エピローグ 軍靴の音
今回で第五章が終了します。
ナカジマ領の開発は順調そのものに見える。
みんな忙しそうにしながらも、どこか充実した表情をしていた。
きっとみんなも自分のやっている仕事に何かしらの手ごたえを感じているのだろう。
元ゾルタ兵捕虜の開拓兵の補充も、第三次補充で一区切りついたみたいだ。
最終的には捕虜全体の3割から4割をこのナカジマ領で引き取った計算になる。
王家も喜んでいるのか騎士団を追加で派遣してくれた。ていうかこんなに騎士団員がナカジマ領にやって来ていて王都は大丈夫なんだろうか?
もしもランピーニ聖国から貰った報奨金が無ければ、きっと今頃ナカジマ家の財源はパンクしていただろうね。
農地の開発は彼ら開拓兵に任せて、入り江に作られる港町のための土地確保はポルペツカからの出稼ぎ労働者によって賄われている。
こちらは流石に順調とは言い難いみたいだ。
元々兵士としてやって来ていた開拓兵と違って、ポルペツカの町で職にあぶれていた人達が中心だからね。
年齢も仕事量もバラバラで、彼らを纏めるポルペツカ商工会ギルドの若手ギルド役員の彼は苦労しているみたいだ。
『先が見えない今までの不安に比べれば、今の忙しさなんて苦にもなりませんよ』
そう言って精力的に仕事に取り組む彼の姿勢にはいつも感心させられてしまう。
最近、別居中の奥さんとよりを戻したので、そのうち夫婦揃ってコノ村に住む事になるかもしれないと言っていた。
幸せそうで良かったね。
そんな土地の確保の問題だが、相変わらず堤防工事が続いているみたいだ。
一先ず人海戦術で土を盛り上げて土手を作った所に、今は木の杭で補強をしている所だ。
『次にハヤテ作戦を行う時にはもっと範囲を絞って行ってください』
とは財政を管理している代官のオットーの言葉だ。
どうやら僕は手に余るほどの広範囲を焼け野原にしてしまったみたいだ。
ていうかその作戦名はもう固定なんですね。
ちなみに開発景気でボハーチェクの商人達はウハウハだ。
オットーの所には領主であるティトゥに取次を希望するボハーチェクの商人が毎日列をなして訪れている。
流石にオットーの作業量は殺人的なんじゃないかな? もし彼が過労で倒れたらこの領地はどうなっちゃうんだろうね。
そんな(僕以外は)忙しいコノ村に一人の商人がやって来たのは、秋も深まりそろそろ冬に入ろうとしていた時期の事だった。
相変わらず僕のテントでティトゥ達が仕事をしていた時の事。
テントの外から男の声が聞こえて来た。
『大至急領主様に取次を願いたい!』
『では名前を伺いますので、呼ばれるまであちらにお並び下さい』
『んなヒマはねえんだよ!』
なんだろうね。テントの外がすごく騒がしいけど。
しばらくして騒ぎも収まった所を見ると、騎士団の誰かが何とかしてくれたみたいだ。
そういえばこの領地もいつかは自前の騎士団を持った方が良いだろうね。
僕がぼんやりとそんな事を考えていると、騎士団の若者が困った顔をしながらテントの中に入って来た。
『失礼します。領主様のお耳に入れたい事が』
『一体何なんですの?』
彼は少し言葉を選んでいた様子だったが、端的に要件を言った。
『この国に帝国の兵が――ミュッリュニエミ帝国軍が迫っていると言っている者がいます』
騎士団に小突かれながらテントの中に連れて来られたのは、見た事の無い若い商人だった。
この国ではあまり見かけない服装の男だ。中東の人が着ているような服と言えば伝わるだろうか?
