その23 当主会談
200回に向けて一日二回更新しています。
読み飛ばしにご注意下さい。
ティトゥとパロマ王女を乗せて目指すは隣国ゾルタのオルサーク。
途中に広がる見渡す限りの焼け野原を、ティトゥが誇らしげに『ハヤテ作戦でハヤテが焼き払ったんですわ』とかパロマ王女に説明するもんだから、きまりが悪くて仕方が無かったよ。
ペツカ山脈を越えるとなればそこそこの高度を取らなければならない。
山は上昇気流の関係で天気が崩れやすい。イコール、大気の流れが不安定だからだ。
パロマ王女には防寒用に厚手のマントを羽織ってもらった。
山の頂上を越えたあたりで、遅れて出発したナカジマ騎士団と彼らに率いられた開拓兵の一団を発見した。
目ざとく僕を見つけた者がいたみたいで、大きく手を振っている。
みんな結構元気そうだね。
山の頂上には雪が積もっているけど、彼らのこの様子なら特に問題はなさそうだ。
まだ子供のトマスどころか幼女のアネタすらこの山を越えたくらいだし、結構安全なルートがあるんだろう。
みんな予定通り無事にオルサークに到着してくれることを願おう。
そんなこんなでオルサークに到着した。
現在ティトゥはパロマ王女と共にお屋敷の中で打ち合わせ中だ。
僕はいつものように外でお留守番である。
そして僕の周りにはこれまたいつものように物見遊山な野次馬達が遠巻きに群がっている。
まあこれもいつも見慣れた光景だね。
ちなみにさっきカッコよく着陸を決めようとして、スピードを出し過ぎて騎士団の列に突っ込みかけたのは秘密だ。
いやあ、あわや停まり切れずに大惨事かと思ったよ。
今でも存在しない心臓がバクバクいってる気がする。
最近体の調子が良いせいか、少し調子に乗っていたのかもしれない。
反省しないといけないね。
ていうか、彼らもボーッと突っ立ってないで、危ないと思ったら自発的に避けてくれれば良かったのに。
ナカジマ騎士団の人達は分かったもので、さりげなく後ろに移動してたよ。
彼らにはコノ村でも何度か突っ込みかけてるからね。
いや、いつも狭い所に無理やり着陸してるから仕方が無いんだよ。
ナカジマ領には土地だけはいっぱいあるんだから、いつか僕専用の飛行場とか作ってもらえないかなあ。
お屋敷の裏に滑走路があるって何だかカッコよくない?
僕はティトゥ達の帰りを待ちながらそんな事をぼんやりと考えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
屋敷の応接間で向かい合って座っているのは三人の男と二人の少女。
少女の内一人は言うまでも無くこの同盟の発起人であるナカジマ家当主のティトゥ・ナカジマだ。
三人の男達はそれぞれオルサーク家の現当主のオスベルト、次期当主となるオスベルトの息子マクミラン、そして先代当主のアズリル。
彼らは自分達のホームグランドの利を活かして、家格の差を当主の人数で補う――いや、もっと言うなら圧倒し、この話し合いの場を支配するつもりでいた。
しかし現在彼らは完全に相手にのまれていた。
その理由はもう一人の少女。
ランピーニ聖国の第六王女であるパロマ・ランピーニにあった。
大国ランピーニ聖国の王族が、非公式とはいえ、たかだか地方の当主同士の会談の見届け人として海を越えてやってくるなど誰が予想出来るだろうか?
