その5 若輩者
ここはいつもの僕のテントの中。
僕達はティトゥと幼女――アネタとの会話に邪魔された話を再開しようとしていた。
『・・・先程は妹が失礼をした』
『ステキな妹さんですわ』
ちなみに少年――トマスの妹アネタは今はここにいない。
モニカさんが彼女の様子がおかしい事に気が付いて途中で声を掛けたのだ。
どうやらアネタは靴擦れをおして無理に歩いて来たらしく、今はカーチャに連れられて治療のために席を外している。
トマスは最初は微妙な顔をしたものの、妹がいてはちっとも話が前に進まないと思ったのか、こちらの好意に甘える事にしたようだ。
だったらさっきの会話も適当な所で遮れば良さそうなものだが、仮にもティトゥは他国の領主だ。
一介の貴族の子弟に過ぎないトマスは立場上それが出来なかったのだろう。
『それで隣国のオルサーク男爵家のお二人がこの国で何をしているのでしょうか?』
『それは・・・ その前に質問を質問で返すような不躾を許して頂きたい。そちらは現在の我が国の事をどの程度までご存じなのだろうか?』
トマスの言葉にティトゥは声を詰まらせた。
現在、トマスの母国である隣国ゾルタは、ミュッリュニエミ帝国の大軍によって王都まで攻め込まれていると聞いている。
しかし、その情報を掴んでいる事を他国の貴族であるこの少年に言っても良いものだろうか。
『ミュッリュニエミ帝国軍に攻め込まれている――と聞いていますわ』
ティトゥは言葉を選んで無難な返事を返した。
その程度は知られていると分かっていたのだろう。トマスは小さく頷いた。
『帝国軍は既に我が国の国境の砦を突破した上に、数々の有力な砦を打ち破り、今や王都を完全包囲しているのだ。長く王都の騎士団に所属していた叔父が言うには、最悪の場合このままでは年内持ちこたえられるかどうか怪しいと』
トマスの言葉にオットー達の間にどよめきが広がった。
いくらなんでも一国の王都がひと月ほどで陥落するとは思ってもいなかったのだろう。
『王都が落ちれば帝国軍はすぐさま南下し、このミロスラフ王国に向かうだろう。私はその証拠として帝国本土から帝国軍の司令官に送られた計画書を携えているのだ。ここにはハッキリと、王都攻略を成し遂げ次第ミロスラフ王国を抜き、春までに都市国家連合まで到達する旨が書かれている。こうなっては春の戦の確執を乗り越え、我が国とミロスラフ王国が一丸となって帝国軍に当たるのが最善ではなかろうか? 私は両国が胸襟を開いて話し合うためにこの国にやって来たのだ。目的は我が国とミロスラフ王国の間に強固な同盟を築くこと。ナカジマ様にはそのために是非ミロスラフ王家との橋渡しをお願いしたい』
立て板に水と弁舌を振るうトマス。
まだ小学生くらいなのに凄い子だな。
僕が小学生のころなんて、こんなにスラスラ言えるのは平成〇イダーの名前くらいじゃなかったかな。
知らない人は驚くかもしれないけど、平成〇イダーってフォームチェンジするんでかなり種類が多いんだよね。
さらには劇場版オリジナルフォームや放送終了後のビデオシリーズのオリジナルフォームとかもあるからね。当時の僕はよく全部覚えていたもんだ。子供の頃の記憶力って凄いよなあ。
おっと、そんな事を考えてる場合じゃなかった。
なるほど。つまりトマスはこの国に援軍を求めてやって来たという事だね。
同盟を組んでミロスラフ王国軍にゾルタの王都を包囲している帝国軍の背後を突いて欲しいと言うんだな。
『それは私の一存では・・・『今の話は王家からの正式な要請と受け取ってもよろしいのでしょうか?』』
困り顔で返事を返そうとしたティトゥの言葉をモニカさんが遮った。
日頃はわきまえたモニカさんらしくもない、礼を失した行動にティトゥが驚きの視線を向けた。
逆にトマスは何故メイドごときが口を挟むのか? とでも言いたげな表情を浮かべたが、こちらからは誰も何も言わなかっために問いただすタイミングを失ってしまったようだ。
『オルサーク様がここでこうしている事は王家の方々も存じていらっしゃるのでしょうか?』
『それは・・・ 父上から連絡が行く手はずになっている』
なんだそりゃ? それって何も決まっていないのと一緒じゃないか。トマスは一体何を言ってるんだ?
