その44 そして50年後~ナカジマ領誕生50周年の記録~
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――《ナカジマ領誕生50周年の記録》より――
私の名前はティトゥ・ナカジマ。
私の治めるこのナカジマ領が誕生してから今年で50年を迎える事になりました。
この誉れ高い節目にこの記録を残すことにいたしましょう。
私は今から50年前に国王陛下から直々にこのナカジマ領を拝領致しました。
それ以降私は、身を粉にしてこの領地の繁栄のために尽くして来ました。
幸いなことに多くの人達に支えられ、あれから50年経った現在、ナカジマ領はこの国随一の領地へと発展を遂げる事ができました。
領内に広がる広大な農地はこの国の食糧事情を抜本から改善しました。
今この国では飢えに苦しむ者が大いに減り、その豊富な食料は国外にも輸出され、貴重な外貨を得る手段ともなっています。
また現在では、北のペツカ山脈からは豊富な森林資源と鉱山資源が、西にあるこの国最大の港町からは外国船から荷揚げされた貨物が、領地を貫く大街道を通ってこの国の隅々まで運ばれています。
今やナカジマ領はこの国を動かす心臓と言っても過言ではないでしょう。
ナカジマ領で生まれ育った今の若者達は、この土地が50年前にはただただ広大なだけの寂れた湿地帯だったと聞いても、とても信じられないかもしれませんね。
領民は領主としての私を讃えてくれます。
そのこと自体は大変嬉しく、また栄誉なことなのですが、私は何も「良き領主」として讃えられたくてここまでやって来たのではないのです。
それは最近めっきり呼ばれなくなった私のもう一つの称号。
私は竜 騎 士として、私のハヤテから、「良きパートナー」として認められたくてここまでやって来たのです。
ナカジマ領最大の港町。この町の一角には大きな神殿があります。
休日には恋人たちの憩いの場となるこの神殿の奥には、限られた者しか入る事が許されていない聖域があります。
私はそこを訪れました。
「何だティトゥ。久しぶりだな」
「ごめんなさいね。領地の仕事が忙しくて」
そこにいるのは緑色の巨大なドラゴン。
私のパートナー、ハヤテが住んでいるのです。
「むう。また領地か。お前は我の事よりも領地の事ばかりだな」
ハヤテは唸り声を上げて私に不満をこぼします。
大きな体でまるで子供のように拗ねるハヤテに、私は笑みがこぼれてしまいます。
そんな私を見てハヤテはますます不機嫌になるのです。
「それに最近は我に乗って飛ばないではないか。空が嫌いにでもなったのか?」
「そう言わないで頂戴。私ももうお婆ちゃんですもの。あなたの背中に乗る元気も無いのよ」
そう、私が最後にハヤテに乗って空を飛んだのは、もう10年以上昔の事です。
残念な事にこの年齢になると、彼の激しい動きに私の体はついていけなくなっていたのです。
ハヤテは私が乗らなくなると全く動かなくなってしまいました。
そうして動かなくなった彼のために用意されたのがこの神殿なのです。
「このような過度な装飾を我は好まぬ」
「みんなあなたのためを思ってしてくれた事なのよ」
「ふん。どうだか。そもそも我はこの土地にドラゴンの名を付ける事を許可をした覚えは無いぞ」
またその話ですか。
実は王国ではこのナカジマ領の事を「ドラゴンの守護する地ーードラゴンランド」と呼んでいるそうなのです。
その話を聞いて以来、ハヤテは事あるごとにこの話をするようになりました。
人間の土地にドラゴンの名前を冠することは、彼の誇りが許さないのでしょう。
「だったらハヤテランドと呼ばせましょうか?」
「むうっ。そういう事を言っているのではない」
どうやら今日のハヤテは特別機嫌が良くないようです。
最近私が仕事にかまけていたからでしょうか。
私は今日は一日ハヤテと共に過ごす事にしました。
私はハヤテのために作られた神殿で彼と話をしました。
「そういえばあなたと出会ったのも丁度50年前になるのですね」
「そうか? そうだったかな?」
今度は私がハヤテに対してムッとします。
パートナーと出会った日の事くらいは最低限のマナーとして覚えておいて欲しいものです。
私の機嫌を損ねた事に気が付いたのでしょう。ハヤテは慌てて言葉を取り繕いました。
「ティトゥの美しさは昔から変わらない。我には50年も前の事とは思えなかった」
「・・・あなたはこの50年ですっかりおべっかを覚えてしまいましたね」
昔のハヤテは片言でしか話せませんでした。
