その7 男達の飲みニケーション
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「トマス様達は大丈夫だろうか・・・」
コノ村の入り口近くで不安げに立ち尽くしているのは9人の男達。
彼らは隣国ゾルタからトマスとアネタ、二人の貴族の子女を護衛して来たオルサーク騎士団である。
彼らは先代の当主から直々に、二人を守るように命令を受けていた。
あえて念を押されるまでもなく、彼らはトマス兄妹を何があっても守るつもりでいた。
トマス兄妹の二人がオルサーク家の最後の忘れ形見になるかもしれないからだ。
現在、彼らの国は圧倒的な戦力を誇る帝国軍の侵攻により、壊滅的な被害をこうむっていた。
彼らの仕えるオルサーク家は帝国軍が領地に攻め入って来たなら、領民を守って最後の一兵になるまで戦うと決意していた。
しかし、トマス兄妹の祖父にあたる先代の当主は、まだ幼い二人までもが戦いの犠牲になる事を憐れんだ。
そこで一計を案じて、彼らを他国へ使者として送る、という名目で落ち延びさせる事にしたのだ。
最初は拒んだトマスだったが、まだ幼い自分では戦いの役に立てない事は明白だった。
ならば戦いに備えて領地を離れられない父や兄に代わって他国に赴き、一刻も早く援軍を呼ぶ事こそが自分に出来る最大の役割である、と涙を呑んで決意したのである。
トマスとアネタは家族と今生の別れを済ませると、僅かな護衛を連れて国境となる山脈を目指した。
ミロスラフ王国の砦へと向かう街道は帝国兵が見張っていると考えたのだ。
実際に街道のあちこちには帝国兵が検問を敷いていたので、トマスの判断は正しかった。
その後も色々と苦労はあったが、彼らは全員無事に隣国であるミロスラフ王国へとたどり着く事ができたのだった。
「そろそろ年末だというのにいつになったら本部からの連絡が・・・おや? 君達はどこの家の騎士団かね?」
オルサーク騎士団の男達がやきもきしながら村の中を見渡していると、立派な髭を持つ騎士団の男が声を掛けて来た。
「我々はオルサーク騎士団だ」
「オルサーク? スマンがちょっと思い出せないな。いや失敬、気を悪くしないで欲しい。我々は王都騎士団の者だ。さすがに国内の全ての貴族家を覚えている訳にもいかないものでな」
苦笑する髭の騎士団員の言葉にオルサーク騎士団員は驚きの声を上げた。
ずっと彼らの事をナカジマ家の騎士団だとばかり思っていたのだ。
王家の騎士団と貴族家の騎士団では格というものが全く違う。彼らは一斉に青ざめて直立不動の姿勢を取った。
「ああ、そんなにかしこまらなくてもいいから。それより君達――「アダム隊長! ご当主様が呼ばれております!」おっと、こうしちゃいられない。おい、そこのお前! 彼らを案内してやれ!」
「はっ!」
アダム隊長と呼ばれた髭の男は近くの騎士団員にそう告げると村の中に戻って行った。
アダム隊長に後を託された若い騎士団員は彼らの方へと振り返った。
「それでお前達はどこの騎士団だ?」
「はっ! 自分達はオルサーク騎士団であります!」
固くなりながらも答えるオルサーク騎士団に、やはり家名に聞き覚えが無いのか首を傾げる若い騎士団員。
それもそのはず、隣国のしかも男爵家の家名だ。余程有名どころでない限り知っている者の方が珍しいだろう。
「あの、自分達は――」
「おおい! オルサーク騎士団の方々!」
その時、村の中から一人の男が走って来た。ティトゥに言われてオルサーク騎士団を村に案内しに来たオットーの部下である。
「オルサーク様は旅の疲れが出て休んでおられます。ご当主様があなた方にも休んで頂くようにとの事です」
「そうか分かった。ならば丁度いい。後は俺が案内しよう」
若い騎士団の男にそう言われてオットーの部下は目を丸くしてうろたえた。
「あ、いえ、こちらの方達は――」
「なあに心配するな、別に取って食おうという訳じゃないさ。実はアダム隊長から彼らの世話をするように命じられたのだ。悪いようにはせんさ」
オットーの部下は眼を白黒させるが、騎士団の男は豪快に笑って聞き入れない。
ちょっとお調子者の気のある若い騎士団員は、彼らを名前も聞いた事の無い小さな家の騎士団だと勘違いしたのだ。
そして彼は、きっとオットーの部下は王都の騎士団員である自分が立場を笠に着て彼らを虐げないか心配しているのだろう、と思って笑い飛ばしたのだ。
「ご当主様の名に、姫 竜 騎 士の名に泥を塗るようなマネを、俺達王都騎士団の者がすると思うか? なあに大丈夫。ちゃんと客としてもてなすに決まっているさ。さあさあ、行こうぜ兄弟!」
「あ、え? は、はい」
肩を組んで歩き去る騎士団員達の後ろ姿を眺めながら、オットーの部下は困惑しながら「本当にいいのかなあ」と呟くのだった。
オルサーク騎士団員達は、騎士団の詰め所になっている大きな建物に案内された。
