その26 ピストン輸送
いよいよ198話。200話に向けて一日二回更新しています。
読み飛ばしにご注意下さい。
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雪の降り積もる山頂を行く男達の集団があった。
先頭を行く騎士団の装備を着た男が後ろに振り返って言った。
「この山頂を越えれば隣国のゾルタだ」
「ゾルタ・・・」
「戻って来たんだ・・・」
周囲を固める騎士団員に対して、こちらは武装していない男達。
彼らはナカジマ領で領地の開発に携わる開拓兵達である。
元々ゾルタの敗残兵としてミロスラフ王国に捕虜として捕られていた彼らだったが、数奇な運命をたどり、今、予期せぬ形で故郷への帰還を果たそうとしていた。
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そんなわけで次の日の昼。僕はティトゥとパロマ王女の二人を乗せて再びオルサークへとやって来ていた。
『ご足労痛み入ります王女殿下』
『昨日は良い話し合いの場でした。今日も期待しています』
出迎えたオルサーク家の当主に連れられてティトゥ達が屋敷の中へと消えて行った。
すかさずやって来たアネタとお母さんズに、お土産の”銘菓ナカジマ饅頭”を渡すと僕の仕事はおしまいである。
ちなみに今日のお母さんズにはお婆さんと若い娘さんが加わっていた。
アネタのお婆ちゃんとここの長男の奥さんだそうだ。
ニコニコ顔の彼女達は、お土産の箱を中心とした鉄壁のフォーメーションを組みながら屋敷へと戻って行った。
今は外でティトゥの帰りを待っている僕に対し、半数ほどのナカジマ騎士団の人達が僕の所に残って、周囲の見張りをしてくれている。
そんな中の一人が僕に話しかけて来た。
『ハヤテ様、小麦だけでも先に持ってくる事は出来ませんか?』
彼の説明によると、仲が良くなったこの家の騎士団員が、「帝国軍からの要請をどうにも出来ずに困っている」と愚痴をこぼしていたんだそうだ。
どういう事?
・・・なるほどね。
帝国軍は、ミロスラフ王国への南征開始に先駆けて、ゾルタの各貴族家に兵糧を出すように要求しているのか。
つまりこれは一種の”踏み絵”なんだろうね。
勿論この要求を断る事は出来ない。断ればそれを口実に帝国軍がやって来て、根こそぎ奪っていくのが目に見えているからだ。
厳しい要求を突き付けて、もしも反抗したり日和見な態度を取れば即処断。他の貴族家に対する見せしめにするつもりなんだろう。
そしてここオルサーク家もご多分に漏れず兵糧の捻出に困っている、と。
『ご当主の奥方の実家では、兵糧の不足分として娘を帝国軍に送ることを決めたそうです』
それはまた・・・何ともイヤな話だが、奥さんの実家としては苦渋の決断だったんだろうね。
それにしても娘を差し出さなければいけない程の厳しい要求なのか。
オルサーク家は大丈夫なの?
『それが・・・ オルサーク中の村々からかき集めれば何とかなるものの、その場合は来年の収穫は絶望的になるそうです』
なるほど。生かさず殺さずか。帝国軍に余程有能な参謀がいるのか知らないが、絶妙な締め付け具合だな。
聞けば聞くほど胸糞が悪くなる話だが、確かに有効な手段である事は認めよう。
そもそも余分な兵糧が無ければ帝国軍に対抗するための軍も動かせない。
自分達がミロスラフに攻め込む間の後方の安全を確保するつもりなんだろうね。
そしてこのままではオルサーク家も戦闘力を奪われてしまう事が確定している訳だ。
そうはさせない。
『何とかなりませんかハヤテ様』
『ヨロシクッテヨ』
『おおっ! よろしくお願いします!』
僕はみんなに離れてもらうとエンジンを始動、翼を翻すと大空へと舞い上がったのだった。
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屋敷での打ち合わせは難航していた。
今日になって当主と先代当主が消極的な立場を取り出したからだ。
とはいえ彼らの気持ちも分からないではない。
自分の息子達があまりにナカジマ家に理解を示しているのを見て、逆に不安になり、心理的にブレーキを踏んでしまっているのだ。
「少し休憩しましょうか」
パロマ王女の提案で彼らは一息入れる事になった。
あまりに実りの無い話し合いに、部屋には重く淀んだ空気が立ち込めていた。
「? 何か外が騒がしいようですね」
「そうですな。どれ、少しワシが見て来ましょう」
「・・・お供しましょう」
「構わん構わん。ついでに外の空気を吸って頭を冷やしてくるわ」
老紳士――先代当主のアズリルが腰を上げた。
孫のマクミランの言葉を遮り、アズリルは愛用の杖を手にすると屋敷の外へと足を運ぶのだった。
屋敷の裏では使用人達が大喜びで倉庫に麻袋を運んでいた。
どうやら何かを倉庫に移している最中のようだ。
「これは一体何の騒ぎだ?」
「あ、先代様。ハヤテ様がナカジマ家から物資を運んで来てくれたんです! あ、また来ました! 失礼します!」
