その30 追加の開拓兵
ランピーニ聖国から海賊退治の報奨金を頂いた翌日。
ティトゥはオットーに頼まれて報奨金として貰った品を目録と突き合わせていた。
報奨”金”なのに品物っていうのもおかしい気もするな。
じゃあ報奨金の副賞という事で。
ちなみに副賞抜きのお金だけでも物凄い金額だったらしい。
オットー曰くーー
『国でも運営出来ますよ・・・』
との事だが、僕は後ろでその言葉を聞いたモニカさんが「それも良いですね」とばかりに良い笑顔を見せていたのが気になって仕方が無かった。
聖国で海賊退治を始めた辺りから、この人自分の本性を隠しきれていない気がするんだよなあ。
それはそうと、無事に届いた事でモニカさんの役目は終わりましたよね。あなたお国に帰らないんですか?
『昨日長旅を終えたばかりなのにつれませんね』
いやいや長旅って、二時間ほど僕に揺られただけじゃないですか。
こんな漁村で寝泊まりするのも大変でしょう。良ければ僕が送って行きますよ?
『ただいま戻って参りました。おや、そちらのご婦人はどなたですかな?』
馬の上から僕達に声を掛けて来たのは髭の騎士団員アダム隊長とその部下達だった。
アダム隊長が戻ったと聞きつけ、オットーが外に出て来た。
家の中で話せば良さそうなものだが、何故かみんなわざわざ外に出て僕の前に集まって来るんだよね。
みんなそんなに僕の事が好きなのかな?
『家が狭いからでは?』
カーチャ君、そういう事は言わなくて良いんだよ。
『こちらはランピーニ聖国から遣わされたモニカ様ですわ』
『聖国の・・・なるほど。これは失礼致しました』
馬から降りるアダム隊長。そして慌てて隊長に続く部下の二人。
部下の二人はどうしてアダム隊長がメイドごときにかしこまるのか不思議なようだ。
アダム隊長はランピーニ聖国では王族付きのメイドは貴族が務めると知っているんだな。
『それは、聖国の大皿ですな。立派な品だ』
ティトゥが持っていた大きな皿を見て褒めるアダム隊長。
『分かるんですの?』
『いや、実の所さっぱり。しかし、同じような品を貴族の屋敷で見た事がありますので。聖国の陶芸品は貴族に珍重されておりますからな』
そう言うとアダム隊長は髭を揺らして笑った。
『そうでしたの・・・野菜の盛り付けに良さそうだからベアータに渡そうと思っていたけど、だったら止めておいた方が良さそうですわね』
『はあっ?!』
貴族も珍重する高価な皿を普段使いにしようとするティトゥに目を剥いて驚くアダム隊長。
まあぱっと見地味なお皿だからね。ティトゥの気持ちも分からないではないかな。
モニカさんも『そうですね、お客様がいらした時に使ってはいかがでしょうか』とか言ってるけど、これ絶対に客に「なんで漁村に住んでいるのにこんな立派な皿で料理が出て来るんだ?!」って言わせたいだけだろう。
いつまでもここで立ち話もどうかと思ったのか、オットーがアダム隊長に用件を尋ねた。
『それで騎士団の方はどうなりましたか?』
『追加で各村に5人配置されました。開拓兵は30人程ですかな』
『・・・各村に開拓兵だけで40人ですか』
オットーは唸っているけど、作業人数としてはそのくらいは必要かもしれない。この世界は何でもかんでも人力だからね。
『開拓兵、ですか?』
おっと、モニカさんが聞き慣れない単語に反応しているな。
アダム隊長が『この方に話しても?』みたいな顔でオットーに目配せをした。
彼女は外国の貴族だからね。アダム隊長の立場からすればその配慮も分かるけど、ちょっと考えすぎなんじゃないかな?
『春の戦で捕虜になった隣国ゾルタの兵士達の事ですわ』
ティトゥも僕と同じように思ったのだろう。あっさりとモニカさんに説明をした。
どうせ調べればすぐに分かる事だしね。
『捕虜の兵士を開拓に使っているのですか』
ああ、どうやらモニカさんはこの国が捕虜を投入してこの湿地帯の開拓をさせていると思ったみたいだ。
僕達が考えているような農地の開発ならともかく、この湿地帯の開拓は捕虜の人達全員を突っ込んでも難しいんじゃないかな?
『国としては捕虜の半分をこちらに引き受けてもらいたいと考えているようですな』
半分か。確か捕虜って1000人以上いるんだっけ。約500人、村あたりで言えば6~70人。開拓村の人口が確か300人くらいって聞いているから、騎士団員も合わせると3割ほど人数が増える計算になるな。成人男性ばかりが増えると考えると流石に多過ぎるか。
オットーも僕と同じ考えらしく、難しい顔をしている。
『なに、国がそう希望しているというだけで、そちらに受けよという話ではないですからな。今の時点でも相当に助かっているのは間違いありません。なにせこうして気前よく追加の騎士団員を出すほどなのですからな』
ちなみに騎士団員の給与はこっち持ちだ。これは王家が特にティトゥに辛く当たっているというわけではなく、他家の領地に騎士団を派遣する際のお約束のようなものなのだという。
在日米軍の”思いやり予算”みたいなものなのかな?