いつの間にかこうして何不自由なく会話も交わせるようになり、細かい意思の疎通も出来るようになりました。
困った時にはおべっかを使って誤魔化す方法まで学んでしまったのはどうかと思いますが。
「一時期は変な言葉遣いばかりしていましたよね」
「あれはティトゥが教えたのではないか!」
「あら、そうだったかしら?」
昔の事ですからね。都合よく忘れてしまった事にしましょう。
「あの時にはティトゥのかたわらにはいつもカーチャがいたな」
「・・・ええ。あの子は天国で今も私達を見守ってくれていますよ」
カーチャはこの領地の開発が始まって間もなく、ペツカ湿地のはやり病で亡くなってしまいました。
ナカジマ領初めての犠牲者が、よりにもよってカーチャだった事に私は深く傷付き、すっかり食事も喉を通らなくなってしまいました。
そんな私を立ち直らせてくれたのがハヤテでした。
私はカーチャのためにも、二度と彼女のような犠牲者を出さないために、病の根絶に励みました。
やがてペツカ湿地が全て農地へと変わる頃、この不幸な犠牲者はこの国から姿を消したのでした。
しかし、今でも彼女の事を思い出すたびに、私の心は小さな棘が刺さっているような痛みを覚えるのです。
この痛みはきっと死ぬまで続くのでしょうね。
「領地を継いだのはティトゥの弟の子だったか」
「ええ。ミロシュの次男です。彼は良くやってくれていますよ」
ミロシュの子は大変優秀で、細かい字が見辛くなった私に代わって領主の仕事をしっかりと努めてくれています。
「何? だったらもっと我に会いに来れるではないか!」
「あら。余計な事まで言っちゃったかしら」
でも忙しいのは本当なのよ。なにせ今やナカジマ領はこの国で一番大きな領地になってしまっているのですから。
私はハヤテと話を続けます。話は次第に他愛無いお喋りへと移っていきました。
この楽しい時間の中、私はふと考えます。
私はあとどのくらいの年月彼との時間を過ごす事が出来るのでしょうか?
私にはずっと胸に秘めている願いがあります。
それは人生最後の時、ハヤテの背中に乗って大空を飛びながら逝きたいという願いです。
私がハヤテにその願いを伝える日はもうそう遠くはないでしょう。
私が死んだ後、ハヤテはこの町に戻ってくるでしょうか?
ひょっとしたら物言わぬ亡骸となった私を乗せて、いつまでもこの国の空を飛び続けるのではないでしょうか?
もし、未来に生きる誰かがふと空を見上げた時、そこに神々しく大きな翼を見付けたら、それはかつて竜 騎 士と呼ばれた私のハヤテの姿かもしれません。
――《ナカジマ領誕生50周年の記録》・完――
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『いかがかしら?』
ここは僕の自宅となったテントの中。僕はドヤ顔のティトゥに鼻息も荒く詰め寄られていた。
いや、いかがって言われても・・・何これ?
『私死んじゃうんですか?』
ティトゥのメイド少女カーチャが悲しそうに呟いた。
ティトゥは相変わらずワクワクしながら僕の感想を待ち構えている。
いや、正直こんな話を聞かされても返事に困るだけなんだけど。
まず根本的な事から聞こうか。コレは何?
『《ナカジマ領誕生50周年の記録》ですわ』
記録じゃないし! 小説だし! これを記録と言い張る君の常識を疑うよ!
そもそも僕はこんな喋り方しないから。自分の事を”我”とか言わないから。
以前からティトゥは中二病だとは思っていたけど、ついに自分を主人公にした小説を書くまでこじらせちゃったのか。
最近忙しそうにしていたのに、良くこんなものを書いている暇があったね。
『私死んじゃうんですか?』
『パートナーの絆を深めるためには試練を乗り越える必要があるのですわ』
そんな理由で殺されるカーチャって・・・
余程ショックだったのか、カーチャの瞳からは完全に光が消えてしまった。
『町に宝物庫が出来たらこの記録を納めようと考えているのですわ』
『ボッシュウ』
『ちょ、カーチャ、何をするんですの!』
カーチャに大事な捏造記録を奪われて慌てるティトゥ。
その記録はオットーに持っていくと良いよ。きっと「こんな物を書いている暇があるのなら」とティトゥの仕事を増やしてくれるに違いないから。
オットーを捜してテントを出ていくカーチャ。カーチャを追いかけて行くティトゥ。
一人残された僕はテントの中で独り言ちた。
で、本当に何だったのコレ。
次回で第五章が終わります。
次回「エピローグ 軍靴の音」