「・・・何?」
彼らが見守る中、ハヤテが翼を翻して屋敷の裏に着陸した。
「シオ」
「今度は塩ですか! 何てありがたい!」
ハヤテの言葉に屋敷の使用人達はホクホク顔になりながらハヤテの翼の下から樽を取り外した。
――と思いきや、取り外した箇所にすぐに次の樽が現れた。
「おい! 今、樽が現れたぞ!」
「そうなんですよ。ハヤテ様はああやってどこかにもう一つ荷物を持てるみたいなんです」
「いや、どこかにって・・・ 今まで何も無かった場所じゃないか」
使用人の説明に釈然としないアズリル。
使用人はアズリルに答えながらも、その手は休みなく動いて樽の中身を取り出していた。
「ハヤテ様、取り出し終わりました!」
『了解』
「!! 今度は消えたぞ!」
目の前で樽が消えた事にたまげるアズリル。
使用人達が残った樽をハヤテの懸架装置に取り付けると、ハヤテはブルブルとエンジンを掛けた。
「マエ、ハナレ!」
「先代様、こちらに」
「あ・・・ああ」
使用人に手を引かれたアズリルが離れると、ハヤテは大空へと舞い上がった。
「塩は分けて湿気の無い場所に保管するんだ。屋敷の中の倉庫がいいだろう」
テキパキと作業に移る使用人達。
アズリルは口を開けたまま彼らの姿を眺める事しか出来なかった。
「我らに小麦を融通してくれるというのか!」
いつまでも戻ってこないアズリルを心配して、当主のオスベルトが屋敷の外に出て来た。
彼は父親の説明だけでは埒が明かないと見て、オルサーク騎士団を捕まえると、ここで何が起こっているのか問いただした。
騎士団から聞かされた話は信じられない内容だった。
「はい。他にも必要な物があれば何なりと言って欲しいと言われたので・・・」
彼らが塩や干し果物が欲しいと言うと、ハヤテはそれを積んでやって来た。
今はまた小麦の追加を取りに戻っているという。
「あ、やって来ました」
「ば・・・馬鹿な! あれからまだ四半時(三十分)程しか経っていないぞ!」
ハヤテを見上げてギョッとするアズリル。
ハヤテは優雅に着陸するとエンジンを切った。
『あれ? 何でオルサークさんがここにいるの? ああ、僕にお礼を言いに来たのか。ええと、大丈夫ですよ。モニカさんがランピーニ王家から分捕って来た支援金がまだまだたっぷりあるので。それに困った時にはお互い様です。ナカジマ家も別に損はしていないので、そちらも遠慮する必要はありませんよ』
ハヤテが何か言っているが、彼の言葉はこの世界の人間には通じない。
逆にオスベルトの戸惑いを深くするばかりだった。
『参ったな・・・ あの、後でティトゥにでも聞いてもらえません?』
「ハヤテ・・・殿。この小麦は我らに頂けるという事でよろしいのですか?」
「! ソウ! ヨロシクッテヨ!」
「・・・」
オスベルトは今も使用人によって積み上げられる小麦の入った麻袋を見た。
「・・・誠にかたじけない」
「サヨウデゴザイマスカ」
ハヤテは樽の中が空になると収納。突然消えた樽に驚きの声を上げるオスベルト達をよそに、空へと舞い上がるのであった。
「この物資の厳しい折、これだけでもどれ程助かるか・・・」
「あの・・・ハヤテ様からは既にこれの三倍は頂いているんですが」
「・・・何?!」
使用人の話によると、ハヤテは今回でオルサークとナカジマ領を四往復しているらしく、小麦だけでも既にこの三倍は運んでいるのだそうだ。
「一体いつからだ?!」
「時刻ですか? ・・・ご当主様達が屋敷に戻られてしばらくしてからですから、一時(二時間)程前からになります」
「なっ! ば・・・馬鹿を言うな! ここからナカジマ領まで何日かかると思っているんだ!」
使用人の言葉がどうしても信じられないオスベルトは、しばらくこの場に留まってハヤテを待つ事にした。
「あ、ハヤテ様が戻って来ました」
「そ・・・ そんな馬鹿な・・・」
さっきと同じ場所に着陸したハヤテは、未だにオスベルトがこの場にいる事に疑問を抱いた様子だった。
とはいえ、特に話しかけられる訳でもないので、『だったら別にいいか』と、特に気にせずに積み下ろし作業の終わりを待った。
「ハヤテ様、取り出し終わりました!」
『了解』
流石に今回は樽が消えた事に驚く者はいなかった。
その事を少しだけハヤテは物足りなく思いながらも飛翔。翼を翻すとナカジマ領へと飛び去って行った。
「俺は・・・ 俺は一体何を見ているんだ・・・」
「時代は変わる、という事か。孫に全てを任せる時代になったのかもしれんな」
オスベルトは「まだ早い」と言いたげな顔で父親に振り返ったが、その言葉を口にする事は出来なかった。
彼も自信が無かったのである。
結局この日、ハヤテはオルサークとナカジマ領を10往復以上した。
それでもケロッとした顔?でティトゥとパロマ王女を乗せて帰るハヤテを見て、オスベルトはこの同盟に自分がこれ以上口出し出来る事は何もないと悟ったのであった。
一日二回更新も今日で最後です。
次は18時の更新を予定しています。
次回「誕生! ナカジマ騎士団」