その15 プレゼン
『当主様! 何をやってくれてるんですか!』
コノ村に帰って来たティトゥは、みんなに尋ねられるがまま、今まで各開拓村を回ってナカジマ家騎士団に対する入団希望者を募集していた事を打ち明けた。
その結果、代官のオットーは膝から力が抜けてへたり込み、アダム隊長は血相を変えてティトゥに縋り付いた。
てか口から飛んだ泡が自慢の髭に付いてるんだけど。バッチイな。
『髭に泡が付いて汚らしいですわ』
『泡くらい何です! それよりどういうおつもりなんですか!』
おおう、アダム隊長ってメンタル強いな。
僕ならティトゥに汚らしいなんて言われた日には再起不能になるまで落ち込む自信があるけどな。
大人のお店で夜の蝶達相手に経験値を積み重ねて精神が鍛えられているのかもしれない。
・・・単にそれどころじゃないだけかもしれないけど。
『言った通りですわ。ナカジマ家で騎士団を作る事に決めたので、今まで良く働いてくれた王都騎士団の人達の中から希望者がいれば優先的に採用したいと思ったんですわ』
『そんな事を言ったら全員ウチを辞めるに決まってるじゃないですか!』
全員辞めるに決まってるんだ。
まあ実際、ティトゥからこの話を聞いて喜ばなかった騎士団員は一人もいなかったけど。
喜びの感情を爆発させて殴り合いを始めた団員がいたのには驚いたけどね。
君らは犬か。
笑いながら殴り合う彼らを見て、ティトゥが「早まったかしら」ってドン引きしてたぞ。
『クッ・・・ 私は・・・ 私を信頼して騎士団を預けてくれたカミル将軍に何と報告すればいいんですか・・・』
『それは・・・お気の毒ですわね』
ガチ泣きするアダム隊長に罪悪感を刺激されたのか非常に申し訳なさそうなティトゥ。
とはいえアダム隊長には気の毒だが、今はなりふり構っていられるような状況じゃない。
帝国軍五万が今もこの国に向かっているかもしれないのだ。
我々に戦力をえり好み出来る余裕は無いのである。
『しかし、開拓村から騎士団員を引き抜いて戦力にしてしまったら、村にいる開拓兵はどうするんですか?』
代官のオットーの疑問にティトゥは簡潔に答えた。
『彼らはナカジマ騎士団の指揮下に入ってもらいますわ』
ティトゥの説明を聞いてオットー達は烈火のごとく反対した。
『彼らを戦場に連れて行くですって?! 私は反対です!』
『開拓兵と名前を変えても彼らは元々ゾルタ兵です! 戦場で味方に刺される事になるのがオチです!』
オットー達の心配も分かる。
というか多分こうなるとは思っていた、
彼らは元々他国の兵だ。しかもこの国にくだってから一年も経っていない。
そんな彼らに「この国を守るために戦って欲しい」と言って、どれだけの人間が命を張ってくれるだろうか?
ほんの数人でもいればいい方だろう。
『希望者のみを募りますわ』
『戦場にたどり着く前に逃げ出すだけです!』
『そのために騎士団の監視を付けるのですわ』
『そんな状況で戦う兵はいません! それこそ戦場を知らない者の理屈です!』
戦国時代、ほぼ天下統一を成し遂げた織田信長の兵は、その多くが金で雇われた傭兵だったという。
彼らは織田軍が勝ってる時は従うが、一度不利になれば一目散に逃げ出した。
そして次の戦があればまたひょっこり戻ってきて何食わぬ顔で軍に加わったのだそうだ。
金で雇われた傭兵だってそんな有様なのに、ましてや開拓兵は元々は敵国の人間だ。
誰が好き好んでこの国のために命を張って戦うだろうか?
オットー達の言っている事は全くの正論なのだ。
『少し落ち着いて話をしませんか』
今まで黙ってティトゥ達のやり取りを聞いていたメイドのモニカさんが、彼らの間に割って入った。
『ご当主様の考えを最後まで聞かれてからでも遅くはないでしょう』
『・・・そ、そうですね。申し訳ございません』
『私も少し頭を冷やした方がいいですな。立て続けに突拍子もない話を聞かされたせいか、感情的になってしまっていたようです』
モニカさんの何だか抗えない迫力に、オットー達はすっかりのまれてしまったようだ。
咳ばらいをすると、すごすごと自分達の席に着いた。
『それで、ご当主様には(ここでモニカさんはチラリと僕の方を見た)、いえ、ご当主様とハヤテ様には何か作戦があるんですよね?』
どうやらモニカさんは僕の入れ知恵に気が付いているみたいだ。
とはいえ別に知られて困るものでもないんだけどね。
『勿論ですわ!』
胸を張って作戦の説明を開始するティトゥ。
うわっ、どうしよう。何だかモニカさんに僕のアイデアを採点されているみたいで緊張して来たんだけど。
移動中にティトゥと二人で立てた作戦だけど、所詮僕らは素人にすぎないからね。
ティトゥがやけに自信満々なのも、僕の不安を掻き立てる原因になっているのかもしれない。
あの、ティトゥさん。出来ればもう少し遠慮がちに話してもらえませんかね。
僕は常々、謙虚さは日本人の美徳だと思っている訳でして。
こうして僕にとって針のムシロのプレゼンが終わり、テントの中は静寂に包まれた。
あの・・・ どうでしょうか?
