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その2 民の希望

『そんなまさか! カミル将軍が王城に幽閉されたなんて!』


 チェルヌィフ商人のシーロがもたらした王都の情報は正に衝撃的な内容だった。

 王都騎士団の団長でもあり、元王族のカミル将軍が現在王城に幽閉されているというのだ。


 あまりの事態に思わず悲鳴に似た叫び声を上げるティトゥ。

 しかしそれも仕方が無いだろう。カミル将軍はこの国の元第二王子だ。

 あまり良い評判を聞かない兄の現国王と違って優秀な人物として知られている。


 というかカミル将軍以外の王族って大体ロクなヤツらじゃないよね。

 今もティトゥ達が苦労してるペツカ地方の開発を最初に始めたのは、カミル将軍の父親である前国王だという話だし、元々ペツカの領主だったのはあの(・・)元第四王子のパンチラだし。そんなお荷物領地をティトゥに押し付けたのは現国王の元第一王子だし。


 そう考えるとカミル将軍ってこの国に残された最後の良心って感じじゃない? 僕ら的には。


 僕もカミル将軍に直接会って話をした事があるけど、何というか”出来る男”オーラが半端ない益荒男(ますらお)だったよ。

 僕の元引きこもりの劣等感がビシビシ刺激される感じというか。

 正に、ザ・将軍、って感じだったね。



 現在ミロスラフ王国はお隣の国が帝国軍に攻め込まれている真っ最中だ。

 今後の事を考えるなら、この国は早急に方針を決めなければならないはずだ。


 帝国に味方して隣国を攻めるか、隣国に味方して帝国と敵対するか。


 今回の場合中立を選ぶのは多分悪手だ。

 王国に十分な戦力があればそれも可能だけど、今にも負けそうな隣国と同程度の戦力しか持っていないのではお話にならない。

 味方にならないならお前は敵だ、とばかりに攻め込む口実を与えかねない。


 そして、敵になるにしろ味方になるにしろ、どちらを選んでも軍事行動が必須となる。

 もう相手は軍事行動を起こしているからだ。

 ペンは剣よりも強し? それは互いに剣を持つまでの理屈だ。

 実際に剣を持って二国が隣の国で殺し合いをしているのに、理屈で対抗してどうするんだ。


 そして軍を動かすなら一刻も早く行動しなくてはチャンスを逃してしまう。

 シーロの話を信じるなら、帝国軍はもう隣国の首都にまで迫っているからだ。



 仮に国に引きこもって守りを固める事にした場合でも、当然国境にある砦の戦力増強は必須だ。

 なにせ帝国は圧倒的な大軍な上、天才錬金術師の残した新装備も持っているのだ。

 具体的な性能は分かっていないものの、こちらにとって不利な条件がひとつ増えたのは間違いないだろう。


 そんな切羽詰まった状況で、軍の最高指揮官である将軍を幽閉するなんて事があり得るんだろうか?


『そういえばアダム隊長が、最近王都からの連絡が妙だと言ってましたね。何を聞いても奥歯に物が挟まっているような返事しか帰って来ないとか・・・』


 オットーがイヤな事を言い出した。

 てかその話は僕も聞いた事があるな。アダム隊長が夜の見回りの際に僕相手にそんな事を愚痴っていたっけ。

 王都の騎士団の本部の方でカミル将軍の不在を外部に漏らさないようにしている、と考えるなら一応は筋が通るよね。



 シーロの話は続いた。


『まあ、幽閉というのはあくまでも噂に過ぎないんですがね。とはいえ将軍が最近人前に姿を見せていないのは確かです。それに王城の方で何かゴタゴタがあるのは間違いない。

 最初は帝国軍が小ゾルタに攻め込んだ件でバタバタしているのかと思ってましたが、それにしてはちと様子がおかしい』

『・・・おかしいと言いますと?』


 ここでもったいぶってタメを作ったシーロだったが、メイドのモニカさんが続きを促した。

 普段はメイドとしてティトゥ達の話に横から口を挟むような事はしない彼女だが、シーロの話に関しては割と平気に口を突っ込んで来る気がする。

 どうやらシーロはモニカさんに何かを感じて警戒しているらしく、彼女はそれを敏感に察して自分が加わる事で会話をコントロールしている節があるのだ。

 実際今もシーロはモニカさんに問いかけられた途端に、落ち着きなくそわそわとし始めた。

 アンタどれだけ彼女に苦手意識を持っているんだよ。


『明らかに緘口令が敷かれてますね。人の動きが無さすぎだ。まるで貝のように口を閉ざしている』

『防諜の線は? 軍事行動を隠すために他国の諜者の目を気にしているのかもしれない』


 元ポルペツカ商工ギルドの役員のスターレクの言葉にオットーはかぶりを振った。


『それは無いですね。そもそも王都騎士団の動きが無さすぎるんですよ。人が動く前には必ず物資が動く。いくら軍に緘口令を敷こうが、物流に携わる商人の耳と目は決して誤魔化せやしません。しかしまあ偉い人達には往々にしてそれが分からんのですよ』

『・・・耳が痛いな』


 シーロの言葉にオットーが眉間に皺を寄せた。

 代官として自分にも何か思い当たる節があるのかもしれない。


『最初は上の方が方針を決めかねているのかとも思ったんですがね。何をするにしたって国境の砦に物資を集める必要がある事には変わりはない。兵隊ならともかく、物資は自分の足で移動したりはしませんからね。

