その28 メイド現る
さて、ざっとひと月ぶりにやって来ましたランピーニ聖国。
ランピーニ聖国はクリオーネ島という大きな島のほとんど全てを治める大きな国だ。
その地理的条件から常に大陸の国からの侵攻の危険にさらされている。
そのため最新の軍備を整える事はもちろん、外交も駆使して自らの国土を守っているのだ。
『本当にハヤテ様にかかればあっという間に着くのですね!』
ここはそのランピーニ聖国にあるレブロンの港町。
正確に言うとその港町に隣接するレブロン伯爵領砦という場所だ。
僕はこの夏、ここにしばらくお世話になっていた。
僕達の前で嬉しそうにしているのはこのレブロンの代官メルガルがよこした彼の部下。
今日、僕達は彼を送り届けるためにこの町までやって来ていたのだ。
『あっという間は言い過ぎですわ』
ティトゥが謙遜している。
いやまあ。実際に一時(二時間)程はかかっているから、言い過ぎには違いないか。
その間ずっとイスにベルトで縛り付けられていた彼には申し訳ない事をしたね。
自動車のシートベルトのような伸縮自在な機構を、どうにかしてこの世界でも開発出来ないものだろうか?
『いえいえ、船で5日はかかる日程が僅か一時で済むのですから、素晴らしいと言えますよ!』
しかし、メルガルの部下君はやけにハイテンションだね。この世界の人は我慢強いのか、二時間ずっとイスに縛り付けられての飛行も、彼にはさほど苦痛では無かったみたいだ。
彼が言うには一時ほど横になっていれば着くのだから、馬車で一日揺られるのに比べればどうという事はないらしい。
いつの時代でも移動というのは大変なんだな。現代人のお前が言うなって? サーセン。
そんな風に彼と話をしていると、僕達のいる中庭に見た事もない程立派な馬車が入って来た。
ん? というか立派すぎやしないかな? 護衛の騎士の恰好も何だか見慣れないような・・・
『お久しぶりです、マチェイ嬢。そしてハヤテ様。』
護衛に囲まれて馬車から降りて来たのは柔らかい笑みを浮かべた美人メイド。
この夏僕達がランピーニ聖国でお世話になった時、僕付きのメイドだったモニカさんだった。
ティトゥも思わぬ人物との再会に驚いてしまったようだ。返事も忘れて目を丸くして彼女を見つめている。
というか実際どうしてモニカさんがここにいる訳? エニシダ荘ーーでの仕事は終わっているだろうから王城にでも戻ったんじゃないの?
『失礼致します。こちらのナカジマ様は先日お国で爵位を賜り、ナカジマ家のご当主となられております。現在は領地を拝領され領主としてご活躍されております』
メルガルの部下君の言葉にモニカさんの笑顔の形で細められた目の奥がキラリと光ったーー気がした。
僕の気のせいかな?
どうもこの人は人好きする穏やかな淑女に見えて、底知れぬ怖さのようなものを感じる時があるんだよなあ。
『これはとんだご無礼を。改めましてナカジマ様、この度は領主となられました事誠におめでとうございます』
『ありがとうございますわ。それはそうと、どうしてあなたがこのレブロンにいらっしゃるのかしら?』
ようやくティトゥも再起動したみたいだ。そうそう、僕もそれが気になっていたんだよ。
『実はあなた方に会うためにミロスラフ王国へ向かう所だったのです』
えっ? 僕達に? どういう事?
モニカさんの話によると、先日ランピーニ聖国の王家の本年度予算から、この夏僕とティトゥが海賊退治に貢献した事に対する報奨金が降りたのだそうだ。
ていうか早くない? ミロスラフ王国なんてついこの間ようやく春の戦いの褒美が決まった所なのに。
『それだけ聖国はお二人との関係を大切に考えているということです』
おおう。何というかグイグイ来るね。
まあ、なんにせよティトゥの味方が増えるのは良い事だ。
ミロスラフ王国では僕らは宰相辺りに睨まれているらしいからね。
それはそうと、その報奨金を僕達に送り届けるためにモニカさんが選ばれたのだそうだ。
後で聞いた話だが、マリエッタ王女も立候補したけどお姉さんである宰相夫人にキッパリ断られたらしい。
そりゃそうだよね。
このレブロンの港町はミロスラフ王国へ向かう船の寄港地でもある。実際にマリエッタ王女がやって来た時にもこの港を利用したそうだ。
モニカさんはその報奨金を持って今日この町に着いた所だったんだそうだ。
そこで彼女は先ずはレブロン伯爵家に挨拶に赴いた。その屋敷で僕達の到着を聞き付け急いでこの砦まで駆け付けたという訳だ。
何だろうね、つい最近も似たような話を聞いたばかりなような気がするな。
『後でレブロン伯爵もいらっしゃいますよ』
伯爵家という偉い人の名前にティトゥの笑顔が軽く引きつった。
君、この夏には伯爵様より偉いお姫様達に接待を受けていたんだけどね。
その自覚は無かったわけ?
