その43 ナカジマ領
僕のテントの前にずらりと並んだ人の列。
『次!』
オットーの部下が命じると次の男が入って来た。
僕の姿を見て酷く怯えているように見えるな。
ふむ。大人しそうで人柄も良さそうな感じじゃない?
ティトゥとオットーが首を横に振った。
どうやら不合格らしい。
『次!』
今何をやっているのかって? ナカジマ領への入植希望者の面接だよ。
ていうか何で君達こんな仕事まで僕のテントでやる訳?
すごくギスギスしていて空気が重いんだけど。
どうやら入植希望者の証言に嘘があれば、領主の後ろに控えたドラゴンがそれを見破って丸焼きにすると事前に告げておいたらしい。
何でも噂では僕が三日三晩湿地帯の上を飛び回って炎で焼き尽くした事になっており、実際に焼け焦げた大地を目にした彼らの、僕に対する怯えようは半端ではなかった。
つまりティトゥとオットーは、怯えたり後ろめたい反応をしている人間を見付けて落としていたのだった。
ええっ、何それ、酷い風評被害なんですけど。
『すみませんでした。最初に説明すると気を悪くするかと思いまして』
後で説明されたって気を悪くするに決まっているよ!
全く、こんな人畜無害な戦闘機を捕まえて何をやってくれてんだか。
『大きな体をして何の手伝いにもならないのだから、せめてこのくらいは手伝って頂戴』
そう愚痴をこぼすティトゥも大分お疲れの様子だ。
まあ人も増えて一気に仕事も増えたからね。
ポルペツカの商工会ギルドから人手の補充が無ければ正直パンクしていただろうね。
『オットー様。後の希望者はこちらでやっておきます』
『そうか済まない』
テントに顔を出したのはギルド役員でも一番の若手だった男だ。
実は彼以外の役員は全財産を持って町から逃げ出したらしい。
一人残された彼は何とか町を支えようと頑張っていた所を、オットーの部下にスカウトされたんだそうだ。
ちなみにポルペツカには現在はそのオットーの部下が代官として就任している。
今頃は”新しく出来た部下”を絞り上げて忙しくやっている事だろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ここはポルペツカの代官屋敷。今ここにはオットーの部下が町の代官として就任していた。
「何だこの出納帳は。切り捨てられた端数の金はどこに消えたんだ」
「いえ、それはその、どうなっているんでしょうかね?」
「この交際費というのは何だ。どこの誰に支払われた金か書かれていないのだが」
代官の前でしどろもどろになっている太った中年男はポルペツカ商工ギルドの元ギルド長である。
他の役員達はそれぞれの机で代官と目を合わさないように背中を丸めて縮こまっていた。
「手が止まっているぞ」
「「「「「あ! ハイ!」」」」」
代官に睨まれて慌てて手元の仕事に取り掛かる役員達。
あの日、全財産を持って逃げ出した彼らギルド役員達は道中で使用人達に財産を持ち逃げされ、やむを得ずコッソリとポルペツカに戻って来た所を町の人間に捕まってしまったのだ。
現在はティトゥが彼らの身柄を引き取り、タダ同然の給与で町のために働かせている所であった。
「領主様は寛大にもお前達を許されたが、だからといって今までの公金横領や不正な決算まで無かった事になる訳では無いからな。私を甘く見ない事だ」
「「「「「・・・は・・・はい」」」」」
「おい、誰が下がって良いと言った。お前の話はまだ終わりじゃないぞ。次は金庫の中身の金と書類上の金額が合わない点だ」
「あ、そ、それはその、ネライ家の客人が来た際にその・・・」
だらだらと汗を流しながら言い訳を探す元ギルド長。
こうして彼らの受難は続く。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『それこそなんでもありませんわ。ポルペツカだってナカジマ領の一部なんですもの』
『いえ。ご領主様は新たに予算を組んで下さっただけではなく、町の人間に仕事まで与えて下さいました。その恩に報いるためにも身を粉にして働く所存でございます』
ティトゥの言葉に対して深々と頭を下げる男。そして彼を見ながら僕の方をチラ見するティトゥ。
ほらほら、世の中にはこんなに立派な人だっているのよ、それに比べてあなたはどうなのかしら? とでも言いたげだね。
ティトゥの嫌味ったらしい視線に僕は久しぶりにカチンと来た。
良いでしょう。では僕は君に代わって領地の視察に出かける事にしましょう。
『マエ、ハナレ!』
『えっ! ちょっとハヤテ!』
『どうしたんですかハヤテ様!』
どいたどいた、僕の出勤だよ! 前を空けて、ほら!
