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その14 ティトゥの願い

◇◇◇◇◇◇◇◇


 私はハヤテのテントの中、背中を丸めて座り込んでいました。


 ナカジマ領を目指すと思われる帝国軍五万。

 私は彼らの破壊と殺戮からナカジマ領の領民を、ナカジマ家の家臣達を守らなければいけません。


 私は先の見えない暗闇に立たされて、進むべき道も方向も決められずにいました。


「私は・・・どうすればいいんですの」


 私の呟きが広いテントの中に吸い込まれていきました。

 返事を返す者はいません。ここには私とハヤテしかいないのです。

 その時ハヤテが重い口を開きました。




『ティトゥ。聞いて欲しい』


 そこからハヤテは長々と私に話しかけて来ました。


 私にはハヤテが何を話しているのか分かりません。

 そもそも人間には彼の言葉を理解する事は出来ないのです。

 ハヤテは”聖龍真言語”という特殊な言語を使うのですから。


 私は理解出来ない事を知っていながら話すハヤテに対し、軽い苛立ちと不満を覚えながらも、ふと以前にもこんな事があったという既視感を覚えました。


 そう、あれは確か、もうずっと前――といっても暦の上ではまだ今年の春先の話でしかないんですが。

 この半年以上の間に何だか色々あって、もうずっと昔の事のように感じます。

 あれは隣国ゾルタの兵がこの国に攻めてきて、ネライ卿から私に対して最後通告が付きつけられた時の事でした。

 当時は何も出来ない小娘でしかなかった私は、あの日もこうしてハヤテの前で座り込んでいたのです。

 いえ、今だって私は何も出来ない小娘でしかありません。

 ハヤテがいなければ何も出来ない、そこらにいるただの貴族の娘でしか――




『もう一度君の力になりたい』


 私が過去に心を飛ばしている間にハヤテの話は終わったみたいです。

 結局ハヤテは何が言いたかったんでしょう?


「ハヤテ、あなたは何が言いたいの?」


 ハヤテは答えません。

 もう言いたい事は全部言ったという事でしょうか?


「ハヤテは私にどうして欲しいの?」


 ハヤテは少し言葉を探している様子でしたが、私の言葉に答えてくれました。


「チガウ」

「私に何か言いたい事があったんじゃないの?」

「チガウ」

「? 私の事が嫌いになったの?」

「チガウ」

「もう! だからどうして欲しいか言って頂戴!」

「ソウ」

「そうって――えっ?」


 ハヤテの返事に私はポカンと口を開けて固まってしまいました。


「ティトゥ。イウ」

「言う・・・次は私の番って事? いいえ。どうして欲しいか言うのは私の方、という事なのかしら?」

「ソウ」


 私がハヤテに望む事、いえ、今の私の願い。それは――


「帝国軍を何とかしたいですわ」

「ウン」

「帝国軍は私達を、このナカジマ領を蹂躙しようとしていますわ。このままだと、せっかくみんなで努力して積み上げてきたモノが全て壊されてしまいますわ。領民も酷い目に遭わされてしまいますわ」

「ウン」

「そんなの・・・そんなことは許せませんわ」

「ウン」

「私は――あの、私はハヤテにお願いしても・・・その、本当によろしいのかしら?」


 ハヤテはジッと私の言葉を待っています。私は慎重に言葉を探しました。


 私はハヤテが戦争を嫌っている事を知っています。

 それはきっと――ハヤテとハヤテの仲間達が過去に戦争で酷い目にあった事と関係しているんでしょう。


 先日私はハヤテの過去の記憶を垣間見せてもらいました。

 それは正に地獄のような戦いの記憶でした。


 その時私はなぜハヤテがこれ程の力を持ちながら戦いを恐れているのかを知りました。

 なのに私は今、それを知りつつ彼に酷いお願いをしようとしているのです。

 私の願いは今まで積み重ねてきた私達の間の信頼を全て壊してしまうかもしれません。


 しかし私には、彼が私がその願いを口にするのを待ってるように思えるのです。


 私の願望がそう感じさせるだけなのでしょうか?

