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その33 土木学者ベンジャミン

 最近僕の生活に変化が起きた。

 なんと青空駐機からテント生活にランクアップしたのだ。


 そこはかとなくしっくりとくるこのテント。

 それもそのはず。このテントは王都の壁外演習場で僕が散々お世話になったあのテントなのである。

 何でも騎士団で新しいテントを作る事にしたので、カミル将軍直々のお声がかりで古いテントを僕に払い下げてくれる事になったのだそうだ。

 多分アダム隊長から僕がコノ村で野ざらしになっているという話を聞いて、気を利かせてくれたんだろうね。

 出来る男はこういう所から違うよね。僕も見習いたいものである。



 そんな僕のテントという名のマイホームだが、ティトゥが早速机を運び込んで、今では彼女の執務室のようになってしまっていた。

 なんでも漁師の家よりも広くて便利なんだそうだ。

 まあ元々騎士団が戦場で本陣に使うテントだろうからね。僕の家として使うより、こっちの方がむしろ正しい使い方なんだろうけど。

 理屈は分かるよ。それはそれで別に不満は無いんだけど、自分が仕事をしてる時にいつも僕がサボっているのが面白くないからって理由じゃないよね?



 さて、そんな感じで今も彼女は、同様に自分の机を持ち込んだ代官のオットーと一緒に仕事をしている最中である。


『農地開発の最中に隠し畑が見つかったという報告があります』


 あ、例の隠し田(かくしだ)、結局見付かっちゃったんだ。

 まあ上空からパッと見ただけでもいくつもあったから、こうやって本格的に開発が始まったらどうしてもバレちゃうよね。


『マチェイではどうしていますの?』

『作った者は財産を取り上げて村から放逐となっています』


 それは厳しいな。この世界じゃ領地から追い出されたらまともに生きていく事も出来ないだろうに。

 でも、そのくらいしないと真面目に働いている人間の方が不公平感を感じるのかもね。


『・・・この土地がネライ領だった頃に作った隠し畑に関しては不問にします。今後作られたものに関してはマチェイと同じ罰を下します。そう通達しておいて頂戴』

『しかし、ナカジマ領になってから新たに作られたかどうかは、畑を見ただけでは判別出来ないと思いますが?』

『来月まで期間を設けます。隠し畑を持つ者はそれまでに申し出れば全て不問にします。来月以降見つかった隠し畑は、それがもしネライ領だった頃に作られていたとしても、新しく作られた畑として処罰の対象とします』

『ーー分かりました。至急通達させます』


 ティトゥの裁定に笑みを深めるメイドのモニカさん。

 どうやら今のティトゥの判断は彼女を満足させたみたいだ。

 というか、この人いつまでコノ村にいるんだろうね。ひょっとしてこのまま居つくつもりなのかな?


『どうしましたか? ハヤテ様』

『・・・ベツニ』


 慌てて言葉を濁す僕。

 いやだって、どうやったってこの人に勝てる気がしないし。



 メイド少女カーチャは心配そうに自分の主を見守っている。

 ティトゥは先日訪れた開拓村で背中を棒で打たれてケガをしている。

 カーチャはそれを心配しているみたいだ。


 いや、僕もあの日は心配したよ。

 中々ティトゥ達が戻って来ないなと思っていたら、カーチャが背中を血まみれにしたティトゥを支えて戻って来たんだからね。

 実際は別の人の血が付いた棒で打たれたからで、ティトゥ自身のケガは大した事が無かったみたいだけど。

 危うくエンジン全開で村人の集団の中に突っ込んでいく所だったよ。


 あの日以来、ティトゥは時間を作っては短時間でもなるべく各村を回るようにしていた。

 村人を信用出来なくなった訳では無く、村人に信用してもらうためだ。

 誰だって顔も知らない偉い人の言う事より、顔も名前も知っている人の言う事の方を信じるだろう。

 モニカさんはこのティトゥの行動が、為政者が被支配者である領民におもねるような行為に見えて少し不満そうにしているけど、僕はティトゥの判断は悪くないと思っている。

 一国を支配する王家のやり方と、領地を治める領主のやり方は、似て異なるんじゃないだろうか。



『後はそっちでやっておいて頂戴。ではハヤテ、村へ出かけましょう』


 おっと、ティトゥのご指名だ。

 カーチャとモニカさんがティトゥの机を動かすと、オットーが慌てて自分の机の上を片付け出した。

 その時、テントの入り口からアダム隊長の部下の若手騎士団員が顔を出した。


『ご領主様、ランピーニ聖国からお届け物の馬車が来ましたが、いかが致しましょうか?』


 お届け物の馬車? ああ、最初にモニカさんが乗っていた馬車か。

 そういえば後で届けるって言っていたっけ。すっかり忘れてた。




『何だねこの漁村は、僕にこんなところで仕事をしろと言うのかね!』

『ですから十分な報酬はお支払いすると・・・』

『金・金・金! 君達商人は二言目にはいつもそれだ! 君達は金のために生きているのかね?! 人間は金に生きるに非ず、学問に生きるべきなのだよ!』


 何だろうね。無精ひげの学者風の男が人の良さそうなお爺さんを怒鳴り付けながら僕のテントに入って来たんだけど。


『大体君達は僕の・・・ んなっ!!』


 そして僕を見て驚愕する学者男。大きな体でスミマセン。


『美しい。あなたは月夜の庭園に咲く大輪の花のようだ。お名前を伺っても?』


 僕に驚いたんじゃなかった。

 どうやら学者男はティトゥの美貌に驚いたようだ。

 ティトゥはやり辛そうにしながらも無精ひげの学者に返事をした。


『私はこのナカジマ領の領主、ティトゥ・ナカジマですわ』

『これはこれはナカジマ領のご領主様。僕はベンジャミン・ベネドナジーク。ランピーニ聖国随一の土木学者を自負しております。で、そちらの大輪の花のごとき麗しき女性は?』


