その9 アダム隊長王都へ
話は朝食の場を離れて昨日にさかのぼる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ティトゥに呼ばれたアダム隊長が僕のテントに入って来た。
『私をお呼びだそうで』
『先程隣国ゾルタからの使者を名乗る方がいらっしゃいました』
ティトゥはザックリとトマス兄妹を含むオルサーク騎士団と彼らがやってきた目的を説明した。
『ははあ、オルサーク騎士団ですか』
『何かご存じですの?』
アダム隊長はここに来る直前に彼らを見かけて少し話をしていたんだそうだ。
『村を案内するよう部下を付けましたが、マズかったですかな』
『いえ、丁度こちらからお願いしようと思っていた所ですわ』
トマス兄妹は今別室で休んでもらっている。話を聞くと、二人は確たるあてもなくこの国にやって来たようだ。
まさか放り出す訳にもいかない以上、彼らの受け先が見付かるまではナカジマ家でもてなす事になるだろう。
最も、こんな漁村では貴族の彼らを満足にもてなす事が出来るとは思えないけど。
アダム隊長も同じことを思ったのだろう。何だか微妙な表情を浮かべた。
メイドのモニカさんがティトゥの言葉を続けた。
『ですのでオルサーク騎士団の方達はそちらで面倒を見て頂きたいのです』
『・・・ははあ、そういう事ですか。なるほど。』
モニカさんが言外に言いたい事を察してアダム隊長が自慢の髭をしごいた。
アダム隊長も薄々モニカさんのキャラを把握しているみたいだね。
要はモニカさんは、彼らが兄妹とは別の密命を受けていた場合を考えて、王都騎士団の目の届く所に彼らを置いておきたいのだ。
『分かりました。お引き受けしましょう。私の方で手配致します』
『お願いします。』
アダム隊長は少し考えるとティトゥに向き直った。
『それはそれとして、近々私自ら王都へと向かおうかと考えております』
『アダム隊長自らですの?』
突然の話にティトゥは軽く面食らった様子だ。
オットーも訝し気な表情を浮かべた。
『ええ。このままじゃ埒が明きませんからな。ご存じの通り、来月には王城で新年式が行われます。例年通りであれば、そろそろ警備計画が決まるはずなのですよ。なのに一向にこちらに連絡がありません。我々はどうすれば良いか決められずに困っているのですよ』
新年式か。あったねそんなのが。
新年式はこの国の貴族の当主が全員王城に集まって、新年一発目に国王からありがたいお言葉を賜るという恒例行事だ。
もっともティトゥの実家のマチェイ家にとっては、五年前にティトゥがパンチラ元王子に難癖を付けられるきっかけにもなった忌まわしい式典でもある。
アダム隊長は、王都の騎士団本部にナカジマ家に来ている騎士団を応援に戻すべきかどうか伺いを立てているらしい。
その返事がいつまで待っても返って来ないんだそうだ。
そういや今回からはティトゥも当主として参加しないといけないんじゃないのかな?
『・・・その事なんですが』
オットーの表情が曇った。
『先日来、何度か王城の役人に問い合わせをしているのですが、一向に返事が返ってこないのですよ』
新年式も国家行事である以上、貴族もその地位に応じて決められたルールがある。
それは服に使える色や連れていける使用人の数、アクセサリーの数や家紋の大きさにまで至る。
ティトゥはこの国始まって以来初めての小上士だ。
儀式に参加するにあたってどこまでが上士位扱いで良いのか、オットーは細かい仕様を王城に問い合わせていたのだ。
ちなみにティトゥは僕に乗って行くつもりらしい。『・・・一応伺いを立ててみます』と言った時のオットーは死んだ魚の目をしていたよ。
『騎士団だけでなく役人とも連絡が付かないなんて、王城はどうなっているんですの?』
ティトゥの当然の疑問に答えられる者はこの場に誰もいなかった。
『そこで私自らが王都に出向こうと思った次第でして』
アダム隊長は腕を組んで頷いた。
『まあ私はこれでもカミル将軍直属の部下ですからな。今まで王都との連絡に使っていた若手とは団の中での自由度が違います。彼らでは聞けない話も私でしたら知る資格があるという事ですな』
