その24 地元の銘菓
200回に向けて一日二回更新しています。
読み飛ばしにご注意下さい。
僕がぼんやりとティトゥの帰りを待っていると、オルサーク家の屋敷から見知った兄妹が二人の女性を連れてやって来た。
先日までナカジマ家で預かっていたトマスとアネタの兄妹だ。
『ハヤテ様、ようこそオルサークへ。母が挨拶をしたいと言うので連れて来ました』
『ハヤテ様ごきげんよう』
『ゴキゲンヨウ』
僕の返事を聞いて、トマスの後ろに立っている少し派手目な女性が驚いた表情を浮かべた。
『! 本当に言葉が喋れるんですね。息子がお世話になりました、ハヤテさん。トマスの母、イヴァナです』
『ごきげんよう、ハヤテさん。私はアネタの母ですわ。あなたの事は二人から聞いていますわ』
どうやら二人共オルサーク家の当主の奥さんで、トマスのお母さんが正妻、アネタのお母さんが側室らしい。
トマスのお母さんはいかにも貴族の奥さんといった感じの若干派手目の人で、逆にアネタのお母さんはおっとりとした可愛い系の人のようだ。
一緒に並んで立っている事からも二人の仲は良さそうだね。
こういうのってお話だと、大体女の醜い争いがあって、跡目争いがお家騒動にまで発展するのがパターンだけど、この人達なら大丈夫そうだ。
あ、そういえば思い出した。
『ナカジマ・キシダン!』
『はっ! 何でしょうかハヤテ様!』
僕は胴体の左側、脱出用ハッチを開けると、固定してあった荷物を騎士団員に下してもらった。
『これは?』
『オミヤゲ』
『私達にもらえるの?!』
何かをもらえると聞いてアネタの顔がパッと輝いた。
母親から『コラ。はしたないですよ』と、とがめられてシュンとするアネタに、兄のトマスは苦笑いだ。
『アケテ』
『はっ! ――ああ、これはベアータ殿が作った菓子ですね』
そう。お土産といえば地元の銘菓だろう。
てな訳で僕考案、料理人ベアータ制作の、ドラゴンメニューお土産バージョンだ。
密かに僕は、これをナカジマ領の地元の銘菓として流行らさせたいという野望を抱いている。
ベアータが作ったお菓子、と聞いてアネタとトマスの目の色が変わった。
『まあ、愛らしいお菓子だこと』
『焼き菓子ではないようだけど・・・ どんな味がするのかしらね』
箱の中から出て来たのは緑色の丸いお菓子・・・まあぶっちゃけて言えばお饅頭だね。
その名も”銘菓ナカジマ饅頭”、ないしは”銘菓ドラゴン饅頭”。
僕が読んだネット小説に、転生先でチョコレートを作って貴族の間に大ブームを起こす、という話があった。
それを参考にしようと思い付いたんだけど、残念ながら僕にはチョコレートは難易度が高すぎた。
色々と試した結果、完成したのがこの”銘菓ナカジマ饅頭”だったという訳だ。
てかチョコレートってマジでどうやって作る訳? カカオの実から作るって事だけは知ってるんだけど。
銘菓ナカジマ饅頭は僕のカラーをイメージした明るい緑色に、ナカジマ家の家紋にもなっている尾翼の部隊マークが焼き付けてある。
中身の餡子は小豆が見つからなくて再現出来なかったので、サツマイモのような甘みのある芋をふかした物に水あめを練り込んで、なんちゃってサツマイモ餡にしている。
ナカジマ家の女性陣には大好評の一品だが、貴族のお土産物としての感想はいかがだろうか。
『後でお茶の時にでも頂きましょう』
『そうね。お父様達にも食べて頂かないと』
ふむ。概ね第一印象は悪くなさそうだね。
おっと、アネタがこの世の終わりのような顔で母親に振り返っている。
どうやら彼女はすぐにでも食べられると思っていたようだ。
まあ女の子は甘いお菓子が大好きだからね。
『あの・・・母上。ハヤテ様の前で一つ頂いておくというのはいかがでしょうか? 小さな菓子ですし、ハヤテ様も我々が美味しく食べている所を実際に見たいんじゃないかと思うのです』
おっと、妹の絶望した顔を見かねたのか、兄のトマスからナイスアシストが入った。
決して、トマス本人もお茶の時間まで待ちきれなかったから、とかそんな理由では無いのだろう。
そして笑顔を取り戻すアネタ。おそらく今の瞬間、彼女の中で兄貴の株はかつてないほど爆上がりしたに違いない。
『そうね。はしたない気もするけど、ハヤテさんをお屋敷の中に招く訳にはいかないものね』
『ならみんなで一つづつ頂きましょうか』
実は少し興味があったのか、意外にあっさりとお母さんズはトマスの意見を受け入れた。
『私はコレ!』
アネタは少しでも大きいお饅頭を見定めて元気よく手に取った。
うん。どれも同じ大きさだと思うよ。
『! ん~! やっぱり美味しい! ベアータの料理大好き!』
『中に入っているのは芋・・・いや、竜甘露で甘みを付け足しているのか。しかし芋を包んでいるパンは一体どうやって作っているんだ? 見た目にも食感にも窯で焼いたあとが全く見られないんだが』
アネタは今日一番の笑顔を見せてくれた。
そしてトマス、君はグルメ漫画の登場人物かい。
お饅頭は蒸して作るもので窯で焼くものではないんだよ。
『! うそ! 甘い!』
『何コレ!』
お母さんズには予想外の味だったのか、目を丸くして驚いている。
お土産サイズの小さなお饅頭は二口程で彼女達のお腹の中に消えていった。
『・・・』
『・・・』
箱に残ったお饅頭を何か言いたげに見つめるお母さんズ。
『あの、母上?』
お母さんズはそれぞれトマスとアネタの手を取ると、おつきのメイドに指示を飛ばした。
『お茶にしましょう。お茶請けはハヤテ様のお土産で』
『はい』
ワーイと喜ぶアネタ。父上達はいいのかな? と言いたげにしながらも、女性陣から発する謎の同調圧力に逆らえずに何も言えないトマス。
『ではハヤテ様、ごきげんよう』
『ハヤテ様ごきげんよう。大変好ましいお土産でしたわ』
『あの、母上? あ、いや、ハヤテ様それではこれで』
『ごきげんよう!』
こうして四人はいそいそと屋敷に戻って行った。
そういやさっきは『ハヤテ様』って呼ばれてたけど、お母さんズは僕の事『ハヤテさん』って、さん付けで呼んでなかったっけ?
