その17 ランピーニへ
日が明けて翌日。
トマスの実家、オルサーク家との同盟の約束が決まり、僕達は俄然忙しくなった。
『では行って参りますわ』
騎士団の希望退職者を募る旅に出るアダム隊長の煤けた背中を見送った後、僕達は早速次の行動に移る事にした。
ちなみに他の人達だけど、オットーにはナカジマ領を訪れる商人達に物資の調達を頼んでいる。
家具職人のオレクには、樽増槽マークⅡに積み込むコンテナの製作に取り掛かってもらっている。
コンテナ制作には大した手間はかからないはずだけど、どの程度の数が必要なのかは現時点ではまだ未知数だ。
申し訳ないが彼には頑張ってもらう他ない。
トマスには妹と共に先行する騎士団を連れて実家の領地を目指してもらっている。
正直子供の足であの山を越えるのは大変そうだけど仕方が無い。本当は僕が送ってあげたかったけど、僕は僕でやることがあるからね。
これからは時間との勝負だ。みんな自分の役割を頑張って果たそうとしている。
僕は気合を入れ直すと、ティトゥとモニカさんを乗せて空へと舞い上がった。
目的地は毎度おなじみクリオーネ島。ランピーニ聖国だ。
さて、そんなこんなでやってまいりましたランピーニ聖国。
勝手知ったる他人の国だね。僕はこうやって何度この国に無断入国を重ねるのやら。
『構いません、直接王城に向かいましょう。時間がもったいないですから』
『・・・本当にいいんですの?』
モニカさんに押し切られる形で僕達はランピーニ聖国の王城を目指す事になった。
というか、ランピーニ聖国の王都――聖王都って言うんだっけ?――って初めて向かうんだけど。
僕はこの夏に何度もこの国の海岸線を飛んだけど、流石に王城には行かなかったんだよね。
何だかちょっとワクワクして来たよ。
いやあ、綺麗な街ですね。さすが大国ランピーニ聖国の中心地。
ミロスラフ王国の王都もあれはあれで味があるものの、比べ物にならないですわ。
東京で例えるなら、ランピーニ聖国の聖王都が”新宿”で、ミロスラフ王国の王都が”町田”みたいな感じかな。
首都圏の人間にしか分からない例えでゴメンなさい。後、町田の人もゴメンなさい。学生時代に小田急線の乗り継ぎで寄った事があるけど、良い町だったよ、町田サイコー。
ランピーニの王城はアメリカを代表する赤パン黒ネズミテーマパークにあるシンデレラのお城みたいな感じだった。
やっぱり異世界でもこんなお城が美しいみたいだね。
人間の美意識は地球だろうが異世界だろうが変わりないのかもしれない。
『中庭に降りましょう。あそこです』
『中庭って・・・立派な花壇がありますわ』
『問題無いでしょう』
いや、どう考えても問題アリアリだと思うけど?
けどまあここまで来た以上は仕方ない。僕は覚悟を決めると王城の中庭に向かってダイブした。
美しい。
あまりに美しい景色を前にすると、人は言葉を失うのかもしれない。
周囲に色とりどりの花が舞う中、ランピーニの瀟洒な王城を見上げ、僕は何も言う事が出来なかった。
上空からは気が付かなかったけど、中庭にはビニール?のような半透明な膜が張られて温室になっていたようだ。
僕のプロベラと体でビニール?はズタズタにされ、温室に咲いた色とりどりの花は蹴散らされ、中庭に美しく花びらを散らしている。
無事に済んだ花もこの寒空の下、早晩枯れ果ててしまう事だろう。
この美しい景色を見る事が出来るのも後わずかという訳だ。
正にこの世は諸行無常。花は散るからこそ儚く美しい。
『いいい一体何をしてくれているのよアンタ達はああああ!!』
おっかなびっくり僕を取り囲む騎士達を押しのけて現れたのは、外国の映画スターのような美人のお姉さん。
この国の元王女で宰相夫人のカサンドラさんだ。
僕達がこの夏、海賊退治を手伝った時に直接お礼を言われた事がある。
カサンドラさんのどエライ剣幕に驚いて何も言えないティトゥに代わって、モニカさんが前に出た。
『お久しぶりです、アレリャーノ宰相夫人。少し落ち着いて下さい』
『これが落ち着いていられますか! 何でアンタ二人を止めずに直接王都にやって来たのよ! せめて事前に連絡を入れるとか出来なかったわけ?!』
『連絡を入れたら許可して頂けましたか?』
『する訳ないでしょうが!』
許可してくれないんだ。じゃあ連絡したってダメじゃん。
『ティトゥお姉様!』
嬉しそうな声と共にまだ幼い銀髪の少女が駆け寄って来た。
この国の第八王女のマリエッタ王女だ。
カサンドラさんの剣幕に怯えていたティトゥの顔にパッと笑みが広がった。
『お久しぶりですマリエッタ様――あ、いえ、王女殿下。』
『マリエッタと呼んで下さっていいんですよ。ハヤテさんもお久しぶりです』
『ゴキゲンヨウ』
『ごきげんよう。それで今日は一体どうしたんですか?』
カサンドラさんと違ってマリエッタ王女は僕が直接王城に降りた事に対して怒っていないみたいだ。
僕が不思議そうにしていると、マリエッタ王女はコッソリ『私だってハヤテさんの契約者ですから』と教えてくれた。
その設定ってまだ生きてたんだね。
そんな風にほのぼのする僕らをよそに、モニカさんとカサンドラさんの話は続いていた。
『今日は支援金を受け取りに参りました』
『支援金? アンタ何言ってんのよ』
『帝国軍の南征に抵抗する勢力に送る支援金ですよ。どうせ聖国が表に出ないように陰でコッソリ支援金を送る手はずになっているんですよね? わざわざこちらから出向いてその手間を省いて差し上げたのですよ』
『んなっ! ちょ・・・アンタこんな所で何堂々と言ってんのよ! 馬鹿じゃないの?!』
『パロマ姉様とラミラ姉様もティトゥお姉様にお会いしたいと言ってました』
『お二人は元気にしていらっしゃるかしら?』
『ええもちろん。最近ラミラお姉様は楽団の演奏に夢中で、この間もお気に入りの楽団の演奏会を聞くために、わざわざ五日もかけて他の街に出向いて行かれたんですよ』
・・・なんだろうねこの温度差は。
どっちも二人の女性の会話だというのに、片やギスギスした女のバトルで、片やキャッキャウフフの女の子会話って感じなんだけど。
『ナカジマ様は帝国軍と戦うおつもりなのです。そのための作戦もハヤテ様とお二人でお立てになっています。聖国からミロスラフ王家に無駄金が払われる前に、こちらで頂きに参上したのですよ』
『! アンタ先にそれを言いなさいよ! だったらミロスラフ王家に無駄金を払っている場合じゃないわ! 誰か私の夫を呼んで頂戴! マチェイ――いえ、ナカジマ殿もこちらに。是非詳しいお話を伺いたいわ』
切り替え早いな!