みんなも同じことを思ったのか僕達の間に戸惑いが広がった。
この場に漂う空気の変化を察したのか、歯切れ悪く言葉を濁すトマスに対してモニカさんの追撃は続いた。
『それではお父上からの書状は? それもないと。ではどのような約束をされてどのように履行されるおつもりなのでしょうか? またオルサーク様はどのようなお立場で国王と謁見なさるのでしょうか? それが分からなければこちらとしても王家に伺いを立てる事が出来ませんが』
モニカさんの言葉にトマスは顔を真っ青にして目に見えて狼狽した。
彼の痛い所を突かれたようだ。
そんな少年の姿にモニカさんはいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
『横合いから口を挟むようなまねを致しました事をお詫び致します。オルサーク様は顔色も悪く旅の疲れが出られたご様子とお見受けします。別室に案内させますのでそちらで少しお休みになられてはいかがでしょうか。その間にこちらも良いご返事が出来るよう誠心誠意尽くさせていただきます』
モニカさんに慇懃に退出するように水を向けられたトマスは、『あ・・ああ』と不明瞭な返事を返すと、モニカさんに促されたメイドに案内されてテントを出て行った。
トマスの姿がテントの外に消えるとモニカさんはこちらを見上げて言った。
『少々知恵が回るようですが見た目通りの子供ですね。まるでお話になりません。今の話、間違えても当主様は深入りなされませんように』
彼女の目は全く笑っていなかった。
オットーがモニカさんに尋ねた。
『しかし、オルサーク様の言う事にも一理あるのでは? 強大な帝国軍に我が国だけで当たるよりゾルタと協力できるのならそれに越したことはない』
『そうですね。大至急国境から軍を差し向ければゾルタの王都を包囲している帝国軍の背後を突く事は可能でしょう』
籠城は外からの援軍がないと脆いと聞いた事がある。
逆に言えば援軍があれば籠城の成功率は跳ね上がるという事だ。
そりゃあそうだろう。包囲している敵は前後から挟み撃ちを食らう事になるのだ。
しかも守る方はいつでも城に逃げ込む事が出来る。
『しかしオルサーク様の言葉を間に受けるものは誰もいないでしょう。それに帝国軍を倒すだけならもっと楽で確実な方法がありますよ』
『ええっ! そんな方法が?!』
モニカさんの言葉にティトゥが目を丸くして叫んだ。
『ええ。帝国軍に味方して一緒に隣国の王都を攻めるんですよ。もちろん王都を落とした後はいずれ帝国は手のひらを返して裏切るでしょう。でもこちらはそれで構いません。その前に帝国軍は撃退されていますから』
帝国軍の撃退というパワーワードにみんなは驚きの表情を浮かべた。
『帝国軍は王都を落とせば全軍が王都に入って略奪に夢中になるでしょう。その時、ハヤテ様が”ハヤテ作戦”で都市ごと丸焼きにすればいいんです。ミロスラフ軍には王都を包囲させましょう。焼け出された瀕死の帝国兵が出て来た所を苦も無く殺せますよ』
『なっ・・・』
敵軍を倒すために隣国の王都を餌にした上で住人ごと焼き殺すって言うのか?!
モニカさんの提案するあまりに非人道的な策に僕達は言葉を失くしてしまった。
『そんな事・・・出来ませんわ。王都には一般の市民も大勢いますわ!』
『他国の国民です。自国の国民に犠牲が出る事に比べれば軽いとは思いませんか?』
思う訳が無い。と考えるのは僕が庶民だからだろうか。
王家や貴族、支配者にとっては、自国の国民や領民は金を生み出す財産に過ぎないのかもしれない。
自分の財産が減るなら相手の財産を狙う。
ありふれた言葉だが、この世はゼロサムゲームだ。
自分が損をしたくなければ、腹をくくって損失を相手に押し付けなければならない時だって・・・
『人の命を秤で測るような考えに私は賛同いたしません!』
ティトゥの言葉に僕はハッと胸を突かれた。
そうだ。僕は何を考えていたんだ。
人の命は数字に換算するようなものじゃない。
結果として犠牲者が出る事になっても、最初から犠牲者を織り込んだ策を立てるのは間違っている。
戦争という異常事態が間近に迫った事で、僕は自分でも気が付かないうちに神経質になっていたみたいだ。
僕はおそらく現状でこの世界の最大戦力だ。その僕が犠牲者を出す事を肯定したら誰もブレーキを踏む者がいなくなってしまう。
いや。僕にはティトゥがいる。
彼女がいる限り、僕は兵器にはならない。ドラゴンでいられる。
やっぱり僕とティトゥは二人で竜 騎 士なんだ。
『ハヤテ?』
僕が考え込んでいるのを察したのかティトゥが訝し気な表情を浮かべた。
僕は少し恥ずかしくなって誤魔化した。
『サヨウデゴザイマスカ』
『・・・あなた誤魔化す時にはいつもそれですわね』
僕の返事に呆れ顔になるティトゥ。
『そう、やはりあなた方はそうでなければ』
そんな僕達をモニカさんはなぜか嬉しそうに見ていたのだった。
モニカさんは気を取り直すと話を続けた。
『どのみちオルサーク様ではお話になりませんよ。あの方達には国王陛下どころか宰相閣下に面会出来る権限もありません。せいぜいが隣国の被害に同情的な貴族の当主との面会が良い所でしょう』
『だったらどうしてオルサーク家の当主は、こんな時期にわざわざ自分の子供達を山を越えてこの国に送るようなマネをしたんですの?』
『こんな時期だからかもしれませんね』
そう・・・いう事か。
息子を持つオットーもモニカさんの言いたい事に気が付いたようだ。
『幼い息子と娘を他国に逃がしたんですね。利発そうな子でした。そうとでも言わなければ危機的状況にある領地から離れようとしなかったのかもしれません』
オットーの言葉にモニカさんが頷いた。
『あるいは自分達の子だけ他国に逃がすことに後ろめたさがあったのかもしれません。おそらく彼らはミロスラフ王国から色よい返事が得られなければ、次はランピーニ聖国に向かえとでも言われているでしょう。あちらの当主の希望としては本命はそちらかと思われます』
『そんな・・・』
ティトゥは絶句している。
国が亡ぶ時というのはこういうものなのかもしれない。
僕は戦争の現実というものを目の前に突き付けられて、存在しないはずの胃に石でも飲んだような重いしこりを感じたのだった。
次回「別室の兄妹」