◇◇◇◇◇◇◇◇
屋敷に戻ったトマスに使用人が声を掛けた。
「外にいらしたんですね。トマス様、上のお兄様が呼んでおられます。急ぎ応接室にお越し下さい」
「マクミラン兄上が? 分かったすぐに向かおう」
トマスは母親に振り返ると――
「いってらっしゃい。あなたの分は取っておいてあげますからね」
「”お土産”の事なら心配しなくてもいいのよ」
「いってらっしゃい」
女性達から暖かく送り出された。
どれほど残しておいてもらえるだろうか・・・
トマスは一抹の不安を抱きながらも、しきりに急かしてくる使用人に連れられて屋敷の奥を目指した。
応接室の前には長男のマクミランが立っていた。
どこか憔悴した兄の姿にトマスはイヤな予感が湧き上がるのを感じた。
「マクミラン兄上、俺を呼んでるって聞いたけど」
「トマス。お前に聞きたい事がある」
マクミランは単刀直入に尋ねた。
「お前、ナカジマ様の作戦を聞かされているのかい?」
「・・・まあ。一通りは」
あれは衝撃だった。
あの時トマスはティトゥの語る作戦の説明に付いて行くだけで精一杯だった。
「付いて行くだけで精一杯だったと?」
「浅学非才なこの身では・・・ しかし、もし我々が強大な帝国軍と戦うのであれば確かに有効な戦術だと思う」
トマスの言葉にマクミランは目を剥いて驚いた。
トマスは自分の言葉が兄の心を掴んだと見て、このチャンスに一気に懐に飛び込む事にした。
「マクミラン兄上。俺はこの戦い、ナカジマ様の作戦を全面的に受け入れるべきだと思う」
「・・・なぜ?」
「普通に戦えば帝国軍には勝てる訳がないからだ。そんな事は兄上達にだって分かっているだろう? オルサーク家ではどんなに兵を集めても千には届かない。兵の数で圧倒的に負けている上に装備も負けている。数で押しつぶされるのは火を見るよりも明らかだ」
しかも帝国軍には無敵の”白銀竜兵団”が存在している。
その白く輝く白銀の鎧は、ゾルタの民の間ではすでに恐怖の象徴となっていた。
「お前はナカジマ様の作戦ならその帝国軍を倒せると思っているのか?」
「ナカジマ様は帝国兵を倒すつもりはないんだよ。兄上達もナカジマ様の作戦を聞いたのならそれは分かっているだろう?」
マクミランは自分達がどうしても理解出来ないこの作戦の核心部分を、末の弟がキチンと理解している事に声にならない程の衝撃を覚えた。
そう。ここが先程から彼らの間の大きな隔たり、大きな齟齬になっていたのだ。
実は帝国軍を倒す事だけを考えるのならそう難しく考える必要はない。
ハヤテが帝国軍の中枢に250kg爆弾を叩き込めばいいのである。
これで帝国軍は戦略目的を果たせない烏合の衆となるだろう。
もっといえばミュッリュニエミ帝国の本土まで飛び、皇帝の住む王城を爆撃してもいい。
皇帝抹殺。これで帝国軍を倒した事になる。ハヤテにとっては簡単な話だ。
そう、つまりハヤテは帝国を倒そうと思えばいつでも倒せるのだ。
しかし、そうなれば後に残るのは、指揮する者を失くして暴徒と化した五万の帝国兵達である。
彼らが略奪者として、田畑を食い荒らすイナゴの群れのようにゾルタ全土で暴れ回るか、いくつかの集団で纏まって武装勢力化していくのかは未知数だ。
しかし、ゾルタの治安が著しく悪化する事だけは免れない。
そうなればゾルタと国境を接するミロスラフ王国の防衛負担も激増するだろう。
当たり前だ。隣国に武装勢力によるテロ国家が出来るようなものなのだ。
本当にいざとなればハヤテはやむを得ずこの方法を取るだろう。
やってみなければ分からない。案外すんなりと帝国軍は国に引き上げるかもしれない。その可能性に賭けるのである。
しかし、ハヤテはこれを最後の手段として、現実的な解決方法の一つとは考えていなかった。
「・・・お前はどうすればいいと考えているんだ?」
「さっきも言ったけど、我々はナカジマ様の作戦を全面的に受け入れ、あの方の指揮下に入るべきだ。勿論永遠にそのまま言いなりになれと言っている訳じゃない。”帝国軍が去るまでの間”だけで十分かと。向こうもそれ以上は望んで来ないと思う」
トマスの言葉にマクミランは疲れ果てたように頷いた。
「分かった。一緒に来なさい」
マクミランは応接室のドアを開けると、一同の視線を浴びる中で宣言した。
「私はオルサーク家の三男、トマスをオルサーク騎士団の指揮官として推薦する」
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