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その42 死の大地

 三日三晩燃え続けた湿地帯の大火災が消えた翌日。

 僕は焼け跡の様子を見るために湿地帯の上をティトゥ達を乗せて飛んでいた。


『真っ黒ですね』

『何もありませんわ』

『正に死の大地ですね』


 それぞれ、メイド少女カーチャ、ティトゥ、メイドのモニカさん、の感想だ。

 ていうか死の大地って、怖すぎるんだけど。

 実際、辺り一面くまなく真っ黒に焼け焦げていて、動く物どころかペンペン草一本残っていない。

 間違いなくこの辺に住む生き物達は根こそぎ死滅しただろう。


 ガソリンの毒性がどうのこうのって話は一体何だったんだろうね。


 取り合えず空から見た感じでは火は全部消えているみたいだ。


『あっ! コノ村は無事です!』


 嬉しそうなカーチャの声に目をやれば、確かに見た感じコノ村の建物は無事のようだ。


『早速オットーに知らせてあげましょう』


 確かに。いつまでもアノ村にご厄介になるのも悪いしね。

 僕は翼を翻すとみんなの待つアノ村の方へと機首を向けた。




 結論から言うと、コノ村は空から見た時ほどは無事では無かった。

 とはいえ、ほとんどが柱が焦げたり屋根が焦げたりした程度で、住めないほどのダメージを受けた家が一軒もなかったのは幸いだった。

 ちなみに僕のテントは舞い散った火の粉を被ったのか、あちこち円い焦げ穴が開いてしまっていた。

 現在カーチャとモニカさんがお針子さんになって修復中である。


『いやあ酷い有様ですよ』


 早速湿地帯の様子を見に行ったベンジャミンに付き添っていたアダム隊長が、体じゅう煤だらけにして戻って来た。


『自慢の髭にまで煤が入り込んで鼻がムズムズするったらありゃあしない』


 アダム隊長はそう言うと行儀悪くチンと手鼻をかんだ。

 そんな下品なアダム隊長の行動に眉間に皺を寄せる女性陣。


『あ、これは失礼、しかし本当に煤が酷くて・・・』

『それよりベンジャミンはどうしたんですの?』


 アダム隊長によるとベンジャミンはまだ調査を続けているらしい。

 呆れ顔になるティトゥ。


『護衛が先に帰って来てはダメじゃないの』

『いや、部下の二人が付いておりますから』

『大変な仕事は部下に任せて自分は帰ってきちゃったんですか? あんまりです』

『部下も頼りになる上司を持って幸せですね』


 女性陣から総スカンを食って慌ててこの場から逃げ出すアダム隊長だった。

 ちなみに後で聞いた話だと、あまりに鼻を気にするアダム隊長に部下の二人が気を使って先に戻ってもらったんだそうだ。

 踏んだり蹴ったりだったんだね。お気の毒様。




 夕方になる頃には調査に出ていたベンジャミンも村に戻って来た。

 ちなみに彼はアダム隊長以上に全身煤だらけだった。

 そんな姿のままティトゥに報告しようとしたもんだから、カーチャが怒ったのなんの


『ご当主様の前に立つ恰好じゃありません!』


 ――って、しかられて井戸の水を頭から被ってたね。




 さて、そんなこんなでスッキリとしたベンジャミンによる調査結果の発表だ。

 修復が済んだばかりの僕のテントにみんなが集まっている。


『どうやらこの湿地帯には広く泥炭地が広がっているらしいですな』

『泥炭地ですの?』


 ベンジャミンの説明によると、植物が完全に分解されずに出来た土の事を”泥炭”というそうだ。

 要は自然に出来た炭みたいなものらしい。

 どうやら長年人の手が入らないまま湿地帯の草木の残骸が積み重なっていくうちに、その泥炭地が出来たみたいだ。

 ベンジャミンが言うには掘り出して乾燥させれば燃料としても使えるらしい。


 おおっ! それってこの領地の産業になるんじゃないか?!