「私パロマ・ランピーニが両家の同盟の立会人となって見届けさせて頂きます。今後この場の約束を違える言動を取る事は、ひとえにランピーニ王家との約束を違える事と同義となります。双方共それでよろしいですね?」
「かしこまりましたわ」
「し、承知致しました」
両家の当主の同意にパロマ王女は大きく頷いた。
「とはいえ正式な書類に残すのはまた後日。今日は草案作りのための忌憚のない話し合いの場としたいと思います」
要はここで決めた事を後日それぞれが書面にしたためて持ち寄り、そこからさらに細かなすり合わせを行い、最終的な誓約書として書面に残す、という段取りである。
いささか形式が過ぎる気がするものの、ランピーニの王族を立会人として引っ張り出して来た以上、正式な形に乗っ取って行うべきだろう。
(ナカジマ家の当主。若い娘と思って侮る訳にはいかないようだ)
ゾルタでいえば準伯爵位にあたる小上士位とはいえ、ナカジマ家は新興の、しかも女が当主だと聞き、当主のオスベルトには若干とはいえ侮りの心があった事は否めなかった。
しかし、オスベルトはその気持ちの緩みを、真っ向からティトゥに切り付けられた思いだった。
ランピーニ聖国の、しかも王族を同盟の立会人として連れ出すなど、どんな強固な伝手があれば可能になるのか田舎男爵のオスベルトには想像もつかない。
彼はナカジマ家の力をまざまざと見せつけられた気がしたのだ。
もしオスベルトが、パロマ王女がティトゥをお姉様と呼んで慕っている事や、その歓心を得ようと王女姉妹と競っていると知れば、膝から崩れ落ちてしまった事だろう。
「この同盟の目的は、この度の帝国の侵攻に対抗するために力を合わせるものですわ。しかし、帝国軍の去った後も山を挟んだお隣の領地として今後も色々と協力し合えればと考えていますの」
「ティトゥ・・・ナカジマ家当主の考えは建設的で大変素晴らしいと思います」
「ちょ、ちょっと待って欲しい」
二人の少女の会話に慌てて老紳士――先代当主のアズリルが口を挟んだ。
「協力と言われるが、我々の領地を隔てているのは山だけではない。大湿地帯がある以上、互いの交流は不可能、いや、困難だ。約束は出来かねる」
ペツカ湿地が人間の立ち入りを拒む人外魔境である事は、山一つ挟んだオルサークにも伝わっている。
先代当主アズリルは、ナカジマ家当主がランピーニの王女が土地の事情に疎いのを悪用して、この場でオルサークから開発協力を約束させようとしているのではないか、との疑いを持ったのだ。
「それならもう山までの範囲を確保しています。後は埋め立てて山までの道を作るだけですわ」
「私もハヤテさんの上から見ました。それは見事な焼け野原でした」
「・・・は? 焼け野原? ええと、湿地帯の話では?」
さも当たり前に話す少女二人にアズリルの理解は追い付けなかった。
「まあ後の事はその時になって決めれば良いとして、先ずは帝国軍をやっつけるための軍事同盟ですよね」
「ちょ・・・ちょっと待ってくれ! いえ、待って頂きたい!」
パロマ王女の言葉に今度は当主のオスベルトが待ったをかけた。
「軍事面で協力するのは構わない。しかし、帝国軍を倒すのを目的にされてもこちらは困る!」
「? どうしてですの?」
そんな事くらい言わなくても分かるだろう!
オスベルトは思わずティトゥを怒鳴り付けそうになった。
戦うのは、まあ無理ではない。だが、戦って領地を守るのを目的とするのと、帝国軍五万を倒すのを目的とするのとでは天と地ほども難易度が違う。
台風の被害から土地を守る事すら覚束ないのに、台風そのものを何とかしようと彼女達は言っているのだ。
やはりこの娘達は素人だ! 戦えば帝国軍を何とか出来ると甘く考えている! そんな蛮行にオルサークが巻き込まれる訳にはいかない!
