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その22 高貴な立会人

200回に向けて一日二回更新しています。

読み飛ばしにご注意下さい。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはオルサーク家の屋敷の執務室。オルサーク家の当主、オスベルトは自分の息子を出迎えていた。


「そんな事になっていたとはね・・・」


 どこか気弱そうなこの青年こそ、じきにこのオルサーク家を継ぐ長男のマクミランだ。

 マクミランは領地の運営を学ぶために家を出て町の代官を務めていた。


 マクミランは昨日、父である当主から大至急戻るようにとの連絡を受けて、取る物も取り敢えず急いで屋敷に駆け付けたのだ。

 夜に到着したマクミランは屋敷で一泊した後、今朝になって父から事情の説明を受けたのだった。


「そのナカジマ様という方は小上士位との話だけど――」

「この国でいう準伯爵にあたるそうだ」

「あ、いや、そうじゃなくて、確かミロスラフ王国にはそういった爵位の貴族はいなかったんじゃなかったかな」


 マクミランが知らないのも無理はない。何しろティトゥがミロスラフ王国初の小上士なのだ。

 最もこの場にマクミランの疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。


「ナカジマ家と同盟を結ぶとなると指揮権の問題が発生する。俺はこの家の跡継ぎとなるお前を推そうと考えている」

「? 父さんがやるんじゃないのかい?」

「全体の指揮を執る者と、現場で指揮を執る者が同一人物になるのはマズい」

「確かに・・・ そうなると向こうは誰を立ててくるのか・・・」


 ナカジマ家は出来たばかりの上、当主がまだ独身の女性だと聞いている。

 貴族家の軍の指揮官は普通その家の家長か、それに準ずる者が務めるのがこの時代のセオリーだ。

 そう考えるとナカジマ家の指揮官は当主の兄妹か親類が選ばれるのだろう。

 本人がやる、というのは有り得ない。

 女性だし、現在の戦場はナカジマ領から山一つ越えたゾルタだ。

 当主がこちらに取られて長く領地を空ける訳にはいかないだろう。


「仮に誰が来ても次期当主のお前の方が格が上だ。ウチが男爵位で向こうが準伯爵位とはいえ、こちらが次期当主を出す以上相手もそうそう好きには出来んだろう。

 そもそも相手から望んだ同盟だ。当然何か思惑があっての申し出だろうが、それもこちらが主導権を渡さねば良いだけの事だ。お前もその事を良く肝に銘じて行動してくれ」

「・・・分かったよ」


 その後も親子は考えられるいくつかの状況を想定して打ち合わせをした。

 そんな中、マクミランにはどうしても納得できない疑問があった。


「そもそもナカジマ家の当主は何を目的にこの同盟を結ぼうとしているのだろうか?」


 マクミランの疑問は正しい。

 この時期に山脈を挟んだ他国の田舎領主同士が同盟を結んだ所で得る物は特にない。そう考えるのが普通だからである。

 しかし、そこが彼らの限界でもある。

 そんな疑問を覚える時点でマクミランはナカジマ家当主を見誤っているからである。


 竜 騎 士(ドラゴンライダー)は普通じゃない。


 彼らはじきにその事を思い知る事になるのだ。




 不意に屋敷の外が騒がしくなった。

 屋敷の使用人が血相を変えて慌ただしく執務室へと飛び込んで来た。


「失礼します! ナカジマ家の当主様がお見えになられたようです!」

「分かった」

「いよいよですか」


 マクミランは父から”ナカジマ家の当主はドラゴンに乗ってやって来る”と聞かされていたが、それがどのようなものか具体的には想像出来なかった。

 それも仕方が無いだろう。彼らにとってドラゴンとはあくまでも物語の中の存在なのだ。

 せいぜい「馬よりも大きいんだろうな」と考えるくらいであった。



 屋敷の外ではナカジマ騎士団が野次馬を整理してハヤテのための着陸スペースを確保していた。


 マクミランは耳慣れない「ヴーン」といううなり声を耳にしてふと空を仰いだ。


「! あれがドラゴンなのか?」


 ドラゴンは大きく翼を広げ、優雅に屋敷の上を旋回していた。

 その生物らしからぬ異形の姿にマクミランは目を奪われてしまった。


「兄貴! 帰っていたのか!」


 マクミランの姿を見付けた弟のパトリクが駆け寄って来た。


「おい! 騎士団の何人かは兄貴と父さんの護衛につけ! 待て、お前はダメだ! 相手にナメられないようにガタイのいいヤツで固めろ!」


