閑話5-1 吊るし首の姫
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クリオーネ島ランピーニ聖国。その王城の迎賓館で今日はパーティーが行われていた。
貿易国家の側面を持つランピーニ聖国では、一年を通して大なり小なり常にこういった催しが行われている。
中でも今日のパーティーは会場が王城の迎賓館という事もあり、王族関係者も何名か参加していた。
「これはマリエッタ王女殿下。本日はお越しいただき誠にありがとうございます」
主賓の伯爵家当主に優雅にほほ笑むのは、まだ10歳程の銀髪の少女。
第八王女のマリエッタである。
彼女はまるで人形のようなその可憐な容姿から、”聖国の銀細工”と呼ばれ誉めそやされていた。
もっとも最近では別の呼ばれ方をする事が多くなっているのだが・・・
そんな王女の姿を、まだ幼い貴族の姉妹達が目にとめた。
「あの方がマリエッタ王女殿下」
「吊るし首の姫の?」
少女達のひそひそ話は意外とよく通り、マリエッタ王女の耳にまで達した。
伯爵家当主は顔を真っ青にして額に冷や汗を浮かべた。
どうやら彼女達は伯爵の孫娘か何からしい。
「こ・・・これは失礼を、いや・・・何と言えば、その、こ、コラお前達! あちらに行っていなさい! あ、お待ちを王女殿下!」
伯爵が目を白黒させながら取り繕っている間に、マリエッタ王女は優雅な歩みでその場を去ったのだった。
「もう! どこに行ってもあの仇名ばっかり!」
パーティー会場の休憩室でマリエッタ王女は乱暴にイスに座り込んだ。
もし侍女のビビアナが見たらスカートに皺が寄ると眉をひそめた事だろう。
この夏、マリエッタ王女は海賊に攫われたパロマ王女を救うため、騎士団を指揮して海賊討伐を行った。
王女の指揮の下、騎士団はかつてないほどの大戦果を収め、攫われていた王女は無事に戻り、多くの海賊達が捕らえられ、後に縛り首にされたのであった。
例年になく海賊の被害にあえいでいた聖国国民は、この小さな英雄を褒め称えた。
こうしてマリエッタ王女は、”海賊狩りの王女”とも”吊るし首の姫”とも呼ばれるようになり、国民からは歓喜の喝采が、海賊達からは恐怖の悲鳴が、彼女の身に惜しみなく降り注がれたのであった。
「これも全部ハヤテさんのせいです!」
プクリと頬を膨らませるマリエッタ王女。
彼女は姉であるパロマ王女を助けるために騎士団を率いた事を決して後悔はしていない。後悔はしていないが、相談も無く勝手に話を進めたハヤテに対して恨み節を零すくらいは許されるのではないかとは思っていた。
実際はハヤテのアイデアをもとに草案を作ったのは、当時ハヤテ付きのメイドだったモニカなのだが、マリエッタ王女は彼女を苦手としていたので強く当たれなかったのだ。
要は彼女は子供らしくハヤテの寛容さに甘えているのである。
その時部屋をノックする音がした。
(外の護衛はなぜ止めなかったのかしら?)
少し不思議に思いながらマリエッタ王女は居住まいを正した。
「どうぞ」
「入るわよ、マリエッタ」
入って来たのは落ち着いたドレスに金髪を長いストレートヘアーにした地味な少女。
「パロマ姉さま」
それはこの夏に海賊に攫われたパロマ第六王女だった。
「伯爵があなたを捜していたわよ?」
「もう挨拶は済ませたからいいんです」
パロマ王女はマリエッタ王女に促されて彼女の隣に座った。
「いつもお利巧で聞き分けのよいマリエッタがそんな事を言ったと知ったら、カサンドラ姉上は何と言うでしょうね?」
そう言うとクスクスと笑うパロマ王女。
もしこの場にハヤテがいたら「本当にこの子があの意地悪令嬢?!」と驚いた事だろう。
パロマ王女はトレードマークだった縦ロールも落とし、派手なドレスも止め、口調も普通に戻していた。
かつての悪目立ちする王女はここには無く、地味な大人しい令嬢へと生まれ変わっていたのだ。
パロマ王女からは以前のとげとげしい気配は感じられない。
今の王女は極自然な感じで妹であるマリエッタ王女に接しているように見えた。
マリエッタ王女もそんな姉を相手に、普段外では絶対に見せない年相応な自分をさらけ出していた。
あの夏、三人の姉妹は何度も三人だけで話し合い、今では本当の仲の良い姉妹になっていたのである。
ちなみにその結果、マリエッタ王女は今では二人の姉の事を「パロマ姉さま」「ラミラ姉さま」と呼ぶようになっていた。
