その4 隣国ゾルタからの来訪者
その日もティトゥ達はナカジマ家臨時執務室と化した僕のテントで仕事をしていた。
ティトゥのかたわらにはお茶の支度をするメイド少女のカーチャがいる。
カーチャと一緒にいるのは、いつまでここにいるつもり『ハヤテ様何か?』・・・いつも頼りになるランピーニ聖国から来たメイドのモニカさんだ。
そして代官のオットーとマチェイから付いて来た彼の部下達。
時にはここに元ポルペツカ商工ギルドの役員スターレクや、騎士団のアダム隊長が加わる事がある。二人共今日は用事で出払っていていないけどね。
つまり僕が何を言いたいかというと、今日もいつも通りの僕達だったという訳だ。
そんな中、見回りの騎士団員が思わぬ来訪者を村まで案内して来た事を告げた。
『失礼します! 山を越えてやって来た隣国の使者を案内してまいりました!』
『隣国の使者?』
しゃちほこばって入ってきた騎士団員の報告にティトゥ達は戸惑いの表情を浮かべた。
隣国といえば隣国ゾルタの事かな? そんな使者がなんでナカジマ領なんて寂れた場所に?
ああ、山を越えて来たって言ってたっけ。ペツカ山脈を越えて来たからナカジマ領に着いたのか。
けどなんで? ペツカ山脈を越えてもペツカ湿地が広がっているから行商の商人も通らないって聞いてたけど?
ティトゥ達も僕と同じ疑問を抱いたのか、軽く困惑している様子だ。
『とにかく会ってみますわ』
『危険では?』
モニカさんがいつもの穏やかな表情を崩さないまま、報告に来た騎士団員を見据えた。
彼女の視線に何を感じたのか、可哀想な騎士団員は途端にピシリと背筋を伸ばすと額に冷や汗を浮かべた。
『それで相手は?』
『はっ! 使者はまだ幼い子供が二人! 自分達をオルサーク男爵家の者だと名乗っています! 二人の他に使者を護衛する騎士団員が9名! いずれも武装を解除した上で村の外に待たせております!』
他国の使者の護衛を武装解除した上で村の外に待たせるなんて外交上どうかと思うけど、先触れも無く訪れた武装集団ならそんな扱いをされても仕方が無いのかな?
相手の言葉をうのみにして懐に招き入れた途端にブスリ、なんて事になったら騎士団は何をやってたんだって話になるよね。
『子供だからと安心はできませんよ』
モニカさんの言葉は容赦がない。確かにモニカさんなら「私が初めて人を殺したのは7歳の時でした」とか言い出しても驚かな『ハヤテ様、何か言いたい事でも?』・・・いえ何でもありません。
『ここにはハヤテもいるから大丈夫ですわ』
いやいやティトゥ。僕はセキュリティポリスじゃないからね。
四式戦にそんな能力はないから。君の買い被り過ぎだから。
『そうですね。ハヤテ様がいれば大丈夫でしょう』
ティトゥの言葉に何故か納得するモニカさん。
あなたも何を言い出すの? 君ら一体僕を何だと思っているわけ?
◇◇◇◇◇◇◇◇
国境の山脈を越えてミロスラフ王国に入ったトマス達が案内されたのは、どう見てもただの漁村だった。
一瞬トマスの脳裏に「図られたのか?」と疑惑が湧いた。
もしや既に帝国軍から連絡が入っていて、彼らは自分達の身柄を拘束しようとしているのではないだろうか?
だが、護衛の騎士達とは村の入り口で分かれている。
身の証すら怪しい自分達を警戒しての事だろう。
そもそもこのミロスラフ王国は自分達の国ゾルタの軍につい春先、攻め込まれている。
そんな国の使者を名乗る自分を警戒するのも当然と言える。
不安はあったがこうなっては仕方が無い。
毒を食らわば皿まで。
トマスは運を天に任せると案内に出て来た騎士団員について歩き出した。
トマスの隣には妹のアネタが足を庇いながらも気丈にも苦痛の表情一つ見せずに歩いている。
幼い彼女にも自分達の役割が分かっているのだ。
その事にトマスは頼もしさを感じると共に、年端もいかない妹に今後はさらに苦労を強いる事に痛ましさも覚えた。
もっとも、年端もいかないというのならトマスだってそうだ。
成人どころかまだ声変わりすらしていないのだから。
その事に気が付いたトマスはこんな状況にもかかわらず自嘲の笑みを浮かべた。
「こちらにナカジマ領のご当主様がいらっしゃいます」
案内されたのは騎士団が陣幕に使う大きなテントだった。
随分と使い古されたテントだ。あちこち焦げている上に開いた穴を繕ったあとまである。
領地の当主どころかオルサーク家の騎士団ですら恥ずかしくて使えないような見栄えの悪いテントだ。
何かの間違いではないか?
