その25 初日が終わって
200回に向けて一日二回更新しています。
読み飛ばしにご注意下さい。
話し合いが終わったのか、ティトゥ達が屋敷の中から姿を現した。
『本当に今から戻られるのですか? 屋敷に部屋を用意させますが』
『結構ですわ。ハヤテで飛べばすぐですもの』
オルサーク家の当主が何やらティトゥを引き留めようとしているみたいだ。
そしてティトゥはその誘いを頑として跳ね除けている。
君、どれだけ貴族のマナーを苦手にしてるんだよ。
『でもパロマ王女殿下もご一緒に戻られるとは・・・』
『私、ナカジマ家の屋敷の泊まり心地を好ましく思っていますの』
パロマ王女の言葉にティトゥの笑顔がひきつった。
いや、オルサークさん。『確かにウチの屋敷は広いだけの古い屋敷ですが』とか言ってしょげ返ってるけど、ティトゥの所は屋敷どころか漁村の家だからね。ただの家。
ナカジマ家の事情を良く知っているトマスが微妙な表情をしている。
あれは『まさか聖国の王女をあの家に泊めてるのか?』って顔だね。
そう、そのまさかなのだよ君。君からもパロマ王女を引き留めてくれていいんだよ?
いつの間にかトマスのお母さんズが僕の近くに立っていた。
彼女達はスルスルと僕との距離を詰めるとニッコリと微笑んだ。
ええと、何でしょう?
『ハヤテ様、本日は結構なお土産、大変好ましゅう存じました』
『ええ。あんな美味しい物を頂いたのは初めてですわ』
・・・なんだろう。この得も言われぬ迫力は。
母親に手を引かれているアネタもニコニコ顔だ。
『ベアータ大好き。またベアータのお菓子が食べたいな』
『これアネタ、はしたない』
『オホホホ、まだ子供でして』
え~、何このわざとらしい小芝居。見ていて何だかムズムズするんだけど。
つまりこれはアレか? 次に来る時にもお土産が欲しいな、って事でいいのかな?
まあベアータに頼めばいくらでも作ってくれるから別にいいんじゃないの?
『オミヤゲ。モッテクル』
『!! そ、そうですの。アネタも喜びますわ!』
『良かったわねアネタ、ほら、お礼をおっしゃい』
『ありがとうハヤテ様!』
どういたしまして。
そんなこんなでティトゥ達が乗り込んだので、僕は空に舞い上がると、オルサークを後にしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ハヤテが大きく翼を振って飛び去ると、オルサーク家の当主、オスベルトは末の息子トマスに振り返った。
「本当にあのドラゴンは今日中に山を越えてナカジマ領までたどり着けるのか? お前は四日かけて山を越えたんだろう?」
もっともなオスベルトの疑問だが、ハヤテがこの後大回りして帝国軍の様子を窺ってからナカジマ領に戻ったと知ればどんな顔をしただろうか。
ちなみにトマスはハヤテが飛ぶ所は何度も見ているが、実際に乗せてもらった事は一度も無い。
そのためハヤテの飛行能力は人伝の情報でしか知らなかった。
しかし、彼の返事は簡潔だった。
「存じませんが・・・ あの方が”出来る”と言うなら、本当に出来ると判断しておけば間違いないでしょう」
そう。いかに信じられない事であっても、ティトゥが出来るというならそれは可能な事なのだ。
トマスはまだ幼いものの、その分誰よりも柔軟な理解力で、これが竜 騎 士と付き合うための秘訣だ、と悟っていたのだった。
未だにティトゥに振り回される事の多い代官のオットーあたりは、彼の爪の垢を煎じて飲むべきだろう。
トマスの返事が気に入らなかったのか、顔をしかめるオスベルト。
長男のマクミランはそんな父を見ながら、やはり自分の判断は正しかったと確信を抱いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
マクミランは応接室のドアを開けると、一同の視線を浴びる中で宣言した。
「私はオルサーク家の三男、トマスをオルサーク騎士団の指揮官として推薦する」
マクミランの発言に父のオスベルトは目を剥いて驚いた。
「マクミラン! 話が違うぞ!」
「父上、その話は後で。ナカジマ様、かまいませんね」
「それは・・・ トマス様はよろしいんですの?」
いきなりの事に最初は驚いたトマスだったが、今は落ち着きを取り戻していた。
というよりも、現実的に考えればマクミランの決断は最良の選択ではないかと思い至ったのだ。
ナカジマ家と作戦を共にするのなら、自分のようにナカジマ家を知る者でないとまず不可能だ。
そして父上達がその事を思い知るまでこの人はジッと待っていてはくれないだろう。
「勿論です。願っても無い事です」
「だったらこちらに問題はありませんわ」
