その29 報奨金
翌日。朝日が昇ると共に僕は飛び立つとランピーニ聖国へティトゥを迎えに行った。
結構早く着いたと思っていたら、ティトゥはすでに昨日のレブロン伯爵領砦にやって来ていた。
遅れちゃったかな、ゴメンね。
『私もさっき着いた所ですわ』
どうやら一刻も早く帰りたいティトゥは、朝食が終わるとすぐに伯爵家をおいとましたらしい。
見送りに来ると言っていた伯爵一家を断ったそうなので、余程窮屈な思いをしたんだろうね。
『こんなことならもっと真面目にマナーの勉強をしておけば良かったわ』
ため息混じりにこぼすティトゥ。
あ~、そっちの理由か。
ティトゥは貴族の令嬢のマナーとか苦手にしているからね。僕もカーチャから時々愚痴を聞かされているよ。
僕達がそんな話をしていると、柔らかい笑みを浮かべたメイドさんがやって来た。
貴族メイドのモニカさんだ。
貴族メイド・・・自分で言っておいてなんだが、結構凄い言葉だな。
『昨夜こちらの代官の屋敷で話を伺いました。ハヤテ様に契約者以外の者を乗せるためのイスが用意されたのだそうですね』
メルガルの部下君から話を聞いたのか。実際には僕は契約者以外乗せないという訳じゃないけど、ティトゥの設定的にはそうなっているみたいだからね。
そのせいで僕にはこの町ではあらぬ風評被害が・・・うっ、頭が痛くてこれ以上は思い出せない。
『私も乗せて行ってもらえませんか?』
えっ? モニカさんコノ村に来るつもりなの?
てっきり僕は、モニカさんはティトゥに支払われる報奨金をこの場で渡して王城に帰るつもりでいるのかと思っていたよ。
どうやらティトゥも僕と同じように考えていたみたいだ。驚いた表情でモニカさんを見つめている。
『ちゃんと相手に送り届けるまでが私の仕事ですから』
あ~、まあそれもそうか。国が支払うお金なんだからその辺はちゃんとしとかないとマズイよね。
『それですか。ハヤテ様が考案された荷物を持ち運べる新しい方法とは』
モニカさんは僕の翼の下に懸架された樽増槽を見て言った。
まあ考えたのはジトニークなんだけどね。しかしメルガルの部下君はそんな話までしたんだ。
ちなみに今日僕が樽増槽を懸架して来たのは、出がけに料理人のベアータから聖国のお酒を買って来て欲しいとおねだりされたからだ。
あ、もちろん彼女が飲むんじゃないからね。そこはちゃんと確認しておいたから。
この世界ではベアータの年齢だと普通に飲んでも良いらしいんだけど、彼女は見た目が見た目なだけにちょっとね・・・
『この樽の中に報奨金を積んで行ってもらう事は可能でしょうか?』
樽増槽を確認しながら僕に聞いてくるモニカさん。
可能かどうかで言えば当然可能だ。でも胴体の空間が全く無くなったわけじゃないし、報奨金を仕舞うのにわざわざ樽増槽を使うまでもないんじゃない?
『報奨金はお金だけではなく、かさばる品物もありますから』
モニカさんそう言うと自分が乗って来た例の豪華な馬車を振り返った。
『あの馬車もその報奨金に含まれています』
「『そんなの入る訳ないよ・ですわ!』」
僕とティトゥの声が一つになった。
いくら何でも流石に馬車は樽には入らない。
そこで馬車に積んであった品物とお金が護衛の騎士達の手によって次々と降ろされた。
うず高く積まれる見るからに高価そうな品々。
この馬車のどこにこんなにたくさん入っていたのやら。流石は高級馬車、凄い収納力だ。
そんなお宝達がモニカさんの指示のもとに、樽増槽に次々と詰め込まれていく。
『何だか悪い事をしている気持ちになりますわ』
その光景を見てポツリとこぼすティトゥ。
だよね。
見るからに高価そうな壺や反物が、ジトニークが間に合わせで作らせた樽増槽の中に詰め込まれていく様はどこか冒涜的だ。
このお宝を王家に納めた人達も、まさか自分達の品がこんな古ぼけた樽の中に放り込まれる事になるとは想像すらしなかっただろうね。
彼らの気持ちを思うと心が痛むなんてもんじゃない。
今度ジトニークに黒檀造りの高級樽増槽でも作ってもらおうかな。
『馬車は船で送らせましょう』
結局お宝は2つの樽増槽では全然収まり切れずに、追加の樽増槽を出す事で何とか全部収まった。というか、よもや4つ全部使う事になるとは思わなかったよ。
ベアータに頼まれた買い出しはまた後日にするしかないね。
それにしても樽増槽のデビューがまさかお宝の搬送になるとはねえ。世の中何がどうなるのか分からないものだ。
最後は念入りに樽の蓋を閉めて完了。
先ずは二つを収納すると、突然姿を消した樽に周囲の人達からどよめきが上がった。
『この夏にも何度か見た事がありますが、やはり不思議な光景ですね』
モニカさんは感心はしていても驚いてはいないな。海賊退治に行く際に、彼女の目の前で落下増槽とか250kg爆弾とか何度か出し入れしているからね。
残りの二つの樽増槽は騎士の人達に手伝ってもらって翼の下のハードポイントに接続した。
ジトニークが作らせた樽増槽はお宝の重量を危なげなく受け止めたようだ。
モニカさんは騎士達に馬車の件を命令すると、ティトゥに案内されながら僕の中に乗り込んだ。
というか、この説明で大人しく納得しちゃう騎士達ってどうなの? それで護衛の役目を果たした事になるのかな?