トマスはそんな思いに駆られて案内して来た騎士を凝視した。
トマスの視線を何と勘違いしたのか、騎士は小さく頷くと二人に中に入るように促した。
不安げに自分を見上げる妹の視線を感じ、トマスはグッと腹に力を入れるとテントの入り口をくぐった。
「なっ! 何だこれは!」
「きゃあっ!」
隣で妹が小さな悲鳴を上げた。
二人がテントの中で見たものは、テント一杯に翼を大きく広げてこちらを見下ろす、緑色の巨大な何かだった。
言うまでも無く四式戦闘機ハヤテである。
幼い二人の兄妹は圧倒的なハヤテの威容に気圧されて、言葉も無く立ち尽くす事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
僕のテントに入って来た途端に僕を見上げて固まる少年幼女。
二人共同じオレンジ色の髪だし、どこか顔立ちが似ているから多分兄妹なんだろうね。
家紋の入った厚手のマントを羽織っているけど、あれがオルサーク家とやらの家紋なんだろうか?
『ようこそナカジマ領に! 私が当主のティトゥ・ナカジマですわ!』
僕の操縦席のイスの上に仁王立ちになったティトゥが二人を見下ろして言った。
・・・いやまあ僕も絵面的にどうかと思うよ。
モニカさんの提案でティトゥは僕の操縦席で二人に会う事になったのだ。
打ち合わせでは僕はいざという時に風防を閉めてティトゥの身を守ると共に、エンジンをかけて相手を威嚇する事になっている。
まあ地上3mの僕の背中に乗ったティトゥに子供がどう攻撃するのかって話だ。
この世界に拳銃でもあれば話は別なんだろうけど。
怯えた目で僕を見上げていた少年が、ティトゥの声にはじかれたように背筋を伸ばした。
『俺・・・わ、私はオルサーク男爵家のトマス! 隣は妹のアネタ! 挨拶痛みいる!』
ティトゥの挨拶は君が痛みいるほど丁寧だったっけ? どっちかと言うと城で勇者を迎える魔王みたいな感じだったと思うけど。
僕がそんな事を考えていると、ティトゥが僕の方を見ながら不機嫌そうに眉を吊り上げた。
おっといけない、次は僕の番か。
『ゴキゲンヨウ』
『こちらはハヤテですわ!』
『『喋った!!』』
僕の言葉に驚きの声を上げる二人。
うむ。君達、ナイスリアクション。
驚愕する少年少女に周囲の大人達は生暖かい視線を送るのだった。
『ハヤテはドラゴンですのよ』
『『ド、ドラゴン?!』』
どうも。ド・ドラゴンです。よろしく。
少年の方は警戒するような目で僕を見ているけど、幼女の方は好奇心一杯の目で僕を見上げているね。
どうやらこのドラゴン、幼女受けが大層よろしいようで。
『あの、どうしてご当主様はドラゴンに乗っているんですか?』
『アネタ!』
幼女が好奇心に耐え兼ねたのかティトゥに訊ねて来た。
目上の者同士が話している時に口を挟むのは貴族社会ではマナー違反だ。
慌てて妹を咎める少年。
しかし困った質問だね。「実は君達を警戒しているから」、なんていう訳にもいかないだろうし。
さてどうしたものか・・・
『それは私が竜 騎 士だからですわ!』
『『竜 騎 士?!』』
うぉい! ティトゥ何言ってんの!
どうやらティトゥは久しぶりに僕が畏怖の目で見られた事でテンションがアゲアゲになっているみたいだ。
オットー達が困った顔をしてこっちを見ている。
『竜 騎 士って何ですか?!』
『いい加減にしろ、アネタ!』
『それはドラゴンに認められし契約者のみに許される聖なる称号ですわ!』
『か・・・カッコイイ!』
『私とハヤテは種族を超えた絆で結ばれた永遠のパートナーなのですわ!』
ティトゥ渾身のドヤ顔である。
目にキラキラと星を浮かべながら食い付いてくる幼女に、冷や汗を浮かべながらそんな妹を怒鳴り付ける少年。そんな幼女の好奇心にせっせと薪をくべて火をあおるティトゥ。
混沌としてきた状況に、さっきから周囲のみんなが困った顔で僕の方を見ている。
僕になんとかしろって事? いやいや無理だって。こうなったティトゥを誰が止めれるんだよ。
こうして僕達はティトゥと幼女が満足するまで、ティトゥの竜 騎 士に関するありがた迷惑なご高説を賜る事になるのだった。
次回「若輩者」