 お偉いさんの中にまともに頭が働くヤツが一人でもいるなら、この時点ですでに動き出していなきゃ絶対におかしいんですよ。だが今の騎士団にはそれが無い』

『なるほど。つまり現在は軍が――王都騎士団がまともに機能していないと言いたいんですね。そしてその原因が騎士団長の不在にあると』


 モニカさんの言葉尻をティトゥが捉えた。


『騎士団長の不在というのなら、ひょっとして病気かもしれませんわ』


 確かに可能性としてはあるだろう。しかしシーロはティトゥの言葉に眉をひそめた。


『ご当主様のおっしゃる事は分かりますが、それはありませんぜ。王都騎士団の指揮権は国王にあると聞いてます。仮に将軍が病気で動けないとしても、国王か、国王を補佐する宰相辺りが騎士団を動かすはずです』


 シーロの言葉にティトゥは言葉を詰まらせた。


 優秀な弟を恐れる現国王やユリウス宰相が、カミル将軍に独立した軍事指揮権を与えている訳が無いのだ。

 この国の貴族であれば誰でも知っている事実だ。


 オットーがシーロの言葉に異を唱えた。


『しかし・・・ 王家がこの時期にカミル将軍を捕らえる理由が無い』

『この時期だから、なんじゃないかともっぱらの噂でしたがね』

『内通者ですね』


 モニカさんの言葉にティトゥ達がハッと目を見開いた。


 実際の戦闘が始まる前に、相手国に対して揺さぶりや寝返りを仕掛けるのは戦の常套手段だ。

 ミュッリュニエミ帝国が隣国ゾルタを攻めるに際し、ミロスラフ王国からの軍事介入を防ぐための手を事前に打っていてもなんら不思議は無いだろう。というか、打っていると考えた方が自然だ。

 その場合、最も効果的な手段は王国の軍事の中心、カミル将軍の排除なのは間違いない。


 これを汚いと言うなかれ。

 日本も戦国時代、朝倉家の重鎮、朝倉宗滴(そうてき)が残した有名な戦陣訓に「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つ事が本にて候」というものがある。

 この言葉を現代の言い方にすると「大将は犬と言われようと、畜生と言われようと、 勝つことこそが最も大事である」という内容になるらしい。

 戦争は綺麗事じゃないのだ。だからこそ戦争はいけない事だし、決して賛美される事があってはいけないと僕は思う。


『あくまでも噂に過ぎませんがね。それよりも俺は町の雰囲気の方が気になりましたが』

『王都の人達がどうかしたんですの?』


 おっとシーロの話がまだ続いていた。

 ティトゥがシーロに尋ねた。


『詳しい内容はともかく、庶民の間でも隣の国で戦が起こっているという噂は飛び交っている様子でした。

 まあそれはいいとしましょう。なにせ実際に帝国軍が小ゾルタに攻め込んでるんですから。目端の利く商人からその情報が流れていたってなんら不思議はない。

 ただその噂に対する町の反応がちょっと普通じゃなかったんですよね』


 シーロはここで少し言葉を探した。


『俺は今の王都を見ていてある事を思い出しました。

 俺は以前、悪徳代官の治める町でひと仕事した事があるんですがね。町の空気が悪いって言えばいいんですかね。鬱屈した不満を溜めこんだ何ともシケたツラをしている住人ばかりだったんですよ。

 で、案の定その町は俺が出た後、ひと月もしないうちに町の人間が蜂起して代官の一家を吊しちまったんですよ。』


 シーロはおどけて自分の首を絞める真似をした。

 いや、ちっとも笑えないんだけど。

 ティトゥ達もそう思ったのか微妙な表情をしている。


『・・・まあ、とんでもない事件だったってんで、うちの国では結構有名な話なんですがね。最終的には住人達の中でも主だったヤツらは駆け付けた領主の騎士団に首をはねられちまいました。直前まで町にいた俺には分かるんですが、ヤツらもこうなる事が分かっていても止められなかったんでしょうな。

 まあ今はそれはいいや。

 結局俺が何が言いたいかというとですな、その時の町の雰囲気と王都の雰囲気がどこか似ていたという事なんですよ。為政者に対する抑さえきれない不満。憤懣やるかたない感情。彼らの不満の矛先は敵である帝国軍よりも、本来自分達を守ってくれるはずの王家に向いているように俺には感じられたんですよ・・・』

『そんな・・・』


 王都の厳しい状況に僕達は言葉を失くしてしまった。

 シーロはそんな僕達を見渡して言った


『ただ俺が知ってる町と違う点が一点だけあります。彼らにはまだ希望が残っている』

『! それはカミル将軍の存在ですわ!』


 シーロはティトゥの言葉にすぐには答えずに僕の方を見上げた。


『いいえ。将軍閣下も彼らにとっては支配者側。言ってみれば生まれつき持ってる側の人間だ。

 ご当主様、あなたですよ。そしてドラゴンのハヤテ様だ。竜 騎 士(ドラゴンライダー)のお二人がどれだけ王都の民達にとって眩しい存在に見えているか・・・ 実際に彼らを見ていないあなた方には分かってもらえないでしょうね』


 ティトゥだって貴族の令嬢だ。どっちかと言えば生まれつき持ってる側の人間になるんじゃないかな?


 とはいえシーロの言いたい事も分かる気がする。

 この世界は未だ男尊女卑の傾向が強い。それにティトゥは貴族の中でも立場が低い下士位の娘だ。

 そんな彼女が上士位に次ぐ立場の小上士位にまで上り詰め、ミロスラフ王国初の女領主にまでなったんだ。

 こんなシンデレラストーリーに庶民が憧れを抱くのも当然だろう。

次回「謎の一団」

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