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閑話5-3 孫の里帰り

今年最後の更新です。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 老婆はその日家で留守番をしていた。

 随分と小柄な老婆だ。足が悪いのか動きに不自由している。


「なんだか随分と外が騒がしいね」


 老婆が杖をついて立ち上がるのと、男が家に駆けこんで来るのは同時だった。


「婆さん! あんたの所の孫娘が帰って来たぞ!」

「ベアータが? 新年のお休みにしちゃあ早過ぎだ。あの子まさか仕事が辛くなって逃げ出して来たんじゃないだろうね?」


 老婆の視線が厳しくなった。額には青筋が浮かんでいる。

 老婆の言葉に男は「とんでもない!」と言うと老婆の体を支えた。


「いいから早く町の外まで来てくれ! あんたの孫は、ありゃあとんでもないぞ!」

「・・・一体何を言ってんだいアンタは?」


 老婆はブツブツ文句を言いながらも男に支えられたまま家の外に向かった。




「お婆ちゃん! ただいま!」


 老婆の孫娘、ベアータは彼女に負けず劣らずの小柄な少女だった。

 ベアータは元気よく祖母に駆け寄ると――


「いやいや、そんな事より先ずは事情を説明しとくれ!」


 祖母の叫び声に足を止めると背後を振り返った。

 町の外れに止まっているのは大きな緑色の体。


 日本陸軍の四式戦闘機『疾風』である。

 この世界では何故かドラゴンという事になっている。


 そしてその前に立つのは二人のメイド。

 年上のメイドは人当りの良い笑顔を浮かべている、性格の温厚そうなメイドだ。

 そしてもう一人は気位の高そうな、レッドピンクのゆるふわ髪のメイドだ。


 言うまでも無くメイドのモニカとナカジマ家当主のティトゥである。


 ところで何故ティトゥがメイド服を着ているのだろうか?

