げると、机の上の手のひらサイズの木の板を手に取り弟に差し出した。
「叔父上の所の家令との話は終わったよ。連合騎士団の通過を喜んで迎えてくれるそうだ。これが預かった通行証だ」
「そうですか。騎士団の再編はもう少しかかりそうですね」
「やはり問題は班長クラスの人材不足か・・・ 何人かはナカジマ騎士団の下に受け入れて貰うべきだな」
カミル将軍やアダム隊長には脳筋扱いされる王都騎士団だが、彼らは有事の際にはそれぞれが兵を率いる事が出来るように訓練を受けている。
つまり王都騎士団とはある意味、現場指揮官の集まりなのだ。
王都騎士団がエリート扱いされるのもそういった所にあるのだった。
現在忙しく立ち回るオルサーク家の兄弟だが、長男のマクミランがオルサークの内政と周辺の家との連絡調整。三男のトマスがナカジマ家との連合騎士団結成に向けての、オルサーク騎士団の再編とナカジマ騎士団との間の調整に当たっていた。
次男のパトリクは今までと変わらず、オルサーク騎士団の副長として現場を担当する事になっている。
「叔父上はこれを渡すためにわざわざ家令をよこしたんですね」
「”渡す”と言うか”お礼に”だね。・・・随分感謝されたよ。本当は僕らはちっとも感謝される筋合いじゃないのにね」
マクミランは困った表情を浮かべて苦笑した。
現在、ゾルタの各貴族家は帝国軍からの容赦ない物資の要求に汲々としていた。
それはここオルサーク家においても例外ではなく、いかに物資を捻出するか頭を悩ませていた所だった。
そこに先日ハヤテがピストン空輸で大量の小麦を運び込んだのだ。
感謝するオルサーク家当主に対し、ナカジマ家当主は「この同盟のために聖国から頂いたお金で買ったものですから構いませんわ」と、事もなげに答えた。
そうは言われても、その聖国に伝手があるのも、聖国に資金を出させたのも、全てはナカジマ家である。
オルサーク家はこの一点だけでもナカジマ家に返しきれない程の恩義を受ける事となった。
結局あの後も、何度かハヤテは空から小麦を運び込み、その結果、オルサーク家は十分以上の小麦を確保する事が出来たのである。
その様子を見てマクミランはティトゥに「自分達だけ恩恵を被るのは心苦しい。それに今後の作戦にはオルサーク周辺の土地の他家の協力もあった方がスムーズにいくだろう。良ければウチと付き合いのある他家に小麦を融通する許可を頂きたいのですが」と訴えたのだ。
お人好しのティトゥは勿論二つ返事で了承した。
マクミランは降ってわいた幸運にホッと胸を撫で下ろした。もし、この場にメイドのモニカ辺りがいればこうも無条件にはいかなかったかもしれない。マクミランは知らない事だが実際に彼は幸運だったのだ。
こうしてオルサーク家と付き合いのある周辺の他家は、この同盟のおこぼれにあずかる事になった。
彼らはみな、オルサーク家の支援に対して拝み倒さんばかりに感謝をした。
どこの家も度重なる不作と帝国軍からの厳しい要求に頭を痛めていた所だったのである。
中でもオルサーク家当主の妻の実家は、物資の不足を娘を帝国軍に差し出すことで補おうとしていた。
義理の弟からの支援に当主は文字通り涙を流して感謝した。
甥であるマクミランからの「そちらの領地でのナカジマ家との連合騎士団の通過と行動を許してもらいたい」との要求に、家令自らがオルサークまで通行証である割符を持ってやって来たのがその証拠である。
対応に出たマクミランに、家令は深々とこうべを垂れて礼を言った。
「本当にこの度の支援、オルサーク家には感謝の言葉もありません。本来は当主自らがこちらまで出向いて直接お礼を申したいと熱望しておりましたが、なにぶん今はゾルタ王家が討たれた事で国内が麻の如く乱れております。他領との緊張が高まっているこのご時世に当主が土地を離れれば、良からぬ事を考える輩に付け入る隙を与える事になりかねません。そこで不足なれど私が当主に成り代わりお礼を申し上げに参上した次第でございます」
子供の頃から知っている母の実家の家令に跪かれて、マクミランは申し訳なさそうな顔を隠せなかった。
彼らもナカジマ家から助けられた方で、本来は他家からの感謝を受けられる立場では無いと知っているからである。
ちなみにマクミランの父であるオルサーク家の現当主は、すっかり自信を無くしてしまったのか、今回の事は長男に全てを任せて自分は屋敷の奥に引きこもってしまった。
妻の実家の家令が来たと聞いた時にも、「ナカジマ家に関する事はお前の役目だ」と言って会おうともしなかった。
微妙な顔をしたマクミランだったが、年端もいかない妹のアネタに「お父様の事は私とお母様達に任せておいて」と気遣われて、さらに何とも言えない微妙な気持ちになったのであった。
