閑話5-4 ティトゥの『大帝都燃ゆ』前編
新年明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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その日私はハヤテのブラッシングをしてあげていました。
領主になってから日々忙しい生活を送っている私ですが、竜 騎 士の絆を深めるためこうして契約者とのスキンシップは欠かせません。
・・・とはいえ最近、私はハヤテの態度に少し不満を覚えているのも事実です。
こんなに忙しい中、私がブラッシングする時間を作ってあげているというのに、ハヤテは今まで通り何もせずにゴロゴロしているだけだからです。
流石にハヤテに書類仕事を手伝えとは言いませんが、せめてもっと私に気を使ってくれても罰は当たらないんじゃないでしょうか?
そういえば以前ハヤテは、契約者でもないベンジャミンを乗せて空を飛びました。
確かに私が頼んだ事ではあるものの、もう少しイヤそうにするとか、最初は拒んで来るとか、そういう情緒は無いのでしょうか?
二つ返事で飛ばれると、私の契約者としての矜持が酷くキズ付くのですけど。
「ティトゥ?」
そんな事を考えながら手を動かしていたせいでしょうか。
いつもより乱暴な手つきにハヤテが不思議そうな声を出しました。
「・・・何でもありませんわ」
私も忙しい日々に精神的に疲れているのかもしれません。今日はどうも感情的になっている気がします。
こんな風に心の乱れた私がブラッシングしても、ハヤテとの絆は深まらないでしょう。
「少し休憩しますわ」
私はハヤテの下で見守っているメイド二人――カーチャとモニカさんに告げると、ハヤテの背中の窪みに入り、いつものように鞍?に腰掛けました。
軽く目を閉じると、自分で思っていたよりも疲れていたのでしょう。私は吸い込まれるように眠りについてしまいました。
そこで私は、あの不思議な体験をしたのです。
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「白山! 白山! 貴様しっかりせんか!」
私は必死の形相の男に頬を張られて目を覚ましました。
頬を張られた――と言っても痛くはありません。どうやらこれは夢のようです。
自分で夢を見ていると自覚するのも珍しい話ですけどね。
さっきから怒鳴っているのは、日に焼けたチョビ髭を生やした男です。
状況の分からない私は、どう返事をすれば良いかも分からずにポカンとしていました。
「軍医を呼べ! 白山! 貴様立てるか?! いやいい、動くな! 誰か手を貸せ! 操縦席から引きずり出すんだ!」
手を借りなくても自分で立てますわ。
そう言おうとして私は、自分の体が微塵も動かないばかりか、声すら出せない事に気が付きました。
まるで自分の体ではないみたいです。
チョビ髭男の命令を受けて、同じ服を着た男達が私をハヤテの鞍から引っ張り出しました。
いえ、よく見ればこれはハヤテではありません。ハヤテより一回り小さな別のドラゴンでした。
ハヤテより胴体が短く、翼の上にもう一つ翼を持った不思議な姿をしていました。
あちこち酷く穴だらけで、痛々しい姿です。死んでいるんでしょうか? 一言も喋らないし、唸り声も上げていません。
そして今気が付きましたが、私は上下一繋がりの見た事もない茶色の変な服を着ていました。
結局、私はなすがままに男達に運び出されました。
チョビ髭は空を見上げると憎々し気に吐き捨てました。
「米軍め! いつか日本の空から叩き出してやる!」
私には男の言った言葉の意味も、彼の怒りの理由も分かりませんでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇映画『大帝都燃ゆ』より◇◇◇◇◇◇◇◇
太平洋戦争も終戦が近付く昭和19年。
この日、映画の主人公・白山昇吾は陸軍飛行学校の卒業を間近に控え、訓練機(乙式一型偵察機)の単独飛行中だった。
青空を華麗に舞う訓練機。白山は地上で見守る教官をも唸らせる飛行技術を見せた。
しかし、彼の機体は突然現れた米軍機(P-51 マスタング)に攻撃を受けてしまう。
武装も無い練習機ではなすすべもない。
必死に逃げるも米軍機の攻撃を受けて穴だらけにされる白山機。
しかし白山は運にも助けられて辛うじて逃げ切る事に成功した。
操縦席の中で半死半生の彼は助けられた。
白山は練習機で米軍機から逃げ切ったすご腕として、この後周囲から大きな期待を寄せられるようになる。
そして彼は入院中、主治医の娘――ヒロインの小夜子と出会うのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は粗末なベッドに寝かされています。
ここは怪我人の集められる施設なんでしょうか?