現在僕は領地の視察に向かうべく空の上にいる。
『全く、急に動き出すからどうしたのかと思いましたわ』
結局僕はティトゥを乗せて視察に出かける事になった。
いつの間にかやって来ていたメイドのモニカさんも一緒だ。
そういえばモニカさんって当たり前のように僕らといるけど、あなた元々聖国のお客さんですよね。いつになったらお国に帰るんですか?
『何か?』
『ナンデモ、ゴザイマセン』
僕はモニカさんから妙な圧力をかけられて思わず言葉を濁してしまった。
『あ、ほら。堤防工事の現場が見えて来ましたよ』
焼きつくされて真っ黒になった大地にポツポツと人の動きが見えて来た。
『死に絶えた大地を彷徨う亡者のようですね』
いや、何でモニカさんはこの光景を見てそんなイヤげな例えをするんですか。
最初はコノ村近辺で行われていた堤防工事だが、今では随分と北の方まで張り出している。
累々と連なる土手が湿地帯からの水の流れを食い止め、焼け跡が水浸しになるのを防いでくれている。――はずである。
実は僕はこうやって上から見ているだけなので、詳しい事までは分からないのだ。
焼け跡は表面を覆った分厚い灰の中にジワジワと水が染み込み、雪解けの後のようなぬかるみになっているんだそうだ。
そんな状態の中に僕が突っ込んで周囲に泥を跳ね飛ばすのも迷惑だし、そもそも泥炭が抜けた穴があちこちに空いているらしく、そんな所に迂闊に降りれば穴にはまって前脚を折ってしまいかねない。
ちなみに作業員は作業に出る度に細かい灰が毛穴に入って、いくら体を洗っても洗った水が煤だらけになるんだそうだ。
そんな大変な仕事だが、働けばお腹いっぱいにご飯が食べられるとあって、町からやって来る人間は後を絶たない。
というかポルペツカってこんなに人が住んでいたんだね。
今は例の若手ギルド役員君が大車輪で彼らの仕分けをしているけど、可能ならば早いうちに港町の基礎工事までやってしまいたいものだ。
『あ。ベンジャミンさんが手を振ってますよ』
カーチャに教えられて、嫌な顔ひとつせずににこやかに手を振り返すモニカさん。すごい職業意識だ。
そんな彼女を目ざとく見付けて大きく手を振り回す学者男――ベンジャミン。
周りの人間がすごくイヤそうな顔をしているな。相変わらずはた迷惑なヤツだ。
『泥炭が燃えてしまったのも良かったそうですわ』
ベンジャミンが言うには泥炭は多くの水分を含み、軟弱で崩れやすく、うっかりその上に道や建物でも作ろうものなら乾燥した時に沈下して大変危険なんだそうだ。
とはいえこの土地の全ての泥炭が燃え尽きてしまった訳でもないだろうから、今後は安全な土地を確保するための長い戦いが始まるのかもしれない。
流石に僕では力になれないから、ベンジャミンが自分で言う程の優秀な学者である事を祈ろう。
堤防工事の現場を過ぎると見慣れた大湿原が眼下に広がる。
やがてはここもさっきの焼け跡のようになるのだろうか?
『やがてはここもさっきの死の大地のようになるんでしょうか』
いや、だから何でモニカさんはそんなに物騒な例えをする訳?