 ただの幻想、都合の良い思い込み。

 でも、仮にそうだとしても、私には彼以外に頼れる存在がいないのです。


 私は緊張に震えながらゴクリと喉を鳴らしました。


 私は・・・いいえ、みんなのためにも・・・そう、今回だけは・・・


「私の願いは・・・ あなたに戦って欲しいですわ」

「イイヨ」


 何て軽い返事!


 私は安堵のあまり膝から力が抜けて崩れ落ちそうになってしまいました。




 ドルン! ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!


 突然ハヤテがうなり声を上げました。


 ガッ!


 大きな音を立ててハヤテの背中の透明な蓋が大きく動きました。


「ティトゥ! ノレ!」


 そしてあの日のようにハヤテは私に叫んだのです。

 しかしあの日と違うのはハヤテが私達の言葉で「乗れ!」と言った所でしょうか。


「本当に戦ってくれるんですの?」

「イイヨ」

「・・・だからあなたのその返事は ・・・もういいですわ」


 私は少しの脱力感と、大きな喜びに頬を緩めながらハヤテの背中に飛び乗りました。

 ハヤテの背中に乗り、彼の力強い鼓動を感じていると、何とでもなりそうな安心感が心を満たすのを感じました。


「チカラ。タリナイ」

「力? ハヤテに何か力が足りないんですの? えっ? 違う? 私達の力・・・兵力が足りないと言いたいんですの?」

「ウン」

「兵力・・・といえば騎士団。ハヤテはナカジマ家にも騎士団が必要と考えているんですわね」

「ウン」

「と言っても今から騎士団を作っていては間に合いませんわ。帝国軍はもう動き出しているかもしれないんですわよ」

「キシダン。アダム」

「騎士団? アダム隊長? 王都の騎士団の事を言っているんですの?」


 私はハヤテと打ち合わせを重ねました。

 やがて話がまとまるとハヤテはゆっくりと動き出しました。


 ハヤテがテントを出ると、手伝いに来ていたアノ村の人達が何事かと集まって来ました。


 あ、私達を見付けたカーチャ達が何か言っていますね。


「夕飯までには戻ってきますわ!」


 今日の夕飯は私の好きなシチューです。冷めてしまっては勿体ないですから。

 私は、夕食の心配が出来るほど調子を取り戻した現金な自分が可笑しくて、思わずクスリと笑ってしまいました。


「ティトゥ?」

「何でもありませんわ。さあ、行って頂戴」

「マエ、ハナレ!」


 ハヤテの掛け声に、アノ村の人達が慌てて道を開けました。


『離陸準備よーし! 離陸!』


 ハヤテは村の通りを疾走、一瞬フワリと足元が軽くなるともう空へと飛び立っていました。

 体が後ろに傾くと私の視界は青空でいっぱいに占められました。


 ハヤテはグングンと高度を上げると水平飛行へと移りました。


「さあ、急いで回りますわよ!」

『了解!』


 ハヤテは私の言葉に軽快な返事を返すと大きく翼をひるがえしました。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはコノ村に近い開拓村。

 いつものように開拓兵の作業を見守っていた騎士団員は空にポツンと浮かぶ小さな点を見付けた。


「あれは、ハヤテ様? 今週はもう巡視の予定は入っていなかったはずだが・・・」


 予定にないハヤテの来訪に騎士団員は訝し気な表情を浮かべた。

 とはいえハヤテが来るという事は当主であるティトゥがやって来るという事でもある。

 彼は思わぬ喜びに弾む心を抑えながらハヤテに手を振るのだった。



「ご苦労様ですわ」

「「「はっ!」」」


 着地したハヤテが動きを止めると、ティトゥがその背中に立ち上がった。

 今日は珍しくティトゥ一人で来たようだ。

 列を整えて出迎える騎士団員に対し、ティトゥはハッキリと宣言した。


「我がナカジマ家は、この度、騎士団を設立する事を決定致しました!」


 ザワッ・・・


 その瞬間、騎士団員達の間に動揺が広がった。


「あなた方王都騎士団の中からナカジマ騎士団への入団希望者がいれば、優先的に受け入れる事を約束いたしますわ!」

「「「いよっしゃーっ!」」」


 突然上がった男達の雄叫びに、遠巻きにハヤテを見ていた開拓兵達は驚いてビクッと背筋を伸ばしたのだった。

次回「プレゼン」

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