ティトゥやオットーもそうだけど、この世界の人は誰も飛行機が墜落するとは考えないみたいだ。
まあそれもそうか。
みんな僕の事を飛行機じゃなくてドラゴンだと思っているんだもんな。
僕だって空を飛ぶ鳥を見て「鳥って墜落するのが怖くないのかな?」なんて思った事ないし。
そんな事を僕が考えている間に、モニカさんはベルトの装着を完了したみたいだ。
ベルトでイスに縛り付けられたメイド。字面だけ見ると何だか妙に猟奇的だな。
『ハヤテ?』
おっといけない。
『マエ、ハナレ!』
僕の合図で慌てて距離を取る騎士達。
「試運転異常なし! 離陸準備よーし!」
僕はエンジンを掛けるとプロペラの回転数を上げた。
騎士達の間から再びどよめきが上がった。
彼らは僕が飛ぶ所を見た事が無いんだろうか? だとしたらこんな大きな図体で空を飛ぶなんて信じられないよね。
「離陸!」
僕はブーストをかけると疾走。
タイヤが地面を切ると僕の体はふわりと空に浮かんだ。
『おおおおおおっ!』
僕達は騎士達の驚きの声を背にレブロンの港町を後にするのだった。
樽増槽から次々と取り出されるお宝に、オットーは魂が抜かれたみたいに呆けている。
『こちらが目録になります』
モニカさんから渡された書類を受け取る姿もどこか上の空だ。
オットーは目録に目を落とすとーー
『こんなに入っているんですか?!』
ああ、その事か。
『もう二つありますから』
モニカさんの言葉に凄い勢いで僕の方を振り返るオットー。
僕は翼の下の樽増槽を外してもらってから、追加の樽増槽を懸架した。
思わずふらりとよろけたオットーを素早く彼の部下が受け止めた。
ああ、残念。どうせならモニカさんに受け止めてもらえば良かったのに。
『ひとまずそこの倉庫に運んで頂戴』
ティトゥの指示で、今まで網や漬物樽しか収まった事の無いみすぼらしい漁師村の倉庫に次々とお宝が運び込まれた。
酷い話だとは思うが、他に置いておく場所もないので仕方が無いだろう。まさか潮風に当てて野ざらしにしておくわけにもいかないよね。
こんな立派な品々をくれたランピーニ聖国の王家の方には本当に申し訳ない。
この光景にはさしものモニカさんも遠くを見るような目をしていた。
『面白いわ。やっぱりこの人達はこうでなきゃ。ここでは私の常識なんて通じないのね』
何だかブツブツ言ってるけど、大丈夫? お宝に対する扱いが酷すぎて変な風になってない?
村の騒ぎを聞きつけたのだろうか? 馬に乗ったオットーの部下がやって来た。
『これは・・・ オットー様、一体何があったんですか?』
最近見なかった顔だね。馬の背に旅の荷物を積んでいるし仕事でどこかに出張していたのかな?
『お前はマチェイに行っていた・・・いや、済まなかった。取り敢えず今は休んでくれ。落ち着いたら話をしよう。ただこれだけは言わせてくれ、俺が間違っていた。お前の言うように私はご当主様に先に相談するべきだったよ』
『は・・・はあ』
オットーは彼を見ると、悲しむような憐れむような何とも言えない表情を浮かべた。
日頃は厳しい上司に突然気を遣われて、どこか釈然としない表情をするオットーの部下。
何なんだろうね、二人に漂うこの微妙な空気は。
翌日、せっかく戻って来た彼だったが、再び馬に乗ってどこかへ旅立って行った。
早速次の出張を命じられたのだ。なんでも行き先はマチェイだそうだ。
みんな大変だな。僕も頑張らなきゃ。
次回「追加の開拓兵」