そしてたまたまその場に居合わせた、妹大好き某宰相婦人がそれを聞いて愕然とするのだが、ここでは関係のない話なので触れずにおく。
「ラミラも後でこっちに来ると思うわ」
「そういえば楽師の演奏の時間でしたね」
ラミラ王女は最近では音楽に夢中になっていた。元々音楽が好きだったのだが、王女としてのプライドが変な形で邪魔をして、今までは素直になれなかったのだ。
ちなみにラミラ王女も縦ロールは止めて、今は金髪をアップにまとめている。
そして口調も普通に戻していた。
ハヤテが聞けば「ティトゥと喋り方が被っていたからね」などと言った事だろう。
「私、以前はこういうパーティーが苦手だったの」
パロマ王女がポツリと言った。
「周りはみんなマリエッタと比べて馬鹿にしているのが分かったし、それにみんなマリエッタの方ばかり見て、私とラミラの事なんていない者のように扱っていたもの」
「パロマ姉さま・・・」
マリエッタ王女は今までの姉の苦しみを思って胸を痛めた。
パロマ王女はそんな妹の姿を見て少し意地悪そうな笑みを浮かべた。
「でも今はちっとも苦手じゃないわ。私は海賊に攫われた王女としてみんなの話題になっているし、マリエッタは吊るし首の姫なんて怖い仇名で呼ばれて子供が見れば泣き出すほどなんですもの」
「なっ! パロマ姉さま、いくらなんでもそれは酷いです!」
密かに気にしている事をズバリ言われて顔を真っ赤にして憤慨するマリエッタ王女。
してやったりと笑うパロマ王女だが、その笑みにはどこか陰りがあった。
多くの貴族からは同情されているパロマ王女だったが、中には王女を海賊に乱暴された傷モノとして揶揄する者もいたのである。
もちろんそのような不敬な噂には王家が睨みを利かせているものの、人の口に戸は立てられない。
パーティー会場で人が集まるとなると、どうしてもその手の口さがない者が出てきてしまうのである。
かと言って社交界に顔を見せないと、それはそれで悪い噂が立ちかねない。
パロマ王女は心無い中傷に対してジッと耐える事で、今も戦っているのである。
元は自分の軽率な行動が招いた災いとはいえ、逃げ出さずに向き合うその姿には彼女の精神的な成長が見て取れた。
「そういえばティトゥお姉様が最近レブロン伯爵領においでになられたそうよ」
「本当ですか?! 王城にも寄ってくれれば良かったのに!」
ティトゥが聞いたらイヤな顔をしそうな事を言うマリエッタ王女。
パロマ王女の頭の中には、王都の空を飛ぶハヤテを見て頭を抱える宰相夫婦の姿が浮かんだ。
「それは・・・ちょっと無理なんじゃないかしら?」
「・・・そうですね」
どうやらマリエッタ王女もパロマ王女と同じものを想像したようだ。
二人は困った顔を見合わせるとクスリと笑った。
「ハヤテさんは――」
マリエッタ王女が何か言いかけたその時、パーティー会場から大きなざわめき声が聞こえた。
同時に漂う何か異様な緊張感。
マリエッタ王女は直ぐにドアを開けると外に立つ衛兵を問いただした。
「何かありましたか」
「あ、いえ、どなたか来客が来られた様子でしたが・・・」
「マリエッタ王女殿下!」
衛兵の声は大きな女性の声でかき消された。
そこに立っていたのは動きやすいドレスに身を包んだ30歳程の女性。
「ラダ叔母様!」
「久しぶりですマリエッタ王女殿下。そしてパロマ王女殿下。夏は私が留守をしていたせいで海賊が勝手をしてご迷惑をおかけしました」
この豪快な女性こそマリエッタ王女殿下の叔母、ラダ・レブロン伯爵夫人だった。
彼女は自分の子供達を引き連れてマリエッタ王女達の前まで歩いて来た。
一番下の女の子が伯爵夫人のドレスの裾を引いて尋ねた。
「吊るし首の姫様?」
「うっ・・・」
幼い少女の素朴な質問がグサリと胸に刺さるマリエッタ王女。
「そうだ。マリエッタ王女殿下は何人もの海賊を縛り首にしたんだぞ。偉いだろう」
伯爵夫人の言葉に、目をキラキラさせながらマリエッタ王女を見つめる子供達。
マリエッタ王女は子供達の純粋な目に見つめられ、引きつった笑みを浮かべた。
そんな痛ましい光景に衛兵とパロマ王女は思わず目を背けた。
(ああ、何故だか分かりませんが、今突然ティトゥお姉様の気持ちが少し分かった気がしました)
情けない表情をするマリエッタ王女を見て伯爵夫人は大きな声で笑うのだった。