マクミランは言葉を失くしてしまった父親達へと振り返った。
「父上。オルサークの現在の当主は確かに父上です。しかし、はばかりながら、将来のオルサークの当主はこの私です。将来のオルサークのため、この場は私の判断を信じてもらえませんか?」
実のところマクミランにもここまで言い切れるほどの自信がある訳では無かった。
当然だ。全財産をナカジマ家――他国の赤の他人にベットしようとしているのだ。
しかし、彼のカンは弟の判断を支持するべきだと囁いていた。
正にマクミラン一世一代の大バクチであった。
「後で必ず説明します」
「・・・その言葉、信じるぞ」
オスベルトは不愉快げに呟いた。
結局、話し合いはあの後いくつかの点を打ち合わせただけで終わった。
色々とあり過ぎて、オルサーク側が落ち着いて考えを纏める時間を必要としたからである。
ティトゥもここで拙速にはやるよりも、相手の理解を得てからの方が今後の動きが取りやすいと判断したのだ。
もっともいつまでも彼らとの打ち合わせに付き合う訳にもいかない。
帝国軍の行動開始予定はもう間近に迫っているからである。
ハヤテ達は最悪オルサーク側の同意無しでも動くつもりだった。
その場合彼らの動きは、支援も無く、窮屈になるが仕方が無い。
領地存亡の危機的状況なのだ。出来る限りの事はするつもりだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
トマスは自分の部屋で母親から渡された箱を覗き込んだ。
「これは?」
「ハヤテ様の”お土産”よ。知ってるでしょう」
そんな事は言われなくても分かっている。トマスが聞きたいのは何故それが”四つしか残っていない”のかという事だ。
「あなた達の分とお父様達の分よ」
「この箱一杯に入ってましたよね」
大きな箱にポツンと四つだけ残された小さなお饅頭をトマスは指さした。
「義母様やカリナの分を頂いたらそうなったのよ」
どうやらトマスの祖母と兄の妻も含めた屋敷の女性達によってお饅頭は乱獲されたようである。
トマスはため息をつくと饅頭を一つ手に取って頬張った。
「まあ、はしたない」
「母上がそれを言いますか?」
「そうそう、ハヤテ様が次もお土産を持って来てくれるそうよ! 次はいつになるのかしら」
わざとらしく話を反らす母。
トマスは呆れながらも律義に返事を返した。
「明日の昼過ぎには来るそうです。今日の話の続きをする事になってますから」
「まあ! そんなに早くに! みんなにも教えてあげないと!」
スキップでもしそうな軽やかな足取りで部屋を出て行く母親を、トマスは何とも言えない微妙な表情で見送るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥは僕のテントで山積みの書類と戦っていた。
『明日もオルサークまで出かけるのであれば、せめてここからここまでは片付けていって下さい』
『わ・・・分かっていますわ』
オットーの非情な宣告。そして目の前の書類の山に思わず目が泳ぐティトゥ。
明日、出かけるまでに片付くだろうか? 全てはティトゥの頑張りにかかっている。
『へえ! メイカ・ナカジマ・マンジュウは好評だったんだね! それは良かった!』
『メイカ・ナカジマ・・・何ですか?』
僕の横にはテーブルに座って優雅にお茶の香りをくゆらせるパロマ王女の姿があった。
何だろうね。このティトゥとの差は。
あくせく働く庶民と優雅な貴族、といった感じだ。
まあパロマ王女は王族で、貴族はティトゥの方なんだけど。
最初は、領地の仕事にかまけてパロマ王女をほっといていいのかな? と思ったけど、パロマ王女の方は働いているティトゥを見ているだけで満足しているみたいだ。
・・・ドSって訳じゃないよね?
いやいや、あなたは王女様であって女王様じゃないからね。
パロマ王女の疑問に、さっきまで僕の話を聞いていた料理人のベアータが答えた。
『メイカ・ナカジマ・マンジュウ。ハヤテ様命名のナカジマ家のお土産用のお菓子ですよ! ちょっとお待ちを。今作って来ますね』
バタバタと走り去るベアータ。
ティトゥはチラリと恨めし気に僕達の方を見た。
実はティトゥも”銘菓ナカジマ饅頭”は大のお気に入りなのだ。
『あの、私もメイカ・ナカジマ・マンジュウをご一緒したいですわ』
『分かりました。ベアータ! ご当主様の分はこちらに運んで差し上げてくれ!』
『はーい!』
『あの、そういう訳では・・・ いえ、いいんですの』
力無く項垂れるティトゥ。ご愁傷様。
そんなティトゥの姿に思わず笑いをこらえるパロマ王女。
いや、本当にドSじゃないよね?
次回「ピストン輸送」