『これはご領主様。拝謁至極に御座います。この夏は私めの命を救って頂き、常々感謝の言葉を申し上げたく思っておりました。折悪しく現在に至るまでその機会に恵まれず、ご無礼を重ねた事、誠に申し訳なく思う次第――』
『余計な事を喋るな』
ティトゥの姿を見た途端、立て板に水と喋り出す若い商人。なんだか調子のいいヤツだね。
うんざりした様子の騎士団が背中を小突いて男の言葉を止めた。
『あなたの命を救った?』
『覚えておいでではありませんか? 私がランピーニ聖国の商用航路で船から落ちて漂流していた所を、ご領主様とそちらのドラゴンに助けて頂いたのです』
ああ、あの時海で漂流していた男か。あったね、そんな事。
ティトゥも男の言葉に思い出したのか納得の表情を浮かべた。
『あの後無事に救出されたのですね。良かったですわ』
『命を救われた御恩、この商人シーロ一生忘れません』
慇懃に腰を折る男――シーロ。
オットーが少し焦れたように話を向けた。
『それで? 何やら聞き捨てならない話を持って来たらしいが?』
オットーは彼の事をうさん臭さいと思っているのか、シーロに向ける態度に容赦がない。
まあ見るからに信用出来無さそうな男だからね。
後で聞いた話だが、彼はチェルヌィフ王朝の商人で、チェルヌィフといえば商人というくらい、シーロのような商人が国中に溢れているのだそうだ。何だかスゴイ国だね。
『私めがご領主様のお噂を聞きつけ、いざ受けた恩を返さんと勇躍してこの地を目指していた時の事でございます』
どうもシーロの喋り方は持って回った言い方で若干くどいな。
要約すると、彼がティトゥの叙位の話を聞きつけて船でこのナカジマ領を目指していた時の事だ。
彼は途中で寄港したとある港町で、帝国軍が隣国ゾルタに向けて進軍したという噂を聞いた。
もし帝国と隣国ゾルタが戦争になったのなら、隣国ゾルタと国境を接するこのミロスラフ王国にも大きな影響を与えるだろう。
そう考えた彼は独自に情報を集めるために陸路でゾルタに向かったのだ。
情報を得るためとはいえ、危険な戦場に自分から近付くなんてすごい行動力だね。
『それでどうだったのですか?』
『現在帝国は小ゾルタの国境を突破し、早ければ既に帝国軍はゾルタの王都を攻略中かと思われます』
『馬鹿な! 隣国ゾルタが滅ぶと言うのか?! デタラメを言うな!』
そこまで詳しい話は聞いていなかったのか、シーロを連れて来た騎士団員が眉間に皺を寄せてシーロを怒鳴り付けた。
隣国ゾルタは長年このミロスラフ王国と小競り合いを繰り広げて来た、いわばこの国とは力の均衡するライバルのような関係にある。
その隣国ゾルタの国境が抜かれて王都が脅かされているとなれば、もしその軍が南下してきた場合、この国もあっという間に王都まで攻め込まれてしまいかねないという事だ。
自分の情報がデタラメだと切り捨てられた事が余程癇に障ったのか、今までの態度と打って変わって騎士団員を睨みつけるシーロ。
『ああん? デタラメはねえだろうよ兵隊さん。こいつは俺が小ゾルタにまで行って命がけで集めて来た情報だぜ。本来ならたらふく情報料をはずんでくれたってバチは当たらないってぇシロモンだ。そいつをタダで教えてやってんのにアンタ一体どういった了見でデタラメなんてぬかすんだい』
『なっ・・・ 貴様!』
背後の騎士団員に向かってふてぶてしい態度で悪態をつくシーロ。
というかどうやらこっちの方が彼の地の性格みたいだね。何というか、今まで彼に感じていたうさん臭さが嘘みたいに消えてしっくり来たよ。
『しかし、彼が信じられないのも尤もだ。いかに帝国軍が精強と言ってもこの進軍速度は異常だろう』
異常な速度で進軍する帝国軍か。何だろう、何だかイヤな予感がするな。
シーロはもう完全に取り繕うのを止めたのか、オットーの方を見て鼻を鳴らした。
『ハン! あんたも領主様の部下なら帝国の天才錬金術師の噂くらいは聞いた事があるんじゃねえか? 帝国はそいつの残した新装備を量産したってもっぱらの噂だぜ』
『天才錬金術師の残した新装備・・・』
今まで一言も言わずに僕達の話を聞いていたメイドのモニカさんがポツリと言った。
『ランピーニ王家でも以前からその噂は掴んでいました。しかし本当に存在したんですね。それはどのような装備なのですか?』
メイドの口からランピーニ王家という言葉が出たのを聞いて、今度はシーロが目を丸くして驚いた。