 と思ったら、不純物が多くて燃料としての質は悪いらしい。要は売り物にはならないんだそうだ。残念。

 ベンジャミンは説明を続けた。


『どうやらこの泥炭が今回の大火の原因となったようです』


 僕達が火種を落とした時に最初に起こった例の大爆発。

 ベンジャミンは、あれで湿地表面が吹き飛ばされて、この泥炭がむき出しになったのではないか、と考えたらしい。

 そして周囲に激しい炎が燃え広がった事によって泥炭が乾燥。ついには大量の泥炭に火が付いた事で、さらに土の中の泥炭が乾燥、その泥炭に火が付いて――という現象を繰り返した事で、これほどの大火になったのではないか。との事らしい。


『しかし湿地帯は膝まで水が覆っている状態だぞ。その水が全部蒸発したとでもいうのか?』

『全ての場所が水没している訳では無いですからね。おそらく最初は水気の無い場所に火が付いたのでしょう。そうして泥炭が燃えて開いた空間に周囲の水が流れ込み、水位が下がった場所の泥炭が炎に炙られて乾燥して今度はそこに火が付く。それを繰り返していく事で次第に全体の水位が下がっていったと考えております』


 おおっ。何とダイナミックな。

 外から見ていただけだと単に三日三晩燃え続けていただけにしか思えなかったけど、湿地帯の中ではそんなプロセスが積み重ねられていたんだな。

 自然の力ってスゴイな。

 自分でガソリンを撒いて火を付けておいて自然のせいにするなって? まあそうだよね。


 ティトゥが前に出るとベンジャミンに訊ねた。


『それで結局作戦は成功だったんですの?』


 そうだね。そこ重要。

 もし不完全ならまた燃料を撒くところから始めないといけないからね。


 あれ? どうしたのみんな。


『あれだけ燃やしておいてまだ燃やすつもりなんですか?!』

『この世の全てを灰にするおつもりですか?』

『あの地獄のような光景を作り出しておいてまだ足りないとは・・・流石ですね』


 いやいや、僕だって足りないとは思っていないよ。でもほら、専門家の意見は違うかもしれないじゃないか。

 それとみんな僕が燃やしたみたいに言ってるけど、さっきのベンジャミンの説明を聞いているよね? 僕がやったんじゃなくて大自然のダイナミックがプロセスだった訳だから。後、モニカさん”死の大地”とか”地獄のような光景”とかそういう物騒な単語は禁止でお願いします。僕のイメージが悪くなるので。


『まだ詳しく調べた訳ではありませんが、僕の見立てでは今のままで十分でしょう。むしろこれで十分と思わないのはドラゴンだけだと思われます』


 ちょっと! ベンジャミンもしれっと僕をディスるのを止めてくれないかな!


『それよりも折角出来た土地に、周りの湿地帯から水が流れ込むのを防いだ方が良いかと思われます』


 ベンジャミンの提案にみんなハッとなった。


『確かに! 開拓兵も現在の農地開発を一時的に中断させてこちらの作業に当たらせましょう!』

『いや、待ってほしい。冬の間に用水路を引いておかないと農地の開発が間に合わなくなる。それよりもロマに言ってアノ村の漁師に協力してもらおう』

『ジトニーク商会に資材を発注するのもお忘れなく』


 なる程。確かに広範囲の堤防を作るのなら人手がいくらあっても足りないだろうな。

 なら近場から人手を集めたらいいんじゃないの?


『近場ですか?』


 そう。この領地には丁度人手があり余っている場所があるじゃないか。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 オットーの部下がポルペツカの町に着いたのは既に町が夕焼けに染まる時間だった。


「気のせいか随分寂れてしまったな」


 彼らがこの町を去ったのはほんの一月程前の事だが、あの時より町は寂れてしまっているように彼には感じられた。

 もうじき夕食時だというのに通りを行き交う人も少なく、数少ない通行人もどこか暗い表情を浮かべているように思えた。

 オットーの部下はポルペツカ商工ギルドの建物を目指した。



「これは・・・ もしかしてお休みですか?」


 町の中でもひときわ大きな建物、ポルペツカ商工ギルドの建物の中はどことなく閑散としていた。

 かつて彼がオットーに命じられて訪れた時にはいつも大勢の人間が働いていたものだ。


「誰ですか? すみません、人手が足りていなくて・・・」


 奥の部屋からよろめきながら姿を現したのは、ギルド役員で一番若手だったあの男であった。

 ここ数日睡眠もろくに取れていないのか、この僅かな期間ですっかり顔色も悪くなり、目の下に大きなクマを作っていた。

次回「ナカジマ領」

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