アダム隊長は少し申し訳なさそうに懐から端切れを取り出した。どうやら何かをメモして来たみたいだ。
『ここに書かれてある資材を揃えてもらえば、隊の者が責任を持って自分達の住居を作ります』
『分かりました。至急手配しましょう』
オットーはアダム隊長からメモを受け取ると、さっと目を通して二つ返事で了承した。
そんなオットーの反応に驚きの表情を浮かべるアダム隊長。
『全て揃えるとなると結構な金額になりますが?』
そっちで揃えろと言っておいてなんで驚くんだろうね?
ーーああなるほど、そういう事か。
アダム隊長の言葉で僕は彼のやろうとしていた事に気が付いた。全くいやらしい事を考えたもんだな。
アダム隊長のやりたかった事はこうだ。
先ずはあちらの希望する条件ーー捕虜の増員ーーを言っておく。あくまで希望ですからね、と言った後でこのメモを渡す。
こちらが払えないとなれば、当然向こうから出してくる何かしらの条件をのまざるを得なくなる。察するにその条件とは最初に言った追加の捕虜の引き取りだ。
僕の視線を感じたのか、ばつが悪そうに肩をすくめるアダム隊長。
『ハヤテ殿は私が考えたと思っているようですが、違いますからね。私だってこんな事はしたくありませんでしたよ。でも私も宮仕えですから。やれと命じられればやらざるを得ない時もあるのですよ』
なるほど、宰相かその部下辺りの考えた事か。全く、油断も隙も無い。人の足元を見てくれちゃって。でも僕達には関係ないけどね。
ようやくこのやり取りの意味に気が付いたのか、ティトゥとカーチャがアダム隊長を睨んでいる。
モニカさんは『中々悪くない手ですね』みたいな顔をしているな。あなた好きそうですもんね、こういう話。
『痛い所を突いてきますね。正直、少し前まででしたら頭を抱えていた所でしょう』
オットーの言葉に意外そうなーーそしてどこかホッとした表情を浮かべるアダム隊長。
どうやら本当に本人が言うように、やりたくないのにやらされていたみたいだね。
『ではこちらの資材は』
『ええ。すぐにでも用意させましょう』
『なら、私がハヤテに乗ってボハーチェクまで買い付けに行って来ますわ』
オットーもティトゥの提案を止める気は無いようだ。それでも納得はしていないみたいだけどね。
『カーチャ、あなたも一緒にーー』
『私もご一緒してもよろしいでしょうか』
モニカさんの言葉にティトゥは少し意外そうな顔をした。
『アレリャーノ宰相夫人に頼まれていた手紙も送りたいですし』
『ああ、なるほど。分かりましたわ』
モニカさんの口から出たアレリャーノ宰相夫人という言葉に、今更のようにアダム隊長の部下の二人が驚きの表情を浮かべた。
まさかこのメイドがランピーニ聖国の王家直々の使いとは思わなかったんだろう。
君達後でアダム隊長にお説教を受けないといいね。
◇◇◇◇◇◇◇◇
アダム隊長達が王都へ騎士団の補充を申請しに行っていた時、実は一人の開拓兵が彼らに同行していた。
現在コノ村で家具職人をしているオレクである。
彼はナカジマ領の募集があった時、自分達に過酷な重労働が課せられるのを覚悟の上で立候補していた。
ナカジマ領に着き実際に労働が割り当てられたが、それは彼が想像していたものよりもずっとまともな物だった。当然いつも見張りこそ付いているものの、食事も十分に与えられ、待遇としては悪いものではなかったのだ。
少なくとも未来の見えない収容所で過ごすよりはずっとましだ。
そう思ったオレクは、代官のオットーに自分を収容所に残った捕虜の説得に行かせてもらえるように訴えた。
少し渋ったオットーだったが、オレクの働きぶりから彼の人となりは信用出来るものに思えたし、そもそも彼の願いを聞いて悪いようになるとも思えなかった。
こうしてオレクはアダム隊長達との同行を許可されたのだった。
王都に着き、かつては自分も入れられていた収容所でオレクは仲間達にナカジマ領での生活を説明した。
何人かは彼の言葉に目を輝かせ、また何人かは胡散臭そうな目を向けた。
オレクは限られた時間の中で精一杯収容所の仲間に訴えかけたが、その中に彼が本当に自分の言葉を伝えたかった相手、バロンの姿を見付ける事は出来なかった。
「時間だ。下がれ」
監視のミロスラフ兵はそれでもまだオレクの話を求める捕虜達を追い払った。
オレクは彼らの中にバロンの姿がない事を知り強い失意を覚えたが
(いや、俺は何度だって会いに来る。そうすればバロンだっていつかきっと俺を信じてくれるさ。)
と、自分に誓う事で今日の所は諦める事にした。
彼は己の誓い通りにこの後二度この収容所に訪れるのだが、一度目はやはりバロンには会えず、二度目には収容所自体がすでに解体されていたために誰にも会う事は出来なかった。
アダム隊長に聞くと、最後まで残った捕虜達は全員鉱山に送られたとの事だった。
その後彼らがどうなったかオレクの耳に入る事は無かった。
次回「ボハーチェクの商人」