シーロはモニカさんの鋭い視線に射すくめられて思わず鼻白んだ。
『・・・いや、流石に詳しくは分からねえ。何でも鉄より優れた材質で作られた無敵の鎧だとかいう話だ。噂じゃ硬くて軽いドラゴンの鱗並みの金属で出来ているんだそうだ』
シーロの言葉にみんなの視線が一斉に僕の方へ向いた。
ドラゴンの鱗並みに硬くて軽いーーそのキーワードを持つ金属に僕は一つ心当たりがあった。
いや、その金属をこの世界の未だ未熟な材料科学で作り出す事が出来るとは思えない。きっとただの偶然だろう。
『ハヤテ?』
ティトゥが不安そうに僕の方を見たが、僕は彼女に何も言ってあげる事が出来なかった。
『とにかく、現時点では帝国軍がこの国を目指すかどうかも分からない。みんないたずらにこの話を広めて周囲の不安を煽る事の無いように。それとシーロ、貴重な情報を伝えてくれた事を感謝する』
『なあに、いいって事よ。それより俺はここで商売したいんだけどよ、情報料って訳じゃないが、感謝のしるしに代官様のお墨付きなんて頂けやしねえかい?』
『・・・調子に乗るな』
オットーとシーロが何か話している間に、騎士団員は慌ててテントから駆け出して行った。
おそらく事実の確認に向かったのだろう。
僕はこの国に近付く軍靴の音を聞いた気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
周囲の国からは「小ゾルタ」、隣国のミロスラフ王国からは「隣国ゾルタ」と呼ばれる「神に導かれし白銀の地ゾルタ王朝」。
その王都は今、この国の北に位置する大国ミュッリュニエミ帝国の軍に取り囲まれていた。
王都を守る城壁の中は、近隣の町や村から逃げ出してきた避難民達でひしめき合っていた。
その中を縫うようにして鎧を着た中年男性が姿を現した。
「帝国軍に何か動きはあったか?!」
「いえ! まだ何の動き――「帝国軍が動いたぞ! 銀色の軍団だ! 帝国軍の”白銀竜兵団”だ!」
見張りの叫び声に悲鳴と動揺が広がった。
数々の戦いによって、今や帝国軍の”白銀竜兵団”の名とその鮮やかな白銀の鎧は、すでに恐怖の象徴となっていたのだ。
「静まれ! 弱気になるな! こちらには王都を守る城壁がある! いくら精強な鎧を持っていても鎧で城壁を破壊する事は出来ない!」
「わが軍が迎撃に向かいました! 旗は――バルターク! 大鷲バルタークの軍です!」
見張りの声に今度はどよめきが上がった。
バルターク家の騎士団は代々大鷲の異名を持つ勇猛果敢な騎士団として国外にまで知られている。
彼らは大鷲バルタークの名に恥じぬ勇猛さで”白銀竜兵団”へと襲い掛かった。
「馬鹿な・・・ こんなにあっさりと」
戦いは呆気ない物だった。両軍がぶつかったかと思えば、バルターク軍は白銀の波にまるですりつぶされるかのように数を減らし、あっさりと壊走したのだった。
時間にして四半時(30分)と保たなかったのではないだろうか。
城壁の上では力なく膝を付く者、天を仰いで神に祈る者、どれほど多くの兵達がゾルタの最後を悟り、絶望に暮れたことだろうか。
そんな中、バルターク家の当主が討たれ、帝国軍のあげる勝利の雄叫びが大気を震わせた。
美しい白銀の鎧を犠牲者の血で赤く染め、今”白銀竜兵団”はゾルタ王都を蹂躙すべく歩みを進めた。
ミュッリュニエミ帝国に生まれた天才錬金術師はまごう事なき天才だった。
帝国軍の誇る”白銀竜兵団”。その鎧に使われている金属こそ、ハヤテが予想しながらも否定した金属。本来この時代にはまだ生まれるはずのない未来の金属だったのだ。
それは太平洋戦争時に日本の戦闘機にも使用され、戦後も長く機動隊のライオットシールドにも使用された金属。
アルミニウム合金の一種”ジュラルミン”だったのだ。
一ヶ月以上もの間、毎日お付き合い頂きありがとうございました。
いやあ長かったですね。全部で46話ですよ。
書き始める前から予想していた事でしたが、やはり今までで最長の章となってしまいました。
なるべく短くしたつもりでしたが、いかがだったでしょう。みなさん最後までついて来て頂けたでしょうか?
この作品も通算で165回。
みなさんのご支持のおかげでここまで長く続ける事が出来ました。
いつも読んで頂きありがとうございます。
楽しんで頂けた方はどうか評価の方をよろしくお願いします。