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その19 兄妹の帰宅

200話を間近に控えて、200話到達まで一日二回の更新をする事にしました。

まだ朝の更新分を読んでいない方は、一つ前の話まで戻って下さい。

読み飛ばしにご注意下さい。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 隣国のゾルタ、オルサーク領に帰って来たトマスとアネタの兄妹は、山麓の村の村長の家にもてなされていた。

 旅装を解き、旅の疲れを癒す二人は外が騒がしいのに気が付いた。


「おい、待て!」

「うるせえ、退け! トマス! アネタ! 戻ったのか!」

「「パトリク兄上・兄様!」」


 ドアを押し破るように入って来たのは、まだ若いやんちゃそうな騎士団の青年だった。

 青年――パトリクは被った兜を放り投げると幼い弟達を抱きしめた。


「よく帰って来たな! 俺はお前達なら絶対に大丈夫だって信じてたぜ!」


 部屋の入り口では、そんな兄弟の再会を、先程パトリクを誰何した騎士団員達が驚いて見詰めていた。




「で、あんた達がトマスの見つけて来た援軍なのか?」

「兄上、彼らは同盟を組むために来た騎士団の方達だ。不躾な態度は控えて欲しい」

「へいへい。俺はこのオルサーク騎士団の副長をしているパトリク・オルサークだ。弟達が世話になったな」


 パトリクの言葉に騎士団員達は敬礼をした。


「挨拶痛みいる。我々はナカジマ騎士団の者だ。この度は我がナカジマ家当主様より先行するように仰せつかってやって来た。そちらの御当主との会談の結果次第で後続の者達が訪れる予定になっている。先ずは我らの受け入れを許可されたい」

「・・・なんか固いヤツだな。そちらの要請承った。副長権限で全員の滞在を許可しよう。スマンなアネタ、ちょっとトマスを借りるぞ」


 パトリクはそう言うと、今後の打ち合わせのためにトマスとナカジマ騎士団の代表を連れて別室へと向かった。

 残されたアネタは少し寂しそうにしながらも気丈にも笑みを崩さなかった。



 彼らが別室に話し合いの場を持ってからしばらくたったころ、オルサーク家の用意した馬車が到着した。


 ナカジマ騎士団とはここでしばらくお別れである。

 彼らはオルサーク騎士団に案内されてオルサーク家の屋敷を目指す事になる。


 トマスとアネタはパトリクと共に馬車に移り、三人は兄弟水入らずで、別れていた間の出来事を語り合った。


「いや、そうは言うがなアネタ。ドラゴンなんてのはおとぎ話の生き物なんだぞ」


 熱心に語るアネタの竜 騎 士(ドラゴンライダー)の話に、パトリクは困った顔になった。


「もういいです、パトリク兄様嫌い!」

「こら、アネタ。けど兄上、ハヤテ様は本当にいたんだ」


 残念ながらトマスの言葉もパトリクには届かなかったようだ。


「そうは言うがな・・・小屋ほどの大きさの空飛ぶ生き物だろ? ひょっとしてお前達その当主に担がれたんじゃねえか?」

「もう! ナカジマ様の事まで悪く言うなんて! 酷い!」


 プクリと頬をふくらませるアネタをなだめながらトマスは真剣な表情を浮かべた。


「兄上。俺は今回の同盟は絶対に成功させるつもりだ。もし兄上がそんな風にナカジマ様を侮っているようなら、俺は兄上をこの話から外すように父さんに忠告しなきゃいけなくなるぞ」