窓から見える景色はどこか不思議な光景でした。
私はもっと良く見ようと体を起こそうとして――
「ダメですよ! あなたは怪我人なんですから!」
「あなた! カーチャ、ここで何をしているんですの?!」
カーチャに止められてしまいました。
そんな事よりどうしてカーチャがここにいるのでしょうか?
カーチャはいつものメイド服ではなく、どこか不思議なデザインの清楚な服を着ていました。
「あなたお父様の患者さんなんでしょう? 私は娘の小夜子です。ちゃんとお父様の言葉を聞かないと良くなれませんよ」
「いや、あなたどう見てもカーチャじゃないの。・・・夢の中のあなたに何を言っても仕方が無いですわね」
私は諦めると彼女の好きにさせました。
カーチャはいつにない妙に落ち着いた雰囲気で何ともやりづらかったのです。
この後カーチャは何くれとなく私の世話を焼くのでした。
◇◇◇◇◇◇◇◇映画『大帝都燃ゆ』より◇◇◇◇◇◇◇◇
入院中の主人公・白山昇吾がヒロイン・小夜子と心通わせる中、戦局は劣勢を増していった。
昭和19年末、ついに米軍は日本本土に戦略爆撃を開始した。
そんな中、ようやく白山昇吾も傷がいえて退院することになった。
白山は病院に見舞いに来た教官から、卒業後の配属先が告げられた。
それは米軍の空襲から本土を守るために新たに結成された新設部隊だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「入れ!」
聞いた事のある声に許可されて私は部屋の中に入りました。
「私がこの航空隊の司令だ。伍長。君の活躍は聞いているよ」
「お父様?!」
そこにいたのは私のお父様、シモン・マチェイでした。
お父様は見慣れない詰襟の服を着ています。
お父様の横には私と同じ上下一繋がりの服を来たオットーが立っていました。
「白山伍長。現在日本は国家存亡の瀬戸際に立たされている。我々は君のような優れた技量と不屈の根性を持つ若者を求めている。今後は彼の指揮の下、祖国を守るために鋭意任務に励んで欲しい」
真剣な表情の二人に見詰められて、私は背筋の伸びる思いがしました。
「分かりましたわ!」
私の返事にオットーが大きく頷きました。
「よし! では俺に付いて来い! お前の機体に案内する!」
隊長のオットーに連れられて私が向かった先はだだっ広い空き地でした。
遠くにポツンと見張り櫓が建てられている程度です。
そこには私達と同じ格好をした男の人達が走り回っていました。
よく見ると彼らの顔には見覚えがある気がします。そう、彼らは王都からナカジマ領にやって来た騎士団員達だったのです。
何で騎士団の人達がここに? と、思う間もなく、私の視線は目の前の光景にくぎ付けになってしまいました。
そこには私の見慣れた緑色の巨体が翼を休めていたのです。
「ハヤテ! ハヤテがたくさんいますわ!」
そう、そこにいたのは私の契約ドラゴンのハヤテ。しかもその場にはハヤテと同じ姿をしたドラゴンが何十体も翼を連ねていたのです。
そのあまりの衝撃的な光景に私は立ち止まったまま息をするのも忘れてしまいました。
そんな私に振り返ってオットーは頷きました。
「そうだ。キ―84 四式戦闘機「疾風」。”大東亜決戦機”と呼称されるわが軍の最新鋭機だ。この”陸の猛鷲”がこれからお前の愛機になるんだ」
私の目はハヤテ達にくぎ付けになったまま、半ば痺れた頭でオットーの言葉をぼんやりと受け止めていました。