その3 謎の一団
『竜 騎 士のお二人がどれだけ王都の民達にとって眩しい存在に見えているか・・・ 実際に彼らを見ていないあなた方には分かってもらえないでしょうね』
シーロの言葉にティトゥは息をのんだ。
当然だ。
急にそんな事を言われて彼女にどうしろと言うのだろう。
彼女は少し前までは領主どころかただの貴族の令嬢だった女の子なのだ。
そんな少女に背負わせるにはあまりに重い期待だ。
メイド少女カーチャがそんな主の姿を心配そうに見つめている。
ティトゥの視線が僕を捉えた。
彼女のすがるような目に僕はどう答えればいいのだろうか?
もしこの体が戦闘機でなく人間の体だったら、不安に震える彼女の細い肩を優しく抱いてあげられたものを・・・
・・・いや、そんな気の利いた事は出来なかっただろうな。
肩を抱くどころかヘタレて指一本動かせなかった気がする。
まあいいや。僕は僕だ。それにシーロの言う通りだとしたら竜 騎 士として半分は僕に対する期待でもある訳だ。
ティトゥが全部背負う必要はないんだよ。
僕はそんな思いを込めてティトゥに声をかけた。
『サヨウデゴザイマスカ』
『『『『・・・』』』』
テントの中に微妙な空気が流れた。
『・・・ハヤテ様』
『あの、いくらなんでも今のはどうでしょうね』
『ハヤテ様。シーロの話をちゃんと聞いていましたか?』
『我々は真面目な話をしていたんですが・・・ 場をわきまえた発言をお願いします』
みんなが呆れ顔で一斉に僕を非難した。
いや、違うんだよ。何か言わなきゃと思ったら、ついいつもの言葉が口をついて出ちゃったんだよ。
もう口がね、何というか自然に言っちゃうんだよ。話を始める時に「ええと」とか「あ~」とか言っちゃうじゃない? あんな感じで。無意識に言っちゃっただけなんだよ。
焦れば焦るほど言い訳の言葉の出ない僕を見上げながら、ティトゥは小さくほほ笑んだ。
『全く。ハヤテはいつも通りですわね。でもそうですわね。王都の民が私達の事をどう思おうと、私達が外の声に振り回される必要は無いんですわ。私達はいつも通りにしていればいい。あなたはみんなにそう言いたかったんですよね?』
そう、それ! 僕もそれが言いたかったんだよ!
だからカーチャ、『え~、本当にそうなんですか?』みたいな目で僕を見るのを止めたまえ。僕に失礼だよ。
それはともかく、遠く離れたナカジマ領でこれ以上王都の事をアレコレ考えていても仕方がない。
シーロの話は参考程度にとどめて、今は目の前に溜まった仕事を片付けないとね。
シーロがテントを出て行くと、ティトゥは待ち受ける仕事の量を思い出してため息をついた。
『・・・少し休憩しません事? 私はハヤテで開拓村の様子を見て来たいですわ』
『休憩はよろしいですが、開拓村の視察は今日の仕事を片付けるまでご遠慮下さい』
代官のオットーの無慈悲な一言にティトゥは轟沈したのだった。
そんな感じで、現在のナカジマ領は内外に色々な不安や問題を抱えながらもみんなで一生懸命頑張っていた。
予想外の来訪者がナカジマ領に姿を見せたのはそんな最中の事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
武装した一団が剣を手に藪を切り開きながら山を進んでいた。
道なき道を進む人数は10人程。全員軽装ながら拵えの良い装備に身を固めている。
その統一された姿からも決して野盗の類ではない。
それもそのはず。彼らは貴族家の騎士団員なのだ。
謎の騎士団一行の中に二人の小さな姿があった。
厚手のマントのフードに隠れて顔は見えないが、背格好から見て後ろの一人は子供だ。もう一人は幼い少年か小柄な女性かと思われる。
マントには周囲の騎士団と同じ模様の家紋が刺繍されている事から、騎士団はこの二人を守ってこんな山に入っているのではないだろうか?