 思わぬトマスの迫力にパトリクは少し鼻白んだ。


「・・・分かってるって。俺だってそこまで馬鹿じゃねえ。他家の当主を軽んじるようなマネを騎士団の副長として出来るわけねえだろう」


 兄の言葉にトマスは表情を緩めると、まだふくれっ面を止めない妹の肩を抱いた。

 アネタは怒った気持ちと嬉しい気持ちがまぜこぜになった様子だったが、やがて嬉しい気持ちが勝ったのか笑顔でトマスに抱き着いた。


 こうして三人を乗せた馬車は彼らの実家、オルサーク家の屋敷へとたどり着いたのだった。




「アネタ! お帰りなさい!」

「お母様!」


 馬車が止まった途端、アネタが飛び出して母親に抱き着いた。

 今生の別れを覚悟していた母の目からは、とめどなく涙がこぼれ落ちた。

 アネタも喜びの感情を爆発させて声を上げて泣いた。


 涙を流して抱き合う実の母娘の横では、こちらも母子が対面を果たしていた。


「母上、お役目を果たし、戻ってまいりました」

「おお・・・トマス。あなたよく無事で」


 こうして人前で母親に抱きしめられたのはいつ以来だろうか。

 トマスは少しの気恥ずかしさと共に、家に帰って来たという充実感が胸を満たし、こみ上げて来る嬉し涙をグッと噛みしめた。

 同席した長男の妻は、そんな母子の姿に思わずもらい泣きの涙をこぼすのだった。



 四人が落ち着くのを待って、彼らの父親であるオルサーク家の当主が声を掛けた。


「二人共良く無事で戻った。なんでも同盟の使者を案内して来たそうだが」


 当主の横にはパトリクが立っている。

 どうやら彼はパトリクからナカジマ騎士団の話を聞いたようだ。


 トマスは母親から離れると父の前に立った。


「その事で父上にお話したい事があります。私はこの同盟にはオルサーク家の命運がかかっていると確信しています。是非お時間を頂きたく存じます」


 トマスの表情は真剣そのものだった。

 僅か数日でトマスはどんな苦労をして来たのか、その表情には今までにあった年相応の甘さや自身の才能に対する自信過剰さがすっかり影を潜めていた。

 当主はそのことに内心驚きながらも頷くと、息子達を伴って屋敷の執務室へと向かうのだった。




 屋敷の執務室のテーブルには四人の親子が向かい合って座っていた。

 現当主であるオスベルト、彼の父親であり先代の当主アズリル、そして当主の次男であるパトリクと三男であるトマスである。


 トマスの語る内容は隣国ミロスラフ王国のナカジマ領の領主との同盟。

 ナカジマ領は領地の南の山脈を越えた先に最近できた領地だ。

 直線距離で見ればオルサーク家に一番近い他国の領地と言える。

 最も、山脈とそれに続く大湿地帯の存在を無視すれば、だが。


「ミロスラフと手を組むか・・・ よもやそんな時代が来るとは思ってもおらなんだな」

「? 私にミロスラフ王国に行くように命じたのはお爺様でしたが?」

「ああっと、ゲフンゲフン! そうそう、そうじゃった」


 感慨深そうに顎をさすっていた初老の紳士――先代当主のアズリルだったが、孫に不思議そうに尋ねられて慌てて咳をして誤魔化した。

 彼は可愛い孫を憐れんで外国に逃がすための口実を、まさか本当に達成して戻って来るとは思ってもいなかったのだ。


「そしてこの同盟ですが・・・ 今後はともかく、私はこの戦いにおいてはオルサーク家はナカジマ家の指揮下に入り、全面協力する事を強く提案します」

「「「なっ!」」」


 トマスの言葉は彼らにとって受け入れがたいものだった。

 同盟とは名ばかりで、ナカジマ家の傘下に入れと言うのだ。


「確かに家格で言えばあちらの方が上だが・・・」

「ふざけんな! トマスの話だと戦いはこのゾルタで行うというじゃねえか! 何で俺達が余所者の指揮下に入らなきゃならねえんだ! むしろあっちの方が俺達の指揮下に入るべきだろうが!」

「兄上・・・ 兄上も騎士団に所属しているなら、二つの指揮権が混在する軍がどういうモノかくらい分かるだろう? それにこの戦いは俺達が指揮していたら絶対に勝てない。いや、余計な事を考えて疑問を挟むだけでも作戦の足を引っ張りかねない。この戦いに本当に勝利しようと思うのなら、俺達に求められているのはナカジマ様の手足になって動く事なんだよ」

