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その8 朝食

 日が明けて翌日。

 僕はテントの外に出て翼に日の光を浴びていた。

 今日の午前中はティトゥを乗せて開拓村を見回る予定だ。

 今はメイドのモニカさんが乗り込んでティトゥが来るのを待っている。

 まあ、それはともかく・・・


『おお・・・ これがドラゴン・・・』

『そう。ご当主様のパートナー・ハヤテ様だ! ここに来て早々にハヤテ様が飛ぶのを見られるなんてお前達ツイてるぞ!』


 僕の周りでガヤガヤとやかましいのは、昨日コノ村に着いたオルサーク家の騎士団員達と、彼らに僕の事を説明している王都騎士団の若い団員だ。

 どうでもいいけど何で君がドヤ顔してるわけ?

 それに君達、妙に仲がいいね。別に悪い事じゃないけどさ。


『お待たせしましたわハヤテ』


 ティトゥの登場にオルサーク家の騎士団員達が目を見張った。

 そういや彼らはまだティトゥに会ったことなかったんだっけ。

 まさかこんなに若くて美貌の少女が領地の当主とは思わなかったんだな。

 少しの間呆けていた彼らは、ハッと我に返ると直立不動で敬礼をした。


『あなた方がオルサーク家の騎士団の方ですか。楽にして頂戴』


 敬礼からサッと休めの姿勢を取る騎士団員達。

 こういう動きはどこの軍隊でも変わらないんだね。

 彼らを案内していた若い騎士団員がおずおずとティトゥに尋ねた。


『あの、ご当主様、その恰好は?』

『ハヤテに乗る際にスカートでは乗り降りし辛いので作らせましたの』


 今日のティトゥは、昔のパイロットが着ていた飛行服を思わせる服を着ていた。


 突然ティトゥがこの服をデザインした時には凄く驚いたよ。

 まるで見て来たみたいに(・・・・・・・・)昔の日本陸軍の飛行服にそっくりなんだもん。

 こういうのって実用性を突き詰めると似たようなデザインになるのかもしれないね。

 ひょっとしてさっきオルサーク騎士団達が驚いていたのは、この見た事もない奇妙な服に対してだったのかもしれない。


『オルサーク家のお二方は旅の疲れが出たようでまだお休みですわ。起きられればあなた方の前にお顔をお見せになるでしょう』

『『『はっ!』』』


 ティトゥは彼らの返事を受けると、淀みない動きでヒラリと僕の操縦席に駆け上った。

 なんだろう。いつものティトゥと服が違うだけで僕のテンションも上がって来たんだけど。

 やっぱり戦闘機には飛行服だよね。


『では行きますわ』

『マエ、ハナレ!』


 掛け声と共にエンジンを掛けてプロペラを回すと、周囲の騎士団員達から大きなどよめき声が上がった。


『な・・・何事だ!』


 あ、家の中からオレンジ色の髪の少年――トマスが血相を変えて飛び出して来た。

 少し遅れて眠そうな目をした彼の妹のアネタも顔を出した。


 どうやら外の騒ぎに驚いて跳ね起きたみたいだ。

 ティトゥも二人の姿に気が付いた。


『ハヤテ。静かにして頂戴』

『ヨロシクッテヨ』


 ティトゥにお願いされて僕はエンジンを止めた。

 いや、その言い方ってどうよ。僕がうるさくてウザい男みたいじゃん。




 トマスが取り乱した事をティトゥに詫びている。

 彼の妹のアネタはカーチャに連れられて、身だしなみを整えに家の中に戻っていった。

 幼女といっても貴族のご令嬢だ。はしたない姿を下々の目に晒すわけにはいかないのだろう。


『早速ベアータに食事の用意をさせますわ』

『痛みいる』


 どうやらティトゥもホストとしてトマスと同じ食卓につくようだ。


 今日の視察は中止かな。


 僕はガッカリしながらナカジマ家の使用人とアノ村の人達の手を借りて自分のテントに引き上げるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ここはナカジマ家の利用している元村長屋敷――とはいうものの、単に他より少し大きな家に過ぎない。