 どうやらモニカのメイド服を借りたらしく、胸の辺りがパッツンパッツンですごい事になっている。

 いつかボタンがはじけ飛ばないか心配である。


「あ~、何から説明しようか?」


 ベアータはすっかり困り果てて頭を掻くのだった。




 きっかけはティトゥが家族の話題をした時の事だ。ベアータは問われるままに自分の祖母の話をした。

 ティトゥも詳しい話を聞くのは初めてだったらしく、ベアータの祖母の話に聞き入った。


「テオドルの師匠ですか。是非料理を頂いてみたいですわ」

「あ、いや、お婆ちゃんが師匠だったのはずっと昔の話で、今だとテオドル料理長の方がずっと腕前は上がっていますよ?」


 丁度急ぎの仕事が無い事もあり、ティトゥは早速ベアータと彼女の祖母に会いに行く事に決めた。


「いや、アタシは里帰りが出来て嬉しいですけど、こんなお手軽な感覚で決めるのってどうなんですか? あの町まで結構距離がありますよ?」

「ハヤテで行けばすぐですわ」


 とはいうもののベアータの祖母の住む町は他領になる。

 最近、ティトゥは気軽にランピーニ聖国のレブロン伯爵領に出かけて、伯爵家に招かれて一晩接待を受けた事がある。

 領主が他領に赴けば、普通はその地の領主に接待を受けるものなのだ。そんな貴族社会の常識を知らなかったティトゥの落ち度といえよう。

 あの経験はティトゥにとって未だ癒えない心の傷となっていた。

 そこで今回、ティトゥは一計を案じた。


「私は領主ではなくメイドという事にしますわ」

「ええっ! 何を言い出すんですかご領主様!」

「今からコノ村に戻って来るまで私は領主ではないのですわ。メイドのティトゥですわ」


 ええ~、と嫌そうな顔をするベアータ。

 しかし、彼女の主がやれと言うのだから付き合う他はない。

 彼女は渋々この小芝居を受け入れるのだった。



 こうしてティトゥは今、メイドの恰好をしているのだが、そもそもハヤテで他家の領地に乗り入れた時点で台無しである事に彼女は気が付いていない。

 現在、部下から連絡を受けた町の衛兵隊長が大慌てで当主の屋敷に向けて馬を飛ばしている所だ。

 もちろんここの当主はティトゥの事を知っている。

 ほんの二ヶ月ほど前にティトゥが爵位を授かった時、その式典に参加していたからである。

 それほどミロスラフ王国建国以来初の女貴族は貴族間で注目の的だったのだ。

 当主自身も式典の後でティトゥと二言三言会話を交わしている。もちろんティトゥの方は覚えていない。彼女にとっては数多い参加者の一人に過ぎなかったからである。

 ちなみにここの当主は下士位の貴族である。小上士位で領主のティトゥはさぞ下にも置かないもてなしを受ける事だろう。


 何はともあれ、こうしてティトゥの身バレは、カウントダウン待ったなしとなった。

 本人は全くその事に気が付いていないが。




「なるほどねえ。そんな事があったのかい」

「そうなんだよお婆ちゃん。ハヤテ様は凄いんだよ。なんたって広大な湿地帯を三日三晩かけて焼き尽くしたんだからね」

「あの光景は正にこの世の地獄そのものでした」

「ほおお。そりゃあ一度見てみたかったねえ」


 ベアータの祖母はハヤテを見上げながら感心した。

 いつの間にかこの場には、ハヤテの周りに野次馬達が座り込んで少女の話に聞き入る、という変な光景が広がっていた。

 ベアータが面白おかしく話すナカジマ領の話に、時々モニカが横から口を挟んで補足している。

 小さな町の住人達にとって、彼女の語る話は驚きと刺激に満ちていた。


「まさかあんたがそんな大層な事に関わっていたなんてね。ただの料理人のはずがどこでこうなったのやら」

「ハヤテ様と一緒にいたせいかな。今日もそうだけど、もう何度も乗せてもらって空を飛んでるからね」


 誇らしげに胸を張るベアータを羨ましそうに見る老婆。

 ベアータはティトゥの視線を受けて、そろそろ例の話をする事にした。

 ちなみにティトゥはここまで一言も喋っていない。迂闊に口を開くとボロが出るに決まっているからだ。


「え~と、それでだね、お婆ちゃん。今日は後ろの二人のメイドさんにお婆ちゃんの料理を振る舞って欲しいんだ。これは領主様たってのお願いなんで、お婆ちゃんが受けてくれないとアタシは困っちゃうんだけど・・・」