さっきまでモニカさんと角突き合わせていたカサンドラさんだったが、モニカさんの説明に納得すると、即座に切り替えてティトゥに声を掛けた。
・・・そして二人から当たり前のように無駄金扱いされるミロスラフ王家が悲し過ぎる件について。
まあ二人の気持ちも分からないでもないけど。
当たり前のようにティトゥに付いて行くマリエッタ王女に対し、カサンドラさんが『あなたは関係ないでしょう? 部屋に戻っていなさい』と言うと、マリエッタ王女が『いいえ、私も関係あります』と言ってティトゥの手を握った。
そしてこの世の終わりのような表情を浮かべるカサンドラさん。
何なんだろうねこの人。ちょっと情緒不安定過ぎなんじゃない?
僕がそんな事を考えていると、不意にカサンドラさんがジロリと僕の方を睨んだ。
その目は『お前さえいなければ』という怨念に満ちていた。
僕は理不尽な恨みに心胆を寒からしめられながら、去って行く彼女達の背中を見送るのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
王城の応接間はちょっとした女子会の様相を呈していた。
そんな中、唯一の男性であるアレリャーノ宰相は少し居心地が悪そうだ。
いや、彼の居心地が悪いのはここに集まっているのがランピーニの貴人ばかりだからかもしれない。
彼の妻である元第一王女のカサンドラ。第六王女のパロマと第八王女のマリエッタ。そしてカシーヤス伯爵家の子女であるモニカ。
彼女達は突然の来客であるナカジマ家当主ティトゥから、対帝国軍作戦を聞いていた。
ティトゥの説明が終わり、アレリャーノ宰相は冷めたお茶で喉を湿らせた。
「軍人が好まない類の作戦だね。それに帝国軍に対してどれほどの効果が見込めるか・・・」
「ハヤテはこの作戦しかないと言っていましたわ」
「・・・まあそれは認めるが」
圧倒的戦力の正規軍に対して、少数の兵が取れる作戦は限られている。
人数が少ない事を逆手に取ったゲリラ戦だ。
「モニカ、あなたはどう見ましたか?」
カサンドラの言葉にモニカはいつもの笑みを浮かべた。
「戦理に基づいていると思いました」
「戦理とは?」
「攻める側は有利で守る側は不利というものです。帝国軍は圧倒的な戦力を以て攻める側として小ゾルタと戦いました。しかし敵と対峙していない状態で不意に攻められれば、帝国軍も守る側にならざるを得ません。敵よりも優位に立つ、これは戦理に基づいていると言えるでしょう」
「・・・なる程。分かったわ」
さらに言えば、戦いにおいて格下が格上と戦う場面では決して受けに回ってはいけない。
普通に戦えば格上が有利なのが当たり前なのだから、常に攻めて格上に自分の戦いをさせてはいけないのだ。
「あなた達の作戦に手を貸しましょう。けど私達に出来るのは資金の援助だけよ。帝国が狙っているのはあくまでも小ゾルタとミロスラフ王国であって聖国じゃない。もし今回の件であなた達から帝国に聖国の名前が流れる事があっても、私達は関わり合いにならないのでそのつもりで」
「勿論ですわ」
聖国から資金の支援を受けるという今回の目的を達成出来た事で、ホッと胸をなでおろすティトゥ。
逆にマリエッタ王女は、姉の冷酷な宣言に可愛い眉間に皺を寄せていた。
しかし彼女は沈黙を守った。
彼女にも姉の――聖国の置かれている立場が分かっていたからである。
もしこのまま小ゾルタに続いてミロスラフ王国が併呑されれば、帝国の狙いはこのランピーニ聖国に向く可能性がある。
その際の口実を与えないためにも、聖国は現時点では明確に帝国に敵対するような行為は避けるべきなのだ。
しかし、ここにカサンドラの言葉に異を唱える者がいた。
「ティトゥお姉様は隣国の貴族と同盟を結ぶおつもりなのでしょう。だったら第三者の見届け人がいた方がスムーズに事が運ぶと思いませんか?」
「どういう事かしらパロマ」
発言したのは今までの話をずっと黙って聞いていた地味な容姿の少女――第六王女のパロマだった。
「私が両家の同盟の見届け人としてそのオルサークまで参りましょう」
次回「姉妹ケンカ」