 元々コノ村の建物は、アノ村の村人が冬の間だけ利用していた仮の宿だ。

 村としての機能は最低限しか整えられていなかった。 


 今、ナカジマ家の使用人達によってテーブルに食事の支度がされている。

 そこに身だしなみを整えたオルサーク兄妹が少女メイドのカーチャに案内されて来た。

 ホストのティトゥに促されて二人が席に着くと朝食が始まるのだった。



「パンとトマトのスープになります」


 食事は定番通りパンとスープから始まった。

 とはいえ、すでに食事を終えているティトゥは、手にしたカップからお茶の香りをくゆらせている。

 兄妹は目の前に置かれた見慣れない赤いスープに目を見張った。


 ミロスラフ王国でも、兄妹の母国でも、パンといえばいわゆる黒パン――ライ麦パンが定番だ。

 スライスした噛み応えのあるパンを手でちぎってスープに浸して柔らかくして食べる。


「表面を焼いてありますのでお好みでこちらのバターを塗ってお食べ下さい」

「直接バターを食べるのか?!」


 メイド少女カーチャの説明にトマスがギョッと目をむいて驚いた。

 彼の常識では、バターは化粧品や料理用の油として使うもので、調味料として直接パンに塗って食べるという発想は無かったのだ。

 実はそれはここ、ミロスラフ王国でも変わらない。

 ティトゥも初めて食卓に出された時には彼と同じように驚いたものである。

 もちろんこれは屋敷の料理人のテオドルがハヤテの断片的な言葉を元に再現したメニューの一つである。


 恐る恐る手を伸ばすトマスと、何の抵抗もなく手に取るアネタ。


 馴染の無い見慣れない料理だったが、彼女に不安やためらいは全く感じられなかった。


 それほどアネタにとって昨夜の食事は衝撃だったのである。


 ナカジマ家は領地持ちの貴族の当主でありながらこんな貧乏な村に住んでいるくせに、出される食事はあり得ない程の美味しさだったのだ。

 それは彼女の価値観を揺るがすもので、「今まで自分が屋敷で食べていたものは何だったんだろう?」と疑いたくなる程の衝撃であった。


 ひょっとしてナカジマ様は、収入の全てを食事につぎ込んでいるから貧乏なんじゃないかしら?


 アネタがそう疑いたくなるほど、斬新で心を奪われる料理が惜しげもなくテーブルに並べられた。

 こうして彼女は、たった一度の食事ですっかりナカジマ家の料理のとりこになってしまったのである。


「このパン、サクサクしていて美味しい!」

「う・・・美味いな。焼いたパンなど庶民が口にするものだとばかり思っていたが、バターを塗る事で喉が渇くようなパンのパサパサ感が全く感じられない。こうなるとサクサクとした食感は軽やかで好ましい物になる。パンを焼いたものがこんなに美味いなんて信じられん・・・」


 庶民はパンをまとめて焼いておき数日かけて食べる。そのため最後の方は固い上に少し悪くなっている事もあって、火を通さないと食べられたものではないのだ。

 トマスも旅行の際に一度だけそういう食事をした事があり、それ以来、密かに焼いたパンが大の苦手になっていた。


「こ・・・この赤いスープも美味い。程よく感じる酸味と甘みが食欲をそそって止まない。野菜にもよく味が染みていて柔らかく食感も滑らかだ」

「うん! 赤いスープ美味しい!」


 普段は野菜の筋っぽさや苦味を苦手としているアネタも、このスープは大丈夫のようだ。

 今も満面の笑みを浮かべながら匙を口に運んでいる。


 メイドのカーチャは、珍しい料理に興奮する兄妹を複雑な表情を浮かべながら眺めていた。

 彼女は、二人が起きて来るとは思わなかった料理人のベアータが、慌てて残り物のスープをトマトスープにしてかさ増しをしているのを見ていたのだ。

 具材が柔らかでよく味が染みているのもさもありなん、元々残り物で良く煮込まれたスープなのである。


「カーチャ」

「あ、はい! 次の料理をお持ちします!」


 ティトゥに促されて、カーチャは慌てて次の料理を取りに厨房に向かうのだった。




「大変美味な食事だった。料理人に満足したと伝えて欲しい」

「大変好ましゅう存じました」

「それはよろしゅうございました」


 オルサーク兄妹の謝辞に答えを返すティトゥ。

 トマスは申し訳なさそうに少し頬を赤らめている。

 食事は黙って摂るモノで、食べている最中にペラペラと話すのは品の無い行為だとされている。

 しかし彼は料理の美味さに興奮するあまり、ついつい饒舌になる自分を止められなかったのだ。

 トマスは今更ながら自分の行為に思い至って赤面してしまったのである。


 ティトゥは二人のお茶の支度が整うまで待つと、本題に入った。


「あくまでもこちらの事情なのですが、今日にでも王都のカミル将軍へ連絡を送る事になりました」


 ティトゥの言葉にハッと我に返るトマス少年。


「そ・・・それは――」

「昨日オルサーク様がおっしゃった件ですが、私共では王城の方に直接お話をお通しする事はかないません。しかし、そちらが望まれるなら、カミル将軍にならオルサーク様のお話をお届けする事が出来るかと思います」


 ティトゥの説明によると、カミル将軍はミロスラフ王国の元第二王子で、現在も王都騎士団の団長という要職に就いている国家の重鎮だという話だ。

 願っても無い提案に、トマスは一も二も無くこの話に飛びついた。


「是非ともよろしくお願いしたい!」

「分かりましたわ」


 トマスは昨夜、先の見通しの立たない状況になかなか寝付く事が出来なかった。

 そんな中差し込んだ一筋の光明にトマスは弾む心を抑えきれなかった。


「トマス兄様」


 アネタも兄の晴れやかな表情ににこやかな笑みを浮かべた。

次回「アダム隊長王都へ」

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― 新着の感想 ―
[一言] > まるで見てきたように お嬢さまが閑話で東京に行っていたの、本編に反映されていたのですね。
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