「アネタ、足が遅れているぞ」
遅れがちなフード姿に対して、前を行くフード姿が鋭く叱咤した。
声変わり前の少年の声だ。
アネタと呼ばれたフードは慌てて少年に追いつこうとして下生えに足を取られてよろめいた。
「キャッ!」
小さな叫び声を上げて転びそうになったアネタだったが、危うい所を近くの騎士団員に支えられた。
その拍子にフードがめくれて豊かなオレンジ色の髪がこぼれ落ちた。
あどけない顔立ちの愛らしい少女である。
7~8歳、日本でいえば小学校低学年くらいの年齢だろうか。
「何をやっているんだ!」
「ごめんなさい。トマス兄様」
トマス兄様と呼ばれたフードの少年はアネタに近付くと彼女の頭にフードを被せた。
彼女の鮮やかなオレンジ色の髪は草木に覆われた山の中で良く目立つ。
どうやら彼らは人目を避けて行動しなければならない理由があるようだ。
「ここまでくればフードを取られてもよろしいんじゃないでしょうか?」
「・・・いや。まだどこに人の目があるか分からない。そうでなくてもこの人数は目立つ。国境となる山頂を越えるまではダメだ」
少年――トマスは少し考えた末にそう結論を出した。
トマスはアネタの顔を覗き込んで言った。
「アネタ。俺達は今は少しでも距離を稼がないといけない。もう少し進めば休憩も取れる。それまで頑張れるな?」
トマスの言葉にアネタはコクリと頷いた。
アネタの様子に安心したのか、トマスは先程アネタを支えた騎士団員の方を見た。
「アネタを見てやってくれ。どうしてもという時は背負ってもらう事になる」
「自分は今からでも背負えますが?」
「いや、まだまだ先は長い。それに帝国軍と戦闘になる可能性もある。いざという時に備えてお前達の体力はなるべく温存しておくんだ」
「分かりました」
トマスの判断には筋が通っている。まだ幼いのに利発な少年のようだ。
実際にトマスは数え年で11歳。日本だとまだ小学校に通っている年齢に過ぎない。
しかし聡明で、屋敷でも誰にでも分け隔てなく接する事から使用人の評判も良く、騎士団員からの忠誠心も高かった。
こうして一行は再び進み始めたのだが、結局アネタはすぐに先程の騎士団員に背負われる事になった。
靴擦れが酷くなったためだ。
心配されていた戦闘も無く、一行は順調に山の中を進み、途中で二泊ほどして国境となる山頂を越えた。
「ここからはミロスラフ王国・・・」
誰がこぼした呟きかは分からない。しかしその言葉は全員の気持ちを代弁していた。
彼らは今までの苦労を噛みしめ、一様に感慨深い表情を浮かべた。
トマスは全員に振り返って言った。
「気を引き締め直せ、ここはもう我が国ではないのだ。それにまだ最大の難所が残っている。山を下りれば悪名高いペツカの大湿地帯だ。夏には毒虫と瘴気がはびこり、長年に渡って王国の開発を拒むこの世の人外魔境と聞いている。気を緩めている余裕などないと思え」
トマスは利発なだけでなく学識も豊からしい。
トマスの警告に一度緩んだ表情を再び引き締める騎士団員達。
こうして彼らは途中で一泊しつつ山を下りたのだった。
山の中にぽっかり空いた空き地から山裾に広がる光景を見下ろす集団があった。
トマス達一行である。
何を見たのか、彼らは目の前の現実が信じられずに呆然としていた。
フードを取って幼い顔をのぞかせたアネタが、かたわらの少年を見た。
アネタと同じオレンジ色の髪の少年だ。
アネタの兄、トマスである。
「トマス兄様?」
アネタはトマス達がなぜ言葉を失って立ち尽くしているのか分からないようだ。
不思議そうに周囲の大人達を見回している。
やがてトマスは絞り出すように言葉を漏らした。
「・・・どこだここは? 大湿原はどこに行った? 俺達は一体どこにたどり着いたんだ?」
そう。彼らの目の前に広がっているのは噂に聞く見渡す限りの大湿地帯――ではなかった。
先が見えない程の真っ黒な焼け野原だったのだ。
言うまでもなく”ハヤテ作戦”の犠牲?になったあの土地である。
遠くには土を盛った土手が作られ、先の見えない遥か彼方まで続いている。
そんな焼け跡の中にポツンポツンと作業中の人間の姿があった。
俺達は船乗り達が恐れる”この世の果て”に、間違ってたどり着いてしまったんじゃないだろうか?
トマスは自分達がタチの悪い冗談に足を踏み入れてしまったのではないか、との疑いを持ちそうになった。
作業員達が山の上から自分達を見下ろしたまま固まっている集団を発見するのはそれからしばらく後の事である。
トマス達はたまたま巡回していた王都騎士団員に武装解除をされた上で、コノ村まで案内される事になった。
そこで彼らはさらなる驚きを迎える事になるのだ。
次回「隣国ゾルタからの来訪者」