『ボソッ(帰ってはダメかしら?)』
ダメなんじゃない? 普通に考えて。
『オススメ、シマセンワ』
僕の返事にガックリと肩を落とすティトゥ。ここは諦めて接待を受けるといいよ。
しばらくして今度はさっきのモニカさんの馬車よりも少し格の落ちる馬車がやって来た。
と言っても凄く立派な馬車なんだけどね。
中から降りて来たのはレブロン伯爵一家だった。
あの豪快なラダ叔母さんもいるね。あの時はお世話になりました。
で、彼女の旦那さんには初めて会うけど、意外な事に見るからに貴公子然とした優男だった。
とはいえそもそもラダ叔母さんとの馴れ初めは、若い頃にこの人が囚われのお姫様ばりに海賊に捕まっていた所を、この国に来ていた当時王族のラダ叔母さんが助けたのがきっかけだったと考えると、さほど違和感も無いのかもしれない。
ラダ叔母さんは相変わらずその場にいるだけで他を圧倒する存在感の持ち主だった。
そんな二人に間に生まれた子供達は、一緒にやってきた代官のメルガルから事前に色々と聞かされていたのか、目を輝かせて僕とティトゥを見上げていた。
ラダ叔母さんはそんな下の娘を抱き上げてーー
『お前はまだ処女だからいつかドラゴンに乗せてもらえるぞ!』
とか嬉しそうに言ってた気がするけど、僕には全く全然聞こえなかったからね。
ていうかそれ酷い風評被害だから。僕は幼女専用ドラゴンじゃないから。
やがて場の空気はナチュラルにティトゥを屋敷に招待するという流れになった。
格上の伯爵家からもてなすと言われては小上士のティトゥに断るという選択肢は無い。
ティトゥは僕の方を悲し気な目で見つめながら伯爵家の馬車でドナドナされて行った。
ご愁傷様です。
それはそうとモニカさんはみんなに付いて行かなくても良いんでしょうか?
『主賓が二人いては伯爵家もやり辛いでしょうから』
実はモニカさんは実家の格でいえば伯爵家相当なんだそうだ。
だから本当はモニカさんがもてなされる予定だったのだと言う。
ちなみに代々王城で王家に仕えているので領地は持っていないそうだ。
『夏のようにまたハヤテ様のお世話が出来てとても嬉しいです』
いや貴方、エニシダ荘の時もカーチャと一緒にやってきてお喋りしていただけですよね。
まあそもそも食事も排せつもしない僕に何の世話が必要なのかという話だけど。
『お世話のし甲斐がありませんよね。もっと私に甘えて頂いても良いんですよ?』
おおう。何だろう背筋がゾクリとしたぞ。そんな怖い提案は御免被ります。
それに僕はこれからコノ村に戻ってティトゥがレブロン伯爵の所でお泊りをすると連絡をしなくちゃいけないので。
無断外泊をしたらオットーが心配しちゃうからね。
というわけでひとっ飛び帰って参りましたナカジマ領。
僕は早速カーチャにオットーを呼んでもらうと、ティトゥが向こうでおもてなしを受けてお泊りする事になったと報告した。
『そうですか。分かりました』
あれ? 思っていたより反応が薄いね。
『こうなると思っていましたから』
オットーは当たり前の事のようにそう答えた。
というかカーチャもなんだね。ひょっとして思わなかったのは僕だけ?
どうやらオットーは事前にメルガルの部下君とも打ち合わせをして、レブロンの町での護衛の手配も頼んでいたらしい。
『普通、領主が他領の領主の治める町を訪ねて、挨拶もせずに帰って来ると考える方がどうかしています』
あ~、確かに。でも今思えば、僕だけじゃなくてティトゥも同じように考えていたと思うよ。
レブロン伯爵が挨拶をしにやって来ると聞いた時には明らかにイヤそうな顔をしてたし。
オットーに『お二人には良い経験です』とバッサリ切られた所でこの話は終了となった。
どうやら前々からオットーは、僕達が気軽にあちこちフラフラするのを内心では苦々しく思っていたみたいだ。
まあ彼の立場だと当然そう思うよね。
そんなわけで、僕は珍しくティトゥから遠く離れた夜空の下で一人で明日を待つ事になったのだった。
次回「報奨金」