オスベルトはこの時、例えパロマ王女からの――ランピーニ王家からの心証がどう悪くなろうとこの同盟を断ろうと心を決めた。
そもそもミロスラフ王国との軍事同盟の話自体、元々はトマスとアネタを国外に逃がすための方便――ただの口実に過ぎなかったのだ。
なぜかナカジマ家の当主がその話に乗って来たために、現在こうして話し合いの席を持っているが、本来これはオスベルト達が望んだ会談では無かったのだ。
しかし、オスベルトが口を開く前に、今まで黙って話を聞いていた長男のマクミランが横から口を挟んだ。
「ナカジマ様には帝国軍と戦うための作戦がお有りになられる様子。先ずはそれを聞かせて頂いた上で決めさせていただけないでしょうか?」
「勿論かまいませんわ」
そう言うとティトゥはハヤテと相談して決めた作戦の概要を彼らに説明した。
先日同じ話を聞かされていたパロマ王女はフンフンと相槌を打ちながら頷いている。
そしてオルサーク家の三人の男は――
話に付いていけずに顔を見合わせていた。
「ハヤテが言うにはこれでダメなら”としばくげき”しか手段が無いそうですわ。でもハヤテは、出来ればそれは避けたい、と言ってましたの」
「ああ、そうですか。としばくげき・・・」
当主のオスベルトは理解出来ないティトゥの言葉に適当な相槌を打った。
(おい、マクミラン。お前、ナカジマ様が言う通りにすれば本当に帝国軍に勝てると思うか?)
(・・・すみませんお爺様。私もそこがどうにも理解出来なくて。そもそもこれは戦と言ってもいいんでしょうか?)
説明を終えたティトゥは黙って返事を待っている。
困惑する男三人はうなり声を上げるだけで何を言って良いのか分からない。
所詮彼らは朴訥な田舎貴族に過ぎない。そんな彼らにとって、ティトゥの作戦は常識の範疇の外にあったのだ。
やがて当主のオスベルトが辛うじて口を開いた。
「あの・・・ ナカジマ家ではこの作戦を誰に指揮させるおつもりですか?」
自分達には到底理解出来ない作戦だが、ひょっとしたら実際に作戦を指揮する者から説明されれば何かしら分かるものがあるかもしれない。
オスベルトはそこに一縷の望みを託してティトゥに尋ねたのだ。
「私が指揮を執りますわ。だってこの作戦の中心となるハヤテは私しかその背に乗せないんですもの」
「なっ・・・?!」
ここで容赦なく脳内設定をぶっ込んで来るティトゥ。
オスベルトは色々な意味で退路を断たれて愕然とした。
当主自らが帝国軍と戦うというのか?! 領主が他国に出向いて領地の運営はどうするんだ?! 戦争が長引けば帰るべき領地が荒れ果ててしまうぞ、それでもいいのか?! それとも領地は代官に任せているのか?! いや、それなら軍の指揮こそ他人に任せればいいだけの事だ。理屈に合わん!
オスベルトは混乱した頭の中で悲鳴を上げた。
もしこの時彼が、ティトゥはハヤテに乗って日帰りで戦場を往復するつもりだと知れば、本当に悲鳴を上げるのを止められなかっただろう。
実際にハヤテにはそれだけの能力があるのだが、彼の戦に対する常識がそれを理解する事を拒んだに違いないのだ。
先代当主のアズリルは既に考える事を放棄していた。
言葉を失くした父と祖父に代わり、やむを得ず長男のマクミランが口を開いた。
「当主様自らが前線に立たれるのですか。・・・恐ろしくはないのですか?」
「勿論、戦は恐ろしいですわ」
そう言うとティトゥはマクミランに向かって堂々と胸を張った。
「でも私にはハヤテがいますの。ハヤテが一緒にいればこの世に怖い物なんてありませんわ」
マクミランは愕然とした。
ダメだ! 僕には全くこの人の事が理解出来ない!
この人は領主とか貴族とか、そういった価値観を超えた何かに突き動かされている!
マクミランは自分とは別種の生き物を見るような目で目の前の女性を見つめた。
その時、彼の脳裏にふとさっき聞いた言葉が浮かんだ。
それは彼の一番下の弟――トマスが、うろたえる父親の姿を見て言った一言だった。
――言わない事じゃない。・・・ナカジマ様をそこらの貴族の当主と同じに考えているからだ――
トマスの言葉はこの時初めてマクミランの胸にストンと落ちた。
マクミランは顔を上げると力無くティトゥに懇願した。
「あ、あの。トマスを――私の一番下の弟をこの場に呼んでもいいでしょうか?」
次回「地元の銘菓」