「お前どっちの味方なんだよ!」


 パトリクは怒りの感情を爆発させてテーブルに拳を叩きつけた。

 拳が裂けて血がにじんだが、その痛みが余計に彼の怒りに火をくべたようだ。


「待て。確かにトマスが言うように軍に二つの指揮権が出来るのは良くない。そういう意味ではどちらかがどちらかの下に付くのは正道だろう」

「でしたら――」

「しかし、パトリクの言う事も一理ある。ここは我々の国だ。戦場をこの国に設定する以上、我らの方が土地勘がある。それに補給をどうする。飯を食わせなきゃ兵は動かんぞ。他国の彼らはそのための方法すらないだろう。まさかあの険しい山を越えて物資を運び込む訳にはいくまい」

「おう、そうだ! 俺達ならどこに村があるか知っているし、村のヤツらから食糧を出させる事だって出来る。ミロスラフのヤツらが同じことをやったら村のヤツらが黙っていねえ!」


 この時代、行軍中の軍がその途中に存在する村から物資を徴発する行為は当たり前に行われていた。

 これはひとえに戦闘力に直結しない補給部隊の概念が弱いためだ。

 それに軍が前時代的で機械化されていないこの世界では、物資を前線に送るだけでも相応の労力を必要とする、という事情もあった。


「それに他国の領軍の指揮下に入るのでは騎士団の者達の気持ちが収まらんじゃろう。そこは考慮する必要があるんじゃないか?」

「それは・・・いや、しかし・・・」


 この人達には分かっていない。


 トマスは内心の苛立ちを抑えるのに苦労した。


 所詮オルサークなど、この国の中でも小さな片田舎でしかない。

 世の中にはそんな自分達の常識では仰ぎ見る事しか出来ないとんでもなく馬鹿げた存在がいる。一度は首が痛くなるほど見上げてみないとそのことが実感として理解出来ないのだ。

 トマスは彼らの気持ちも分かるだけに、自分の言葉の足りなさに歯噛みする思いがした。


「ナカジマ騎士団が到着しました」


 使用人からの連絡が入り、彼らはイスから立ち上がった。


「話の続きはまた後にしよう。先ずは彼らを出迎えねば」

「・・・そうですね」


 トマスは声を押し殺すと重い腰を上げた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『ごきげんよう、ティトゥお姉様』

『ごきげんよう、パロマ様。ハヤテ』

『ゴキゲンヨウ』


 あの日から四日が過ぎ、再びやってきましたランピーニ聖国。の王城の中庭。


 今日はここからパロマ王女を連れてコノ村まで戻らなければならない。

 ちなみにモニカさんはここで途中下車だ。しばらくの間は王城で例の物資の手配をしてもらう手筈になっている。



『これが”こんてな”ですか』

『今、コノ村の家具職人に増産をさせている所ですわ』


 何の話の流れでこうなったのかは忘れたけど、ティトゥはパロマ王女相手に僕の新機能”樽増槽マークⅡ”の説明をしている所だ。

 誇らしげなティトゥと違って、パロマ王女はいまいちピンと来ていない様子だ。

 まあ、樽増槽マークⅡはともかく、コンテナの方はどう見たって安っぽい木造りの箱に過ぎないからね。


『現地で一度試してみてはどうでしょうか?』


 なるほど。確かにモニカさんの言う事も最もだ。

 こういうのは実際に使ってみて初めて、思わぬ不具合とかが判明するものだからね。


『そうですわね。どうせなら今から現地まで飛びましょうか?』


 ティトゥの提案で僕達はコンテナを積んでオルサークまで飛ぶ事になった。

 パロマ王女には悪いけどこのまましばらく王城で待機だ。帰りにちゃんと寄るのでご心配なく。


 ちなみにコンテナの中には小麦をミッチリと詰めてもらった。どうせなら最大積載量で試しておきたいからね。


『お気を付けて』

『行ってまいりますわ』


 パロマ王女とモニカさんに手を振られながら僕は王城の中庭を飛び立つのだった。

明日も二回更新します。読み飛ばしにご注意下さい。


次回「ドラゴン空輸便」

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