ていうか、モニカさんが僕を見上げてニッコリと笑っているのが凄く気になるんですけど。
ちょっと、誰か何か言ってくれませんかね?
◇◇◇◇◇◇◇◇
コノ村の中でも比較的大きな家の一室で、鮮やかなオレンジ色の髪の少年がイライラと落ち着きなく部屋の中を歩いていた。
同じくオレンジ色の髪をした幼女がそんな少年を心配そうに見守っている。
「クッ! まだ彼らの話は終わらないのか! カミル将軍との連絡はどうなったのだ!」
少年の名前はトマス。隣国ゾルタのオルサーク家から先日この国にやって来た同盟の使者だ。
――と、本人は思っているが、実は彼の祖父から他国に亡命させられた兄妹なのだ。
彼は今、王都からアダム隊長が戻ったと聞きつけ、連絡を心待ちにしていた。
トマスの不満が限界に達するのは時間の問題かと思われたその時。
ベンベン!
薄いドアがノックの音を頼りなく響かせた。
「待ちかねたぞ!」
トマスはいつもの礼節をかなぐり捨ててドアに飛びついた。
勢い良く開いた先にいたのはいつもの少女メイド・カーチャ・・・ではなく、柔らかい笑みを湛えた若いメイド・モニカだった。
てっきりカーチャが呼びに来るものだと思っていたトマスは、不意を突かれて固まってしまった。
実は彼は初対面の時以来、自分の心の中まで見透かしてくるようなこの笑顔のメイドを苦手としていたのだ。
「ご当主様が呼んでおられます」
「そうか。分かった」
トマスは一旦下がると軽く服装を整え、妹のアネタの髪を整えてやった。
「アネタ様はこの部屋でお待ちになって頂きます」
「別に構わないが・・・なぜ今日に限ってだ?」
「その方が人質の正しい使われ方だとは思いませんか?」
モニカの言葉にギョッと顔をこわばらせるトマス。
そういう所が物足りないのですよ、とでも言いたげな表情を浮かべるモニカ。
「あなた方が人質として送られた事に私共が気が付かないとでも? ああ、ついでに老婆心ながらご忠告をさせて頂きますが、これからご当主様があなたにされるご相談をあなたは素直に受けるべきです。その際に賢しらに駆け引きを打つようなマネだけはお控えなさるように。あなたの信頼が下がるだけで何の得にもなりませんから」
「なっ・・・」
一介のメイドが口に出すにはあまりに辛辣な物言いに、トマスは怒りのあまり言葉を失くしてしまった。
「まあそういう愚かな行いが出来ないように、こちらでアネタ様をお預かりするのですが」
「貴様・・・たかがメイドの分際で何様のつもりだ!」
激昂するトマスにモニカは笑みを消し、臭い匂いでもかがされたかのように鼻に皺を寄せ、不快感をあらわにした。
「あなたごときがそれを言いますか。小ゾルタの男爵家風情の三男が」
「?!」
モニカのトマスを見下す態度は、他者の上に立つ者のみが持つ独特の気配をまとっていた。
虚勢やハッタリでは出せない明らかな格の違いに、トマスは蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった。
「そうやって尻尾を丸めて股に挟んでいればいいんです。では参りましょうか」
すっかりモニカにのまれてしまったトマスは、黙って彼女に従う事しか出来なかった。
土地持ちの貴族ではないとはいえ、大国ランピーニ聖国の伯爵家に生まれたモニカだ。たかだか小ゾルタの田舎男爵家の少年が器量でかなうはずもなかったのである。
モニカは開いたドアから外に出ようとしたが、切羽詰まった少女の声に足を止めた。
「あ・・・あの! ナカジマ様はトマス兄様に酷い事をしませんよね?!」
それは懸命に勇気を振り絞ったアネタの叫びだった。
自分を人質と言い切られてもそれでも兄の身を心配する健気なアネタに、モニカはいつもの柔らかい笑みを取り戻した。
「当然です。私と違って竜 騎 士のお二人はお優しいですから。お兄様だけじゃありませんよ。あなたにだって決して悪くは致しません」
モニカの言葉から何を感じたのか、アネタのこわばっていた体から力が抜けた。
トマスを連れたモニカは今度こそ部屋の外に出るのだった。
次回「同盟を望みますわ」