「家の騎士団の持つ割符ですか。あちらの当主の印が入ってますね」
「ああ。それがあれば向こうの土地で行軍中でも村々からの徴発が可能になる。・・・ナカジマ様が必要とするかは分からないがな」
この時代、行軍中の軍がその途中に存在する村から食糧等の物資を徴発する行為は当たり前に行われていた。
この割符は当主の名でそれを許可するものだ。
本来、他家の騎士団に軽々しく渡せるようなシロモノではない。それを渡した事からも、今回のオルサーク家の支援がどれほど有難かったかが分かるだろう。
「あの方達は規格外ですから。・・・それが分かってもらえない人もいますが」
「・・・パトリクか。アイツは強情だからな。変な意地を張ってお前を困らせているのか?」
パトリクはこの場にいないもう一人のオルサーク家の息子だ。三人兄弟の真ん中にあたる。
現在はオルサーク騎士団の副長を務めている。
「パトリク兄上は、ナカジマ騎士団はナカジマ騎士団、オルサーク騎士団はオルサーク騎士団、との二系統の編成にこだわっています」
「全くアイツは・・・ 分かった。後で僕の方から話をしておく」
マクミランの言葉にトマスは頷いた。
そしてパトリクに関する話はここで終わった。彼らには他にもやらなければならない仕事が山積みだったからである。
しかしこの判断をトマスは後に後悔する事になるのだった。
彼らが後回しにした事で、やがてこの件は手遅れになってしまうからである。
いつものようにハヤテがブラリとオルサーク家の屋敷の裏に降り立った。
素早く駆け寄って敬礼をするナカジマ騎士団。
彼らの装備には誇らしげにナカジマ家の家紋が輝いている。
ハヤテの背中にティトゥが立つのを見て、気分を高揚させるナカジマ騎士団だったが、彼女に続いて立ち上がった者の姿を認めた瞬間、休日に出かけた町でバッタリ上官に出くわした兵士のような顔になった。
「モニカさんが用意してくれた騎士団の装備はみんなに好評ですわ」
「そうですか。それは良かったです」
そう、もう一人の人物とはナカジマ家の?メイド・モニカだったのだ。
ティトゥと共に軽やかにハヤテの背から降りるモニカ。
何故か今日に限って緊張感の高まるナカジマ騎士団に、事情の分からないオルサーク家の者達は不思議そうな目を向けた。
そんな中、ハヤテのそばにオルサーク家のお母さんズがスルスルと近付いて来た。
「これはハヤテ様。ごきげんよう」
「ゴキゲンヨウ」
いつものようにニコニコ顔のお母さんズに、しかし今日は横から声がかけられた。
「これはオルサークのご婦人様方。こちらにハヤテ様からの”お土産”を預かっております」
そう言うとメイドのモニカは手に提げた荷物を少し掲げた。
「あら、そうでしたの。ではハヤテ様ごきげんよう」
「・・・ゴキゲンヨウ」
お母さんズはあっさりとハヤテの前から身を翻すと、ティトゥに続いて屋敷へ入るモニカの後へと続いた。
後にはどこか釈然としないハヤテだけが残されたのだった。
「なっ・・・!」
「? ようこそナカジマ様。ご足労痛み入ります」
作戦本部となった屋敷の応接室に案内されて来たナカジマ家当主を見て、何故か驚愕する弟をマクミランは不思議に思った。
(な・・・何であの恐ろしいメイドがここに?!)
もちろんトマスはティトゥを見て驚いた訳では無い。彼が最も苦手とするモニカの姿を見て驚いたのだ。
モニカは自分を見て恐れおののくトマスをチラリと見た。
「トマス様も作戦に加わられていらっしゃるのですね」
「ええ。トマス様はオルサーク騎士団の代表なのですわ」
「・・・その節はどうも」
すっかり大人しくなったトマスにモニカは少しだけ興味深そうな目を向けた。
そして二人の間に漂う妙な緊張感に訝し気な表情を浮かべるマクミラン。
「トマス様は一つ上のお兄様が騎士団の副長なのですわ」
「? お兄様の方が立場が下なのですか?」
「ああ、それですが、弟とは合同騎士団の編成で若干の意見の食い違いがありまして。しかし――」
「ダメだ、兄上! 今ここでその話をしちゃいけない!」
「しかし、後で話し合って・・・ 一体どうしたんだトマス?」
突然の弟の剣幕に戸惑うマクミラン。
モニカは兄弟の様子から事情を察したのか、いつもの笑みを浮かべるとティトゥに向き直った。
「どうやらオルサーク家の方で意見の齟齬があるご様子。肉親の間では遠慮があって言うに言えない事もあるでしょう。ここは私が残って彼らに協力致しましょう」
「そうかしら・・・ だったらお願いしますわ」
ああ・・・ 最悪だ。
トマスは思わず膝から力が抜け、辛うじて机に寄りかかって支えにした。
マクミランは突然机に手をついた弟に驚きながらも、ティトゥの手前どうして良いか分からず、曖昧な愛想笑いを浮かべる事しか出来なかった。
次回「南征再開の予兆」