その13 元第四王子の影響力
『俺の側室にしてやろう』
『ネライ殿お戯れを!』
『下士位の娘が上士位の家に嫁ぐなどあり得ません!』
思わず、と言った感じで周囲から声がかかる。
今まで事の推移を見守っていた周りの貴族にとっても、元第四王子の発言は聞き流すことの出来ない内容だったのだ。
ミロスラフ王国では上士位と下士位とは厳しく分けられていた。
特に下士位の者の血が上士位に混じることを忌避していた。
貴族の娘に対していきなり側 室 扱いなんてヒドイ! とかそういう理由じゃないのね。
まあ、各地の土地を治める上士はその土地の王様みたいなモノで、そこに下士の娘が嫁いだら、その娘の実家が上士の親類になって周囲の下士の中でも頭一つ抜けて権勢を誇ることになるわな。
地球の歴史でもそういうのがきっかけで衰退した国とかあったし。
上士だろうが下士だろうが貴族同士なら同じじゃん、とか僕なら思うところだけど、厳しい階級社会ではそういうわけにもいかないようだ。
昔のインドのカースト制度なんて階級によって結婚どころか食事にも制限があったそうだし。
『なんだ、側室がダメなら妾にしてやる。それでいいだろう』
元第四王子はついにはそんなことを言いだした。
『下士位とはいえ貴族の娘を!』
『いや、それならば前例が無いわけではないが・・・』
『バカな。あの件にはそれなりの事情があってのコトだ!』
このクズ、自分の発言がこの場の中心になっていることで有頂天になっているに違いない。
ネットの掲示板でもこういうヤツがいたよ。
でもって、周りが正論で反論したり、諌めようとすると、逆にイキって暴論をぶちまけるんだよね。
幼稚な承認欲求を満たしたいのかね。
今この場は俺のステージ! 俺の花道! と独りよがりに盛り上がっているんじゃないかな。
ちなみにここで言う前例とは、過去に戦争で自分を守って死んだ部下の妻と結婚した上士がいて、そのことを示している。
NTRか?! と、思いきや、書類上そうだっただけで、体の関係はなかったという。
それもそのはず、その未亡人は戦争が始まる前にすでに重い病にかかっていたのだ。
しかし、貧乏下士位の彼の家では高価な薬が買えなかったのだ。
上士の男は部下が死ぬ間際に残した未練を引き受けることで彼の忠義に報いたのだ。
部下の妻だった女性はやがて息を引き取るが、最後まで手厚い治療を受けられたのだそうだ。
・・・別に籍を入れなくても金だけ出せば良くない? とか思うが、この世界では治療費がバカ高く、いくら命を救われた借りとはいえ、一介の部下に払うには多すぎる金額だったのだ。
その上士は、自分の妻になった女性を治療するのに自分の金を使って何が悪い、って言ったんだって。
この世界に回復魔法は無いのだろうか? あるいは魔法じゃ治らない病気だったとか?
それはさておき、その時も前例のないことだともめにもめた上、上士の男は随分と誹謗中傷を受けたそうだが、彼は誰に何と言われても頑として譲らなかったのだそうだ。
いい話じゃん。
てか、今回のクズの発言にこの話が前例になるのってどうなのよ?
さすがにこの場は周囲が取りなしてくれたそうだが、このクズこの件に味をしめたのか、事あるごとにティトゥは俺の妾発言を繰り返したのだそうだ。
困ったヤツに目をつけられたものである。
その度に周りは彼を諌めたりなだめたりで、逆にそんな周囲の反応にかまってちゃん元王子は自尊心が満たされるのだった。
ダメスパイラル爆誕の瞬間である。
ここまででも十分に不愉快な話だが、そんなクズで腐っていても元王族。
その発言は一定の影響力を持ち、下士位の家の間ではティトゥはなんとなく敬遠される存在となり、結局ティトゥが成人してもどことの縁談もまとまらないことになってしまったのだ。
ホントろくなことしないね、この元王子。
しかもタチの悪いことにコイツ、ティトゥが年々美人になってくると本気で彼女を妾にする気になったのだ。
近頃では実家のマチェイ家に対しても脅迫まがいの要求が届くようになっていたらしい。
現代日本だったら付きまといに脅迫で訴えられること間違いなし、の粘着男だが、残念ながらここは法整備も未熟な中世の世界。
被害者は泣き寝入りで、クズが飽きてどこかに行くまで、じっと我慢するしかないのだった。
2歳下の妹も他家に嫁いでいる今でも、ティトゥは未だ実家に残っている。
っていうかこの世界じゃ16歳で結婚するのね。
高校1年生で結婚か。僕らが高校に入学する感覚で他家に輿入れするのかね。
僕なんて二十ウン歳で・・・ま、それはいいや。
後に知ることになるのだが、この世界は数え年で歳を数えるため(ゼロという概念がまだ一般的ではないためだと思う)、生まれた時は0歳ではなく1歳、その上、誕生日ではなく新年を迎えた時に全員一斉に歳をとるのだそうだ。
その計算でいくと16歳で結婚、は14歳で結婚になるわけだ。
中学生で結婚って。
ティトゥは僕を飼いならし、ドラゴンに跨って飛ぶ竜 騎 士になることを考えていたという。
竜騎士になって国に対して発言力を持ち、自分の力で現状を変えようとしたのだ。
ほほう。やはりこの世界にはドラゴンがいるのね。
戦闘機、ドラゴン、それに乗る少女。
ひ〇ねとま〇たん・・・ゲフンゲフン。
あれはホントのドラゴンだから。僕は飛行機だから。だからセーフ、セーフ。
この話題には二度と触れてはいけないよ。お兄さんとの約束だ。
ティトゥの考えは結構いいセンついているんじゃないかと思われる。
制空権を取った方が強い。これは現代戦でも通じるメソッドだ。
竜 騎 士にどのくらいの社会的地位が約束されるのか僕は知らない。
しかし、強力な力を持つドラゴンを従えている竜 騎 士を、国としては重要な戦力と考えるのは間違いない。
現在この国にいる竜 騎 士の規模にもよるが、上手くやれば降下した元王子より国は大事にしてくれるだろう。
まあ、そのドラゴンというのが僕、というトコロは問題だが。
ティトゥが「絶対に逃がさないぞ」とばかりに僕の世話を焼き続けていた理由がこれで判明した。
僕を利用しようという下心がハッキリしたのは少し残念だったけど、全てが腑に落ちてすっきりしたよ。
何期待してんだ、最初から利用する気なくらい分かるだろうって?
