その20 ドラゴン空輸便
200回に向けて一日二回更新しています。
昨日の夜の更新分をまだ読んでいない方は、先ずはそちらをお読み下さい。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ナカジマ家の騎士団がオルサーク家の屋敷にたどり着いたのは昼も回った時刻だった。
彼らは出迎えの中に浮かない顔をしたトマスを見付けて訝し気な表情を浮かべた。
「私が当主のオスベルトだ。ようこそオルサークへ」
「はっ! 我々はナカジマ騎士団であります! 当主のナカジマ様は明日にでも到着の予定となっております!」
その時、出迎えに出ていた初老の紳士――先代の当主がナカジマ騎士団の装備に目を止めた。
「それはミロスラフの騎士団の紋章じゃないのかね?」
「あっ・・・ その、実はまだナカジマ騎士団の装備が整っておりませんで」
「?」
騎士団員の話によると、彼らは現時点では正式にはまだ王都騎士団に籍を残している状態なのだという。
どうしてこんなややこしい事になっているのかといえば、知っての通り現在王都の騎士団本部がロクに機能していないからだ。
そのため彼らは装備品は王都騎士団のそれに準じていてもひとまずは問題はないと判断していた。
「ですが我々の気持ちはナカジマ騎士団ですから」
「そう・・・なのか?」
王都騎士団といえば騎士団の誰もが憧れる国のエリートだ。その王都騎士団から領地の騎士団に移るというのは明確な格落ちではないだろうか?
胸を張って誇らしげに自分達の所属を告げる彼らの気持ちを、先代の当主はどうにも理解する事が出来なかった。
「ナカジマ家のご当主は女性とうかがっているが、どうやって山を越えて来られるのだ? よもや国境の砦を越えて来る訳にはいかないだろう」
ナカジマ家とオルサーク家の同盟は現時点では対外的には秘密とされている。
帝国軍の注意を引かないためだ。
国境にある砦は当然帝国軍の諜者に見張られていると考えた方がいいだろう。
「ご当主様は竜 騎 士ですから、当然ハヤテ様に乗って来られます」
「ハヤテ? しかしあの山を馬で越えるのは大変かと」
どうやら当主オスベルトはハヤテを馬の名前と勘違いしたようだ。
「それともどこかに我らが知らない道でも――」
「あ、丁度ハヤテ様が来られたみたいです。おおい、ハヤテ様!」
列の端にいたナカジマ騎士団の男が空を見上げて大きく手を振った。
「何? 鳥? いや、あれは何だ?」
「父上あれはドラゴンのハヤテ様です」
「なんだそりゃ! そんな話聞いてねえぞ!」
血相を変えて慌てるパトリクに冷ややかな目を向ける幼女――アネタ。
アネタは馬車の中でパトリクに散々ハヤテの事を説明したというのに、彼は妹の言葉を全く信じていなかったのだ。
私の言う事をちゃんと聞かなかったパトリク兄様が悪いんだわ。
アネタはフンと鼻を鳴らすと母親の手をギュッと握った。
ハヤテは彼らの上空をクルリと回ると翼の下から何かを落とした。
青い空にパッと白い小さな何かが広がった。
「なんだあれは・・・」
「ひょっとして、あれがカーチャの言っていた”ぱらしゅーと”なのか?」
カーチャはナカジマ家でトマス達の世話を任されていたメイド少女だ。
トマスの呟きは周囲のどよめき声にかき消された。
◇◇◇◇◇◇◇◇
オルサーク家の屋敷はすぐに見つかった。
ていうか昨日この上を飛んだ時に既に見つけてたんだけどね。
この二日、僕はティトゥと一緒にゾルタの空の上を飛んで、大雑把な地形を頭に叩き込んでいた。
ちなみに帝国軍はまだ王都の外に軍を布陣している最中だった。
いやあ、凄い人数だったよ。
あれだけの帝国軍が押し寄せれば、ミロスラフの国境の砦なんてひとたまりもないだろうね。
それはさておき、屋敷の裏の林のそばに丁度いい感じの広場があるのね。
あそこを狙うとしようか。
『ブッシ。トウカ』