おおっ! 僕の目の錯覚じゃないよね? 何だかアダム隊長なのに妙に頼もしく見えるんだけど。
『・・・そりゃないでしょうよハヤテ殿。まあそれはさておき、上手くいけばカミル将軍とも直接お会いする事が出来るでしょう』
『おおっ!』
苦笑しながらそう告げるアダム隊長。
オットーは嬉しそうに表情をほころばせた。
『私共の話も将軍閣下の方からつけて頂けないでしょうか?』
『もちろんですとも。お会い出来れば将軍に伝えておきます』
『助かります。どうしたものかと頭を悩ませていた所だったんです』
二人の話にティトゥが口を挟んだ。
『でしたら、オルサーク家のお二人の件もお願い出来ませんこと?』
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『ではご当主様、ハヤテ殿、行って参ります』
『吉報をお待ちしていますわ』
『よろしく頼む』
僕達の前には旅装を整え、馬の手綱を手にしたアダム隊長の姿があった。
昨日の今日だが、アダム隊長は早速王都へと向かうことにしたのである。
護衛のいない一人旅だ。安全よりも身軽さを重視したんだろう。
まあ開拓村を結ぶ街道は、定期的に騎士団員が巡回してるから治安に問題は無いんだけどね。
王都から仕事を求めてナカジマ領に流れて来る人も多いので、最近の街道はいつも旅人で賑わっていた。
アダム隊長の荷物の中にはトマスからカミル将軍へとあてた親書が入っている。
そのトマスは妹のアネタ共々コノ村に残ってお見送りである。
本当はトマスは自分も王都へ行きたかったようだが、有力な伝手も持たない者がアポも無しで王城に入れるわけがない、とモニカさんににべもなく一蹴され、仕方なくここで返事を待つ事にしたのだ。
アネタはすっかりベアータの食事が気に入ったみたいで、残念そうなトマスと違って嬉しそうにしていたのが印象的だった。
というかトマスってモニカさんを苦手にしているみたいなんだよね。
モニカさんは『自分は子供に嫌われやすいんです』とか言ってたけど。
けどそれってやっぱり負け惜しみで、純粋な子供にはモニカさんの腹黒さが『ハヤテ様何か?』ゲフンゲフン・・・ いえ、何でもありません。
僕達&トマス兄妹に見送られて、アダム隊長は颯爽と髭を翻して馬上の人となった。
騎乗したアダム隊長の髭が爽やかな朝の風になびいた。
『ちょっとハヤテ殿、髭髭言わないでくれませんか? 確かに自慢の髭ですが』
アダム隊長が不満そうに僕の方へと振り返った。
いいから早く行きたまえ。僕は君を見送った後、ティトゥを乗せて村の視察に向かうんだから。
さっきはキャンセルされたかと思った開拓村への視察だが、この後に行う事になったのだ。良かった良かった。
やっぱり飛行機は飛んでこそなんぼだよね。
『・・・まあいいですけど』
『隊長。何卒、将軍閣下に宜しくお願いする』
『お任せ下さい』
トマスに言外に『早く行け』と告げられてアダム隊長は村の外へと馬首をめぐらせた。
馬のひづめの音とアダム隊長の『だから何でハヤテ殿はそんな言い方をするかな』というボヤキ声が村の外へと消えて行った。
アダム隊長の見送りを終えた僕達はそれぞれ自分達の仕事に戻る事になった。
僕もティトゥを乗せて開拓村の視察に行かないとね。
オットーが書類を手に僕の方へと近付いて来た。
『ハヤテ様、帰りにでもポルペツカの町に寄ってもらえますか? 部下にこの書類を渡してもらいたいんです』
モニカさんがオットーから書類を受け取りながら言った。
『でしたら良ければボハーチェクの港町まで私を送ってもらえないでしょうか。そろそろ聖国から手紙の返事が届いているはずなので』
いいでしょういいでしょう。何でも承りましょう。
僕の翼にかかればポルペツカだってボハーチェクだってひとっ飛びだからね。
僕がティトゥの準備を待ちながらモニカさん達と話している間、トマスはジッとアダム隊長の去った村の入り口を見ながら佇んでいた。
『トマス兄様』
『大丈夫だアネタ。きっと上手くいくさ』
トマスは村の入り口から目を離さずに、自分を見上げる妹の背中を軽く手で叩くのだった。
次回「隣国ゾルタの最後」