そういう事は2.5次元美少女に毎日世話を焼かれたことのあるヤツだけが言って欲しい。
これで少しも期待しないヤツは男じゃない。男ってそういう悲しい生き物なんだよ。
『その夢も、もう潰えましたわ』
ティトゥが呟いた。
『昨日、ネライ卿・・・元第四王子から手紙が届きました』
実はこの時の話を聞くまで、僕はこの国のおかれている状況がここまで悪いとは思っていなかったのだ。
ティトゥも最近まで詳しくは知らなかったんだそうだ。
ただ何となく今までの戦争よりは悪い状況らしい、とは感じていたと言う。
隣国ゾルタの軍は、大型船を使い国境の強固な砦を迂回し海岸線から上陸、そこに防衛線を構築、今はこの国の軍隊とにらみ合っているトコロなんだそうだ。
ふむ。地球の話だが第一次世界大戦後フランスはドイツ軍の侵攻に備え国境に難攻不落のマジノ要塞群、通称マジノ線を建造した。
しかしドイツ軍は強固なマジノ線で戦わず、国境を大きく迂回してアルデンヌ地方を突破、そのままフランス本土を突っ走り電撃的に首都パリを墜としてしまった。
結局、大量の国防費をつぎ込んだマジノ要塞は何もできず、フランスはドイツに降伏したのだった。
異世界転生モノのWeb小説では、主人公以外にも複数の転生者がいるパターンがある。
隣国ゾルタには第二次世界大戦の知識を持つ僕のような転生者がいるのかもしれない。
おっと、話がそれた。
この隣国ゾルタが上陸した海岸線は、ネライ領の端にあるのだそうだ。
つまり今回の主戦場は、件の元第四王子が降下したネライ領ということだ。
当然防衛戦の中心になるのもネライ領の領軍となるらしい。
一番兵士数も多いし、土地勘もある。そもそも自分の土地から敵を追い出す戦いなんだからやる気も違う。
他領からの援軍はどうしても損得が入りそうだしね。
で、ここからが胸糞悪い話だが、あのクズ、元王族の立場を利用してティトゥの父親マチェイ家の軍を最前線に配置、さらには犠牲を伴う作戦を強いるつもりでいる。とわざわざ彼女宛の手紙で伝えてきたのだそうだ。
そして、ティトゥの返事次第ではこれらの作戦を考え直してもよい、とも言ってきたのだ。
マチェイ家の所属するヴラーベル領は王都にほど近いのどかな穀倉地帯で、率いる兵もろくな実践経験がないそうだ。
国境に近い領や土地が貧しい領では余った領民を常備兵として雇い、国に兵士として貸し出すことで国から人数に応じた給金をもらい、その金で他領から農作物を買うことでやりくりしている。
しかし、マチェイ家のような領では基本領民は農業に従事していて、特に人が余っているわけでもないため、常備兵は治安を維持するための最低限しか雇っていない。
で、マチェイ家は戦争になると、農村から兵士を徴兵して、常備兵の下につけ人数の水増しをする。
もちろんそんな兵が強いわけはないのだが、そんなコトはこの国に住んでいれば誰でも知っている事なので、彼らは基本、陣地の構築や糧秣の運搬にしか割り当てられないのだ。
それでいいの? と思わないでもないが、マチェイ家の兵は農民だから前線に出るのは怖いし、貧しい領にとってみれば戦争で活躍すれば国からボーナスの貰えるチャンスなので前線を希望するしで、これはこれで上手いこと住み分けられているのだそうだ。
そんな弱兵揃いのマチェイ兵をネライ領軍は最前線に置くという。
マチェイ家の寄り親であるヴラーベル家は明らかにネライ家より格が下なので、余程の理由がないと上からの命令は断り辛い。
しかも相手はこの戦いの指揮権を持っている。
ティトゥが何もしなければ、遠からず父親は戦死し、マチェイ兵は壊滅的な被害を受け、マチェイ家は当主と多くの働き手を失うこととなる。
残るのはまだ成人していないため相続権のない今年7歳になった長男である。
ティトゥの未来は昨日届いた手紙で詰んでしまったのだ。
次回「竜騎士」