『りょーかい、ですわ』
僕の掛け声と共に翼の下でガクンと小さな振動が起こり、フワリと機首が浮いた。
樽増槽マークⅡ、名付けて”投下用増槽”が積載したコンテナを投下したのだ。
”投下用増槽”は長さ約二m。四角い形をしている。
コイツは中のフックが外れる事で大きく底が抜けるようになっている。
その形はシェル型のバケットというか・・・ゲーセンのクレーンゲームのクレーン部分とでも言えばいいのかな。
そうやって底が抜ける事で中の物資――コンテナを投下する事が可能となっているのだ。
コンテナの数は投下用増槽一個に対して二つづつの合計四個。
勿論、空中で投下されたコンテナはそのままだと地面に激突して木端微塵だ。
そのためコンテナにはパラシュートが装着されている。
適度に減速したコンテナは無事に地面に到着するという寸法だ。
このパラシュートも大きさや構造に中々苦労させられたのだが、家具職人のオレクは僕の出す要求に粘り強く取り組んで見事に完成させてくれた。
実は「作ってもらったはいいけど、これって実際に使う機会があるのかな?」とか思ったのは秘密だ。
今回の戦いで役に立つ予定だからね。結果オーライ!
必要になってから取り組んだのでは遅いんですよ。僕に先見の明があったという事で。
コンテナをぶら下げたパラシュートは狙い通り広場に落ちて行った。
半分くらい森の木に引っかかってる気もするけど、今回が初めての実践だからね。これでも上手くいった方なんじゃないかな。
全然的外れな場所に落ちる可能性だって十分あった訳だからね。
『次はもっと上手くやりたいですわ』
『ソウダネ』
まあ、とりあえずこれで実験は大成功だ。
僕は手を振る騎士団の人達に翼を振って応えると、パロマ王女を迎えに行くためにランピーニ聖国の方角へと機首を向けたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ハヤテ様が何か落として行ったぞ」「”ぱらしゅーと”だっけ」「いや、確か”こんてな”だな」「ああ、村の外で実験しているのを見た事があるな。俺が見た時は一つだけだったが、実際はあんな風にいくつも落とすものなんだな」
ナカジマ騎士団の者達が何やらざわめいているが、オルサーク家の面々はそれどころではなかった。
彼らはうろたえて右往左往するだけで何ら有効な対応を取る事は出来なかった。
「オルサーク様、ハヤテ様が落としたコンテナを回収してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。許可しよう」
ナカジマ騎士団の者達が手分けしてコンテナの回収をしている姿を横目に見ながら、当主のオスベルトは唯一彼らの事情を知るトマスに問い正した。
「あれは一体何だ。あの飛んでいたヤツだ」
「ハヤテ様ですね。ナカジマ家のご当主様の駆るドラゴンです」
「あれがドラゴン?! あの箱の大きさからみて、本体は30フィート(※約10m)はあったぞ!」
「・・・兄上。アネタがハヤテ様はナカジマ様を乗せて飛ぶと言ったでしょう。人を乗せて飛ぶんだからそれくらいの大きさがあってもおかしくないでしょう」
「そ・・・それは・・・ けど、そんなの話だけで信じられる訳ねえだろうが!」
トマスに呆れ顔で返されて真っ赤になって怒鳴り返す兄のパトリク。
先代当主のアズリルはコンテナに繋がれた布が気になったようだ。
「あの白い布は何じゃ?」
「”ぱらしゅーと”ですね。船の帆のように膨らんで落下の速度を落とす役割があると聞いています」
「そんな事が出来るのか?」
そんな風に念を押されても、トマスの知識もナカジマ騎士団の者達から聞いた話に過ぎない。
自信を持って答えられはしなかった。
オルサーク家の男達がこっそり揉めている間にも、騎士団の手によってコンテナの回収は無事に終了した。