 彼らが慌ただしく隊列を整える中、ハヤテは翼を翻すとタッチダウンの姿勢に入った。


「お・・・おい、あれデカくないか」

「馬鹿、ブルってんじゃねえよ」

「いや、でも凄い速度だぞ、俺達踏み潰されるんじゃ・・・」

「だ・・・黙ってろ!」


 オルサーク騎士団が戦々恐々とする中、ハヤテは見事な海軍式三点着陸を決めた。

 ハヤテはブレーキをかけて減速すると、測ったようにピタリと彼らの列のギリギリ目の前に停まった。


 ハヤテの巨体とプロペラが巻き上げる風で騎士団員達の髪がなびいた。


「「「「~~!!」」」」


 彼らは想像以上に巨大なハヤテの威容にのまれて目を丸くして固まる事しか出来なかった。




 ハヤテの背中の覆いが動くと、中からレッド・ピンクの緩やかな長髪の女が姿を現した。

 若い女だ。この距離でも人目を引くその美貌が分かる。

 彼女の姿を認めたナカジマ騎士団が音を立てて一斉に敬礼をした。

 ハッと我に返ったオルサーク騎士団も、慌てて彼らに続いた。


 あれがナカジマ家当主? まだ年若い娘じゃないか。


 オスベルトは驚きつつも、彼女がドラゴンの上から降りるでもなく、背中を向けてしゃがみ込み、こちらを見ようともしない事を訝しく思った。


「奥にまだ誰かいる? まさかそちらがナカジマ家の当主なのか?」


 マクミランの呟きにハッとするオスベルト。

 彼らが息をのんで凝視する中、やがてレッド・ピンクの女は金髪をストレートに伸ばした少女の手を取って立ち上がった。


 こちらはいささか地味な顔立ちの少女だ。


 そして明らかにレッド・ピンクの女はこちらの少女を格上の貴人として扱っている。

 すると歳は若すぎる気もするが、こちらの少女がナカジマ家の当主という事になるのだろうか。


「えっ? 誰?」


 少し離れた場所に立つ末の娘のアネタが不思議そうにポツリと呟いた。


 どういう事だ? アネタの知る当主は彼女じゃないのか?


 オスベルトが混乱する中、ティトゥはハヤテの背中の上から周囲を見渡すと全員に向かって声を掛けた。


「こちらはランピーニ聖国の第六王女であらせられるパロマ・ランピーニ王女殿下ですわ! この度結ばれるナカジマ家とオルサーク家との同盟の立会人としておこし下さったのですわ!」

「聖国王女の名において同盟の立会人を務めさせて頂きます」


 金髪の少女はそう言うと防寒用のマントを脱いだ。

 マントの下から露わになった冬用の厚手のドレスは鮮やかな青色。――聖国では青色は貴人が着るという。

 そのドレスの胸元には宝石と金とで紋章を形取ったブローチが輝いていた。

 まごうことなきランピーニ王家の紋章である。


「えっ? まさか本物の王女なのか?」


 アホヅラを下げたパトリクの言葉に、オスベルトは慌てて次男の頭を掴んで下げさせた。


「痛えよ! 父さん!」

「馬鹿! お前、自分がどれだけ不敬を働いたか分かっておらんのか! 王女殿下、私の愚息が大変失礼を致しました!」


 血相を変える父親の姿にパトリクもようやく自分がしでかしたミスに気が付いたようだ。

 一国の王女を相手に敬称を付けずに呼んだうえに、その素性を疑うような発言までしたのだ。

 しかもここには彼の発言を聞いた多くの証人がいる。

 事態を理解したパトリクの顔からサッと血の気が引いた。


 パロマ王女はティトゥを見ると軽くかぶりを振った。

 王女に何かささやかれてティトゥは小さく頷いた。 


「王女殿下は、何も聞こえませんでした、とおっしゃっていますわ。それよりも殿下にお休みになって頂きたいですわ」

「こ・・・これは気が付かずに申し訳ございません。屋敷に案内させて頂きます。そちらでおくつろぎ下さい」


 次男のしでかし(・・・・)を不問に付されてホッとしながらも、あたふたと周囲に指示を飛ばす当主のオスベルト。

 そんな中、長男のマクミランはふと末の弟――トマスが父親の姿を見ながら苦虫を嚙み潰したような表情でいる事に気が付いた。


「言わない事じゃない。・・・ナカジマ様をそこらの貴族の当主と同じに考えているからだ」


 そんなトマスの言葉にすぐ隣にいたアネタが、さも当たり前の事であるかのようにウンウンと頷いた。


 マクミランは二人の態度に衝撃を受けると共に、自分が事前に話を聞いておくべきだったのは、父ではなく、ナカジマ領を実際に自分の目で見て感じたこの末の弟妹だったのではないか、というイヤな予感を感じたのだった。

次は18時の更新を予定しています。


次回「当主会談」

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