表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
190/785

その16 同盟を望みますわ

『オルサーク様をお連れしました』


 メイドのモニカさんに案内されて、オレンジ色の髪の少年がテントの中に入って来た。

 隣国ゾルタから使者として妹と二人でこの国にやって来たトマスだ。

 今はコノ村でティトゥの世話になっている。


 ――といえば聞こえはいいが、なにせここは元々はただの漁村だ。

 正直言ってまだ幼い貴族の子達には不自由ばかりの厳しい生活だろう。

 それなのにトマスと彼の妹のアネタは文句ひとつ言わずに頑張っている。


 まだ小学生くらいの年齢なのに偉いよね。

 ランピーニ聖国のマリエッタ王女といい、この世界の貴族の子供は大人びている気がするなあ。


『カミル将軍の件ですが、申し訳ありませんがこちらでは連絡が取れませんでしたわ』


 流石に他国の人間に――いや、国内の人間にもか――現在の王城の話をするのはマズい。

 という事で、ティトゥは事情は省いて結論だけをトマスに告げた。

 明らかに気落ちするトマスだったが、僕達が心配していたほどはショックを受けた様子は無かった。

 何だか意外だね。


『私共の力が足りず、申し訳ございませんでしたわ』

『いや、お力添えには感謝しかない。・・・それより何か私に提案があると聞いたのだが』


 そう言うとトマスはモニカさんの方をチラリと見た。

 ああなる程。彼は事前にモニカさんからある程度の話を聞いていたのか。


『その事ですが、ナカジマ家は帝国軍と戦う事に決めましたわ!』


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはナカジマ領の開拓村。

 騎士団員の号令で開拓兵は一時作業を中断して集まっていた。


「この度われわれは王都騎士団からナカジマ騎士団に移る事になった」


 胸を張って誇らしげに告げる騎士団員。

 まだティトゥから話が出ただけなのに、さも決定事項のように告げているが大丈夫なんだろうか?

 いや、彼の中ではすでに決定事項なんだろう。


「はあ、そうなんですか」


 開拓兵達の反応は微妙だ。

 別に自分達の処遇が変わる訳では無いのだから、それも当たり前だろう。


「そして我々の最初の任務はミュッリュニエミ帝国との戦だ」

「?!」


 開拓兵達はここで初めて現在の隣国ゾルタの状況を聞かされた。

 今までずっとナカジマ領で土を耕していた彼らは、自分達の祖国の現状を知らなかったのだ。


「そんな! ゾルタがそんな事になっていたなんて!」


 すでに王都バチークジンカまで落とされていると聞かされてうろたえる開拓兵達。

 もしこの情報がこの領地の当主――ティトゥ以外から出ていたなら、彼らは決してこの話を信じようとしなかっただろう。


 しかし、彼らの常識は春にこの国に攻めて来た時から、ティトゥによって幾度となく打ち砕かれている。

 そんな空飛ぶ常識クラッシャーであるティトゥからの情報だというのだ。

 いかに信じられない話でも、彼らには信じる以外の選択肢はなかった。


「そして現在このナカジマ領にはゾルタのオルサーク家の子女が同盟を望んでやって来ている」

「オルサーク男爵家の?! ひょっとしてパトリク様ですか?!」


 どうやらたまたま開拓兵の中にオルサークの者がいたみたいだ。

 彼は知った名前に興奮して騎士団に詰め寄った。

 ちなみにパトリクはオルサーク家の次男で、現在同家の騎士団の副長を務めている。


「・・・いや、トマス様とアネタ様だとうかがっている。お二人共まだ成人前の幼い兄妹だ」


 騎士団員の言葉に訝し気な表情を浮かべる開拓兵。

 どうやら彼は、当主の家のまだ幼い末の二人の子供の事までは知らないようだ。


 しかし、自分達の知るオルサークの名前が出た事で開拓兵達の気持ちは揺れ動いた。


「ナカジマ様はオルサークと同盟を結び、彼らと協力して帝国軍を叩くおつもりだ!」

「!!」


 騎士団員の言葉に目を見張る開拓兵達。


 それはそうと、彼は開拓兵達にナカジマ家の内部事情をここまで話してしまっていいのだろうか?

 もし調子に乗って喋り過ぎているとすれば、彼の軍人としての情報漏洩に対する意識は低過ぎるのではないだろうか。


「いや、ここまでは当主様からお前達に話すように言われているのだ。それでお前達はどうする?」

「? どうすると言いますと?」


 不思議そうにする開拓兵達。


「我々がゾルタに出兵すればお前達を見張る者がいなくなる。お前達は俺達が帰るまで建物の中に入ってもらい、村人が交代で見張る事になるだろう。要はここに来る前の王都の状態に戻る訳だ」


 開拓兵達は捕虜だった頃、王都騎士団の壁外演習場の片隅に作られた収容所に詰め込まれて監視を受けていた。


「だから自分の行動を選ぶチャンスを与える。このままここに残って俺達が帰って来るまで小屋の中で待っているか、俺達の指揮下に入ってゾルタに行き、帝国軍と戦うかだ。もちろん手柄を立てれば一般兵と同様の報奨は約束される」