 僕の横でカーチャがズッコケそうになった。どうやら学者男――ベンジャミンのお眼鏡にかなったのはティトゥではなくモニカさんだった模様。


『モニカです。ベネドナジーク様』

『ベンジャミンで結構ですよモニカさん。ベニーと呼んで頂ければ幸いです』


 オットーはそんなベニーを胡散臭そうな目で見ると、彼の後ろに立つ人の良さそうなお爺さんに話しかけた。


『で? あなたは?』

『これは挨拶が遅れて失礼を。私はそちらのモニカ・カシーヤス様にごひいきにして頂いている商会の者でーー』


 お爺さんの話を聞くと、彼の商会はモニカさん、というよりもランピーニ聖国の王家がこの国でごひいきにしている商会なんだそうだ。

 モニカさんは、先日ボハーチェクの港町に行った際に彼の商会を訪ね、聖国から届けられる馬車の受け取りと、ナカジマ領でいずれ必要になる土木建築の専門家の手配を頼んでおいたらしい。


 マジで? あれって確かモニカさんがコノ村に来た翌日だったと思うけど?

 モニカさんはその時点でもうそんな手回しをしていたんだ。

 出来る人って僕みたいな凡人と見ている先が違うって思い知らされるよね。


『ハヤテ?』


 僕が人知れずコンプレックスを抱いているのを察したのか、ティトゥが訝しげな表情で振り返った。

 いや、違った。ティトゥは単に困った顔で振り返っただけだった。


 モニカさん相手に猛烈アピールを続けるベンジャミンをどうすれば良いのか分からなかったのだ。

 しかしモニカさんはすごいな。にこやかな表情を微塵も全く崩さずに完璧に対応しているんだけど。


『そちらが噂のドラゴンですか! いやあ実にご立派だ! それでご領主様はどこの商会と取引をされているのですかな?! 今後のご予定は? 私共の商会も聖国からの品ぞろえには自信がありまして――』

『あ、はあ。ええ、そうですか』


 オットーの方はオットーの方で、商会のお爺さんからグイグイ迫られて困っているみたいだ。

 え~と、何なのこの人達。




 困ったお客さん達が落ち着いた所で僕達は話を再開した。

 ちなみにモニカさんは馬車の受け取りに行ってこの場にはいない。というか、モニカさんがいるとベンジャミンが彼女にかかりっきりになって話にならないので、気を利かせて席を外してくれたんだと思う。


『で、あなたが聖国からいらした土木学者なのね? ベネドナジーク殿』

『ベンジャミンで結構です、ご領主様。いかにも。聖国随一の土木学者を自負しております』


 そこは自負なんだ。

 彼の言う土木学者は地質学の研究者と土木工学の専門家を足して割ったような存在らしい。

 ちなみに何で自称聖国随一の学者先生がミロスラフ王国にいるのかと言うと、聖国で借金を作っていられなくなって逃げ出して来たんだそうだ。


『金は人の人生を縛る鎖です。私は学者として人類を英知の光で照らすために、自らその鎖を解き放ったのです』


 何だろう。カッコ良い風に言っているけど、この人ってかなりダメ人間なんじゃないのかな。

 商会のお爺さんは『これでも学者としては優秀な男なのです』とか言ってるけど、お爺さん人が良さそうだしこの人に騙されているんじゃない?

 オットーもそう思ったのかティトゥにひとつ提案をした。


『どうでしょう、一度試しに何かをやらせてみては』

『試し?! 僕を試すというのかね?! 誰が?! 君達がか?!』


 オットーの言葉にベンジャミンが激しく反応した。


『試すというからには当然君達は僕を上回る知識を持っているんだろうね?! 劣る者が勝る者を判断するなどありえないのだから! もし違うと言うのなら君達の性根は実に度し難い! 全くもってナンセンスだ!』


 うわ~、面倒くせ~。

 この場にいる全員の心が一つになった瞬間である。

 カーチャは『この人もう追い出しちゃいましょうよ』って顔をしているな。まあ気持ちは分かるよ。


 そんな中、年の功でいち早く気持ちを持ち直した商会のお爺さんがベンジャミンを説得した。


『せっかくここまで来たんだし、取り敢えずここの領地を見るだけでも見てはどうだろうか?』

『ふむ。確かにこのままだと無駄足には違いない。よし、そこのデカブツ、お前が巷で噂のドラゴンなんだろう? 僕を乗せて空から領地を見せてみたまえ』


 え~。普通にイヤなんですけど。

 ていうか空から見せるのなら、視界の悪い胴体内補助席は使えないよね? だったらどうするの? カーチャにやるみたいにベンジャミンをティトゥの膝の上にでも乗せるの?


 ティトゥもその事に気が付いたのだろう。凄くイヤげな表情を浮かべている。

 しかしベンジャミンの言う事は最もだ。専門家が空から見る事で分かる事だってあるだろう。

 自称聖国随一がどこまで信用出来るのかよって話でもあるけど。

次回「ドラゴンと行く空の旅~ドキドキ絶叫ツアー再び」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか普通に乗せたくない人だな。 タイヤのとこにロープでくくりつければいいんじゃない?
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