「ほう。アタシに頼み事ねえ」


 ベアータの言葉に老婆はギラリと目を光らせた。


「だったら当然アタシからの頼みも聞いてくれるよねぇ?」

「あ、うん。いいけど何?」


 祖母の表情に良からぬ予感を覚えたのか、警戒しながら頷くベアータ。


「アタシも一度ドラゴンに乗せてくれないかい?」




「軽くだよ、少しの時間軽く町の周りを飛ぶだけだからね。それで満足してよね」

「分かってるって。いやあこの歳でこんな経験が出来るなんてねえ。お願いするよハヤテ様」

「ヨロシクッテヨ」


 ベアータはハヤテの操縦席に乗り込んだ祖母に、安全ベルトをかけながら何度も念を押していた。

 落ち着きなくチラチラと下を振り返っては、仏頂面でこちらを見上げるティトゥを見てハラハラしている。


 結局ベアータは――ティトゥは老婆の要求を受け入れた。


 最初はティトゥが一緒に乗ろうとしたが、「まだ介護のいる歳じゃないよ!」とがんとして跳ねのけられたのだ。

 こんな事ならメイドのフリなんてしなきゃ良かった、と後悔したところで後の祭りである。

 結局老婆は一人でハヤテに乗って飛ぶ事になったのだった。


 好奇心旺盛な野次馬達が見守る中、ハヤテは軽快に走り出すとフワリと宙に浮かんだ。


「おお~っ!」


 野次馬達からどよめきが上がった。

 そんな中、ベアータはおずおずとティトゥに近付いた。


「あの・・・ご領、ティトゥ様、アタシのお婆ちゃんがごめんなさい」

「・・・仕方がありませんわ」


 ティトゥはしかめっ面を崩さない。だがこれが身から出た錆だという事は彼女にも分かっていた。

 ティトゥは空を見上げた。

 ハヤテは優雅に町の周りを回っている。そんなハヤテを見て嬉しそうにしている町の人達。


 お年寄りの望みだし、みんなも喜んでくれているのよね。


 ティトゥは小さくため息をついて諦めたのだった。



 何周かするとハヤテは天を目指して上昇していった。

 そして天高く上ったハヤテは、フラリと体を揺らすと頭を下に向けた。


「あれ? 何だろう、ハヤテ様のこの動き、何だか見覚えがあるような・・・」

「ハヤテ・・・あなたまさか」


 二人が嫌な予感に囚われたその時、ハヤテは墜落するのかと思うほど地面に向かって加速した。

 ハヤテは速度を保ったまま大きく上昇、大空にキレイなループを描いた。

 次いでハヤテは連続してループ飛行。地上の観客達からは驚きの声と喝采が上がった。


「えええっ! やっぱり! 何やってんですかハヤテ様!」

「ハヤテ! ちょっと! 何をしているの?!」


 地上で慌てているのはベアータとティトゥくらいだ。

 観客はハヤテの空中機動(エア・マニューバ)にすっかり魅了され、拍手喝采を送るのだった。




「お婆ちゃん大丈夫?!」

「ハヤテ! あなた何をやっているんですの!」

『いや、違うんだよティトゥ。お婆ちゃんが僕にやれって言ったんだよ。こんな風にグルグル回っているだけじゃ欠伸が出るって、どうせならもっと派手に飛んで欲しいって』


 地上に降りたハヤテに慌てて駆け寄るベアータ。そしてティトゥに詰め寄られて言い訳を始めるハヤテ。

 モニカによってハヤテの操縦席から降ろされた老婆はグッタリとしてはいたものの、体に別状はない様子だ。

 どうやらハヤテの曲芸飛行は老婆がねだったものらしい。

 そしてハヤテはあれでもかなり遠慮して飛んでいたようだ。

 それでも老婆には刺激的過ぎたようで、彼女の顔はあふれ出た体液でベトベトになっていたのだが。


 ティトゥは老婆の無事な姿?にホッとしたものの、すぐに複雑な表情になった。


「あの様子では今から料理を作ってもらうという訳にはいかないでしょうね」


 その事実にガッカリするティトゥだったが、すぐにそれどころではない事に気が付いた。

 遠くからこの土地の当主の物と思われる馬車が近付いて来るのが見えたからである。


「あれってまさか・・・」


 ハッとした表情で、野次馬に囲まれるハヤテを振り返るティトゥ。

 事ここに至ってティトゥもようやく自分の見通しの甘さに気が付いたのである。


「私はメイドという事で誤魔化せないかしら?」

「先日王都で領主様の叙位の式典が開かれたそうですね。ここのご当主様も当然参加されていたのでは?」


 モニカから聞きたくない事実を告げられて愕然とするティトゥ。


「こ・・・この恰好では相手のお屋敷に出向けませんわ」

「こうなると思って事前に準備はしておきました」


 出来るメイド・モニカの言葉にガックリと肩を落とすティトゥだった。


「・・・分かりました。ベアータ! 近くの家を貸りて頂戴! すぐに服を着替えますわ!」



 こうしてモニカのチョイスした領主に相応しいドレスに着替えたティトゥは、当主の馬車に乗せられて屋敷にドナドナされて行った。

 彼女の目からは光が失われていた。

 ティトゥは結局、ベアータの祖母の料理を食べる事は出来なかったが、今夜は当主の屋敷でさぞや贅を凝らした料理を振る舞われる事になるだろう。

 彼女はきっと、「どうせ堅苦し過ぎて味なんて分かりっこありませんわ」とこぼすと思うが。


 ハヤテの周囲は町の衛兵が番をして、野次馬を近寄らせない事になった。


 モニカはティトゥの世話で屋敷に付いて行った。


 一人町に残されたベアータは、料理長のテオドルから教わったドラゴンメニューを、無事に復活した祖母も含めた家族全員に振る舞って家族孝行をしたのだった。

正月三が日に第五章での最後の閑話を更新したいと思います。

今年も残すところ後わずかになりました。皆様どうぞよいお年をお迎えください。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは街の郷土史に伝説として残りそうですね。
[一言] 今年1年楽しませて頂き、ありがとうございました! お疲れ様でした。良いお年を!
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