もっと女の子らしいメルヘンチックな例えとか思い浮かばないのかな。
『あの土地を見てメルヘンな発想をする人は心のどこかがおかしいと思いますよ』
ごもっとも。
僕が密かに落ち込んでいる間にも、前方に最初の開拓村が見えて来た。
『避けられていますわね』
そうだね。
最近は少しだけ僕に慣れて来たと思っていた開拓兵だが、ここの所すっかり恐怖心がぶり返してしまったらしい。
騎士団の人達も困った顔をしている。
というか村人達にも微妙に避けられている気がするんだよね。
どうやらナカジマ領の人達は例の噂――僕が三日三晩湿地帯の上を飛び回って炎で焼き尽くした――を信じているみたいなのだ。
『実際にハヤテ様が原因だと思うんですけど』
『原因はハヤテですわね』
『胸を張って下さい』
何でだよ! あれは大自然のメカニズムなんだってば!
ティトゥが騎士団員達に村の様子を聞いているが、特に大きな問題はないらしい。
『むしろ順調ですよ。来年には試験的に何か植えてみても良いかもしれません』
なる程。でも流石に収穫を期待するには土地が瘦せすぎているはずだ。
となると必要なのは農地に撒く肥料だ。
確か江戸時代にはイワシを干して肥料にしていたんじゃなかったかな。
実はこの話は既にオットーにはしているのだが、流石に八つもある開拓村の肥料をアノ村の漁だけで賄うのは無理がある。彼らも自分達の食べる分が必要だしね。
もしイワシ肥料を作る事になったとしても、それは入り江が港として整備された後になるだろうな。
僕達は騎士団員達に見送られながら村を後にした。
空に上がってしばらくして、不意にティトゥがほほ笑んだ。
『むしろ順調――ですか。今まで頑張った甲斐がありましたわ』
そうだね。最初に領地を貰った時にはどうなる事かと思っていたけど、何だかんだあって今の所割と上手くいきそうじゃないか。
ティトゥの笑顔を見てカーチャもつられて笑顔を浮かべた。
もちろん僕だって笑顔さ。僕に顔は無いけど、心の目で見て感じて欲しいな。
『主人の喜びがメイドの喜びです』
いやモニカさん、ドヤ顔で決めてるけど君の主人はナカジマ家じゃないからね。
眼下に広がる湿地帯はまだまだ広い。
僕達はその一部に手を付けただけに過ぎない。
農地の開発だって始まったばかりだ。
今はまだ”なんだか上手くいきそう”という段階であって、”上手くいった”という結果が出た訳では無いのだ。
むしろ今まではたまたま上手く行っただけで、今後は大きな揺り返しが来るかもしれない。
僕達は毒虫の本番となる夏をまだ経験していない。
それにオットーはマチェイの代官はした事があっても、ナカジマ領程の大きな領地の経営経験は無い。
いつまでも王都騎士団のお世話になっているわけにもいかないし、彼らが抜けた後は、こうしてのんきに開拓村を回る事も出来なくなるかもしれない。
ちょっと考えただけでも不安材料は山積みだ。
でもこうしてティトゥと飛んでいると不思議と何とか出来そうな気がしてくるんだよね。
ひょっとしてこれがティトゥの言う竜 騎 士の絆なのかもしれない。
『ハヤテ?』
おっと、考え込んでしまったか。いけないいけない。
『カエル』
『そうですわね、帰りましょう。みんなが待っていますわ』
そう、ティトゥはみんなの笑顔のために頑張れば良いよ。その代わり僕が君の笑顔のために頑張るよ。
僕のエンジンは軽快に唸りを上げ、僕のプロペラは大気を切り裂き、僕の機体は太陽の光を反射する。
戦闘機に生まれ変わった僕はお嬢様を乗せ異世界の空を飛ぶ。
次回「そして50年後~ナカジマ領誕生50周年の記録~」