 ザワッ・・・


 騎士団からの提案に開拓兵達の間に動揺が広がった。


 彼らは現在ナカジマ領で開拓兵として労働に汗を流している。

 確かに他に選択肢が無かったとはいえ、誰も今更収容所の頃の生き腐れの生活に戻りたいとは思っていなかった。


 しかし、だからといって戦争に出るのは話が別だ。

 いくら元は兵士だからといって、自分の命が惜しくないわけではないのだ。

 ましてや敵国兵に最前線で使い潰されて死ぬような最後はまっぴらごめんだ。

 報奨の約束もどれだけ守られるのか知れたものではない。


 ・・・と、普通なら考えるところだが、今回ばかりは事情が違う。


 ティトゥがオルサークと組んで戦うという事は、自分達が捨て石にされる可能性は低いだろう。

 なぜなら同国の兵士を粗雑に扱われてオルサーク家が良い顔をするとは思えないからだ。

 ナカジマ家がわざわざ同盟相手の機嫌を損ねるような事をする理由が無い。


 そして何よりもこっちには最強のドラゴンがいる。


 彼らの多くは、ドラゴンが自分達の乗って来た大型船を一撃で沈めた所を見ている。

 いかに帝国軍とはいえ所詮は人間の軍に過ぎない。

 あのドラゴンと戦って無事で済むとは彼らには思えなかったのだ。


 恐ろしい敵が最強の味方になる。


 自分達は今度はドラゴンの側に立って、今も祖国を蹂躙している憎い帝国軍と戦うのだ。

 その想像は彼らの戦意を激しく駆り立てた。


「急いで決める必要はない。俺達は明日、この村を出る。それまでにゆっくり考えて決めておくことだ」


 騎士団員はそう言ったが、開拓兵達の気持ちは現時点でほぼ固まっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


『オルサーク家とナカジマ家との同盟ですか』

『ええ。トマス様にはそのための橋渡しをお願いしたいのですわ』

『分かりました。ナカジマ様のお言葉、預からせて頂きます。父への説明はお任せください』


 ティトゥの提案をトマスはあっさりと了承した。

 正直もっとごねるとばかり思っていたので、僕は拍子抜けする思いだった。


 だってそうだろう? 元々はミロスラフ王国と軍事同盟を結ぶつもりでやって来たのに、こんな漁村に住んでるナカジマ家から同盟を結ぼうと言われたんだよ。

 お呼びじゃない、と拒絶されても全然おかしくないと思うんだけど。


 ティトゥも同じことを思ったのか、少し戸惑っているみたいだ。


『ただし一つだけお願いしたい事があります』


 トマスの言葉に珍しくモニカさんの笑顔が抜け落ちて真顔になった。

 え? どうしたの? 凄く怖いんだけど。


『私がオルサーク家に戻る際にはアネタの同行を許して頂きたい』

『もちろん構いませんわ』


 あ、モニカさんが「そのくらいは仕方ありませんね」みたいに苦笑をしている。これまた珍しい表情『ハヤテ様、何か?』――あ、いえ、何でもありません。



 その後、ティトゥとトマスは同盟関係と今後の作戦行動の予定について大雑把に打ち合わせをした。

 作戦に口を挟むどころか、極めて素直なトマスの態度に、ティトゥも最初は戸惑ったみたいだけど、直ぐに彼に好感を持ったみたいだ。

 こうして僕達の同盟は第一歩を踏み出したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 信じられない。ナカジマ様はこれを(・・・)本気で言っているのか?


 トマスはティトゥの作戦を聞きながらポーカーフェイスを崩さないように懸命に努力を続けていた。


 正直言って最初は謎のメイド、モニカの言葉に乗っただけだった。

 あの恐ろしい女が信じる当主の言葉をひとまず飲み込んでみる事にしたのだ。


 もし何か問題があれば後で何とかすればいい。


 トマスは書面にさえ残さなければどうとでも言い逃れするつもりだった。

 どんな汚い誤魔化しだろうが、卑怯な裏切りだろうが、自分が泥を被ればオルサーク家は傷付かない。

 そんな気持ちだったのだ。


 しかし、ティトゥが提案する作戦は、そのどれもが彼の常識を外れたものだった。


 そもそもこの作戦はドラゴンの能力ありきで立てられているのだ。

 時間に距離、情報速度、あらゆる内容が彼が座学で学んだ戦の定石を覆した。

 トマスの頭脳は今やティトゥの話す作戦に付いて行くだけで精一杯になっていた。


 これは最初に変にゴネていたら大変な事になっていたぞ。


 トマスは内心冷や汗をかいた。

 なにせこうして理解するだけでも大変な作業なのだ。

 この作戦に自分の意見を挟むなど考えもつかない。

 トマスは今や事前に忠告してくれていたモニカに心から感謝していた。


 トマスにとって悪夢のような時間が終わり、ティトゥから最後の質問が飛んだ。


「何か不明な点はございますか?」

「・・・よしなに」


 トマスはそれだけしか言えなかった。

次回「ランピーニへ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