コンテナの数は合計四個。それぞれ横1m程の細長い形をしている。
「で、これは何が入っているんだ?」
「そうですねこの重さはおそらく小麦でしょう。・・・あ、やはりそうでした」
コンテナを開けた騎士団の者が答えた。
コンテナの容量は50cm四方×1mで約250リットル。
小麦の重量は1リットル当たり大体0.8kgなので、このコンテナ一つで約200kgの小麦という事になる。
それが四個なので約800kgの小麦だ。
小麦の樽は一バレル196ポンド、約89kg。
つまり今回ハヤテは約9樽分の小麦を空輸して来た事になる。
ちなみにカロリーに換算すると、小麦は100gで337キロカロリーになるため、800kgの小麦だと270万カロリー。
肉体労働である兵士が一日3000キロカロリーを摂ると考えれば、ざっと900人分のカロリーを賄える計算になる。
現実には小麦だけを食べさせる訳にはいかないだろうが。
「小麦約9樽分か。なるほど」
この時、当主のオスベルトは「そんなものか」と思っていたのだが、後日ハヤテによるピストン輸送を見て驚愕とする事になるのだった。
「とりあえず箱はこちらで適当な場所に運ばせておきましょう。山越えでお疲れでしょう。食事の準備をさせております」
「これはかたじけない。お気遣い感謝します」
オスベルトに促されてナカジマ騎士団達は騎士団の詰め所に案内された。
トマスとアネタは長い旅を終え、その夜は家族と旅の話を咲かせるのだった。
緊迫する国内情勢の中、それは穏やかな陽だまりの日のような温かな時間と空間だった
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕はパロマ王女を連れてミロスラフ王国へと帰って来た。
幸いパロマ王女も飛行機が苦手では無かったみたいだ。――ていうか今まで僕が乗せた人の中で高所恐怖症だったのってメイド少女のカーチャだけだったんだけど。
何とも残念な子だよ、カーチャ。
まあカーチャの事はともかく(この時カーチャはくしゃみが止まらなかったとかなんとか)、何か大事な事を忘れてる気がするんだよなあ。何だろうか? う~ん、この辺まで出かかっているんだけどなあ・・・
『パロマ様、ナカジマ領が見えて来ましたわ』
『まあ! あれが! ええと・・・村?』
眼下の景色に訝し気な表情を浮かべるパロマ王女。
あっ、それだ! ティトゥがあまり気にしないので忘れてたけど、仮にも一国の王女様を漁村に案内するのってどうなのかな?
ティトゥもパロマ王女の反応でその事に気が付いたのだろう。サッと顔色が悪くなり笑顔が凍り付いた。
『それでティトゥお姉様のお屋敷はどこなのですか?』
『あ・・・あの、それは・・・ ハヤテ、パロマ様を屋敷まで案内して頂戴』
ええっ?! そこで君は僕に振るのかい?!
屋敷ってあれだよね。元々ロマ爺さんが住んでた他より少しだけ大きな家。今はティトゥが住んでいるあの家の事だよね。
あれを屋敷と呼ぶのは流石に無理があるんじゃないのかなあ。
『モニカさんがティトゥお姉様の屋敷は「間違いなくあっと驚かれるでしょう」と言ってましたの。凄く楽しみだわ』
『オ・・・オホホホ』
嬉しそうに頬を染めるパロマ王女。そして逃げ場を失って乾いた笑いを浮かべるティトゥ。
うん、まあ、間違いなくモニカさんの言う通りにあっと驚くだろうね。君が期待している方向の斜め上だとは思うけど。
多分、驚くというよりは呆れ返るんじゃないかな。
ティトゥが冷や汗をかきながら何とか言い訳を探している間に、僕は高度を落としてタッチダウン。
そして、『あれ? 何でハヤテさんは村に降りるのでしょう?』とばかりに、頭にハテナマークを浮かべるパロマ王女。
この後パロマ王女はティトゥに案内された家の前で、あんぐりと大口を開けて驚く事になるのだった。
次は18時の更新を予定しています。
次回「バージョン2.0」