「歓迎といえばまずは酒だ。おおい! 誰か酒の用意とベアータ殿に料理を頼んで来てくれ!」
酒と料理という言葉に彼らは一斉に動き出し、みるみるうちに部屋が片付けられて酒が持ち込まれた。
こういった段取りを得意とする者が大抵どこの部隊にも何人かはいるのだ。
やがて詰め所に元気の良い少女の声が鳴り響いた。
「はーい、ナカジマ家自慢のドラゴンメニューだよ! まだまだ作ってるからね! 厨房にもあるから自分達で運んだ運んだ!」
「うひょう! 待ってました! やったぜ、”カラアゲ”じゃないか! おい、俺達も取りに行くぞ!」
背丈の低い小柄な少女が、大きなお盆に料理を山盛りに乗せてやって来た。
見た事もない不思議な見た目の食べ物だ。香ばしいニンニクの匂いが若い男達の食欲中枢を直撃し、あちこちでゴクリと喉を鳴らす者が続出した。
王都騎士団の男達は、今ではすっかり小柄な少女――ナカジマ家の料理人ベアータによって若い胃袋を陥落されていた。
彼らは躾けのきいた忠犬のように率先して彼女を手伝った。
テーブルの上にズラリと並んだ料理を前に、オルサーク騎士団の案内を任された男が酒の入ったカップを手に音頭を取った。
「我らが忠誠を誓う王都騎士団と、敬愛する姫 竜 騎 士と、なんとか家の騎士団に敬意を表し! 乾杯!」
他はともかくオルサーク家に対する敬意は全く感じられない掛け声と共に、酒の入ったカップが傾けられた。
「プハーッ さあ、食うぞ!」
その瞬間、飢えた野獣の群れと化した男達が一斉に料理に手を出した。
ガツガツと料理に食らいつく男達に目を丸くして驚くオルサーク騎士団員達。
「何やってんだ。あんたらが客人なんだぞ。遠慮して食わなくてどうする」
「あ・・・ああ、すみません」
隣の男にそう言われて、慌てて目の前のから揚げの皿に手を伸ばすオルサーク騎士団員。
彼らが見慣れない茶色い塊をおっかなびっくり口に運ぶと――
「! なっ! 何だこの美味さは!」
「これって鳥肉だったのか! でも何でこんなに美味いんだ?!」
あまりの驚きに手にしたカップを落とす者まで出る始末だった。
オルサーク騎士団員は夢中になって次のから揚げに手を伸ばした。
「おいおい、他の料理も食えよ」
「あ、すみません。でも何で肉をこんなものでくるんで焼いただけで、これほどまでに美味くなるんですか?」
「違う違う、コイツは焼いてるんじゃないんだ、アゲてるんだよ」
「アゲる?」
別の男に説明されたものの理解出来ずに戸惑うオルサーク騎士団員。
「あー、まあ実は俺も詳しい事は知らないんだけどな。ベアータ殿が以前そう言ってたんだ」
「ベアータ殿、俺の彼女にも料理を教えてくれないかな~」
「お前、昔は彼女の料理をベタ褒めしてたじゃねえか」
「いや、言わすなよ。分かるだろ? 毎日この料理を食ってたらもう王都に戻れねえって」
モテ男の情けないボヤキにゲラゲラと笑う男達。
最初はためらいのあったオルサーク騎士団員達も、一度も食べた事の無い極上の料理と酒にあっさりと理性のタガが外れていくのだった。
オットーの部下は村の入り口で誰かを捜すアダム隊長を見かけて声を掛けた。
「アダム隊長。そんな所でどうされたのですか?」
「あ、いや、実はですな・・・」
先程アダム隊長はティトゥ達から今日の来訪者――隣国ゾルタからやって来たオルサーク家一行の話を聞かされたのだ。
「多分大丈夫だと思いますが、念のため彼らの動向には注意しておいて下さい」
トマスとアネタの兄妹はともかく、オルサーク騎士団は何かの密命を受けている危険もある。
なにせ隣国ゾルタは今や存亡の危機に瀕しているのだ。普通では考えられないような異常な策を取って来るかもしれない。
代官のオットーはそれを心配したのだ。
その話を聞かされて、アダム隊長は彼らを見張るために戻って来たのだが、すでにこの場には彼らの姿は無かった。
「ああ、それでしたらあなたの部下が騎士団の詰め所に案内していきましたよ」
「そうですか! かたじけない」
騎士団の詰め所ならこちらの戦力の中心地だ。もしも彼らが何を企んでいようと、そう簡単に行動に移す事は出来ないだろう。
アダム隊長は脳筋だとばかり思っていた部下の賢明な判断に、彼らの事を見直しながら騎士団の詰め所へと向かった。
「・・・私の感心した気持ちを返してくれないか?」
騎士団の詰め所でアダム隊長が見たのは、料理と酒とで大盛り上がりになっている騎士団員達であった。
美味い料理に酒が進むのか、今も急ピッチで酔いどれ共が量産されている。
オルサーク騎士団達は強行軍の後に料理を詰め込んでたらふく飲んだせいか、全員早々にダウンしたようだ。
アダム隊長は混沌とする詰め所の光景に、呆れた表情で独り言ちた。
「彼らが何を企んでいたとしても、この有様では少なくとも今夜の実行は不可能か・・・ その意味では”よくやった”、と言ってもいい、のか?」
彼の呟きに答えるだけの理性が残っている者はこの場には誰もいなかった。
次回「朝食」